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敏腕調査官アトム@多胎児制御理論_01_起

 架空の未来と云う形ですので、造語である専門用語が少なからず登場しますが、物語の本編を理解する上ではさほど重要なものではありませんのでご安心下さい。ただ、世界観をより深く理解できる程度の事です。

 また、ジャンルにミステリーを貼らせて頂きましたが、むしろ既存のミステリーにケンカをふっかけるような内容になっていますので、イラっとする方もいるかと思います。

 従来の起承転結(事件が起きる、事件を調査する、事件が局面を迎える、事件が解決する、エピローグ)みたいなセオリーの、特に後半部分を意図して崩していますので、広げた風呂敷をまとめていないだけでは?と思う部分もあるかもしれませんが、仕様です。

 地味に長いですが、このセオリーをどういう意味で壊しているのか、暇ならご一読頂けると幸いです。その辺の理由もあとがきに書きますので、よろしくおねがいします。


 旧来のインターネットに代わるHLA(Hypokeimenon Lexicon Akasha/基体語彙空間)が普及した背景には、人工言語であるPS言語(Pluralistic Sigil Phrase/多元的言語)の開発と普及が挙げられる。

 またPS言語の発展に伴い、感情と体験の分離による記憶と記録の差別化が行われるようになった。つまり主体なき情報……純粋、且つバイアスなき客体情報の確立は、いわゆる情報産業に大きな革新となるばかりか、一方で知性についても議論されるほどの影響を与え始める。

 結果、ある程度の完成を見た情報と知性の関係は、体験なき情報を記録、即ちモチーフと呼び、一方で体験ある情報を記憶、即ちストーリィと呼ぶ事となった。

 モチーフはPS言語を要素にシーニュ座標(Signe Point)でテキスト化されたD地図(Discours Map)に等しく、ストーリィは更にHIM(Holonical Imformation Monad/調和型情報端子/ヒム)を加え、拡充したものと定義された。

 PS言語の発展から知性の議論が可能となる事で従来のAI(Artificial Intelligence)とは一線を画する知性もまた生み出され、感情の発露・創造が認められる知性をSi.Hy(Similitude Hypostasis/相似位格/シハイ)と呼び、他をR.U.R.(Ragtags of Universal Regulation/普遍的規格の集合体/ルール)と呼び、旧来のロボットから差別化し、ラバロン(Labor-Alone)と命名した。

 だが、ラバロンの進化は人との境界線を曖昧にしていった。特に高級なSi.Hyは人と全く同じ構造を持っていた為、世間はSi.Hyも含めたラバロンに一定の権利を与えるべきではないかとの訴えも起き始める。

 日増しに膨れ上がる声も無視出来なくなると、政府はひとつの対策を講じる事とした。人と他を隔てるのではなく、人の人権と尊厳を確保する為、情報を操作する組織……Skinfaxiの設立である。




 六次の隔たりと云う言葉がある。6人以上の知り合いを介せば世界の誰とでも間接的な繋がりが持てると唱えた仮説であり、ネットワークやSNSに於けるスモール・ワールド現象でも引き合いに出される事もしばしばだった。

 情報についても同様の仮説が当てられているものの、大抵、6回では済まない事が殆どである。とは言え、情報を構成する要素が繋がっている以上、一見すると論理や思考の飛躍が垣間見えても、スタートとゴールが完全に無関係である事は珍しかった。

 アトムとウランが仕事に就く前には往々にして飛躍した会話が交わされる。ただの雑談に過ぎず、大した意味もないとは言え、互いの能力を検め、状態を知るくらいの効果はあった。

 最初に話題を振ってきたのはアトムの方だ。目的地に向かう階段の踊り場が、12番目から13番目で、間の段差が41段だったと云うだけで、アトムが不意に、13は二進法で1101、41は13番目の素数、169は13の二乗だと呟いたのである。

 言われて見れば、踊り場の海抜は測ったように169メートルに置かれている。と標高を確かめながら、不得手な数学の分野から13は最小のエマープ、6番目のトリボナッチ数、7番目のフィボナッチ数だね、と応じたウランに、アトムは7番目のフィボナッチ数は6番目の素数でもあると重ねた。

 「13を嫌うのは?」

 「西欧……キリスト教か、それをベースにした文化を取り入れた近代的な社会――かな?」

 数学から宗教学へと飛躍した会話に伴い、ウランの脳裏に、ロキ、サタン、ユダの項目が13と関連した情報としてHLAの検索結果に表示される。

 「確かに裏切り者のユダは最後の晩餐で13番目の席に座っていたし、当たり前だけど向こうもイスカリオテのユダって名乗ったのよ」

 アトムの突拍子もない会話にウランは追従した。

 「使徒言行録では自殺したって書いてあるんだっけ?」

 HLAから使徒の項目を検索したアトムが内容について確認する。

 「言行録は内臓を散らかして死んだって書かれてるだけ。まるで天罰が下りましたって演出する為に」

 「内臓の件は無関係なんだっけ?」

 「そう、確か撲殺。補足するなら、自殺は冒涜で、内臓を散らかしたのは、そのくらいの衝撃を受けるくらい高い所から飛び降りましたって云う懺悔みたいなものらしい」

 ユダの項目から自殺を抽出し、アトムは次いでアウグスティヌスの経歴も覗き見た。

 「キリスト教は自殺を由としていないようだけど――、僕は自殺じゃないかと思ってる」

 ふと今回の捜査すべき事実が史実に挿し込まれたものの、アウグスティヌスの宣言や聖トマスの思想が普及し、自殺が神への冒涜だと広く認知されるようになってから、殉教も含む自殺者がかなり減ったと言われている。

 「キリスト教は勿論、宗教は往々にして自殺を禁じているけど、イエスがユダの裏切りを予知しつつも回避しなかった事は、予てから問題視されてる」

 一説では裏切り者こそが、最も敬虔な弟子だったと主張している神学者も存在していた。何故なら神から万能や全能を引き継いだ、或いは自ら予知する事が出来たにも関わらず、ユダの裏切りを回避出来なかったのは、後の復活などへ至る為の必要な儀礼である上、手順として使徒の裏切りも必須だったからである。つまり、ユダは他の使徒に代わって悪役を買って出たのだ。

 「でも、イエスについて神と明言しているのは……ヨハネの福音書くらいでしょ?」

 他のマタイ伝、マルコ伝、ルカ伝などの共観福音書と比べ、思想的にも、神学的にも、ヨハネの福音書は随分と神秘的な部分が目立った。例えばパラクレートスや三位一体、後々の教会に影響を与える様なテキストもある。他にも使徒のトマスの批判や、イエスが自らについて7回も言及している事など、幾つかの独自性が認められるヨハネの福音書は、21世紀の初頭まで盛んな研究が行われていた。

 「確かにヨハネの福音書には、イエスがユダの行動を促している様な描写も――」

 言い掛けたアトムは不意に、ユダは裏切り者じゃないのかも知れないな、と呟いた。

 「ユダがヨハネを殺した事は確かな筈でしょ?」

 調査すべき対象の事か、また史実の方か、何れにせよ明らかな属性だとウランは言った。

 「ユダとヨハネを差別化するのは、飽くまでもパラメータの、微々たる数字でしかない訳だから―――、レポートは読んだ?」

 雑談は完全に切り上げられたのだと察したウランは、記録しておいた事件の概要をSAMM(Structural Apeiron Memory Module/構造的無限記憶装置/サム)に照会した。

 メングラッド・プロジェクトを担う施設……リョルの館では幾つかの医学的な実験などが行われていた。中でも漸く最終的な成果も出来そうだった多胎児制御理論(Multiple-Fetus Control Theory)の検証中に事件が起きたのである。経緯は改めて詳細な確認が必要だったものの、多胎児のひとりが兄弟を撲殺したのだ。

 多胎児制御理論は不妊治療としての側面を前面に押し出している一方で、任意の数の多胎児を発生させ、また遺伝的な素養を完全に並列化せた全く同じ子供の発生も目的とした。つまり、天然のクローン製造技術の確立である。

 勿論、倫理的な問題がある手前、公式に利用される事はないだろうが、先進国が軒のみ若い年齢層の人口を減らしている以上、最悪の事態に備えての善後策は必要だった。

 表立って実験が行われていない多胎児制御理論の他、リョルの館で実施されているものの多くは、決して少なくない国家予算が注ぎ込まれている。特約と密約を交わし、民間の企業が独占して行っているとは言え、やはり公的事業としての趣が強い実験は、故に今回の死亡事故が問題視されると、成果も出せないままプロジェクトの中止が言い渡される可能性もあった。

 Skinfaxiの2人……アトムとウランは、実験の全容を把握するだけでなく、事故の原因か、或いは事件の動機を詳らかにしなければならなかった。つまり計画の継続か、否かの公正な判断が求められており、命令を発した政府の強硬な姿勢が僅かばかり窺える。

 一応、被害者と加害者、及び傍観者などの関係者は明らかであるものの、飽くまでも報告書が昨日の晩に上げられただけで、アトムもウランも正確な所を把握している訳ではなかった。

 「着きましたよ」

 先に緩やかな階段を上り終え、頂上に到着したエミグラントがアトムに声を掛けた。政府から派遣された案内人であり、個人名とは別に共通した階級で呼ばれている。今回、案内を任されたのは26番だ。

 「ここがリョルの館の入り口です」

 アトムに先んじて頂上へ到着したウランは、目の前に空いた巨大な穴に驚いた。まるでブラックホールが目の前に現れたのではないかと錯覚してしまうほど、巨大な穴は周囲から浮いており、空間を欠落させたような佇まいを見せている。

 エミグラントの説明によれば、特殊な塗料が使用されており、電磁波の類をほぼ全て熱に変換しているそうだ。衛星や惑星探査機への利用が期待されている代物は、しかしながら実際はステルス機能を高めた上、熱交換による電源を確保した無人兵器のエネルギー源の開発が目的だろうか。実用化には問題があり、輻射熱が多い事らしい、現に穴のように見える建造物の周囲は暑く、辺りの草木は不自然に枯れている。

 「私はここまでです」

 引き際を確かめたエミグラントが館の前から遠ざかると、巨大な穴へ不意に描かれた一筋の光が左右へ面積を広げていった。どうやら扉と分かったのは、向こうから館のエントランスと思しき風景が見えたからである。

 来訪者を迎える為の施設ではないのか、エントランスに誂えてあるオフィス用品は素っ気無いものばかりだった。既にひとりの女性がソファに腰掛けている。見覚えのある横顔は知り合いの貴志青葉のものだった。

 「あ、アトム!」

 ウランには目も呉れず、アトムへと声を掛けた青葉が嬉しそうな表情でソファから立ち上がった。飛び上がると云う表現が当て嵌まりそうな勢いで近付いて来た青葉の前にウランが不愉快そうな表情で立ち塞がる。

 「仕事中ですので」

 「あっらぁ~相変わらずのシスコンです事」

 ウランの正論に皮肉を返した青葉にアトムが言った。

 「お久しぶりです。青葉さんも仕事ですか?」

 「多分、同じのよ。多胎児の撲殺。スポンサーが計画の続行を迷ってる。倫理的にも多少の問題があったってのに、ここにきて事件て」

 腕を広げ、肩を窄め、深い皺を眉間に刻んだ青葉は、大きな溜息を漏らした。日本人らしからぬ、大仰なリアクションは白人を髣髴とさせる。

 「お待たせしました」

 顔を突き合わせるなり感情的になり易い青葉とウランが本格的な喧嘩腰へとなる前に、タイミングを見計らったかのように館の広報でもある岡田林(おかだ・りん*リン・カンジョン)が現れた。

 互いに名詞を交換し、簡単な挨拶を済ませたアトム達は、岡田の案内で地下に広がる研究施設……事件の起きた場所へ向かった。

 リョルの館を唯一の出入り口に持ち、複数の施設を地下に構える一帯はアデルマの庭と呼ばれている。シェルターを再利用した形だが、元々は米軍の基地として考えられていたものだ。自然の景観を崩さず、またカモフラージュとしている為、地下道や地下施設の規模とは反比例して地上はほぼ原状のままである。

 実験は虫篭と呼ばれる地下エリアで行われ、研究室は虫篭の上に設置された水槽と云う場所にあった。エレベーターで降りた一行が通された会議室も水槽の一画である。部屋には研究員のアイアタル・ベルルスコーニとエドガー・ハウスフィールド、警備主任のウルバーノ・ロヴネルの3人が待機していた。

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