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"砂漠"

掲載日:2026/04/15

吉野家は殺伐だ



少なくとも、古のインターネットにはそう書かれて居た

烏有は夜明け間際の吉野家で、(うた)の歌詞のように苛立ちながらビールを待って居た


厳密にはビールは待って居ない

雰囲気で頼んでしまったが、空腹だった

明け方まで、宿代を浮かせる為にカラオケボックスで過ごすつもりが、何故か気が付けば、夜通し歌って過ごしてしまったのだ



「───お待たせしました」


国籍の解らない外人風の若者が、ビールだけを置いて去っていく


案の定だ

これを頼んだせいで、肉と飯の到着が遅れてしまった


ビールを口に運ぶ

結局、それは美味しかった



疲労も相まってか、アルコールは血液に素早く浸透する

注文した定食が届くまでのうちに、烏有は手持ち無沙汰からビールを全部飲み干し、完全なる酩酊の世界の住人になって居た



定食が出揃い、盤面が華やぐ


牛皿から、よく煮込まれた獣肉を一口

吉野家の味付けは数年周期で変動して居るが、今シーズンの名状し難い醤油味の和風の味わいは、歴代の中ではまずまずの味に思えた


とはいえ一番気に入ってるのは、値段だ



肉を一切れに対し、白米は二塊は攻める

これについては計略が存在した

烏有は、ボードゲームの世界でそれなりの成績を残す強豪プレイヤーの顔も持って居るが、食卓に於いても自らが戦略家で在る事をやめない主義だった


常軌を逸したペース配分の中で、大盛りだった筈の白米が雑兵のように滅ぼされる

長距離走のストライドで例えるなら、最早スキップして居るのと変わりの無いような歩幅


烏有は、白米が好きだった



タッチパネルによる注文を経由し、第二の大盛り白米が定食の盆に接舷する

wave2の捌き方についても、烏有はセオリーを持って居た


肉を詳細な計算の元で一定数白米に載せ、そこに鶏卵を割り入れる

駄目押しは多ければ多い程、嬉しい

そこに調味料の棚から取った紅生姜、七味唐辛子を限界まで載せ続け、米の白が視えなくなるまで爆撃する


適宜醤油を掛ければ、完成だった


ここまで来れば、何故箸で戦う必要が有るだろうか

烏有は獲物を匙へと持ち替え、巨怪な肉のケーキとの激突を開始した


ここまでは総てがあらすじの通りだった為、神話的な肉の丼は呆気なく烏有の戦略の前に消滅して居った




デス・烏有は止めない


三度目のおかわりを、烏有は白米だらけの口に笑顔を浮かべて待って居る


店員が、多少不愉快そうな顔で、三度(みたび)の大盛りライスを運ぶ

烏有はそれを待ち侘びながら「何故自分は、酒など飲んだのだろう」と、後悔し始めて居た


平時の烏有で在れば、この量の食餌を殲滅する事は造作も無い

しかし現在は、徹夜の疲労、カラオケではしゃぎ過ぎた疲労、そして空腹時飲酒の気持ち悪さが、同時に襲い掛かって来て居た



「あとは気力の勝負だ………」


牛皿の中身を逆さにして、白米に全掛けする

「タレによって緩んだ米を流し込む」

肉を使い切る最終wave特有の解決手段だが、それでも作戦としてパワーが足りないように思えた


少しの躊躇のあと、またしても紅生姜をありったけ白米に載せる


烏有は紅生姜が好きだ

また、酸味の有る食品全般も


たった一人で箱の紅生姜を使い果たしてしまったが、『有事の際の現場判断』と割り切った


そのつもりで自分自身の覚悟は決まったが、必ずしも店員までがそうとは限らない

『居るんだよな、ああいうやつ!』という聞えよがしの声がバックヤードから響く


烏有もは心の内で『本当にごめん』『二度と来ないから許して』と侘びながら、次々と自作のカスタマイズ牛丼を口に運んだ

心中とは裏腹に、一口を運ぶごとに彼の顔には笑みが戻って居った




『¥1,170』という表示

財布を視る


烏有は結果を識っている

顔から血の気が引き、財布を探る指が震えて居た



───ビールの分、計算がズレたのか


財布には明らかに1,000円しか無い

食い逃げ、友人への連絡………様々な知略が流れ星のように脳裏に現れては、消えていく



ひ…ひひっ…………と珍奇な声で、泣きながら作り笑いを浮かべたあと、烏有は店員に最初の一手として、「警察は呼ばないで下さい」「お願いします………」「何でもしますから」と死にそうになりながら告げた

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