息子の嫁問題
12月25日。
1年の最後を締めくくる大夜会が、マレット王国の大貴族たちの館で催されていた。
王都での務めの締めくくりである。このあと貴族らは各領地に戻り、次の春の任期を迎えるまで、領地経営の施策に励むのだ。
王国領の中でも最大の領地を持つのが、王家と遠縁にもあたるイザーク侯爵家。
この夜、侯爵家主催のパーティー会場は異様な空気に包まれていた。
「サティー! よくもまあ、俺の前にその顔を晒せたものだな。貴様の悪行は赦しがたい。このイザーク家次期当主、ジェームズ・イザークは今ここに、貴様との婚約を破棄することを宣言する!」
現当主の着座もまだだというのに、ホールに集った招待客らの目は侯爵家の長男、及びそのかたわらの美少女に集まっている。
異様なのは、ジェームズに肩を抱かれる少女と、ジェームズに婚約破棄を告げられた少女のどちらもが、痛々しいほど包帯を巻いていることである。
手酷い言葉を浴びせられた小柄な少女、サティー・オーランドは、エスコートもなく、ただ独り、ホール中央で立ち竦んでいた。
「人並みにショックのようだな。俺の言葉の意味は解るか? サンベリーナ」
淑女らが扇子の陰で、プッと嘲笑する。
『親指姫』と揶揄されるほど、彼女が細く小柄だからだ。
社交デビューしているのだから16歳のはずだが、サティーは3、4歳は下に見える。
「こんやく、は、き、ですか……?」
弱々しく、サティーは婚約者の言葉を繰り返す。
右頰にも大きな薬布を当てているので、口が開かないのだ。
つつましく控えめな雰囲気の美少女だが、今は生来のそれよりも控えめな、悪くいえば見すぼらしい姿をしていた。
頭の傷を覆うためにぐるりと巻かれた包帯。顔の半分が薬布で隠れ、腕も手当てのあとがある。
薬を塗るため化粧はできず、傷に障るからとすみれ色の美しい髪を整えることもできなかった。ドレスもパーティー用ではなく、普段着のような地味なもの。
傷みに耐えているため姿勢も悪い。淑女にあるまじき姿でサティーは夜会会場に立っている。父と、この婚約者の強制である。
同情の目はほんのひと握り。嘲笑う視線が大半だ。
弱気な少女は好奇の視線に耐え、蜂蜜色の瞳は気丈に横暴な婚約者を映していた。
対する婚約者は、金糸のような前髪をかきあげ、酷薄な碧眼でサティーを見下す。
「ふん、包帯を巻けば俺の同情を買えるとでも思ったのか? ピチカートを怪我させておいて自分まで被害者のつもりとは、何さまのつもりだ」
「ジェームズさま、私、悔しいですぅ」
桃色の瞳を潤ませながらジェームズに頰と胸を擦り寄せる美少女ピチカートもまた、露出した肩や脚、首に包帯を巻いていた。
ジェームズは少女の肩にかかるピンクブロンドの柔らかな髪を優しく撫でる。
「貴様がこのシャルル伯爵令嬢ピチカートを嫌い、階段から突き落としたことは調べがついている。そうだな? ピチカート」
「はい。サティーさまは私がひとりのときを狙って酷い言葉を投げてくるのです。売春婦とか、メス豚とか……。そして、私を階段の上から……。うっうっ、死ぬかと思いましたぁ!」
「なんと可哀想なピチカート! 聞いたか皆、こんな性悪で陰湿なチビと、誰が結婚などしてやるものか!」
サティーには身に覚えがない暴言。
淑女は、例え『言われた言葉』だとしても、公衆の面前でメス豚などと口にしてはいけない。品位を保つのは貴族として当然のマナーである。
マナーを軽んじてでも自分を陥れたいのか。ピチカートの侮辱に、サティーはドレスの袖を握る。
「私は、そんなこと、言っていません」
頬の傷が引っ張られて痛い。口の開かないサティーの声は聞き取りづらく、誰の耳にも届かなかった。
なので多いに、ジェームズは調子づいた。
「サティー、これは貴様の嫉妬による蛮行だろう? 気品も社交性も美しさも、貴様はピチカートの足元にも及ばないからな。俺なら、同じ伯爵家であれば、より俺に相応しい方を婚約者に選ぶがなぁ」
ホールがざわめく。
侯爵の息子が、今は親のすねかじりで何の権力もない息子が、親の、家同士の決定による婚約を堂々と批判したのだ。
当の本人は、反論しない少女を罵ることに酔い、自分が何を言ったか分かっていないようであるが。
「貴様の家の爆発騒ぎも聞いているぞ。大げさなことだ。おおかた、愛されない自分をあわれんで、自殺でもしようと……」
「侯爵さまのご到着です」
音もなく扉を開けた侯爵付きの侍従の声で、ジェームズの陶酔は途切れた。
カツン、と硬質な靴音に、招待客の背筋が伸びる。ついで、一斉に頭を垂れた。
「なにやら、愉快な寸劇をしていたようだな。扉の外にまで名調子が聴こえていたぞ」
壮年の、歴戦の戦士と見まがう恵まれた体躯。沈んだ色味の金髪。
獅子のたてがみを思わせる印象的な髪は、彼に『獅子王』の二つ名をもたらした。
黒を基調とした礼服でさらなる威厳が加わり、近づきがたい印象を見る者に与える。
正しく、王の降臨であった。
(お義父さま……)
獅子の空色の瞳は柔らかく、サティーを見つめた。胸がトクンと跳ねる。
婚約を持ちかけられた子供の頃に見たのと変わらない、優しい瞳。
その掌が一度、二度、三度と合わさる。
「見事な淑女の姿だ、サティー。激せず屈せず、まさに貴族子女の手本となるべき立ち振る舞いだ」
たったひとりの拍手の音。
サティーにはそれが、魔法のように生命を救うものに聴こえた。
あとを追うように、おずおずと拍手が起こる。雨垂れの音から、次第にさざ波の音へと。
場の空気を支配した男は快活な笑みを浮かべ、しかしその笑みに愉快という感情は少しも乗せず。
イザーク家当主、アレグリオ・イザーク侯爵は、三文芝居のホールへと足を踏み入れた。
おじさまを書きたかった…
イケオジ大好き。
推理はもうちょっと先。すみません。




