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絶滅危惧菓子 「忘れないためのケーキ」

作者: 水井田のう
掲載日:2026/06/13

昔懐かしいタヌキケーキ、何故人がこのケーキを作り始めたのか?

その理由が判ります。

商店街のはずれに、小さな洋菓子店があった。

古びたショーケースの隅に、いつも一匹だけ並んでいる。


チョコレート色の顔、ビスケットの耳、白いクリームのお腹。

 たぬきケーキ。

今ではほとんど見かけない。


昔は全国どこの町にもいたらしいが、流行の菓子に押され、静かに姿を消していった。

挿絵(By みてみん)

「これ、なんで“たぬき”なんですか?」

 若い手伝いの子が聞くと、店主の老人は少し困ったように笑った。

「約束だからだよ」

「約束?」

「狸とのな」

 冗談だと思った。


だが老人は真顔だった。


 閉店後、手伝いを終えた頃、老人が店の裏口を開けた。


「見てみるか」

 夜の路地には、丸い月明かりが落ちていた。

 その光の中に、何匹もの狸がいた。


 いや、“いた”というより、並んでいた。

 静かに。


 まるで店を見守るように。


「戦後すぐ、この辺りは焼け野原だった。食べるものもなかった。だが山から狸たちが芋や木の実を運んできたんだ。人間が飢え死にしないようにな」


 老人はぽつりぽつりと話した。


「助けてもらった人間は約束した。“お前たちを忘れない。甘い姿にして、子どもたちに笑顔を渡し続ける”って」


 若い手伝いの子は息を呑んだ。

「それが、たぬきケーキ……」

「そうだ。作る店が減るたび、狸も減った」

 その時だった。

 一匹の狸が、ショーケースをじっと見つめた。


 空っぽだった。

 今日は売り切れていたのだ。

 狸は少しだけ寂しそうに目を伏せた。


 老人は小さく舌打ちした。

「しまった。最後の一個、残しておくべきだったな」


すると狸たちは、ふっと輪郭を薄くした。


月の光に溶けるように、静かに消えていく。


「待って!」

若い手伝いの子は思わず叫んだ。


翌日。

その子は友人たちを何人も連れて店に来た。

「これ、“たぬきケーキ”っていうの」

挿絵(By みてみん)

 みんな最初は笑った。

 古臭い、昭和っぽい、と。

 けれど一口食べると、誰もが顔をほころばせた。


「なにこれ、懐かしい味する」

「初めて食べたのに?」

「うん。不思議」


 その夜。

 店の裏には、久しぶりにたくさんの狸が集まっていた。


 老人は目を細めた。

「約束は、まだ続けられそうだな」

月明かりの下、一匹の小さな狸が、嬉しそうにクリームの匂いを吸い込んでいた。


絶滅危惧種。

 けれど、本当に消えてしまうのは、ケーキではないのかもしれない。

 誰かを忘れない、という人間の気持ちそのものが。

この約束、いつまでも続けば良いのですが・・・。

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