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赤色

 中高と文化祭になる度に毎回見られる光景がある。僕と彰の間じゃすっかり名物と化してるその光景は今日も見ることが出来る。今年で四回目だ。僕はその様子をパンフレットを配りながらそっと見ているだけだ。

 校門の所で翔がゆかりさんを待っている。ゆかりさんは僕からパンフレットを受け取ると翔に気付いた。面白そうに一瞬だけ笑うとすぐに真顔になって翔に話しかける。

「なんだ、またお前なの?」

「彰はクラスで当番、晴人はそこでパンフ配り。めんどくせーけど俺が行くしかないじゃないっスか」

「それ、毎年聞いてる気がする」

「別に嫌ならいいっスよ」

「嫌とは言ってない。さて、今日はどんな風に案内してくれるの、泣き虫君?」

 翔とゆかりさんのこのやり取りを聞くのは何度目だろう。翔が「泣き虫君」って呼ばれるようになったのは中二の文化祭から。理由は知らないけどなんかきっかけがあったんだと思う。

 ゆかりさんが文化祭に来るようになったのは僕達が中一の時から。でも毎年毎年ゆかりさんが来る時間、彰はクラスの当番で、僕も係の仕事とかで、空いてるのは翔しかいない状態になる。偶然に思えるけど偶然だったのは最初の方だけなんだよね。

 最初の二回は本当に偶然だった。そしたら彰が翔のいない時に「俺に協力してくれない?」って言ってきて。中三からは彰はわざとゆかりさんの来る時間にシフトを代わってもらうようになった。僕はわざとじゃなくても文化祭実行委員の仕事が入るけど。

 知らないのは翔とゆかりさんだけ。せっかく入口でパンフレットを配る係になったから二人の様子を見てみたい。そう思ったのは今年の話。うん、彰が協力してって言った理由がなんとなくわかる。

 ゆかりさんは翔といる時、いつもより感情表現が豊かになる。翔は翔でまんざらでもないって様子。でも本人達は周りから自分達がどう思われてるかなんて気付いてないんだろうな。

 僕は自分の役割を終えるとクラスの方に顔を出す。彰には僕のシフトを代わってもらっていた。これが僕から彰に出来る協力内容。今でも彰に言われたことを覚えてる。

「晴人、お前、どうせ毎年文化祭実行委員やるよな?」

「うん」

「姉ちゃんが来る時間帯にクラスのシフト組んでくれない? で、文化祭実行委員のシフトも入れて、俺が急遽変わることにするから」

「いいけどどうして?」

「晴人のシフトを変わるのは俺か翔だろ。姉貴も翔も突然入ったシフトなら怪しまない。翔はどうせシフト決めの時寝てるだろうし」

 彰のその言葉だけで彰のしたいことがわかる僕も僕だ。ゆかりさんと翔を二人きりにしたいんだってすぐにわかった。で、ゆかりさんと翔が彰を責めるのをわかった上で僕に頼んでる。

 気が付けば仲良くなって、互いの家に遊びに行くようになって。奇跡的にクラスが離れることもほとんど無いまま。だから彰と翔の考えてることは大体わかるんだ。

「彰、私のこと避けてる?」

「毎年この人が来る時間にシフトが入れるの、やめてくんね?」

 やっぱりゆかりさんと翔が彰を責めてる。でも二人共幸せそうに笑っているものだからそんなに怖くない。彰は苦笑しながら僕を呼び寄せた。

「晴人がシフトに入れなくなったから代わりに、ね」

「そう。何時に空くの?」

「お昼までかな。それまでは二人で回っててくれる? で、お昼にまたここに来てよ」

「そうさせてもらうよ」

 ゆかりさんと翔が何かを話しながら去っていく。彰はその背中を見ると僕にガッツポーズをしてみせた。これも毎年のことだ。

 きっとクラスが違ったら別の人に同じ事を頼むんだと思う。要するに彰と僕が忙しくて翔しか空いてないって状況を作れれば言いんだから。

 仕事の合間に見る二人はどこか楽しそうなんだ。一緒にお化け屋敷に入ったり、バザーを見たり。二人はお化け屋敷が好きなのか、毎年ほぼ全てのお化け屋敷を制覇してるらしい。いや、文化祭にお化け屋敷が多いってのもあるか。

「おい晴人、翔の奴、また綺麗な女の人と回ってるんだけど。あの二人付き合ってんの?」

 仕事合間に出し物のお化け屋敷の受付をしてる友達にそう声をかけられる。翔について聞かれるのはこれで何度目だろう。昨年も同じことを聞かれたな。

「どうして?」

「雰囲気的にそう思っただけだけど?」

「多分、まだ付き合ってないかな」

「まだってことは両想い?」

「僕と彰から見たら、ね」

 友達にそう返してまた見回りの仕事に戻る。途中、一緒に歩いてる翔とゆかりさんを見かけた。拳二つ分だけあいた距離は詰めようと思えば簡単に詰められそう。なのに互いに詰めようとしない。

 二人共何度か手を伸ばそうとするけど途中でやめるんだ。あまり感情の変化を出さないゆかりさんが楽しそうに笑ってる。翔が照れたように手で首の後ろを掻いている。


 仕事が落ち着いてクラスに行けばシフトの終わった彰が僕を受付の近くへと手招きした。そして嬉しそうに笑うとピースサインをする。翔とゆかりさんを二人きりに出来たからとりあえず作戦は成功だ。

「いつから気付いてたの?」

「中一の時には。だから翔が告られて付き合った時は色んな意味でびっくりした。『姉貴と付き合えば?』って言ってやりたかった」

「しかも一ヶ月で別れたからね」

 中二の時の翔の事件は記憶に新しい。僕と彰の予想だと、あの時翔の言った「あの人」はゆかりさんのことだと思うんだ。あの一件以降、翔が話す女子はゆかりさんだけだから。

 互いに良い雰囲気だと思う。見ているこっちからすれば「お前らもう付き合っちゃえよ」って訴えたいくらい。でもどっちもなんか遠慮してるように見える。特にゆかりさんが。

 翔はどうせ自分の抱いてる気持ちに気づいてすらいないだろうな。頭の回転が速そうに見えるけど意外と鈍感だから。いや、人の恋愛事情には敏感だけど自分に対してだけはすごい鈍感って方が正しいか。

「彰、晴人、仕事終わった?」

 僕と彰が話していると翔の声が聞こえる。声のした方を見れば遠くからゆかりさんと翔がやってくるのが見えた。しかも二人はちゃっかり手を繋いでる。

「翔、歩くのが早いよ」

「あ、悪い。つい……」

「まったく、これだからお前って奴は」

「でもあんたの目当てはどうせ出し物じゃなくて彰だろ? シフト終わったらすぐに会わせたかったんだよ」

「私はもう少し回りたかったけど」

「来年は気をつける」

「お前が来年も私の案内をすることになれば、だけどね。楽しみにしてる」

 たしかにゆかりさんは彰に会いに来たわけだから翔の言葉は間違ってない。でもあんなに楽しそうなゆかりさんを見てると鈍感な翔に苛立ちすら覚える。

 ふと視線を感じてゆかりさんの方を見ると口に人差し指を当てて「黙ってて」という仕草をする。そして悪戯が成功したかのようにクスクスと笑い出す。ゆかりさんのその笑顔を見た途端、僕は全てを悟った。

 ゆかりさんは僕と彰のしてることに気付いてるんだ。ううん、それだけじゃない。文化祭を翔と二人きりで回るのを楽しみにしてるんだ。彰が毎年のようにシフトを調整するのは、それがゆかりさんの望みでもあるから。

「来年も頼むよ」

 いつの間に僕の近くに来たんだろう。ゆかりさんが僕にしか聞こえないくらい小さな声でそう耳元に囁く。気のせいかな、ゆかりさんの顔は何故か耳まで赤く染まっていた。

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