僕は立派な犯罪者だ
「よく来てくれたな。翔」
玄関で出迎えてくれたのは、海斗だった。
海斗は社会人らしい服装をし、ニコニコしながら僕を見ている。
おそらく、相当人生が充実しているからこそ、できる表情なのだろう。
「海斗、変わってないな・・・」
「そうか?翔。お前は結構変わったぞ。スリムになったんじゃないか?」
そう言われて、僕は少し嬉しかった。確かに高校を卒業して、この労働の仕事についてから、少し痩せたような気がした。毎日体重計に乗るのが楽しかった。どんどん数値が減り、痩せていってるのがわかる。
「まぁ、立ち話もなんだし、入れよ。今日は美華が、実家に帰ってていないんだよ。まぁ、俺がゆっくりしてこいって言ったんだが、まぁあれだ。美華がいない方がお前も話しやすいだろ。昔から人見知りなとこもあったからな、お前」
美華とはどうやら海斗の奥さんのことらしい。確かに僕は昔、人見知りだったが・・・。
「もう人見知りは治ったよ。じゃないと生きていけない。今は」
「ってことは、よくしゃべる仕事なのか?お前の仕事って」
「まぁ、そんな感じだ」
実際は、現場に作業員が集まって、偉い人が「これ運んどいて」とか、「もっとスピード上げて」とかっていうだけで、作業員同士ではまるで会話がない。しいて言えば、休憩時間中にどうでもいいことを話すだけだ。
「へぇー。お前だって仕事、頑張ってるんだなぁ。まぁさっさと入れよ。実はもうお茶は入れてある」
「準備がいいな。えらく気がきくじゃないか」
「よく言われるよ。気がきくって。でも、別にいいことじゃない。気がきいたって、ただ使いっぱしりにされるだけだ。辛いよ」
僕はいつも使いっぱしりだけどな。
家の中に入るんと、いい匂いが漂ってきた。
「奥さんの趣味なんだよ。家の中をいい匂いにするの。だから週替わりで、家の中の香りが変わるんだ。変な話だろ?」
「僕だってそんな奥さんが欲しいよ・・・」
海斗はハハっと受け流すと、僕を居間に案内した。
「こっちだよ。ほら、そこのソファーに座ってくれ」
言われるがままに座ると、海斗は入れた紅茶を僕に差し出した。ついでに洋菓子もついている。
「うちの奥さんがいつも作ってる紅茶で、俺も真似しようとしてるんだが、上手くいかなくてな。俺のはなんか味が薄いらしい・・・そこらへんの調節が難しいんだ」
「うまいけどなぁ・・・普通に、少し薄いが」
紅茶を啜りながら僕は言う。そして海斗が笑うと、僕も笑った。
数分間思い出を語った後、沈黙ができたと感じた海斗が、それを隙に本題に乗りかかろうとした。
「いきなりだが翔・・・これを、見てくれ」
海斗が出したのは、案の定、例の凶悪犯の名前が綴られた資料だ。ホッチキスで止められており、かなりの枚数がある。
「これは俺個人がコピーしたものだ。どうしても確認してほしい。この、381のところだ・・・」
海斗が資料をパラパラとめくり、381を僕に見せる。確かにこれは僕の名前だ。成間翔と書かれていた。そしてその横の罪状のところには、幼児の監禁や暴行、はては殺害など、文面で見ても狂気じみたことが書かれていた。
「本当だ。確かに僕の名前だ。でも、同姓同名だって。絶対。それは俺が保証できるんだ」
「ああ、確かにお前が保証できる。‘お前が‘、な」
妙にミスリードを覆った話し方で、海斗は話す。それが僕は気になった。
「どういうことだ?俺がそんなことするとでも?そう思っているのか。お前は」
「・・・・・・・・・」
「なぜそこで黙るんだ?おかしくないか?普通なら一瞬疑ったとしても、同姓同名なんだなと考えて完全に疑いを晴らすはず。ましては俺たちは友人なんだ、こういう場合に友人を信じず、何を信じるって言うんだ?」
僕は少し半泣きになったが、最低限落ち着くようにした。
「俺だって、信じたいさ。でも、調べたんだ。その結果、この資料の成間翔に当てはまるのは、お前しかいない・・・」
「なんだよお前、電話では、調べてないって言ってたじゃないか」
「あのあと、俺個人で調べてみた。会社の資料を見通してな。すると、お前だとは確信できなかったが、お前以外にいない。ましてや俺がよく知っている、‘成間翔‘しか、当てはまるやつがいなかったんだ」
と、すると・・・?
海斗の口から、ありえない言葉が出た。
「翔、お前は本当に、やったんじゃないのか・・・?その、書かれてる犯罪をさ・・・」
・・・・・・・・・は?どうしてそういう考えになる。
ありえないじゃないか。僕がそんな人並み外れたこと、やるわけないし、できないだろう。例えばニュースとかで、殺人事件の報道がされたとき、体が震えて、鳥肌がたつ。だから、そういうのは本当に嫌いなんだ。
「いや、いやそもそもさ。この資料って、何を根拠に書かれているんだ?」
「警察の公式資料だ。凶悪な犯罪の、な。それはどれもテレビでは報道規制がされており、ごく一部の人間しか知らない」
「なるほど、な。海斗」
「なんだ翔。いや成間、お前は、本当にこの犯罪をやったのか?」
「やっているなら、俺が今ここにいるわけないだろ。今頃刑務所だよ」
「いいか、ここに書かれている人間の名前はな、まだ、捕まっていない。この世界に野放しになっている奴の名前ばっかりなんだよ。だから、身近な人間が犯罪者でもおかしくない・・・」
言ってることがおかしいぞ。いや、おかしいなんてもんじゃない。狂気じみてる。そもそも、お前が僕を疑って、何の得になるって言うんだ?
「おい、海斗、それ以上は言うな」
「成間、正直に言う、俺はお前を疑っているんだ。わからないのか?この幼児連続監禁事件はな、ここ、最近のことなんだ。お前の親御さんが死んだあとくらいかな・・・その後お前は1人暮らし、自由に何をすることだってできた。お前の家を調べたら、何がか出てくるかもな・・・」
「やめろ!」
僕は気がつけば、海斗の顔を正面から殴っていた。海斗の鼻からは鼻血が出て、歯は折れている。
「なんで?なんで殴るんだ?殴るってことは、図星だったってことか?そうなのか?」
違う。違うんだ海斗。僕は、お前が僕を信じていないから、こうしたんだ。決して図星だったからとか、そんなんじゃない。なんで分からない?こんな紙切れに書いてることを信じるってのかよ。
僕は何も話さず、海斗を見つめていた。海斗は笑った。何本か折れた歯の根元からは、血が出ている。それが、高そうなソファにポタポタと落ちていた。
僕がその後見た限りでは、海斗はポケットに手を入れ、軽快に携帯を操作していた。警察を呼ぶ気だ。それは、今の、暴行に対しての通報だろう。僕はティーポットがのせられた机を力任せに持ち上げ、海斗の方に放り投げた。
ティーポットは粉々に割れ、中から残った紅茶が溢れる。
「あー・・・あ。高いんだぞ。それ、美華に怒られちゃうなぁ・・・」
海斗は頭から血を流しながら、笑っていた。狂気だ。
ここまでされて、よく笑っていられる。こいつは、相当狂っている。
だから俺が凶悪犯だとか、そんな考えができるんだ。こいつは最初から、俺を疑っていた。あの、電話の時から・・・。
「クソ、クソ、クソが・・・」
僕は台所に行き、ナイフを探した。あいつを殺すことができるほど、鋭利なナイフ、裕福な家だから、ナイフもさぞ高級なのだろう。もちろん切れ味も、だ。
「翔・・・お前はやっぱり狂ってるようだな・・・いいよ。警察には電話しない。好きに殺せばいい。だがな。結局はバレるんだよ。お前の幼児暴行の件も、な」
「あああああああああああ!!」
ナイフを見つけ、一目散に海斗へと向かった。そして、それを刺した。もちろん、何回も、刺した。刺しまくった。僕の心には、殺気しかない。
「翔・・・・・・お前・・・・・・まさか、刺す、なんて、な・・・」
海斗の目は虚ろになっていた。死んだんだろう。そうとしか思えない。
僕の目も虚ろだ。僕も死んだんだろう。人間として、やってはいけないことをやってしまった。
僕は泣いた。虚無感と後悔、色々なモノが脳内でぐちゃぐちゃになり、泣いた。
「ゴメン・・・海斗、本当にごめんな・・・」
なぜか僕は謝っていた。何故だろう。
右手に持つナイフを放した。ナイフは床に刺さり、床にナイフから流れ込んだ血が付くのがわかる。