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情報漏洩の問題

 王都の新聞【マレット・ジャーナル】は月に数回、王家の行事や大きな話題、事件事故などが起こったときにのみ、王家が許可を与えた出版社から発行される。

 平民は個人ではあまり買わない。散髪屋やカフェなど公共施設に置かれた新聞を回し読みし、政治談議や女性王族のファッション、貴族のゴシップなどをつまみにお喋りを楽しむ。

 新聞屋は貴族の邸宅を優先的に回る。

 貴族にとって情報は、何よりの武器だからである。

 


 12月26日。

 街のカフェ開店よりも早い朝8時。

 イザーク侯爵家にやってきた新聞屋に、老侍従ロウエは代金分の銅貨を支払った。

 朝日の入るダイニングのテーブル。皺ひとつない白いクロスの上に、主を待つようにそっと新聞を置くと、


「やはり載りましたか」


 くすりと白髭をほころばせた。



「やはり載ったか、昨日の夜会のアレは」


 食卓に置かれた新聞。その一面記事に、アレグリオ侯爵は、にっ、と犬歯を見せて笑う。大きな悪戯っ子のようである。

 日課の愛馬での朝駆けから戻り、シャワーを浴びたばかりなので、獅子のたてがみと謳われる金髪は濡れてへにゃりと額に貼りつき、壮年の顔をさらに幼くみせていた。

 

「こうなると、お分かりでしたでしょうに」

「まあな。しかし一面に載せるのはやりすぎではないか?」

「この王都で旦那さまのご結婚以上に大きな祭り……いえ、事件などございませんから」

「お前、面白がっているだろう」

「まさか」


 老侍従ロウエは主への軽口に悪びれもせず、優雅にカップにハーブ茶を注ぐ。

 主従になって20年以上になる、互いの前だけで交わす会話である。


「……サティーのことも指示通りだ」

「ええ」


 記事に目を通した侯爵は慈しみの笑みの、だが自嘲の乗った唇を、ハーブ茶のほろ苦さで隠した。


 【アレグリオ・イザーク侯爵、夜会で結婚を発表!】

 太字の見出しが一面の上部を占拠する。その周囲に散りばめるように、

【お相手はサティー・オーランド伯爵令嬢。交際0日スピード婚】

【侯爵長男ジェームズ氏、不実愛の結末は……】

【「何かの間違い!」令嬢たちガッカリ】

【貴方の邸宅もこれで防犯!記憶鉱石とは?】

 などの記事が躍る。一部は広告である。

 アンバー記憶鉱石がホールで披露した風景を数カ所分、新聞屋お抱えの画家に描かせた。なので一面は侯爵の結婚宣言の絵と共に、ピチカートの醜態もサティーの無実の証拠として掲載されたのである。


 ただし、意図的に隠された情報もある。

 夜会の終盤、取材を許していた新聞屋を応接間に招くと、侯爵はカップとソーサーの間に金貨1枚を挟み、伝えた。


「サティー・オーランド伯爵令嬢の怪我のことは、伏せてほしい」


 ジェームズの婚約破棄時の文言にあった『オーランド家の爆発騒ぎ』についても削除を要請した。

 オーランド伯爵邸は王都の郊外にあり、火災の発生などもなかったため、それほど大きな騒ぎにはなっていない。外聞の悪さを気にしたオーランド伯爵も、新聞沙汰にならないよう手を打っていた。

 サティーはパーティーに列席していた。そしてアレグリオ侯爵との結婚発表。

 その事実さえあればいい。包帯姿であったなどと、わざわざ書く必要はない、と。

 その意図を読み取った侍従は、温かいハーブ茶を静かにカップに注ぎ足す。


「サティーさまに傷などない、と。……サティーさまを自由にするため、ですね」

「ああ」


  

 

 夜会は狂想曲の様相であった。

 怪我もサティーの悪評も捏造だったことがバレたピチカート伯爵令嬢は、真実の愛を頼りにジェームズにキスを迫り。

 恋人がとんだヤンキーだったと知ったジェームズは、サティーとやり直そうとキスを迫るが侯爵家護衛騎士に阻まれ。

 確たる証拠もなしに安易にサティーを陥れようとした令嬢らは、実は彼女らを口説こうと狙っていた令息らに「考え直します」と言われ。

 令嬢の親たちは娘らを別室に隔離し、何ごともなかったかのように夜会を満喫した。


「サティー、傷を診てもらいなさい」

「あ、……ありがとうございます」


 アレグリオ侯爵がピチカートを診るようにと呼んだ医師は、そのままサティーの手当てにスライドした。

 遠くで「俺も! 俺も君の怪我を心配していたんだ! 構ってやれなくて悪かった! これからも俺の愛は君のものだ!」とか叫んでいる声はすれども姿は見えず。ほんに貴方は屁のような。

 声の主がつまみ出され、手当ての医師も去ると、アレグリオ侯爵がサティーの隣の椅子に腰かけ、ホールには聴こえないよう声を落とす。

 先ほどまでの自信に溢れたものでなく、後悔にも似た声色。


「すまなかった。……君への補償は、十二分にさせてもらいたい」


 侯爵の身分で謝罪されては許すしかないことを知っているだろうに、あえて謝罪をするのは、義父……いや、夫としてだろうな、とサティーは察した。

 夫……なのだ。そうなったのだ。今さら緊張が湧いてくる。


「いいえ。……だ、旦那さま、は、誰も罰しない方法で、場を収められました。……ちょっとだけ、びっくりしましたけど」


 ピチカートを侯爵家への不敬罪にすることなく、ただの詐欺師にしたこと。

 ジェームズの不義密通をコメディにしたこと。

 正妻狙いの令嬢らは侯爵でなく伯爵令嬢への無礼なので、お咎めはせいぜい婚期ずれこみくらいであろう。


「私の対応が間違いでなくて、よかったです」

「……そうか」


 サティーだけが傷を負う解決。

 アレグリオ侯爵の謝罪は、そのことへの自責の念であった。

 婚約破棄宣言という非常識な騒動を、夜会の余興にすり変えて笑いで収束させる。

 自分の意図を正しく読み、その酷薄な結末に微笑む少女に、獅子王は言葉もない。


「サティー、君にはせめて……私との白い結婚を、君への褒美とさせてくれ」

「……え?」

「君の家の爆発騒ぎ。その犯人は私が挙げる。そうしたら、君をあの家から解き放つことを約束しよう」


 この会話も、もちろん翌日の新聞には載っていない。




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― 新着の感想 ―
 何やらサティーの気持ちとアレグリオ侯爵の気遣いがすれ違っているような気がするのですが、気の所為でしょうか。  サティーの大怪我の原因は爆発騒ぎということですので、次回からいよいよ本格的に推理が始まり…
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