敏腕調査官アトム@多胎児制御理論_06_訣
訣
(04)ユダも含む関係者への聴取を謳いながらも、GAF(Guild of Arbitrage Fixer/裁定弁護人協会/ガフ)の調査がリョルの館で継続中のプロジェクトの是非を問う内偵である事は明白だった。
しかしながらGAFに派遣されている筈の貴志青葉は多胎児への聴取に対して消極的な態度を見せていた為、若しかしたら後処理の明らかな事件と同様にプロジェクトの続行の結論が出ている可能性も考えられる。
当然、プロジェクトの続行の是非が気になるのか、多くの関係者が仕事中にも関わらず一堂に会していおり、誰しもが一様に気難しい表情をモニターに突き付け、GAFの動向を気にしている様子が窺えた。恐らく部屋にはいない残りの関係者も何らかの手段を通し、状況を見守っている事と思われる。
「敢えて同じように会話を誘導しているのかな?」
(05)ペテロの聴取が終わり、(06)ヨハネの部屋へと赴くアトム達の姿をモニターに眺めながら、多胎児制御理論とは無関係のプロジェクトに招かれていたゲストでもあるユリウス・アイヒロートは、先ほどまでの会話を思い出しつつ、誰に向ける訳でもなく呟いた。
「どうしてこの順番なのでしょうか?」
ユリウスと同じくSkinfaxiの訪問に興味を惹かれ、休憩時間をずらしてまで水槽の管理棟に訪れていたゲストのレイラ・ユーティライネンが、ふと敬意でも払うような口調と共に連れ立ったSi.Hyのクロミアへ質問を投げ掛けた。
「レオナルド・ダ・ヴィンチ作の最後の晩餐を左から見ると、アトムの提案しような順番になります」
「どう云った意味があると思いますか?」
「順番に理由はあっても大きな意味合いはないと考えます。単にユダの犯罪と云うキーワードから連想しただけでしょう。オリジナルも含め、Si.Hyの思考は飛躍が過ぎると評される事もありますが、殆どの場合に於いてキーワードを機械的に繋げた結果である事が多いですから、時に脈絡がないように見える事もありますよ」
クロミアの素っ気無い返答を聞いたレイラが落胆したように呟いた。
「そうですか――。う~ん……リアルタイムで見なくても良いかな。そろそろ仕事もやらなくちゃだし」
スケジュールでも確認するようにレイラが言った。
「ドクターユリウスはどうされますか?」
「そうだな、私も後で録画を見る事としましょうか」
多胎児の聴取が全て終了するまでの時間に凡その検討を付けてから、休憩時間を超過してまで見る価値はないだろうと判断したユリウスは、クロミアを連れたレイラに続き部屋の出口へと向かい歩き始める。振り返れば、モニターに映るアトム達は(06)ヨハネの部屋へと到着しており、聴取をまた始めようとしていた。
「あ、」
レイラが扉の前に立ったときだった、まるで迎え入れるように開かれた扉の前でクロミアとHALが互いの肩を接触させた。警備の都合、巡回中のHALを日に何度と目撃する事はあったものの、やはり兵器としてのコンセプトを持っていた事に考えが及ぶ所為か、未だHALに慣れない所があるレイラは少しだけ驚いた声を上げそうになる。
「っちょ、クロミア――――何、ぶつかってるんですか?」
急には立ち止まれず、クロミアの背中に鼻からぶつかってしまったレイラは口を尖らせた。が、冷静に考えればどうしてクロミアとHALは衝突出来たのだろうか。確かにSi.HyやR.U.R.に代表される人型のラバロンは人の機能を模している都合、特徴的な挙動や癖も真似てしまう所がある。とは言え、全ての能力が人間の比ではないのも事実、況してや恒常性に似た自己診断プログラムで毎日のシステムチェックを欠かさないクロミアが、やはり軍事用に足る能力を持つHALとぶつかる可能性は極めて低いように思われた。
一体、何が起きたのだろうか、と改めて視線を持ち上げたレイラの目の前には見慣れない光景が広がっていた。ぼんやりと霞の掛かったような曖昧な世界、加えて斜めに傾いていた床にバランスを崩したレイラの身体が横へ滑りそうになる。反射的に支えようとした腕は投げ出され、押し寄せるようなベクトルにレイラの身体は振り回された。
「何が起きてるんだっ?!」
研究員の怒号も掻き消すように、立て続けに炸裂した発砲音と共に衝撃波と見紛う程の閃光が瞬いた。どうやらスタングレネードに類する非殺傷の武器が爆発したと思われる中、焦げ付いた視界でまともにモノも見えない研究員らに部屋の外から向けられたスタンガンの電極が突き刺さる。
迸る電圧が空気を爆ぜさせ、研究員を気絶させた。場合によっては心臓麻痺も促すほどの高出力のスタンガンは研究員らへ護身用に配られた代物である。市販品と同様に小型ながら不相応な威力を放出する電極は、研究員の服を焼き、また肉を焦げ付かせていた。
突然の状況も理解出来ず、混乱する頭で助けてとも言えない研究員らの三半規管や平衡感覚は未だ狂わされたままだった。逃げ出そうにも足はもつれ、時には横転もしている。壁にぶつかったり、机に躓いたりしながらも出口へと爪先を向けていた研究員のひとりが、混乱に乗じて現場から逃げ出そうとしていた。
襲撃者のスタンガンが電極を飛ばし、ひとりの研究員を捉えるも、別のひとりは影に隠れていた為、当てる事は叶わなかった。相手を心臓麻痺にさせるほどの高出力故に一回しか使用出来ないスタンガンの特性を充分に知っているらしい襲撃者は、無用の長物となった銃身を捨て、傍らにぶら下げたアサルトライフル――――全体的に平たく寸胴にも見えるPAPOP(PolyArme POlyProjectiles)を構えると同時に照準も絞らず発砲する。
素人なのか、襲撃者らしからぬ構えから放たれる銃弾は、PAPOPの反動に任せるまま、部屋を斜めに横断していった。壁に掛けられた絵画を砕き、テーブルの上のパソコンも破壊する。天井に埋め込まれた蛍光灯も砕かれると、部屋は一瞬だけ暗闇と硝煙に包まれた。
「クロミアッ!」
未だ視界の晴れないレイラはクロミアに状況を制圧するように命じた。HALが軍事用とは言え、所詮はR.U.R.に過ぎず、基本的なスペックでは圧倒している筈である。スタングレネードの影響もクロミアには関係ない、ただ懸念すべきはHALにはデフォルトで幾つかの兵装が備わっている事だった。先ほど前腕を割り、表したショットガンの他にも銃火器や刃物の類が装備されている。一見、華奢な人型でも使われている材料は生物と云うよりは兵器に近く、恐らく強度や重量がクロミアの倍はあろうかと想像された。
従って優先すべきは襲撃者側の最大戦力と思しきHALの制圧だった。思考に於いてはHALの先を行くクロミアは確かに先手を取っていた、にも関わらずクロミアの速攻に素早く反応して見せたHALは、暗闇の中、突き出されるクロミアの拳を甲で弾き、懐に入り込むと同時に無防備な鳩尾へ掌底を叩き付ける事に成功する。
目的に特化したHALの攻撃に加え、二倍ほどの体重差から繰り出される一撃は数百キロの威力ではなく、クロミアを大きく悶絶させた。人間の構造を模しているが故の骨格的な間隙は文字通りの弱点となり、内蔵にまで達するほどの衝撃に肋骨は砕かれる。辛うじて吹き飛ばされる事は免れたものの、苦痛に歪ませた表情から覗いたHALは既に次の攻撃に移っていた。
HALの両腕の前腕は橈骨と尺骨を広げ、二つの大口径のショットガンをクロミアへ向けられていた。左手のショットガンから放たれた銃弾は、最初に部屋へ登場した際に発射したスタングレネードに似た閃光と衝撃を生み出す特殊炸薬弾、二発目も同じ特殊炸薬弾、三発目は装填した後の散弾、左右が共に二連式だった事を鑑みれば、左手には散弾が残っていると思われる。
一方、右手のショットガンは未使用である。同じような戦略を取る都合、アクシデントに備えて左右に同じ順番で銃弾が入っている可能性が高いものの、左手の散弾ひとつでも正面から食らえば致命的な重症を負う事は避けられそうになかった。
横へ飛び、回避する……直撃だけは避けなければならないと判断したクロミアだったが、HALの銃口の向く先に佇むレイラの姿が目に入る。いや、HALは壁にぶつかりながらも部屋の出口から何とか逃げようとする研究員に狙いを定めていた。回避すればレイラに銃弾が直撃する、と改めてシミュレーションしたときには、クロミアは回避運動に入った身体を捻り、無理矢理に反転させていた。
予想通り左手のショットガンからは散弾が飛び出し、右手からも同様の銃弾が吐き出された。至近距離で二発の散弾を受けたクロミアの腕は吹き飛ばされ、炸裂した衝撃波に身体が振り回される。
「クロミアァアッ!!」
悲鳴と変わらない声を上げたレイラの胸にクロミアが凭れ掛かった。未だ細部に焦点の合わない視界ながら、真っ赤に身体を染めたクロミアが確認出来る。僅かに耳鳴りを残すものの、ほぼ正常な機能を取り戻した聴覚と共に、漸く揺れの治まった床の上へもつれるような形で転がったレイラは、しかしながら一方で状況を正確に把握しつつあった。
部屋から出ようとした矢先、遭遇したHALから鎮圧用の非殺傷の武器が放たれた。恐らくスタングレネードなどの閃光炸薬弾だろうか。続け様、HALの背後から現れた誰とも知れない襲撃者が、研究員に配られたスタンガンを用いて先制、次いでアサルトライフルやスタングレネードを駆使し、部屋に集まっていた研究員らを襲撃する傍ら、クロミアがHALの迎撃に打って出る。が、レイラを庇った為に負傷した。
誰が館のシステムを掻い潜り、またHALを乗っ取った上、強襲を仕掛けてきたのかまでは分からないレイラだったが、兎に角クロミアの応急処置を急がなければいけない事は理解していた。
緊急に外部からの命令でクロミアの身体を、人間で言う所の無意識のレベルで操作し始める。言葉にならないテキストを繋げ、直接、Si.Hyの機能を動かした。止血し、神経を遮断、脳に当るSAMMの機能を保全する為のバイパスも繋ぎ、途切れた意識を回復させる。
「クロミアッ!」
胸の部分が激しく上下し、クロミアの筋肉が自らの心臓をマッサージする。小さく上下に弾むほど強いマッサージの衝撃にクロミアの身体は揺れていた。AED(Automated External Defibrillator/自動体外式除細動器)と同様にSi.Hyの危急的心肺蘇生の間は外部からの補助も出来ない事に煩わしさを感じつつ、レイラは周囲の状況に気を配った。
「動くなッ」
漸く視界の靄が晴れ、仔細に全てを確認出来ると思った矢先、レイラに銃口が突き付けられる。僅かに熱い銃口は既に何度も銃弾を放った証拠だった。鼻に付く焦げ臭い独特な臭いは硝煙と言うものだろうか。特に求められた訳でもないのに、レイラは自ずと持ち上がった両手に無抵抗を表明する。
「誰―――なの、あんた達?」
精一杯の虚勢でもあり、少しでも相手から情報を得ようとする僅かばかりの抵抗だったが、極寒に晒されたように震えるレイラの唇から発せられる言葉はまともに聞き取れるものではなかった。
「後で知る事になりますよ」
恐怖こそ拭えなかったものの、不思議と耳に心地良い声に誘われる形で襲撃者の顔を見上げたレイラは、逆光を背負い、濃い陰を重ねた表情の軋むような笑顔に惹き付けられた。