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敏腕調査官アトム@多胎児制御理論_03_変


 リョルの館のシステムから切り離され、別に監視の目を置いた、元はただの倉庫だったらしい部屋は、急遽、(04)ユダの独房に利用されたのか、簡易型のバイオトイレと折り畳み式のベッド、オフィスにも置いてなさそうなテーブルと椅子のセットが誂えてあるだけだった。見た目の質素さから取調室を髣髴とさせる。

 多胎児制御理論の資料によれば、(04)ユダの為人はやや直情型と評されていた。何事にも率先して行動する傾向があり、集中力はあるものの視野を狭くしがちだとの指摘もある。

 (04)ユダも含めた多胎児は精神的なソフトの均一化を目指した教育法により、何れもIQが100を超えていた。創発により個性が生まれてから3年が経過していた為、今は13歳になる。見た目は年相応に幼さを残すも、背負う雰囲気は大人びている印象だ。

 「こんにちわ」

 部屋にはアトムとウラン、貴志青葉の3人だけが入り、案内役だった岡田は外で待機する事とした。万が一に備えてHAL(Human Adaptability Lethal weapon/人間適応性破壊兵器/ハル)を従え、独居房内の様子をタブレットの画面に見ている。

 「……こんにちわ」

 警戒心を剥き出しに挨拶した(04)ユダはラテン系の見た目である。少しだけ癖のある黒髪に浅黒い肌、顔の彫りこそ深くないものの、絵にしたら輪郭のはっきりとした美少年だ。

 「はじめまして。君が起こした事件について調べる事となった者です。僕はアトム、こっちがウラン。隣が貴志青葉さん」

 紹介された2人は、頭は下げずに愛想笑いを挨拶とした。

 「何が聞きたいんですか?」

 事件当初に幾つもの聴取を受けてきたらしい(04)ユダは、アトムらの要望を改めて確認する事もなく自ら率先して本題に入ってきた。

 アトムは、同じような質問を繰り返すかも知れないが、思うままに答えてくれれば構わないと言ってから、今回の事件について幾つか質問した。

 「事故……事件なのかな。その当時、君がどう云う気持ちだったのか教えてくれるかな?」

 僕は――――と徐に語り出した(04)ユダは、当時の様子を余す所なく、詳細に伝えようとしているのか、気持ちたどたどしくも思い付くままに話し始める。

 「集中すると周りが見えなくなるんです。あのときもボールばかり追い掛けてて、これはチャンスだと思ったボールを打ち返そうと、そう思ったんだけなんです。ちょっと無理な姿勢だったけど、それはトマスも同じだったから、これはポイントが取れるなと、そのときは、それしか考えていませんでした」

 Si.Hyであるアトムとウランは、視界の端に重ねたVAR(the Virtul of According as Reality/現実に準じた仮想/バアル)ウインドウに事件の記録映像を見ながら、少なくとも(04)ユダの証言が客観的な事実に即しているのか確認した。

 「思ったよりもインパクトが強いなって。気が付くとトマスが倒れていました。ラケットを握る手は痺れてて……頭が真っ白になって。でも、頭の片隅では、ラケットがトマスに当ったんだって、理解もしてて」

 曖昧な供述だった。漠然としており、動機に関して要領も得ない――兎に角、事故だったと言いたげな(04)ユダに、ウランは突っ込んで詳細を訊きたい衝動に駆られる。

 「で、どうして君はトマスにもう一度ラケットを振り下ろしたんだい?」

 青葉は唾を飲んだ。少年とは言え、またきっかけは事故だったかも知れないものの、やはり殺人の独白を聞くには未だ自分の耳は慣れていないようである。

 俄かな緊張感に、空気が張り詰めたように一瞬だけ沈黙が降り立った。(04)ユダは当たり障りのない言葉を探しているのか、或いは言いたくもない事件当時の思いに悩んでいるのか、視線を左右へ泳がせている。

 「やらなきゃいけない」

 ふと口を開いたかと思えば、殴ったときの感触でも確かめるように(04)ユダは拳を強く握り締めた。やや俯いた表情には影が落ち、感情も読み取り難くなる。憂えているようにも、嗤っているようにも見えたのは青葉だけだろうか。アトムは特に気にする様子もなく、ウランは(04)ユダの証言にしか興味がなさそうに耳を傾けている。

 「やらなきゃいけない?」

 聞き返したのはウランの方だったが、追求したのはアトムだった。

 「それはどう云う意味かな?」

 「意味なんかありません。そう云う役割だって、そんな……感じです」

 アトムとウランは各々の視界の端に映したまた別のVARウインドウに、多胎児に埋め込まれたインプラントから測定された脳波のシグナルから、(04)ユダの心理状況を照会した。

 緊張感や不安から来る多少の乱れこそあるものの、(04)ユダが嘘や誤魔化しに努めていない事は見て取れる。既に行った会話では、やらなきゃいけない、と告白したときにやや大きなストレスの反応が出ていただけで、後は割りとフラットなグラフを描いていた。

 先に行われた11人の多胎児のシグナルも照会すると、同様のグラフを見せている。明らかなのは緊張だけ、何れも典型的な被害者や目撃者の心理状況だ。

 「なるほど」

 (04)ユダの聴取は続けられた。が、アトムは証言をただ記録するだけに止め、青葉やウランがもう少し問い詰めたい内容については無関心な様子である。確かに既に聴取が行われている上、Skinfaxiやメングラッド・プロジェクトの指針も変わらないとすれば、改めて証言を取る理由はあまりない、無駄とは言わないまでも結果に大きく影響する訳でもなかった。

 次いでアトムは事件の前後の行動について質問した。(04)ユダがどう拘束され、連行されたのか、また誰が来たのか、誰が何をしていたのか……など、事件当時の(04)ユダの心身が正常に機能していたのか確認する。証言には些か曖昧で、うろ覚えの部分が見受けれるも、映像に撮影された内容と矛盾するものではなかった。

 確認作業だと、青葉は評した。アトムが単に形式的な聴取をしているだけなのか、甚だ疑問が残るものの、今の所、聴取は過去の証言と映像データ、既に形となっている報告書の照会に終始している。

 続いた質問も、(04)ユダが思う多胎児の関係や評価、施設での生活、個性が生まれた前後の心理状況など、多胎児制御理論の研究成果と併せた雑多な方面にも向いており、聴取と云うよりはインタビューを髣髴とさせる遣り取りだ。

 アトムの聴取が基本的に相手の思うままに話させると云う形を取っているお陰か、比べれば随分と緊張が解けた様子の(04)ユダ……全く、事故か事件が分からないまでも、結果的に人を撲殺した容疑者の割りに屈託のない感じである。と青葉は思いながらも、アトムに任せてしまった手前、あまり口を挟むのも憚られた。

 「どうして君はユダなんだい?」

 ほぼ談笑と変わらない緊張感のなさが一転した。今まで概ねフラットだった心理グラフが久しぶりに大きな角を立てる。最初の頃、やらなきゃいけない、と言ったときに近いストレス反応だ。

 「どう――言う意味、ですか?」

 (04)ユダの質問と同様の疑問を青葉も感じた。意味と云うよりは、質問自体が理解出来ない、(04)ユダにユダである理由を訊くとは些か哲学的な質問に聞こえる。

 「ほら、君達は12人である事を差別化出来れば何でも良かった筈なのに、敢えてイエスの高弟の12人を選んだのかなと」

 「深い意味はないですよ。12と云う数字で人名、有名なものを探したらそれが出てきただけです」

 多胎児制御理論で既に挙げられている報告書にも同様の記載がある。偶然、見付けた有名人――しかも聖人に肖って名付けただけに過ぎない筈、動機としても決して理不尽と言えるようなものでもなかった。

 「12人の怒れる男」

 「1954年にドラマ化、57年には映画化。アメリカの法廷ドラマよ」

 何を言っているのか理解出来ていなかった青葉にウランが小さく囁いた。

 「12人で検索すれば割と上位に表示される項目だよ。あと12に関わる項目で名前に使えそうなものは、オリンポス十二神、十二神将、干支、星座とか色々とある」

 アトムの突然の発言に、完全に面食らった青葉とは対照的に、質問の意図を直ぐに解した様子の(04)ユダは、そんな畏れ多い、と失笑交じりに返事した。

 「神さまの名前を使うほど僕達は傲慢じゃないですよ。かと言って動物で呼び合うほど畜生でもないですし」

 「個人的なお勧めは、ダニー、ラスティ、ライナス、フランク、バシャー、バージル、ターク、イエン、リヴィングストン、ルーベン、ソール、ローマンの12人」

 誰だと説明を求めた青葉に、ウランは、オーシャンズと云う21世紀初頭の泥棒映画だと教えてあげた。シリーズの3作目で、オーシャンズ13がタイトルだと補足する。

 「3作目……13。12じゃなくて?」

 「前作はオーシャンズ12で、12ではあるんだけど、12人の泥棒集団のひとりが女性だから。その点、3作目は男性のみで12人になるから」

 それに、とアトムが言った。

 「ただ名前を付けるだけならそのときに良く使われる名前を上から順に使えば良かったのに、どうして使徒なんて選んだのか、僕は不思議に思うんだよ」

 「だから、大した意味はなくて」

 「大した意味もあると思うんだよ」

 (04)ユダの言葉を遮ったアトムが詰め寄った。

 「聖人の名前を肖ったって話は理解出来る。けれど、イエスの高弟である十二使徒を使うとなると、裏切りの代名詞と切り離して考える事が難しい(04)ユダを名乗るには少し躊躇があると思うんだ」

 言われて見れば、と青葉は思った。イエスの高弟、十二使徒と云う集団としての属性に加え、聖人の肩書きに目が向いてしまったものの、冷静に考えれば(04)ユダは裏切りの代名詞である。敢えて名乗るくらいなら、幾らでも他に利用出来る名前がありそうだった。

 「どう云った経緯で君がユダになったのかな?」

 「…………」

 何事か呟いた(04)ユダがアトムを睨み付けた。

 「聖人の名前を使おうと決まったとき、最後は多数決を取ったんだ」

 (04)ユダが記録されている映像や報告書だけでは知れなかった、名前が決まるまでの詳細な経緯を語った。館の研究員も全ての会話を把握出来ていない都合、初めて耳にする話のようである。カメラ越しに状況を監視する研究員の気配が気持ち揺らいだような気がしたからだ。

 「詳しく教えてくれるかな?」

 12をひとつの単位とするものは多い、既にアトムが指摘したように付加価値はあっても、属性を極端に違えるものばかりではないのも調べが付いている。イエスの高弟を採用しようと提案したのは(06)ヨハネ、賛成票を投じたのは(01)ナタナエル、(03)アンデレ、(05)ペテロ、(08)ゼベダイ、(09)フィリポの5人で、意見が割れていたのだ。

 「僕は絶対に反対って訳でもなかったから、最後に賛成したんだ」

 「だから、裏切り者」

 そう、と溜息のような頷きで返したユダが言った。

 「そのとき、僕は名実共にユダとして適任だと言われんですよ」

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