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敏腕調査官アトム@多胎児制御理論_04_転


 (01)ナタナエル、(08)ゼベダイ、(03)アンデレ、(05)ペテロ、(06)ヨハネ、(02)アルファイ、(09)フィリポ、(10)マタイ、(11)タダイ、(12)シモンの順番――――最後の晩餐に描かれている人物を左から順に確認した並びに従い、アトムらは多胎児の事情聴取を続けていた。

 現場に居合わせたのは(03)アンデレ、(05)ペテロ、(08)ゼベダイの3人と、(06)ヨハネと(09)フィリポの合わせて5人である。(04)ユダの後、(01)ナタナエル、(08)ゼベダイ、(03)アンデレと続け、(05)ペテロまで順番が回り、一先ず貴志青葉の提案した関係者ごとで区切る……つまり、現場となったプレイルームに居合わせた3人の聴取は終わろうとしていた。

 聞けば、(04)ユダは聴取が終われば、以前より多胎児制御理論の情操教育に於いてアドバイザーとして参加していた心理学者のアンドレ・ボノムが、詳細なカウンセリングとテストを行う為、別の研究所に連れて行く事が決まっており、わざわざ、アトムらの組織の聴取がスムーズに行われるよう待機させていたそうだ。恐らく今はもう移送が進んでいるだろうと、岡田は説明に付け加える。

 「あれ?」

 思わず呟いた青葉は、アトムの聴取の遣り方の妙に気付いた。(04)ユダは加害者の為、別格としても、(01)ナタナエルから(08)ゼベダイに至るまで殆ど質問の内容も同じならば、掛け合いや訊く順番を同じくさせている。元々、相手に思うままに喋らせているとは言え、些か意図的が過ぎるように思えた。

 視線をウランに向け、解説を求めると、極力、同じ会話のパターンを維持する事により、向こうとの遣り取りから各々の人格的な傾向がどれほど顕著な形で言葉へと現れているのか見ているのだろうと、説明される。

 「気付かなかった」

 と感心したのも一瞬、ウランは、或いは、と言って補足した。

 「機械的に聴取しているだけか」

 どっちなんだと呆れる青葉に、ウランが分からないと答えている間に、(08)ゼベダイの聴取は終わり、一行は斜交いに位置する(06)ヨハネのパーソナルエリアへ続く通路を前に立ち止まった。

 「一度、確認しておきましょうか」

 SAMMのような記録装置のない青葉の為、ユダ以外の5人の証言を確認する為の小休止がアトムから提案される。とは言え、ユダのときと同様、既に挙げられている報告書などと大きく内容を変える所はなかった。

 (08)ゼベダイ、(03)アンデレ、(05)ペテロらは、(04)ユダの行動には驚いており、最初は何が起きているのか分からなかったと口を揃えて発言している。アトムが詳細を求めて問い質したのは、3人が(04)ユダを拘束した状況の前後と当時の心理状態、及び聖人の名前を使おうとした(06)ヨハネに賛同、反対したときの事だった。

 (08)ゼベダイ、(05)ペテロは元々(06)ヨハネと意見を同じくするようなグループに所属しており、聖人の名前を使おうとは洒落ている……程度の感覚だったようである。

 対して(03)アンデレは、ユダの名前がネックになるだろうと意見していた。聴取を終えた(01)ナタナエルも(06)ヨハネの提案に反対したひとりで、(03)アンデレと同様にユダの名前を与えられる事への、仲間内の軋轢を指摘したと証言している。

 「新しい発見はなしか」

 多胎児に埋め込まれたインプラントのシグナルも注目するほどの変化はなく、緊張以外の感情を推定出来るほどの反応は確認されていなかった。

 「次はヨハネか」

 聖人の名前を提案し、(04)ユダの行動を見て、ユダを名付けた、ある種の指導者を演じた人物――――過去の報告書に記載されている性格は、冷静沈着、視野も広く、頭の回転も早い(06)ヨハネは、率先して前に出るタイプではないものの、集団を回す役割になり易く、特に以前より(01)ナタナエル、(03)アンデレ、(05)ペテロ、(08)ゼベダイ、(09)フィリポとグループを組む事も多かったようだ。

 共謀して、と云う表現が正しいかどうかは別として、(06)ヨハネの聖人の名前の採用に最初から賛成の票を投じたのは、元々、仲の良かった面々であった事が窺える。(06)ヨハネに誑かされたのか、先導されたのか、些か興味を引かれるデータだ、為人をしっかりと把握する事で若しかしたら発見があるかも知れなかった。

 多胎児のパーソナルエリアを結ぶ廊下から(06)ヨハネの部屋へと向かおうと扉を開けた一行の前に、(12)シモンの顔が覗いた。視線から特別な感情は読み取れず、ただ観察しているだけに見える。

 「シモン!」

 手元のタブレットでインプラントの番号を確認した岡田林が怒鳴り付けた。

 「部屋からは出ないようにと言っていただろ?」

 「でも」

 事件の聴取だと理解しているのか、若干、おどおどした態度ながら何かを主張したいらしい(12)シモンは、記録によれば晩熟おくてな性格だとされている。他人に意見に同調しがちで、自ら発言する事は珍しいタイプ、だが、ひとたび意見した際には全く引き下がる事を知らない芯の強さもある性格だ。

 「何の用かな?」

 アトムの横から青葉が優しく(12)シモンに話し掛ける。

 「あの、迷惑を掛けて――――ごめんなさい」

 「大丈夫よ。君達こそ……」

 大変ね、と言った青葉の言葉は受けず、一方的に謝罪の弁を告げた(12)シモンはそそくさと逃げるように去って行った。

 「何だったの?」

 去って行く(12)シモンの背中を見ながら、ウランが訝しげに呟いた。

 「さ、行くよ」

 アトムが岡田を責っ付き、青葉とウランを後に続かせた。

 「ここがヨハネの部屋です」

 今までと同様に部屋の外にはHALと岡田が待機し、アトムら3人が部屋に入った。(06)シモンも他の多胎児と同じ見た目であるものの、背負った雰囲気には余裕が感じられ、大らかと云うよりは相手を見下すような印象がある。

 「こんにちわ」

 アトムの挨拶に(06)ヨハネは一瞥を返した。目の前の机にはメモが散らかっており、付随してボールペンなどの筆記用具、工作にも使えそうな諸々の製図用の道具が置いてある。メモには乱数が書き殴られ、13歳と云う年齢を考えれば難解であろう数式も見付けられた。

 「どうも、はじめまして」

 やや無愛想な挨拶だったが、アトムは今までと同じように自らを紹介した。

 「はじめまして。君らが起こした事件について調べる事となった者です。僕はアトム、こっちがウラン。隣が貴志青葉さん」

 紹介された2人は、やはり頭は下げずに疲れたような引き攣った笑みを挨拶とした。

 「他の兄弟にも話を聞いたんでしょ?」

 (06)ヨハネがまるで牽制するような物言いで訊いてきた。

 「そうだね。他の皆と同じような質問を繰り返すかも知れないけど、思うままに答えてくれれば構わないから」

 と前置きを言ってから、アトムは今回の事件について幾つか質問を開始した。

 「事故……事件なのかな。その当時、君がどう云う気持ちだったのか教えてくれるかな?」

 アトムの質問を受けた(06)ヨハネが、そうですね、と含みのある笑みを浮かべ、口角の端に小さな皺を浮かび上がらせた。

 「あぁ、やっぱりユダだ。役割をきっちり果たしたなと思いました」

 「役割?」

 聞き返したのはウランの方だったが、追求したのはアトムだった。

 「それはどう云う意味かな?」

 「名は体を表す――。鶏が先か、卵が先か……みたいな例えですけど、ユダの名前の通り、人道を外れ、裏切るような事をしたなと思ったんですよ。名前に縛られたのか、ってね」

 口調は気持ち軽々としている。寧ろ、相手である(04)ユダを見下すような雰囲気さえも感じられた。

 しかしながらユダと云う役割を(04)ユダに強いた背景には(06)ヨハネの発言力が少なからず影響している以上、反省か、或いは後悔の弁がひとつでも聞かれるかと期待していた青葉は、まるで他人事のように評する(06)ヨハネにいけ好かない奴だとの評価を下した。遺伝子も経験値もほぼ同じである筈の多胎児がこれほど違う個性を生み出すものなのだろうか、全く以って不思議である。

 「なるほど」

 感情を表に出さないアトムと同様に(06)ヨハネの心理状況はフラットなシグナルを刻んでいた。

 聴取は続き、質問は、異変を察したときの様子、どうして兄弟を集めたのか、どんな順番だったのか、現場に到着したとき何を思ったのか……など、事件前後の(06)ヨハネの心身が何処まで正常に機能していたのかを確認していった。

 現場には居合わせたものの、(06)ヨハネは外から状況を見ていた所為か、先に聴取した(08)ゼベダイ、(03)アンデレ、(05)ペテロらの目撃者よりも詳細、且つ正確な内容の証言が多かった。

 「なるほど」

 一通り、証言を取り終えたらしいアトムはふと黙り込んだ。過去の流れからすると、相手に対して別個の質問を投げ掛けるタイミングである。(04)ユダには名前が決まるまでの経緯、(01)ナタナエルには多胎児の人間関係、(08)ゼベダイには事件直後の現場の様子、(03)アンデレには(06)ヨハネらグループの内情、(05)ペテロには名前が決まる前までの差別化の是非など、事件とは直接的に関わりがないような質問もあった。

 「じゃぁ――――」

 アトムは(06)ヨハネに何を訊くのだろうか。と幾つか勝手な予想を立てていた青葉は、次に続いた意外な言葉に驚いた。

 「賭けだったんですよ」

 「賭け?」

 テーブルへ身体を寄せた(06)ヨハネから意味深な言葉が呟かれた事に、俄かな警戒心を覗かせたときだった、不意に突き刺さるギラリと鈍い光に青葉の視線が惹き付けられる。見れば散らかされたメモの下に剥き身の刃を不自然に伸ばしたカッターナイフが忍ばせてあった。

 自然に、だが何処かワザとらしく(06)ヨハネの指がナイフへと触れようとした瞬間、まるで事態を見越していたように、アトムはテーブルの上を一掃するように、手の平を滑らせた。

 机の上は薙ぎ払われ、文房具の数々や工具が吹き飛ばされる。製図用の鋭い筆先のペンやコンパス、果てはハサミや定規まで……使い様によっては少しでも凶器として利用出来そうな物の類がテーブルの外へと捨てられた。

 が、(06)ヨハネはカッターナイフになど最初から目も呉れていなかった、然も手に取ろうと云う見せ掛けのポーズながら真に迫る動作でテーブルを乗り越えた(06)ヨハネの目標は、実はアトムの後ろに並ぶ青葉の方だった。

 「動くなッ!!」

 何時の間に拾ったのか、或いは隠し持っていたのか、(06)ヨハネの手には千枚通しのような鋭い筆先のボールペンが握られていた。別名、目打ちと呼ばれる千枚通しを髣髴させた通り、針と見紛うほど細いボールペンの先は、(06)ヨハネに襲われ、また拘束された青葉の目の前に突き付けられている。

 「動くな、動くなよ。動いたら……殺す」

 瞬きすれば長い睫毛が触れるほど間際まで近付けられたボールペンは、最早、僅かな手違いで目が穿たれてしまいそうな距離にあった。カメラの映像をタブレットの画面に見ていたであろう岡田がHALを伴い部屋へと入って来たものの、どうやら先の制止の言葉はカメラの向こうの全ての関係者に飛ばされていたようである。

 一先ず、青葉の身の安全を優先し、アトムとウランは無抵抗を両手に表し、岡田とHALは(06)ヨハネとの距離を空けたまま、一切の動作を禁じた。青葉も反撃か脱出の機会を窺っているのか、或いは、殺す、と云う明確な脅し文句に強張っているのか、引き攣った笑みで状況を静観している。

 「殺すってのは、どうかな?」

 敢えて飄々と言ったアトムが(06)ヨハネの説得を試みた。

 「人質を殺した瞬間、君のアドバンテージはなくなるよ?」

 「そのときはそのときだ。そもそも賭けだったんだ、失敗したときの事は考えていない……」

 「何がしたいんだ?」

 高がひとつの言葉に(06)ヨハネの決心を察したアトムは、青葉の、助けてよ、と訴える表情に、大丈夫、と笑みを向けた。

 「リン・カンジョン!」

 場違いとでも思っていたのか、不意に名指しされた事を驚いた岡田は、しかしながら(06)ヨハネの指示に従い、ゆっくりと歩き始めた。

 恐らく監視カメラで状況を見ているであろう研究員らは、部外者である青葉が人質に取られている為に手を打てないのか、拱いているのか、それとも既に何らかの対策を講じているのか、何れにせよアトムらが知れるようなアクションを見せぬままにある。

 「ここからが命を賭けた、勝負だッ!」

 岡田が(06)ヨハネの間合いにまで近付いたとき、青葉の解放と同時に(06)ヨハネの腕が岡田へ伸ばされた。

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