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王子の本音

 中庭で束の間のティータイムを楽しんでいると、邪魔者が現れた。一度はあたふたして逃げ出したイカルスだ。彼は飽きもせずに水弾を放つ。今度は標的アイダ以外に当たるなんてミスは犯さなかった。この時の相田は、二度目のラテ・アートに挑戦していた。先ほどに自分用に入れた珈琲コーヒーでは失敗したので、もう一度チャレンジしていたのだ。しかも、上手く出来たと自負していたが、本人以外にお披露目をする事もなく、水弾の餌食となった。集中していただけに、呆気なく後方からの水弾でカップを地面に落とし、割ってしまう。


「あぁぁ!! 自信作だったのに!」

 ずぶ濡れの状態で地面に両膝を着き、叫びを上げる。相田が犯人である王子イカルスの方に視線を向けると、第二、第三と水弾を放っているのが見えた。


「あの馬鹿ッ! イリアを巻き込む気か」

 今回の水弾は今までのよりも大きくて速かった。それだけの威力を秘めていた。回避したいが、間に合わない。それに、真後ろにはイリアスが座っていた。既にイリアスの事を愛称で呼ぶ様になっていた。仕方なく、腕で顔だけは覆い隠す。


 直後に水弾が何かに直撃して弾ける音が響く。



 水弾を放った張本人の心情は穏やかではなく、怒りや嫉妬と云った負の感情に支配されていた。自分は王族としてこの世に生を受けた。それが完全に嫌な訳ではないが、大半の人間が自分の事を個人ではなく、特別として扱う事には不満を覚えていた。


(あぁ、苛々する。なんだよ、僕を心配して追いかけてきたんじゃないのかよ。何で、すぐに諦めるんだよ! 何でイリアとは楽しそうにお茶をしてんだよ!)


 この日は、異世界から自分たちの教育係が来る日として話を伺っていた。また、名門の学校を卒業した偉い先生や王族けんりょくに媚びをへつらやからが来ると思い、気分は最悪だった。だが、実際に来たのは自分たちよりも少し年上の少年だった。この世界では15歳を過ぎると成人として扱われる為にイカルスもイリアスも相田の年齢をそのぐらいだと認識している。


 この相田千尋チヒロ・アイダと名乗っていた少年にも挨拶代わりの水弾で反応を窺う予定だったが、相田は水弾を受けた直後に怒るでも我慢するでもなく、純粋に魔法に驚いていた。自分には魔法の適正が低く、大した魔法が発動できないのにだ。それが、凄く嬉しかった。王子ではなく、自分を個人で見てくれた気がした。相田の気を惹くために何度も魔法を放ったりもした。勿論、逆効果だったが。


 この相田アイダという少年となら、表裏のない関係に成れるカモしれないと、淡い期待を抱いていたが……何故か、自分ではなく、イリアと楽しそうに談笑をしていたのを目撃し、頭に血が昇り過ぎた。気が付けば、自身が発動できる最大の魔法を放っていた。


 殺傷能力は低くても、直撃すると大怪我は免れないだろう。


 水弾が弾けて、その場に大量の水飛沫みずしぶきを散らす。


 


 水弾が迫りくる時に相田は避けれないと思い、腕だけで顔を防御する為に覆うが、直撃する瞬間に咄嗟に目を閉じてしまった。その直後に水弾が直撃した音が響く。だが、いつまで経っても痛みや衝撃が襲ってこない。恐る恐ると、瞳を開くと自分の前に光の壁が構成されていた。


「……助かった、のか。でも、どうして?」

 一瞬、意味を理解できずに唖然としていたが、その光の壁のお陰で自分達には被害が出ていない事を理解する。


「危ないわね。魔法の展開が間に合って良かったわ」

 声は相田の後ろから聞こえる。しかも、この少女の声には聞き覚えがあった。

 まさか、とは思いながらも相田は後ろを振り返る。


「これは、イリアがやったのか?」

「そだよ。私が居なかったら危なかったわね」

 イリアスには光の属性魔法の適正がある。弟のイカルスにも水属性の適正はあるが、弟は高い適正を持っていないが、姉であるイリアスは高い適正を保持していた。


「やっぱ、魔法ってカッコいいな。俺も使いたいよなぁ」

 消極的な相田も日本男児として、やはり魔法に憧れを抱いている。

「練習すれば? 教えてあげるわよ」

 イリアスの提案に相田は勢いよく返事する。地球に居た頃も相田は自分の興味のある事には積極的だった。


「OKだよ。でも、その前にやる事が出来ちゃった☆」

 語尾に☆が付きそうな声色でイリアスは光魔法をイカルスに向けて放つ。イリアスの発動した魔法は光の帯状のものが多数作成され、対象であるイカルスを捕縛するべく距離を縮める。光の帯はイカルスを雁字搦めに拘束する。


「イカルスは水弾しか撃てなかったが、イリアは違うんだな」

「まぁね。属性魔法には色々な種類があるからね。適正に左右するけど」

 魔法でイカルスを引き摺ってくるイリアス。


「私が言いたい事は分かるかな?」

 地面を這いつくばっているイカルスと同じ視線の高さに揃える為にしゃがみ込んで笑顔で尋ねるイリアス。ただし、目は笑っていない。


「なんだよ! イリアだって教育係に賛成していなかっただろ! それなのに、なんだよ、仲良くなりやがって」

 イカルスも同じ様に相田と接していたかった。傍からみていると、二人が友人の様で羨ましかったが、イカルスは素直ではない。友人の作り方も知らないし、不器用であった。


「ふーん。言いたい事はそれだけかしら? どんな人かも確認する前に頭ごなしに反対するなんて子供じゃないんだからさ。イルスももっと考えなよ」


 同い年の双子の姉は大人らしい思考の持ち主だった。

 相田は「いや、二人とも子供じゃん」と言葉にしようとしたが、グッと飲み込む。場の空気に疎い相田でさえも、理解できた。この状況で要らない言葉を言うのはヤバい、と。




「その、なんだ……すまなかったな。イカルス、お前の気持ちに気付いてやれなくて。俺は他人ヒトの感情には疎いらしくて、すぐに気付いてやれなかった」


 淡々とイリアによるお説教が続き、イカルスが半泣きになった頃に今まで黙って事の成り行きを見守っていた相田が口を開く。


( やっと、気付いてくれた)

 イカルスは内心で思った。


「お前は寂しかったんだよな?」

 相田は何かを悟った様に尋ねる。イカルスも小さく頷くのを確認し更に言葉を続ける。

イリアイカルスは仲が良いって聞いていたのに、気付いてやれなかった。俺はお前からイリアを奪ったりしない。だから、安心してくれ。お前の大好きな姉と勝手に仲良くなったのが、気に入らなかったんだろ。すまない」


 相田はイカルスをシスコンと判断して謝罪する。


「イリアも許してやってくれ。こいつも大好きな姉が自分に構ってくれなくなると思い、焦っただけなんだから」

「そう、だったんだ。っもう、馬鹿ね。お姉ちゃんがイカルスを見捨てると思うの」

 イカルスの想像していた展開とは、何かがずれていた。そして、相田にシスコン認定されていた事は当の本人は気付いていなかった。


「話は纏まったな。俺は仕事でもあるが、お前たち二人とも仲良くしたいと思っているんだ。だから、これからはイカルスも一緒だ」


「ほ、本当に?」

 イカルスは「仲良くしたい」や「一緒だ」という言葉が凄く嬉しく涙が自然と綺麗な碧眼から零れ落ちる。


「今だけは存分に泣けばいいさ。お前は俺の教え子なんだからな」

 地球に居た頃に見たテレビで言っていた様な台詞を相田は口にする。


(そんなに姉と一緒に居たかったのかよ。素直に言えば、楽なのに)


 このまま、相田が誤解を抱いたまま長い時が流れるのであった。それを後にイカルスが知ってから激怒するのは別のお話し。

 

 


 全てが大団円で終わった頃に青野が姿を現す。実は、その光景を離れた場所からウェルドと覗いていたのだ。


「上手く顔合わせは済んだかいな? 明日から色々と頼んますわ。これから相田ハンの下宿する宿まで案内するで」


 今日の所は二人とそこで別れる。二人はこの後から別の習い事があるらしい。

 

 王城を出てから五分の距離に存在する宿屋の前に青野たちは到着する。


「ここやで。これから一年はここに住んでもらうことなるからな。後の事は女将さんに聞いてくれや。これは支度金や。宿代は既に一年分が支払われているさかい」


 数時間は休憩らしい。後で合流するので、それまでは自由である。合流した時に街を案内してくれるとのことだ。日常品を先ずは買わなければならない。


 


「よし、ここで新しい生活が始まるんだ」

 相田は宿の扉を開ける。



 

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