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干支暦和は平凡な毎日と共にありたい。  作者: 朝水林次郎
懐かしの知人たちは久々に戯れたい
13/34

総集編 おとなりの声優は命の恩人と歌いたい。

はあ、はあ。干支君。私を、かくまってくれないかな。

「うわ~めっちゃ降ってるなぁ。」

10月。夏の暑さは終わり、その代わりと言わんばかりに雨が降り続く今日この頃。この町にも台風が押し寄せていた。


「そうですね。早く止むといいんですけどね。」

これじゃ、洗濯物が干せませんし。

「しかも、この雨じゃ客もいないしな。暇だよ。」

「じゃあ、しりとりしませんか?」

しりとりか~。まあ、暇つぶしにはいいだろう。ちなみに言っておくと、時間はおやつ時。さつきちゃんは昭佑君とデートなんだそうだ。巷でいうところのおうちデートってやつなのだろう。幸い、家も近いので心配はない。


「じゃあ、私から。リトマス紙。」

「いきなりマニアックだな!し?シーラカンス。」

「よみかず君も大概じゃないですか。スイス。」

「酢。」

「巣。」

「スライスチーズ。」

「ズッキーニ。」

「日本。」

「あれ、アウ」

「国!日本国!セーフですよね?」

「まあ、いいけど。国。」

「ニョッキ。」

「キリスト。」

「トキ。」

「岸。」

「式。」

「騎士。」

「指揮。」

「棋士。」

「四季。」

「既視。」

「士気。」

「起死回生。」

「息。」

「紀伊。」

「壱岐。」

なんなんだ。この語彙力。見たことないよ!しきって言葉そんなにあったの⁈あと、『き』攻めが強すぎるよ。もうボキャブラリーに『き』なんてないよ!


「木。」

「キリバス。」

お!『す』になったぞ!

「スルメ。」

「メス。」

「スロープ。」

「プラス。」

「擦り傷。」

「随感随筆。」


いきなり難しいの来た!何それ、聞いた事ねえよ!これ、いつまで続くんだろう。弥生さんが入れてくれたお茶を少し飲み、本気を出すことにした。


「津々浦々。」

「磊々落々。」

「空前絶後。」

「五臓六腑。」

こうして、俺たちは、3時間を無駄にした。時刻は夜の7時近く。もうすぐ、さつきちゃんが帰ってくる。

「完成。」

「いるか。」

「感性。」

「インカ。」

「歓声。」

「石。」

「申請。」

「イラク。」

「燻製。」

「イタリア。」

「安静。」

「イギリス。」

「趨勢。」

趨勢!?聞いた事ねえよ。そろそろ、辛いよ。


そんな時である。


ダンダンダンッ

ドアをたたく音が聞こえた。そんな流暢なことを言っている暇はなさそうな、緊急性を持った強さである。

「誰ですかね?」


弥生さんが急いでドアに近づき、そしてドアをすうっと開ける。

すると、見たことのある女性が、さっきのしりとりから借りれば既視感のある女性が、雨に打たれて子猫のように震えていた。


「入れてもらっても、良いですか?」

精一杯の笑顔を見せるその女性は、お隣の咲楽さんだった。

山城咲楽。確か、俺が小学4年生の時に高校3年生だったから、もう30歳は超えているはずである。

にもかかわらずこの見た目。両サイドで作られた三つ編みが、後頭部で一つにまとめられているその髪型は、花の冠を頭にのせているような、そんな優雅さが感じられた。そんな咲楽さんが、追い詰められている顔をされては、こちらとしても助けないわけがない。援けない理由がない。


「どうぞ!入ってください!」

とりあえずお茶と茶菓子、それからタオルを用意する。

「あ…ありがとう。」


「たっだいまー!いやぁ、昭佑君やっぱりいい子だね。おうちの人が心配するからって早く帰れって言われちゃってさあ、まあ後で電話しようなんて話をしてきたんだけ…はあ!?」


玄関の様子から判断できてもおかしくないはずなのに、リビングに数歩入ってキッチンに向かい、冷蔵庫を開くまで気づかなかった。おいおい、そのままドア開けっぱなしにするな、電気代もったいないだろ!


「いや、だってさ、知らない人がいたらびっくりするでしょ!」

「いや、知らないなんてこと…ああ、そうか。」

さつきちゃんは15歳だから、咲楽さんとは面識がないのか。

「卯生ちゃんかな?」

「いいえ!さつきです。和泉皐生です!Dカップです!」

自分の大きさを公開するな!後悔するぞ!


「やっぱり自己紹介するからには、しっかり詳細まで伝えないと…」

そこまで紹介城とも言ってないしな!

「紹介城って何ですか?」

神田だけだ!

「そうですか、神田にあるんですか、その城は!」

もういいよ。許してよ。楽しそうな弥生さんと咲楽さん。

「私は、山城咲楽と言います。干支君には、15年前にお世話になりました。」

「え!?」

「そうだよ、覚えてないの?」

「まったく。」

「そっかあ。」

「何があったんですか?」

「それは、夕飯が作り終わったらきちんと聞きたいです。」

今はチキンを焼いていますが。


全然面白くないジョークを、夏が終り冬が近づくこの時期に放った弥生さんは今、キッチンで夕飯の準備をしている。料理下手な彼女を止めることは、たとえ妹であっても難しいのだ。しかし、今日はそこまで怖がる必要はない。見る限り料理が簡単そうだからだ。8割をレンジでチンしている。これなら、間違いがないはずだ。


「じゃあ、いただきまーす!」

まず初めに食べたのは、さつきちゃん。

「…え?」

どうしたんだ!


「ねえ。レンジでチンしたんだよね?」

「うん、したよ?」

「何で、カチコチなままなの⁈」

…はあ⁈電子レンジぶっ壊れたのか!


「え、でも昼までは使えたよ?ちゃんとさっきまで回っていたし。」

「…ついにお姉ちゃんはただの料理下手から、家電製品デストロイヤーにジョブチェンジしたんだね。」

「そんなあ。」

「…ふふふ。良いですね。家族みたい。」

「こんな料理下手ですみません。」


「いいんですよ。いつもコンビニ弁当だったので。こういう風に人と食卓を囲むのって、それこそ15年ぶりなんじゃないかな。」

ちょいちょい出てくる15年前って何があったんだよ。そもそも、俺が転校する前の話なのか、それとも後の話なのか。


「そういえば、何があったんですか?」

「…はい。」

「ああ、言いたくなければ別にいいっすよ。乙女の秘密だって、必要ですよね。」

「気遣いありがとうね。でも、大丈夫よ。」


それから、彼女は話してくれた。


「私、今声優をやっているんです。といっても、脇役の脇役ですけどね。でも、数回ハーレム物でヒロインを演じたことがあったの。

「それで、少しファンはいたのね。

「17の時かな、いつも通りスタジオに行くために電車に乗っていたら、痴漢にあったの。初めてだったから怖くて怖くて仕方なかった。

「その時、助けてくれたのは、干支君だよ?」


…え?どうして同じ電車に乗っていたのか不思議だし、第一そんなことがあったかさえ覚えてない。


「確か、まだその時は面識がなかったと思う。私が困っていた時に、狭い満員電車の中で小さな体をうまく使って中に入って、その人の手に嚙みついてくれたんだよ。

「その後もしっかりその手を離さずに、『触っちゃだめだよ!』って、何度も何度も叫んでくれたよ。その時、かっこいいなあって思っててずっと記憶にあるんだよ。

「もし、いなかったらずっと我慢する羽目になったから。そういう意味では命の恩人だと、思っているよ?」


ありがたい話だけど、命を助けてはいないような…まあ、人の善意を無下にするつもりは毛頭ないのでありがたく頂く。


「その後、ハーレム物でヒロインを演じるようになって、徐々にファンも増えて、一生を共にしたいと思う人もできて、順風満帆だったの。それでね、結婚を発表したら、事態が一変して。もちろん会社にも言ったし、仲のいい声優仲間にも言っていたんだけど、ファンに何も言ってなくて。いきなり発表という形になったから、やっぱり反感があってさ。」


「でも、そんなのってあんまりじゃないですか?咲楽さんだって、人間なんですから。」

黙って聞いていた弥生さんが、ようやく口を開けた。


「そうなんだけどね。やっぱりタイミングが良くなかったのかな。

「そこから、どんどんエスカレートして、ブログに悪口とか、家の特定とか。

「だから、この家に引っ越したの。だけどね…

「この家も特定されちゃって…毎日のようにピンポンダッシュがあって、精神的にもおかしくなってきちゃって。それで、今日。」


話している間、ずっと下を向いていた彼女がいきなり俺の目を見つめてこう言った。


「ついに、あのストーカー男が、家に入ってきて。わ、私の、夫を。」

泣き崩れた。そうだろう。愛する人を亡くすという気持ちは、今だからこそ分かる。


「だから、怖くなって家を飛び出したんです。」

しかし、少し疑問が生まれた。だったら、どうして旦那さんがここにいなくて、咲楽さんがここにいるのだろう?もしかして、旦那さんはまだ死んでないのではないのだろうか。


「ねえ、咲楽さん。」

「どうしたの?」

目をこすりながら、咲楽さんは顔を上げる。

「ドアって開けた?」

「いえ。ドアはあのストーカー男が抑えていたので。」

「じゃあ、窓から?」

「そうですね。」

「咲楽さんの部屋って何階?」

「5階です。」

いや、5階から飛び出したらそりゃ死ぬよ。人は、おかしくなると何でもしてしまうんだな。

ということは、じゃあ、そのストーカー男もここにはいないだろう。


「あの、落ち着いて聞いてください。咲楽さん、」

「ちょっと、お義兄ちゃん。」

袖をつかみキッチンに連れてかれた。

「なんだよ。」

「本当のことを話すつもりですか?」

「そりゃそうだろ。」

「駄目だよ。それだけは。」

「…はあ。分かったよ。じゃあ、別の可能性にかけてみる。」

「別の?」

「感動の再会ってやつだよ。あまりいいことじゃないけどな。」

リビングに戻って、話を続ける。


「咲楽さん、落ち着いて聞いてください。もう、あなたの家は大丈夫です。きっと、あなたの旦那さんが倒してくれましたよ。」

「でも、だって夫は、康ちゃんは!」

「そんなことで倒れる旦那さんなんですか?負けちゃう旦那さんじゃないでしょ?」

「でも、でも。」

肩をつかみ、それから続ける。


「あなたが惚れた男は、何事にも動じず勇気がある、あの男の子みたいな人ではありませんか?」

それから、彼女は涙が枯れるまで泣き続けた。もしかすると、その事件のことで旦那さんにたくさんの迷惑をかけてしまったのかもしれない。そのことでの後悔があったのかもしれない。


「ありがとうね。おかげで、元気が出たわ。小さな戦士君。」


去り際にこうつぶやいたのも、しっかり忘れない。

こうして、彼女は無事自分の家に帰れた。その後こちらに来なかったということは、あの感動の再会は達成されたのだろう。


「まあ、そんな再会、ドラマ的には最下位だけどね。両方亡くなって終わりだから。」

さつきちゃんは、まだまだ子供だなと思いつつ、こう返す。

「まあでも、死後の世界でも結婚生活を再開できたんだから、良かったんじゃないかな。」

「そんなものなんですかね。」

「そんなものだよ。」


人は、誰かが願うことで存在する。それはつまり、願わなければ存在できないを意味する。誰かが願っていても誰かが願わなければ存在はできなくなってしまうのか。それはやはり、それぞれの願いの強さなのだろう。今回のケースは非常に稀であろう。願う人も、願わない人もそれぞれの待ち望んだ結果にたどり着いたのだから。


ピンポーン


「だれだろう。」

ドアを開けて、尋ねる。

「こんにちは~」

「こんにっちはー!」

「咲楽さん!と…」

「康太です。咲楽の夫の岸谷康太です。まあ、今は山城康太なんですけど。」

「ああ、どうも。」

「こないだは、ありがとうございました。」

「いえいえ、そこまでのことはしていないです。」

「いや、あなたのおかげで、彼女は立ち直れた。本当にありがとう。」

「なーにー立ち話してんの!さあ、歌うよ!」


持ってきたカラオケ機は、今の時代結構コンパクトになっているんだな。

「じゃあ、私の作詞作曲したやつから!」

前奏が流れる。そして、懐かしの情景もともに流れる。そうか、これは。

「高校生の時に作ったんだ。命の恩人と歌うのが夢でね。」


恥ずかしそうに笑い、マイクを俺に渡す。この歌は、毎日のように聞いていた。それこそ、お隣にいたとき、毎日のように歌っていたから。この歌は、本当に大好きだった。


「始まるよ。せーのっ!」




自分には幼馴染と言いますか、小さなころからずっと友達っていう人はいないので(べ、別に友達が少ないわけではなく)こういう隣人との深い関わりってすごく羨ましいなと思います。

しかし、そういう人がいたらもしかするとこういう想像が膨らまないのかもしれないですね。まあ、もしかするとの話ですけど。

以上、『おとなりの声優は命の恩人と歌いたい。』でした。それでは。


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