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敏腕調査官アトム@多胎児制御理論_08_決


 老朽化した原子力発電所の崩壊に伴い、政府から施設の解体を委任された業者の他、同現場に残る汚染された建材や土壌の調査に訪れていた専門家を含む百人以上の関係者が犠牲となった。

 現場となった原子力発電所は次世代のエネルギー源として期待されていただけでなく、自然の景観を守り、且つ共存を叶えると云うコンセプトで設計されていたビオトープ(Biotope/生物群集生息空間)でもあった都合、また建物の強度や万が一のメルトダウンに備えて……と云う安全策も考慮した結果、地中での建設が企画され、開発が進められていた。

 が、日本で起きた東日本大震災の折、臨界に達した福島原子力発電所の事故を受け、世界的に脱原発の動きが激しくなると、同現場に建造中だった施設も中止せざるを得ない状況となり、その後、紆余曲折を経た施設は、政府が軍事施設として利用する事を目的に買い上げられ、密かに原子力発電所も併設する要所として改めて開発される運びとなった。

 当時、激しさを増していたアフリカ、及び中東での戦争を見据えた開発ではあったものの、アフリカ最古の独立国でも知られるエチオピアで開かされた国際会議でアクスム停戦協定が政府の買い上げより間もなくて締結されると、大規模な戦争は下火となり始め、結果、同施設は予算縮小の憂き目に遭い、再び放棄されてしまい、暫くは独立行政法人のような特別な研究所として運営された。

 複数の所有者の下で建造や改築が進められ、またコンセプトなども違えていた中での開発だった所為か、施設の一部に構造的な欠陥があるのではないかとの指摘が以前より挙げられていた為、廃炉と廃棄が既に決定した頃、企画当初のアイディアでもあったビオトープの効果をまとめたく思った専門家が施設の解体に伴い、設置された原子力発電所が自然に及ぼした影響を調べる事に動き出した所、構造的な欠陥から少なくない放射能が漏れている事が報告され、大規模な調査が提案された。

 政府は放射能除去用ナノマシンTQを前に、綿密な解体計画を立案する為、特別委員会を設置、再び現場へと出向させるも、施設は崩壊、赴いていた関係者の多くが被爆する事となり、ナノマシンTQの開発から見れば過去最大級の事故となってしまった……ね」

 内容を確認すると同時に、事の結末は悲惨なものになってしまったと言いたげに語尾を強調する貴志青葉からは、事件から半月ほど経過しても残る蟠りと敗北感が見て取れた。

 ユダの殺害に始まった多胎児の具体的な蜂起は、HALマティアの説明した通り、多胎児制御理論に携わった研究員らへの復讐が果たされる形で終わっていた。

 アトムらをシモンの部屋に軟禁している間、多胎児はHALマティアが掌握したシステムと共に水槽を制圧、部外者だったユリウス・アイヒロートとレイラ・ユーティライネン、Si.Hyのクロミアを除き、同所にて関係者を隔離した後、同施設内の原子炉を自爆によって破壊した。

 原子炉のメルトダウンより3日後、散布された放射能除去用ナノマシンTQによる浄化が済み、現場の検視を行った所、高濃度の放射能に冒され、また四散した身体が故か、困難を極めた多胎児の遺体回収は、トマスの他、11人分に相当するであろう肉塊と、岡田林の亡骸が確認され、一応、多胎児の蜂起は決着を迎える事となった。

 「事実を脚色するなら多胎児の行為……蜂起が正しいのかな。それを織り込んだ方が良かったんじゃないの?」

 skinfaxiとGAFで認められた公式の記録に対して、文句ではないものの、僅かばかりの疑問を呈する青葉にアトムが説明した。

 「アーベントロートにも指摘されましたけど、実際問題、多胎児による蜂起はあの1回限りですから、変に不安を煽る意味もないかなと。それに原発があるとは言え、テロが起きるだけの戦略的優位性もないので、リアリティが薄いと考えたんですよ」

 「アーベントロートさんは口煩かったんじゃないの?」

 skinfaxiの口達者で知られ、カバーストーリーの可否を決める責任者のひとりでもあるアーベントロートも納得した公式見解だと告げるアトムに、青葉が真相を問い質した。

 「で、正式には?」

 「それをこれから確かめるんですよ」

 と言ったアトムは、実は既に青葉と共に車中で一時間ほど過ごしていた。場所は閑静な住宅街、同州では最も治安が良い場所でもある。確かに一時間以上も同じ場所へ車を停めていてるにも関わらず、警察の職務質問もなければ、住民の苦情も聞こえてこない、若しかしたら単に住民の警戒心の薄く、また隣人に無関心なだけなのかも知れなかった。

 繰り返すように同じような佇まいが並ぶ住宅街の一画、視線の先に立つ表札にはBonhommeと書かれている。綺麗に整えられた庭先には番犬らしからぬ草臥れた様子のシュナウザー犬が寝そべっていた。しかしながら庭の芝生と同様に刈り揃えた毛並みからは家主の几帳面さが窺える。

 「……来た」

 予めタイムスケジュールを確認していたとは言え、多少の遅れもあったようだ。郊外の学校から戻って来た派手なオレンジ色のスクールバスが止まり、5人の少年少女が母親や父親に迎えられ、下車し始める。

 「あれ――――ホント?」

 青葉は目の前の現実が受け入れられずに思わず声を張った。

 「行きましょう」

 車を降りたアトムに続き、やや慌てる形で後を追いかけた青葉の前で、アトムがひとりの男性に声を掛けようとしていた。

 「初めまして」

 「……えっと、どちらの方でしょうか?」

 スクールバスから降りて来たのは息子だろうか――――孫と言うほどではないにしろ、些か年が離れているように見える。褐色の肌にやや癖のある黒髪、白人と云うよりラテン系の印象の強い顔立ちだった。初老に差し掛かった男性とは血も繋がっていないようだが、養子なのか、家族らしい立ち振る舞いは、しかしながら他人行儀な硬さを残している。

 「アンドレ・ボノムさんと……ユダ、かな?」

 アトムの名指しに息子らしき少年の表情から色が失せた。

 「――――家の中で話しましょうか」

 強張った声音を震わせながらも提案したアンドレ・ボノムの言葉にアトムは頷いた。

 「全てを話して貰えますか?」

 「ここまで来たなら全てを知ってるのでしょう――?」

 背中を向け、(04)ユダと共に自宅へと歩き出したアンドレは酷く悲しげな雰囲気で肩を落とすと、諦めたような面持ちでアトム達を家の中へと迎え入れた。他に家族は居ないのか、廊下に人の気配のない、だが廊下に飾られた額には家族写真らしき人々の姿が収められている。

 リビングに通されたアトムと青葉に正対したアンドレと(04)ユダは、開口一番、自らの処遇がどのように処理されるのかと訊いてきた。蜂起を起こした犯罪者として裁かれるのか、戸籍のない多胎児として処理されるのか、或いは見逃してくれるのか、と執拗に訊いてくる。

 「……どうして貴方が生きてるの?」

 原子炉内、及び館での検視による報告書には、損傷が著しいものの12人の多胎児の遺体が回収されとの記されていたように青葉は記憶していた。

 「自爆して、原子炉を破壊したんじゃないの?」

 「そこなんですよ」

 アトムが言った。

 「自爆テロに違和感を覚えたんです。そもそも破壊したらと言って原子炉をメルトダウンさせられる訳ではないんですよ」

 「そうなの?」

 「一概にそうとは言いませんけど、思い出して下さい。館のシステムをマティアを名乗るAIが乗っ取っていたんですよ。だからこそ蜂起が成功していた訳じゃないですか。若し、確実に原子炉をメルトダウンさせたければ、掌握した館のシステムを使い、原子炉を操作した方が確実にメルトダウンさせられると思ったんです。

 それに自爆と云うのは恐らく二通りのパターンしかないんですよ。ひとつは逃げ道がなく、最後の足掻きとしての自爆。もうひとつは殉教と云う形での自爆。ですが、多胎児のそれの場合は何れもしっくりこなかったんです。

 皮肉で聖人の名前を使うような考えの人が、殉教なんて手法を取るのかなと。確かに皮肉に皮肉を重ねたとも考えられますけど、単純に殺すと云った復讐を取らず、被爆させて苦しめると言った理知的な怨嗟を仮に本音だとしたら、やはりシステムを介した原子炉の暴走の方が確実でしょう。

 計画だってリアルタイムで聴取の映像を集めてから偽装の映像を作る、HALを乗っ取るなど綿密な印象があります。最後の足掻きとするのも何処か違和感がありました。

 なら、自爆には別の意味があったんじゃないかと。青葉さん、自爆でバラバラになった死体、しかも遺伝子の型も同じで、高濃度の放射能に晒され、個人の特定と差別化が難しい死体の破片しか見付からない中、本当に全員分の死体があったと云う保障があると思いますか?」

 想像してみた。肉片ばかりの遺体を集めたとして、12人分の身体があると証明出来るのだろうか。例えば右腕が12本も揃っている事などまず在り得ないと想像出来る。正確にはトマスとヨハネを除く10人分だ。

 「勿論、マティアの証言を全て真実だと、或いは限りなく本音に近い内容だろうと云う仮定でもありますし、どちらも、誰もが時間稼ぎをする為だけに適当な事を言っている可能性もありますけど、あの話の中で変に引っ掛かる所があったんです。マティアが外部とのネットワークを開く為、外部の人間を呼ぼうと画策したとき、賭けと言った辺りですけど、こう言ってたんです。

 ≪復讐もそうだったように14人で決めたんですが、もうひとりは断固として反対を貫き通していましたが……≫

 14人とは、12人の多胎児に、トマスの別人格、マティアを含む14人の事だと思いますが、この≪もうひとり≫と云う言い方――聞きようによっては、まだもう一人いる事を告げているようにも聞こえたんです」

 「それが……この人?」

 漸く取っ掛かりが見えてきた青葉は自ずと視線をアンドレへ向けていた。

 「それとユダはトマスを殺害した手前、急遽、用意した部屋へと閉じ込められました。その部屋は独房と云う性質を持たせる都合、館のシステムからは切り離され、別に監視員を置いていた筈です。

 多胎児の蜂起に伴いユダが助け出された可能性もありますが、案内役だった岡田林は言ってたでしょ。事情聴取がスムーズに行われるよう監禁していたが、終わったら直ぐに移送されると」

 「その人は……そうだ、確かアンドレ・ボノム、その人だ」

 青葉の中で物語が気持ちよく噛み合ってきた。

 「そうか、若しかしたら蜂起が起きたときにはユダは居なかったのかも知れないのね?」

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