しあわせの国
しあわせの国
昔々、ある王国がありました。
その王様は、争いが嫌いでした。
しかし、争いがなくなることはない。ということも知っていました。
それでも王様は、争いをなくしたかったのでした。
ある日、その国の王様は、一つの法律を作りました。
それは、嫌いな人を国が殺してあげる 。という法律でした。
国民たちは、この法律は、なにかのいたずらかと思いました。
しかし王様は言いました。
「殺したい人がいるものは、我らに言いつけるがよい。理由があるのなら、どんな些細な理由でも殺してあげよう」
ある一人の国民が、嫌いだった会社の上司の名前を、王様に言いました。
翌日、会社に行くと、その上司は会社には来ませんでした。
あるいじめられていた学生が、クラスメイト全員の名前を言いました。
翌日、学校に行くと、誰も教室に来ませんでした。
法律が施行されてから、一週間の間に、国民の一割が殺されました。
国民は、本当に王様が国民を殺していくことに、恐怖しました。
王様は言いました。
「人に嫌われぬよう、仲良くするのだ。そうすれば人に嫌われることもない」
しかし、殺しは止まりませんでした。
家族や恋人を殺された人が、殺しを命じた人を殺すように言いつけたからです。
殺しの連鎖が広がりました。
国はこのまま滅びるものと思われました。
しかし、しばらくすると、毎日大量に行われていた殺人が、みるみる減っていきました。
国民たちは、周りの人々が減っていく恐怖と、身近にある死に耐え切れず、他人との接触を絶つようになっていきました。
他人と関わらなければ、嫌われることも、嫌いになることもないからです。
しかし、他人との接触は少なくなりましたが、もちろん学校や職場で他人と出会います。
人々は、他人に嫌われないよう、常に笑顔で、嫌われないように振舞いました。国民全員が、そう振舞いました。
その結果、表面上、国から争いはなくなりました。
平和にはなりましたが、今度は自殺する人がどんどん増えていきました。
人々は、常に他人のご機嫌を伺い、自分を殺して生きていくことに、疲れてしまったのです。
ある人は、誰に向けたわけでもない暴言をひたすら書き連ねた遺書を残して、自殺しました。
王様は、人々の自殺率を下げるために、まず税金の徴収料を下げました。そして、医療施設の充実化を図りました。
そして、娯楽施設を沢山作りましたが、自殺者は、なかなか減りません。
王様は困り果ててしまいました。
「我が国民よ。なぜ今の我が国では、尊い命を自ら絶つ者が後を絶たないのか」
王様がそう呟くと、大臣が、
「王よ、人間というのは、多少なりとも負の感情を抱く存在。人の悪口を言わずには生きてはいけない存在なのです」
「では大臣よ。どうすれば良いというのだ」
「溜め込んだ膿は吐き出すしかない。どうでしょう、一日だけ、どんなにひどいことを言っても、許される日というのを制定しては」
王様は、大臣に言われたとおり、一年に一度、どんな振る舞いをしても許される日を制定しました。
この日は、誰にどんなことを言っても、殺されることはないのです。
この日は、わるくちの日と呼ばれました。
初めてのわるくちの日。
今まで、外に出ても、ひっそりとしていた街中が、とても騒がしくなりました。
人々は、楽しそうに暴言を吐き出しました。
別に心に思ってなくても、思いつく限りの暴言を大声で叫びました。
猿の喚き声のような不快な大合唱は、一日中続きました。
しかし、人々は肩で息するほどに叫んだ後、ふと我に返りました。
明日からは、また、どんな人にもかりそめの笑顔を振りまき、偽りの自分を演じる日々が始まります。
皆が思いました。また、早く一年後になれと。
悪口を、言わせてくれと。
いつからか、この国はしあわせの国と呼ばれるようになりました。
国民への負担は低く、雇用率もほぼ100%。
医療施設は充実していて、平均寿命はトップクラス。
犯罪は、一年間に一件あるかないか。
国民はいつもニコニコ、他人への思いやりであふれています。
ただ一つの問題点は、毎年自殺者が、多いこと。
でも、その分毎年この国に移住者は絶えません。
世界で一番しあわせのあふれるこの国に。
少年は、絵本を閉じました。
少年は自分の部屋を見渡しました。
薄暗い部屋には、家族の写真はあっても、友達との写真はない。
学習机の上には、教科書もノートもなく、あるのは厚めの本だけ。
少年は、一つため息をつくと、絵本をバッグに入れました。
そして、そのバッグを背にかけて、少年は、部屋のドアノブを握りました。
違和感を覚えて、自分の手のひらを見ると、ほこりだらけでした。
僕がしあわせを感じる瞬間は、美味しいご飯を食べているときなのですが、美味しいものはすぐ食べ終えてしまうので、あっという間にしあわせが終わってしまいます。
これはきっと、楽しい瞬間はあっという間に感じる、あの現象と同じだと思うのですが、実際は、僕がただ単に早食いだからなのだと思います。