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予知夢  作者: 霧雨
1/2

前編

初のホラー小説です。多少残酷な描写が含まれていますのでご注意下さい…。

 汗が額を伝っていた。

 肉体には痛みがあった。刺された時の生暖かい血の感覚もあった。指の隙間から止めど無く溢れて来る血液を止める事は不可能と悟った瞬間だった。腹部に走る痛みは鮮明に思い出せる。まるで煮えたぎる鉄を体の深部に流し込まれた様な激痛だった。

 それなのに、目が覚めると周りには日常の風景が広がっていた。枕元では目覚まし時計が時を刻んでいた。どうやら普段より起きる時間が一時間近く早かったらしい。

「夢だったのか……」

 頭を掻きむしりながらの自問。答えは分かっていた。夢だと分かっても拭い去れない気味の悪い感覚。銀色の刃が俺の腹部を貫いた瞬間の痛みや走馬灯の様に脳裏に浮かんだ家族との思い出。あまりにもリアルだった。思い出しただけで吐き気がする程に血の色までも現実そのものだった。

 殺される夢を見たのは一度じゃ無い。結末が分かっていても怖いのだ。殺される恐怖になんて慣れやしない。人間は恐怖に脅えると声が出なくなる。先程の夢もそうだった。

 男に追い詰められて刺される。言葉に表した時の何と淡白な表現なのだろう。恐怖なんて微塵も感じられない。あれは恐怖を夢に具現化したものだ。人間の内に潜む狂喜。殺したい衝動。その捌け口が俺に向けられているのかもしれない。

 狙われている気がした。

 誰かに妬まれない人間はいない。自分は大丈夫と思っていても、仕事が出来るとか勉強が自分より上手く出来る奴の存在。

 憎い。

 それが人間の衝動。誰もが持っている殺伐の感情。古来から人類は命を奪いながら己の空腹を満たして来た。そうしなければ人間は地球に繁栄していない。他人を殺す事は言わば人間の本能なのかもしれない。俺の脳は様々な妄想に支配されていた。いや妄想なんかじゃ無い。これは予知夢なのだ。そうで無ければ連続的に見るこれはどう説明する。毎晩うなされて目覚める意味は何だ。俺が狙われている以外に考えられないじゃ無いか。

「死にたく無い……」

 幸か不幸か俺は単身赴任の最中。妻と娘はここから車で三時間程離れた実家で平和に暮らしている。命を狙われるのは俺だけで充分だ。家族を殺される心配は無い。

「すいませーん」

 部屋の扉から響く声。心臓がどくりと脈打つのが分かった。こんな朝早くに一体誰が来るというのだろう。その瞬間、一瞬にして俺が夢の中で刺される光景が蘇った。無我夢中で布団から飛び出すと急いで玄関の鍵をガチャリと閉めた。

「あの、宅急便……」

「そこに置いといてくれ」

「は、はぁ……分かりました」

 府に落ちない声だった。もしかすると彼奴が俺を殺しに来た犯人かもしれない。玄関を開けた瞬間に隠し持っているナイフで刺されるかもしれないのだ。さっきのあれは予知夢に違いない。あれだけ現実に近い夢はそうそう見るもんじゃ無い。誰が何と言おうと俺は自分の身を守る。妻と娘を見捨てて自分だけ死ぬ訳には行かない。そう誓った瞬間に携帯から大きな音が鳴り響いた。

 慌てて携帯の近くまで駆け寄る。

「吉田……」

 それは同じ会社の後輩である吉田からの電話だった。時間帯を考えると恐らくは仕事について質問があるのだろう。生憎だが俺には家族がある。家族を残しては死ねない。人間なんて金さえ払えば操れるのだ。吉田だって完全には信用出来ない。そう考えながら相変わらず鳴り続けている携帯の終話ボタンを押した。ピッという無機質な機械音の直後に静寂が部屋を包んだ。そこで気が付く。

 今日は重要な会議があったのだ。休むなどと悠長な判断を取っている場合じゃ無い。家族を大切にするあまり会社を解雇されたら本末転倒だ。街に出ても身を守るのは自己判断に任せられるだろう。

 急げば準備は十分足らずで終わる。良く妻が化粧に何分も時間を費やしているが、男の場合は髭を剃るのも早い。その他の身支度も妻よりは早く終わる。ぐずぐずしていると会社に遅刻してしまうかもしれない。

 スーツに身を包み、会社へ出向く準備は完璧に整った。ふと時計を眺めるといつの間にか出勤時刻になっていた。男の準備も思ったより時間が掛かるものなのだ。矛盾に気が付くと妻に対する反省の念が沸いた。

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