表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

敏腕調査官アトム@多胎児制御理論_05_血


 前腕を構成する橈骨と尺骨が罅ぜ、間に隠して置いた小型のショットガンが銃口を覗かせたかと思えば、標的に視線を絞ったHALの手首……銃口に置き換わった場所から赤熱と排煙を撒き散らすスラッグショットが撃ち出された。

 (06)ヨハネの腕が岡田林を捕まえようとしていた一瞬の瀬戸際に事態は急転した、突き放すような形ながら(06)ヨハネから解放された岸青葉が向こうに佇むHALの銃口の射線から逃げる為に蹲った一方で、アトムはHALの懐に飛び込むと同時に、剥き身となったショットガンの銃身を掌底で叩き上げようとしていた。

 カメラ越しに状況を見ていた研究員らの判断は理解出来ず、憶測するに止まるが、(06)ヨハネの排除と云う決断に従っているらしいHALの銃口が、岡田さえも含めて(06)ヨハネを射線に捉えていたからだ。

 銃弾は殺傷力の高いスラッグショットでも高い貫通力が期待されるライフルドショット状の成型炸裂弾である。弾道は(06)ヨハネを貫くばかりか、岡田さえも穿つような射線を描いており、人命をまるで無視したものだった。加えて銃弾の先の細工により、内部の火薬を用いた衝撃波で強い穿孔力が生み出される特別な成型炸薬弾は、相手に当った瞬間に弾丸が歪み、その圧力によって後尾の火薬を炸裂させる結果、盾となった物体を破壊した上、爆轟による衝撃波と燃焼を、恰も槍のように後ろへと飛ばす代物である。

 施設内の警護に配備されているだけのHALには過ぎた特別な成型炸薬弾――――仕組みの中のひとつの変化を注目しただけにも関わらず、字面の所為か、随分と強烈な印象を与える為にHELショット(Hugoniot Elastic Limit Shot/ユゴニオ弾性限界弾)と好んで呼ばれる銃弾は、HALに内蔵された二連式のショットガンから立て続けに二発が発射されていた。

 一発は天井に大きな穴を穿ち、もう一発は――――と振り返ったアトムの目に、蹲った青葉の頭上を濡らす鮮血が映り込んだ。傍らには左肩を失い、恐らく即死だったであろう岡田と、HELショットの爆轟から生み出された衝撃波に旨を両断された(06)ヨハネの真っ赤な肢体が佇んでいる。

 「ッ!」

 カメラ越し故に無責任な、且つ思慮の浅い早急な判断を下した研究員らに言い表せぬ苛立ちが向いたアトムは、ウランと共に青葉の介抱へ腕を伸ばした。

 「ご、ごめんなさい――」

 全身を激しく痙攣させるように震わせながらも、開口一番に迷惑を掛けた事へ謝罪した青葉に、アトムとウランは優しく声を掛けた。

 「大丈夫?」

 「立てますか?」

 腰が引けている様子の青葉を抱き起こしたアトムは、再びカメラ越しに視線を送った。

 「――――行こうか」

 血に濡れる事を気にせず、青葉の腰に手を回したアトムは、ウランを連れ立ち、血腥くなった(06)ヨハネの部屋から出ようとした。出入り口までの通路の途中には、動きの止まったHALが腕に隠したショットガンの銃口を天井に向けたまま、今以って佇んでいる。研究員らも状況を察したのか、HALへの指示を止めているようだ。

 「血……気持ち悪くない?」

 血で汚れてしまったハンカチを捨て、袖口など服の裾で青葉の顔を拭うウランから心配そうな声が囁かれる。

 「気持ち悪いわよ」

 気丈に返している様子の青葉だったが、寒さに耐えるように唇からは気持ち上擦った声が聞かれた。

 「あれ……」

 扉が開かなかった。案内役である岡田の不在が原因だろうか。或いは視察と査察が目的に訪問していた部外者の前で散々な醜態を晒した事への内部の混乱か、アトム達の存在に扉は反応のないまま構えている。

 「開けて下さい」

 示し合わせた合図を上申するように言ったが、扉に反応がなかった為、アトムはもう一度、今度はやや憤懣や苛立ちを乗せた調子で、扉の開放をお願いした。

 「開けて下さい」

 だが、相変わらず反応を見せない扉に……引いてはカメラの向こうに居る研究者へ命令するように、フラットながら強く扉の開放を要求したアトムは、語尾にだけ棘を表した。

 「開けて下さいッ」

 扉は開かなかった。まさか事態を収拾する為の時間でも稼いでいるのだろうか。とも勘繰ったアトムは、仕方ないと言いたげに溜息を零すと、支えた青葉を担ぎ直しつつ、自ら扉を開ける事に決心した。

 扉の横のコンソールに手の平を宛がい、リョルの館のシステムに干渉する。Skinfaxiでもアトムだけが秀でた他へのハッキングはE-xia(Exo-Immune Adherence control system/外部免疫付着反応/オシア)と呼ばれおり、生理的な抗体抽出を模している為に、対象の様態に従い、多少の時間こそ掛かるものの、必ず防壁を破り、また支配下に置く事が可能と云う無二の特徴を持っていた。

 暫く……と言っても一分に満たない間、コンソールに手を宛がったアトムはE-xiaに注力していた。間もなくシステムの掌握が終わろうかというとき、今まで沈黙のまま構えていた扉が急に開放される。

 「あ……いた?」

 困惑気味に呟いた青葉、ウランも同様に事態の把握が出来ずに窮している様子だった、アトムもシステム掌握の前に扉が開いた事が解せないばかりか、違和感も覚えている様だった。恐る恐る扉を過ぎ、多胎児のパーソナルエリアを繋ぐ通路へと出る。自室での軟禁を命令されているからか、先ほど(12)シモンが顔を出したような予想外の出来事もなく、ただただ静寂に包まれていた。

 真っ先にエレベーターへ向かったアトム達だったが、(06)ヨハネの部屋と同様に動く気配がなかった。E-xiaでコンソールに触れようとした矢先、ふとアトムは閑か過ぎる辺りに違和感を覚える。

 HALの銃声はショットガンだった為、かなりの大きさで聞こえていた筈、幾ら壁が分厚く、また軟禁を強いられていたとは言え、多胎児がまるで顔を出していない事が奇妙に感じたからだ。

 (07)トマスの事件の際、確かに(06)ヨハネが兄弟を呼び、現場に集合を掛けている。だが、先ほどの(12)シモンのように多胎児は互いに動向を気にしている様子が窺えたアトムは、(06)ヨハネの死亡に全くの無関心……無反応が少しばかり解せなかった。

 賭けか。(06)ヨハネの言葉が思い出されたアトムは、青葉をウランに預けると、直ぐ近くであり、また次に訪ねる予定だった(02)アルファイの部屋に向かった。

 「……いない」

 (02)アルファイの部屋が空だった事に疑念を覚えたアトムは、次いで向かいに位置した(01)ナタナエルの部屋から順に、不在である筈の(04)ユダと(07)トマスも含め、全ての多胎児の部屋の様子を確認して行った。

 (03)アンデレ不在、(04)ユダは別室へ隔離中の為に不在、(05)ペテロ不在、(06)ヨハネと岡田林の死体だけが床に横たわっていた、(07)トマスは死亡に付き水槽の別室に保存中、(08)ゼベダイ不在、(09)フィリポ不在、(10)マタイ不在、(11)タダイ不在、そして最後となる(12)シモンの部屋を訪れた。

 「こんにちわ」

 「……シモン、」

 でもないね、との言葉を呑み込んだアトムの前には、(06)ヨハネの部屋から何時の間にか移動していたらしいHALの姿があった。

 「マティアです。13番目の兄弟ですかね、一応。まぁ、敢えて申し上げる事が許されるならば――ですけど」

 まるで含みも持たせず、HALマティアは聞いてもない正体について告白した。

 「確かリョルの館のセキュリティのOSには、多胎児のミラーニューロンの働きを解析して作った、脳波などを同じくするボトムアップ式の人工知能が使われていたんだったね――――」

 軋むような笑顔を見せたHALマティアが悲しげな声音で頷いた。

 「知性が宿っているとは思ってなかったみたいですね、ここの研究員の人は」

 やはり(06)ヨハネの部屋からリョルの館へアクセスしたときの、生理的な機能を模したE-xiaだからこそ感じ取れた視線のような気配は、システムが単純なAIではなく、少なくとも知性の評価テストに値するだけの複雑さを持っているが故の機微だったようだ。

 「正直に告白すれば私はただ時間稼ぎをしたいだけですので、暫く付き合って頂けませんか?」

 元より人間性を表現するのに充分な機構が備わっていないHALの顔から、マティアの真意を窺い知る事は難しかった。

 「エレベーターの前でウランと青葉さんが待ってる」

 2人の身の安全が先ず最初に気になったアトムは、HALマティアに交渉の余地があるのかどうかを確かめた。

 「私の邪魔をしないのなら、危害を加えるつもりはありません」

 言い換えれば、邪魔するなら容赦しないとも聞こえるHALマティアの返事に、アトムは、分かったと答える以外の選択肢がなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ