運命の人
運命の相手、つまりは好きで好きでどうしようもない男に対して、素直にそういうどころかいつもイライラしてキツく当たってしまうことって、ないだろうか?
こういう場合、大概は自分の行いなど省みることはなく、速攻の略式法廷で、男の方が悪いという判決が下るのだ。だって、そういうものでしょう?
「やっぱり君は、人気者だね!」
この非常識な場面で、こうも爽やかにそんなことを言ってのける男が、私の運命の相手だった。
「いや、これ絶対マコトのこと狙ってるから!私は巻き込まれただけだって!」
車の風切り音や銃声に負けない声でどなりながら、私は愛銃のシリンダーをスイングアウトする。交互の腕や肘でハンドルを押さえながら、空薬莢を押し出し、クイックローダーで八発の.357マグナム弾を装填する。
道がストレートなのを確認し、振り向いて片手で後ろのメルセデスに向かって連射を食らわせる。弾と視界を遮るリアガラスはとっくになくなっていたが、暗い夜道で運転に気を使いながらでは、相手に当たったかどうかも分からない。
「流石はカレン、運転しながら一台やっつけたよ!」
ミラーで確認すると、狙い通り運転席に当てたようで、頑丈そうなメルセデスがよろけているのが見えた。それを追い越そうとしたもう一台に、マコトがグロックの.45口径を叩き込む。
「これでしばらく大丈夫そうだよ。スピード上げて!」
もう一度後ろを見ると、マコトが撃った車はタイヤをバーストさせたらしく、先ほどの一台にぶつかって道を塞いでいた。これで後続が突っ込んで、ガソリンタンクでも炎上させてくれれば御の字だ。
「結局あいつら何台いるの?私は二台やった」
「僕は三台だよ。すごいな、二人で合計五台のEクラスをスクラップにしたんだ。一晩で家が買える大仕事だよ」
こうやって、表面上は爽やかにしながらも、分からないことや都合の悪いことを自然にはぐらかすのが、この男の悪い癖だった。そこに苛つく一方で、こいつのそんな雰囲気が好きでたまらない私がいた。もしこいつがつまらないことで慌てふためいてくれれば、一気に幻滅して、この悪い熱病が治るかもしれないのに。
「相手の損害だけ見ればすごい額だけど、そんな大立ち回りに対して、私はどんな報酬をもらえるの?」
今も無駄に爽やかな笑みを浮かべながら、油断せずにグロックのマガジンを替えたりなんかしている。新しいマガジンを挿してからスライドストップを解除。すぐに撃てる状態を保っている。
「僕との一晩、なんてのじゃ、君は納得してくれないよね?」
こいつのこういう言葉が、一番苛つくし、悔しいし、私の弱いところに響いて泣けるところでもあった。
「それ、ミサキの前でも言えるわけ?」
この男には、婚約者がいる。そのフィアンセは、私と同じヤバい仕事同業者で、尚且つ組織を率いるボスでもある。そんな奴の男を寝とったなんて言えば、私が東京湾に浮かぶだけじゃ終わらず、私の会社とミサキのところで全面戦争が起きるだろう。
「それを突かれると痛いなぁ。ま、今日は貴重な君の命が守られたのが、何よりの報酬だよ。そうだ、この車も僕のところで直させてもらうよ」
はいはい、そーですか。
「車は私がいつも使ってるところで直すから。弾痕だらけで滅多な所に出せないし、知らない人にいじられたくもない」
「君のそういう車への愛情は、それこそミサキにも見習って欲しいよ。彼女は整備も何も人に任せっきりで、自分がステアリングを握ることしか考えていないんだから」
私に気があるようなことを吐きながらも、しれっとミサキの名前なんかも出して来たりする。文句なのかノロケなのか、とにかく私にとっては針のムシロと言える時間だ。
「せいぜいミサキに媚び売って、良い車買ってもらえば?」
狭い車内をヤニ臭くしたくはないのだが、思わず煙草に手が伸びてしまう。ライターを出そうとするマコトを無視して、自分のジッポで火を点けた。
甘い、旨い。バニラフレイバーの香りが、ほんの少しだけ、私のささくれだった心を癒してくれる。
ホント、私の想い人がこんなんじゃなければなぁ・・・。
後悔が開け放った窓から、煙や排ガスと一緒に、夜空に消えれば良いのにと思う。