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本当はね

作者: 志内炎

この小説は完全なフィクションです

 「帰らないで」

タクシーを先に下りるあなたの背中に言いたかった。

「離れたくない」

まるで初めて成就した恋のようにせつない。

 それはまるで十代の頃のような気持ちなのに、参議院の被選挙権をもらってからさえ久しい私たちを引き裂くものは、私の家で高鼾で眠る母だったり、あなたが入っている寮の入口にある『関係者以外立入禁止』の赤い文字だったりと、現実的過ぎて悲しい。

 「もっと早くに出会っていれば」

あなたはそう言った。その理由も、もっとまともな生活をしてたかも知れないなんて、きっと二十年前には考えなかった事。

「今まで付き合ってきた人はいろんな事、助言してくれなかった」

そうなの?なんて流してみたけど、本当はその彼女たちの気持ちもわかるんだ。

 あなたは恵まれすぎている。

 『おじさん』と呼ばれる歳になっても充分に男前。若い頃はそれはもてたでしょう。誰にでも可愛がられる人好きする性格も、そういう雰囲気も、今だから身についたものじゃないはず。

 そんな自慢の彼氏に不満なんか言えない。

 お酒は控えて。

 飲むのに車乗っていかないで。

 ギャンブルなんて儲からないのよ。

 どこに行くの?

 もっと私だけを見て。

 そんな事言ったらきっと嫌われる。あなたのそばにいられるのなら、小さな事には目をつぶる。好きだから……

 若い彼女たちが考えた事、よくわかる。

 私だってこの歳になったから、やっと見える事もあるのよ。

 あなたがひどく不器用な事。

 恥ずかしがり屋な事。

 昔の自分に戻りたくて、絶対に戻りたくない事……

 私たちはセックスと紙一重でいて一番遠い世界でアルコールと金にまみれて生きてきた。今でもどこか抜け出せないでいる。

 それは私たちの誇りでもあるし、どこか汚点でもある事に気付いている。

 壊れてしまった金銭感覚や排他的な生き方は、そんなにすぐに変わらない。繋がってしまった人間関係を解消するには勇気がいる。

 そして私たちみたいに、どっぷりと下流社会から見上げている人間に限って、形にこだわる。

 もっとゆっくり知り合ってから。

 もっと生活が安定してから。

 もっと大人になってから。

いつくるかわからない『もっと』を数える。まるで意味がない事と知りながら、それが上への唯一の階段のようにこだわり続ける。

 人生は長い。

 でも思ってるより短い。

 だから私は小言をいい続ける。

 いつまでもそばにいたいから。

 あなたを大切に思うから。

 あなたがあなたを大切にして欲しいから。

 これから先、私たちがどんなふうに歳をとっていくのか、どんな問題にぶち当たって、どんなふうに傷ついていくのか、まるで十代みたいな私たちには想像も出来ない。

 ただね。

 あなたが辛い時に、となりで馬鹿な話をしていたい。あなたは何も話さなくていいよ。言いたくないなら言わなくていい。言いたくなったら言えばいい。

 「もっと早くに出会ってたら、きっと付き合ってなかったよ」

はぐらかしてみたけど。

 本当はね。

 多分、五年前でも十年前でも、そして十年後だったとしても、私はあなたに恋をした。

 私なんてちっぽけ過ぎて、何にも持ってなさすぎて、何にもしてあげられないけど。

 愛してるって言葉さえ、まだ上手に伝えられないけれど。

 本当はね。

 まだ誰からも呼ばれた事のない特別な名前で、呼ばれる日がくればいいなって思ってる。

 でも本当はね。

 なんの約束がなくても、もう私はあなただけのものなんだ。


 だから本当はね。



不完全さととめどなさを表現したかった作品です。

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