"砂漠"
吉野家は殺伐だ
少なくとも、古のインターネットにはそう書かれて居た
烏有は夜明け間際の吉野家で、詩の歌詞のように苛立ちながらビールを待って居た
厳密にはビールは待って居ない
雰囲気で頼んでしまったが、空腹だった
明け方まで、宿代を浮かせる為にカラオケボックスで過ごすつもりが、何故か気が付けば、夜通し歌って過ごしてしまったのだ
「───お待たせしました」
国籍の解らない外人風の若者が、ビールだけを置いて去っていく
案の定だ
これを頼んだせいで、肉と飯の到着が遅れてしまった
ビールを口に運ぶ
結局、それは美味しかった
疲労も相まってか、アルコールは血液に素早く浸透する
注文した定食が届くまでのうちに、烏有は手持ち無沙汰からビールを全部飲み干し、完全なる酩酊の世界の住人になって居た
定食が出揃い、盤面が華やぐ
牛皿から、よく煮込まれた獣肉を一口
吉野家の味付けは数年周期で変動して居るが、今シーズンの名状し難い醤油味の和風の味わいは、歴代の中ではまずまずの味に思えた
とはいえ一番気に入ってるのは、値段だ
肉を一切れに対し、白米は二塊は攻める
これについては計略が存在した
烏有は、ボードゲームの世界でそれなりの成績を残す強豪プレイヤーの顔も持って居るが、食卓に於いても自らが戦略家で在る事をやめない主義だった
常軌を逸したペース配分の中で、大盛りだった筈の白米が雑兵のように滅ぼされる
長距離走のストライドで例えるなら、最早スキップして居るのと変わりの無いような歩幅
烏有は、白米が好きだった
タッチパネルによる注文を経由し、第二の大盛り白米が定食の盆に接舷する
wave2の捌き方についても、烏有はセオリーを持って居た
肉を詳細な計算の元で一定数白米に載せ、そこに鶏卵を割り入れる
駄目押しは多ければ多い程、嬉しい
そこに調味料の棚から取った紅生姜、七味唐辛子を限界まで載せ続け、米の白が視えなくなるまで爆撃する
適宜醤油を掛ければ、完成だった
ここまで来れば、何故箸で戦う必要が有るだろうか
烏有は獲物を匙へと持ち替え、巨怪な肉のケーキとの激突を開始した
ここまでは総てがあらすじの通りだった為、神話的な肉の丼は呆気なく烏有の戦略の前に消滅して居った
デス・烏有は止めない
三度目のおかわりを、烏有は白米だらけの口に笑顔を浮かべて待って居る
店員が、多少不愉快そうな顔で、三度の大盛りライスを運ぶ
烏有はそれを待ち侘びながら「何故自分は、酒など飲んだのだろう」と、後悔し始めて居た
平時の烏有で在れば、この量の食餌を殲滅する事は造作も無い
しかし現在は、徹夜の疲労、カラオケではしゃぎ過ぎた疲労、そして空腹時飲酒の気持ち悪さが、同時に襲い掛かって来て居た
「あとは気力の勝負だ………」
牛皿の中身を逆さにして、白米に全掛けする
「タレによって緩んだ米を流し込む」
肉を使い切る最終wave特有の解決手段だが、それでも作戦としてパワーが足りないように思えた
少しの躊躇のあと、またしても紅生姜をありったけ白米に載せる
烏有は紅生姜が好きだ
また、酸味の有る食品全般も
たった一人で箱の紅生姜を使い果たしてしまったが、『有事の際の現場判断』と割り切った
そのつもりで自分自身の覚悟は決まったが、必ずしも店員までがそうとは限らない
『居るんだよな、ああいうやつ!』という聞えよがしの声がバックヤードから響く
烏有もは心の内で『本当にごめん』『二度と来ないから許して』と侘びながら、次々と自作のカスタマイズ牛丼を口に運んだ
心中とは裏腹に、一口を運ぶごとに彼の顔には笑みが戻って居った
『¥1,170』という表示
財布を視る
烏有は結果を識っている
顔から血の気が引き、財布を探る指が震えて居た
───ビールの分、計算がズレたのか
財布には明らかに1,000円しか無い
食い逃げ、友人への連絡………様々な知略が流れ星のように脳裏に現れては、消えていく
ひ…ひひっ…………と珍奇な声で、泣きながら作り笑いを浮かべたあと、烏有は店員に最初の一手として、「警察は呼ばないで下さい」「お願いします………」「何でもしますから」と死にそうになりながら告げた




