異世界でのコーヒー
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青野が離脱した所為で一度は絶望のどん底に叩き落された相田だったが、イリアスが少しだけ手を貸してくれた。そして、イリアスの案内で中庭に向かっていた。
王城をイリアスと歩いているだけで、様々な視線が集まった。さすがは一国の王女だ。いや、理由の大半は相田だった。この世界で黒髪は珍しい。そして、どこかで勇者と同じ世界の住人という情報が漏れていたっぽい。
「アイダと一緒に居るといつもより視線を感じて鬱陶しいんですけど」
イリアスは普段から使用人等の視線を浴びているが、今日は著しく激しい。正直、少し鬱陶しく感じていた。
「王女でも慣れていない程の視線か……なんか、ゴメン」
少し申し訳ないと感じた相田は謝罪の言葉を口にしていた。
中庭に到着する。そこで、相田は大きく目を見開いた。いつもは、細目で隠れている茶色の瞳が自己主張を強めたみたいだ。それ程までに中庭は芸術的だった。まるで、理想郷だった。広さも十分に存在する。ここが城内という事さえも、忘れてしまいそうに広大である。地面には一面に芝の様な植物が均等に植えられていた。周囲には木々がバランスよく存在し、奥には綺麗な湖の様な池もあり、その周囲には多種多様な草花も茂っていた。
「綺麗だ」
たった一言だが、それ以外に表現するのが難しいぐらいに美しい光景であった。その言葉を聞いてイリアスも上機嫌になる。
「でしょ! ここは私も気に入っているのよね。ここで飲む紅茶は格別なのよ」
今までとは違い子供らしい言葉だった。普段は妙に大人ぶるが、これが素である。自分のお気に入りを褒められて彼女も上機嫌であった。
「それは今度、是非飲んでみたいな」
「仕方ないわね。いつもは一人で飲むのが、最高なんだけど、今日は特別に許可してあげるわ」
この中庭はVIP専用である。本来ならば、一般人は立ち入り禁止である。相田もドランヴァルド王国に滞在している間はVIP待遇であるから元から問題はない。
「そうか、それはありがたい。紅茶も良いが、珈琲も合いそうだな」
酒だろうが、ジュースだろうが、何を飲んでも絵になりそうな光景ではあるが。
「珈琲も良いかもね。あっ、イルス!」
景色を楽しみながら談笑している最中でイリアスがイカルスを発見した。
「ありがと、助かったよ。少し行ってくる」
この美しい景色を共有したお陰か相田はイリアスと普通に会話が出来ていた。
(アイツって私を特別視しないよね。なんか、友達みたいで少しイイカモ)
最初は軽めの敬語を含んだりして、相手に気を使っていた相田だったが、いつの間にか普通に喋れる様になっていた。今まで同年代の友人なんて居なかったイリアスは新鮮で好印象だった。
小走りでイカルスに近寄り、話しかけてみるが無視された挙句に水弾を放たれる。止む無く、相田はイリアスの方まで撤退する。
「服は水を弾いてくれるから濡れないが、髪がずぶ濡れだよ。ったく」
イリアスの傍に腰を下ろして愚痴を溢す。イリアスの場所には一人分の椅子と机がセットされていた。いつも、ここで一人でお茶を楽しんでいたのだ。
「いや、諦めるの早くない?」
五分もせずに相田は引き返してきた。
「意外と痛いんだよ」
勢いよく放たれる水の塊には、意外と威力を秘めていたのだ。威力=速度×重さである。その為にけっこうな痛みを負っていた。
「たかが、水でしょ。まぁいいわ。さっき紅茶と珈琲を頼んでおいたから」
「そうか、助かるわ。水を被った所為で少し冷えたから丁度いいや」
少しして侍女が片手にティーセットを持ち、空いている片手で椅子を運んで来るのが目に入る。見た目は二十代過ぎの侍女が片手で椅子を楽々と持ち運んでいるのを見て相田は驚く。相田よりも細く力が無さそうに見える女性がだ。
「手伝おうか」
少し距離があったので、さすがの相田も両手が塞がっている女性には手を貸す。
「ありがとうございます。では、椅子の方をお願いしても宜しいでしょうか?」
頷いてその場に下ろされた椅子を持ち上げ—―――ようとする。実際は持ち上げられなかった。かなりの重量を保持しているのだ。
「えっ!?」
この侍女でも楽々と運んでいた椅子が凄く重たくて、持ち上がらない。
「身体強化の魔法を持っていませんでしたか。気づきませんでした。では、こちらをお願いします」
手に持っていたティーセットの方を差し出してくるのを相田は受け取る。
(慣れないことをするもんじゃないな。身体強化の魔法があるだけで、あんな怪力になれんのかよ)
相田は魔法の凄さを改めて実感しながらイリアスの所まで戻る。その時に相田は偶然に水弾が放たれるのに気付き、前回の青野の様に躱す。その結果、相田の真後ろに位置していた侍女に直撃した。
「だ、大丈夫ですか! 」
慌てて心配の声を掛ける相田。
「ええ、身体強化中でしたので、ダメージもありません」
全身をずぶ濡れになった侍女は問題ないと言わんばかりに気にせずに椅子を設置する。さすがにイカルスも狙った標的以外に当たったのは予想外なのか、あたふたとしてから逃げ出した。
「弟が迷惑をかけたわね、カイナ。服を着替えてらっしゃい。セオには後で私から言っておくから」
セオノルはイリアス達の専属のメイド長でもある為に身体強化の魔法を使える侍女――――カイナの上司でもある。
「いえ、お気になさないでください。紅茶と珈琲はどちらになさりますか?」
全身をずぶ濡れな状態のカイナの白を基調としたメイド服は水で透けて下着が見え始めていた。カイナの豊満な胸に、つい視線を送ってしまった相田もすぐに我に返る。
「これは俺がやっておくから」
元々は相田を標的としていたのだから、少し罪悪感のある相田は代わりに仕事すると言い張り、カイナを帰らせる。
「後はこちらでやるから、いいのよ。私の弟が原因だし」
イリアスの言葉で渋々とカイナは帰って行った。仕事熱心な侍女だった。
「てか、アイダってお茶入れれるの?」
イリアスは自分からやると言っていた相田に尋ねる。
「まぁ一応な。本職には敵わないけど、少し友人に教わったんだ。特に珈琲には自信があるぞ」
相田の数少ない友人の一人は現在、喫茶店で働いていた。将来的には自分の店を出すのが夢らしい。バリスタとして修業しながら、店を構える為の資金を蓄えている友人である。仕事を辞めた相田とは大違いであった。
「へぇー、じゃあ私には珈琲をお願いね」
少し期待を込めた眼差しで相田を見るイリアス。
「砂糖やミルクはどうするんだ?」
「砂糖は少しでもいいけど、ミルクは少し多めで」
大人ぶっても、味覚は子供な為にミルクを入れなければ、珈琲を飲めれないのだ。
「ちょっと、味見していいか。この世界の珈琲を飲んだ事ないから適量がわからないんでな」
相田には異世界の珈琲の種類なんて理解できない。地球の種類も有名なのしか知らない。先ずは香りを嗅ぐ。そして、自分用のカップに一杯注ぎ、砂糖もミルクも無しのブラックで一口。
(少し苦いかな)
砂糖やミルクを少し足してみる。
(まぁよくわからんが、美味いな。さすが王族の御用達だ)
相田はカップに珈琲を注ぎ、砂糖を少し加える。そして、ミルクの入った瓶から少しずつ入れてマドラーで表面に花を描く。
「まぁ久しぶりにしちゃぁ、上出来かな」
相田のした事はコーヒーアートやラテ・アートと呼ばれるものだ。自分の出来に満足する相田。
「えっ? どうやったの? すごいじゃん」
イリアスも大興奮である。こちらの世界にはラテ・アートの文化は存在しないらしい。
「まぁこれぐらいなら出来るかな。俺の友人はアニメのキャラクターとかも描けるぞ」
相田は薔薇の花や葉にハートぐらいまでは出来るが、キャラクターの様に複雑なものを描くのには技術が足りなかった。
「あにめ? きゃらくたーって?」
こちらの世界にはアニメが無いので、凄さが通じなかった。
「まぁいいさ。とりあえず、飲んでみてくれ。味はよくわからないんでな」
相田はこちらの世界の味覚の基準がわからない。それでも、この珈琲は美味しいと相田は思っていた。日本人とは味覚の好みが違う可能性もあるが。
「飲んでも、良いの?」
「嗚呼、その為に入れたんだぞ」
躊躇いをみせながら、やっとの想いでイリアスは珈琲を口に含んだ。
「ん、美味しいよ。少し苦いけど」
「そうか、次はもう少しミルクでも入れてみるか」
相田も自分のカップに珈琲を注いだ。自分のには植物の葉を描いてみたが、少し崩れて失敗した。
(久しぶりだと、こんなもんか)
日本に戻った時には友人にもう一度教えてもらおうと、決心した相田だった。