幸運少女は、終末を見た。
あちこちから上がる黒煙がほの暗く空を覆い、地上には埃と砂と腐臭の混じった粉塵が静まることなく舞い漂い続けている。どこもかしこも視界の悪い世界の中、暗い鈍色と赤茶色のみが少女の目には映っていた。
少女は虚ろな目をして俯き、人知れず口元を歪めながらふらふらと覚束のない足取りで瓦礫の中を歩いていた。瓦礫の隙間からは稀に誰かの手足だったものが突き出ていたが、少女はそれには目もくれず歩き続ける。遠くから少女の耳を掠める誰かの悲鳴、号哭、怒号、呻き声、乾いた笑い声……それらも聞こえていない様子で、ふらふら、ふらふらと足を動かしている。
「きみは死んでるの?」
鮮やかに聞こえてくる誰かの声。少女はまだ反応しないが、埃ですっかり汚れた服を引っ張られたことにより足を止めた。ゆっくりと、振り返る。
「誰が生きてるの?」
ゆるゆる、力の入らない首を横に振る。少女は死んではいないし、誰も生きてはいない、と。
「誰も生きてないの? きみ以外?」
「知らない」
かすれた小さな声で呟き、少女はまた歩き出そうとする。その薄汚れた背中に、再び声がかかった。
「よかったね、生きてて」
返答は無言。少女はぼんやりと歩きつつ、また静かに首をふる。
……よくはないよ。
崩壊した街で、瓦礫と、埃と、時々血だまりを踏みながら歩く少女は、ただその終末を眺め、嘲笑う。誰もみな殺し、自分だけを生かした惨状を、光を灯さない目で見つめる。そして、黒い空がそんな少女を淡々と見下げていた。
世界は死んだ。少女は生きている。世界に生きる自分達が、死んだここで生きていく意味などないというのに、生きたくなかった。少女は、全ての意味を失って、ただただその目に終末を焼き付けていく。
歩く。
歩く。
歩く。
やがて倒れる。
空の黒を眺める。
眺める。
空と見つめあう。
かつて色鮮やかに華やいでいた空の様子は一変し、どんな感性をもってしても綺麗とは言い難い、醜い残酷さを重たくたたえていた。人々の命が空へ昇ったと言うのなら、人々の嘆きを吸いすぎてしまったのだろう。
少女はそれでも生きていて、誰もがそこでは死んでいる。それは冷たく、無慈悲に少女をシンと包み込み、蝕んでいた。
壊れてしまった世界にひとり……少女だけが、世界。
嗚呼、色彩のない世界は、少女の瞼と共に閉じられた。