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魂融合機兵ヴェスパー《HIVE-01》  作者: 昼ライス
Season 1 ~ヒーロー誕生~

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第4話 帰り道

毎日20時投稿

格納庫の照明が一段階落ち、整備用の白色灯だけが機体を照らしている。


高所作業用の足場が組まれ、整備員が無言で損傷部を確認していた。工具の金属音が、乾いた地下空間に小さく反響する。


空調の低い唸り。


わずかに混じるオイルと金属の匂い。


地上とは違う、一定に保たれた温度。


俺は、黄色い機体を見上げていた。


さっきまで自分だったもの。


いや、今もどこかで繋がっている感覚が、完全には消えていない。


「今日はここまでだ」


「どうせ、訳の分からないことで頭がパンクしそうになっているころだろう」


直哉が背後から言う。


振り返ると、彼はタブレット端末を片手に立っていた。


「強制はしない」


「……はい」


「答えを急がせるつもりもない」


淡々とした口調。


だが視線は真剣だ。


「ただ」


そこで一拍置く。


「次は突然来る」


静かな言葉。


脅しではない。


事実としての重み。


俺は何も言えなかった。


直哉は白衣のポケットから、小さな箱を取り出す。


黒いマット素材のケース。


無駄のないデザイン。


ぱちり、と音を立てて蓋が開く。


中には、スマートウォッチが収まっていた。


市販品と変わらない形状。


円形ディスプレイ。黒いバンド。


拍子抜けするほど、普通だ。


「専用通信端末だ」


直哉が言う。


「暗号化回線でハイブと直通。侵略予兆を検知した場合、アラートが届く」


「……それだけですか?」


「基本はな」


軽く肩をすくめる。


「位置情報と生体情報も同期する。緊急時は転移座標の固定にも使える」


さらっと、とんでもない単語が混ざる。


俺はケースの中のそれを見つめる。


「決めなくていい」


直哉は繰り返す。


「だが、持っておけ」


命令ではない。


押し付けでもない。


保険だ。


逃げる自由も、残したまま。


リゼリアが一歩だけ近づく。


白衣の袖が、わずかに揺れる。


「それは、あなたが選んだときにだけ機能するわ」


碧い瞳が、まっすぐに向けられる。


「私たちから、あなたを縛ることはない、とだけ約束する」


静かな声。


責任を委ねる声。


俺は、ゆっくりと手を伸ばす。


指先が金属に触れる。


冷たい。


だが、軽い。


思っていたより、ずっと。


手首に巻く。


カチリ、と小さな音がする。


普通の腕時計と、何も変わらない。


ディスプレイは黒いままだ。


沈黙。


遠くで工具が落ちる音がした。


整備員が機体の脚部にライトを当て、内部を確認している。


ここには俺以外にも人がいる。


それでも、この瞬間だけは、妙に静かだった。


「テスト信号を送る」


直哉が端末を操作する。


次の瞬間、手首が微かに震えた。


振動は一度きり。


ディスプレイに、白い六角形が浮かぶ。


すぐに消える。


「接続確認完了」


あまりに簡単だ。


あまりに、日常的だ。


だが。


この小さな輪の向こうに、あの二十メートルの怪物がいる。


そして、あの機体がいる。


直哉が言う。


「今日は帰れ」


それだけ。


「地下から出る通路は案内させる」


リゼリアが静かに頷く。


「……ありがとうございました」


何に対してか、自分でも分からないまま、そう言っていた。


直哉は小さく息を吐く。


「礼は早い」


視線が機体へ向く。


「次が来たら、そのとき改めて考えればいい」


俺は、もう一度だけ黄色い機体を見上げる。


白い光の下で、静かに立っている。


まるで、待っているみたいに。


手首の重みを感じながら、俺は踵を返した。


決めてはいない。


だが。


何も持たずに帰るわけでも、なくなっていた。






地下通路のエレベーターが、低い振動とともに上昇する。


無機質な白から、徐々に灰色のコンクリートへ。


やがて扉が開く。


夜の空気が、肌に触れた。


湿っている。


潮の匂いが混じる、八月の風。


遠くで首都高の走行音が絶え間なく流れている。


地上だ。


さっきまで二十メートルの怪物が暴れていた場所と、同じ世界とは思えない。


ポケットの中で、スマートフォンが重みを主張する。


取り出す。


画面を見て、息が止まった。


着信履歴が、同じ名前で埋まっている。


二十件以上。


メッセージ通知も、未読の数字が並んでいる。


――佐伯。


豊洲で一緒にいた。


胸が、ひやりとする。


急いで折り返す。


コール音が一度、二度。


「おい!!」


繋がった瞬間、怒鳴り声が飛び込んできた。


思わず耳を離す。


「どこ行ったんだよ! 生きてんのか!?」


「生きてる」


短く答える。


それだけで、電話の向こうが一瞬黙った。


「……マジで?」


「ああ」


息を吐く音。


「お前、途中でいなくなっただろ。マジで焦ったんだぞ」


言葉の端が震えている。


怒っているというより、怖かったのだと分かる。


「悪い。ちょっと……巻き込まれて」


嘘ではない。


だが、全部でもない。


「ニュース見たか? なんか、また新しい“未確認機体”出てきたぞ」


足が止まる。


歩道脇の大型ビジョンに、ニュース映像が流れている。


煙の中を駆ける、黄色い二メートルの機体。


弾幕の間を縫い、黒鉄と対峙する姿。


テロップが踊る。


《正体不明の人型機体 自衛隊と共闘か》


自分だ。


だが、どこか他人のようにも見える。


「見た」


それだけ言う。


「マジで何なんだろうな、あれ。ヒーローかよ」


冗談半分の声。


俺は何も返せなかった。


ヒーロー。


そんなつもりは、ない。


ただ。


放っておけなかっただけだ。


「今どこ?」


「帰り道」


「マジで無事なら、明日また連絡しろよ。生存確認だ」


「分かったよ」


短い沈黙。


「……ありがとな」


ぽつりと漏れる。


「は?」


「いや、なんでもない」


通話が切れる。


スマートフォンの画面が暗くなる。


ふと、隣にコンビニの明かりが目に入る。


自動ドアが開く音。


涼しい冷気が流れ出す。


何事もなかったかのような、いつもの夜。


吸い寄せられるように中へ入る。


蛍光灯の白い光。


弁当棚。


アイスケース。


雑誌コーナー。


レジ横の揚げ物の匂い。


さっきまで命のやり取りをしていたとは思えない空間。


レジ前で、母親が小さな子どもにジュースを選ばせている。


「どれにする?」


無邪気な声。


笑い声。


その光景を、しばらく見ていた。


あのとき、モールで助けた子どもも、今ごろこんなふうに家に帰れているのだろうか。


アイスを一本手に取る。


レジに置く。


「袋いりますか?」


店員の何気ない問い。


「あ、いらないです」


日常のやり取り。


たったそれだけなのに、胸の奥がじわりと熱くなる。


外へ出る。


夜風が、さっきより少しだけ優しく感じた。


歩きながら、手首を見る。


黒いディスプレイは沈黙している。


普通の時計。


ただのガジェット。


だが、その向こうにあるものを、もう知ってしまった。


遠くで、救急車のサイレンが鳴っている。


完全に守れたわけじゃない。


それでも。


コンビニの明かりは、消えていない。


子どもは、ジュースを選んでいる。


友人は、電話をかけてきた。


守れた日常が、ここにある。


俺は、アイスの包装を開ける。


冷たい甘さが、舌に広がる。


普通の味だ。


それが、妙に嬉しかった。


食べ終えたアイスの棒を見つめる。


溶けかけた甘さが、まだ舌に残っている。


コンビニの横にあったゴミ箱へ、棒と包装を捨てる。


カラン、と軽い音。


それだけで、さっきまでの非現実が少し遠のく。




住宅街は静かだ。


街灯の下を歩く。


見慣れた家並み。


自分の家の前で立ち止まる。


玄関の明かりは、ついていない。


やはり父はいない。


鍵を開ける。


「ただいま」


返事はない。


分かっている。


ほとんど、いない。


だが、言わないと落ち着かない。


廊下は暗く、空気はひんやりしている。


リビングの電気をつける。


ソファ。


テーブル。


壁に掛けられた家族写真。


母がまだ元気だった頃の写真。


目を逸らす。


スマートフォンが震えた。


父からの着信。


少しだけ間を置いて、出る。


「もしもし」


『……無事か』


開口一番、それだった。


「うん。大丈夫」


短く答える。


電話越しに、風の音がする。


どこかの駐屯地か。


夜間待機か。


『豊洲だったな』


心臓が、ひとつ強く打つ。


「なんで……、って言ってたっけ」


『映画を見に行くと言ってたろう』


冷静な声。


だが、わずかに硬い。


『怪我は』


「ない」


沈黙。


その沈黙に、言葉より多くのものがある。


『未確認機体、見たか』


喉がわずかに乾く。


「ああ」


『自衛隊の弾幕の中に飛び込んだらしいな』


「……らしいね」


自分のことを、他人のように答える。


父が小さく息を吐く。


『命知らずだ』


叱るようで、どこか違う。


『だが』


一拍。


『助かった』


胸の奥が、わずかに熱を持つ。


三か月前は、間に合わなかった。


今回は、間に合った。


父の口から、その言葉が出る。


俺は天井を見上げる。


言えない。


俺だ、とは。


言えば、何かが変わってしまう。


「……ああ」


それだけ返す。


『悠真』


珍しく、名前を呼ばれる。


「なに」


『怖いと思ったら、逃げろ』


予想外だった。


『立つのは、怖いと分かってからでいい』


三か月前にも言われた言葉。


同じだ。


変わらない。


それが、少しだけ安心になる。


「分かった」


嘘ではない。


全部本当でもない。


『何かあったら連絡しろ』


「するよ」


短い会話。


だが、十分だった。


『じゃあな』


通話が切れる。


静まり返ったリビング。


時計の秒針の音が、やけに大きい。


手首のスマートウォッチが、室内灯を反射している。


黒い画面。


沈黙。


父はほとんど家にいない。


この家は、ほぼ一人暮らしみたいなものだ。


それでも。


ここは帰る場所だ。


三か月前は、テレビの向こうだった。


今日は、目の前だった。


そして。


戦った。


ソファに座り込む。


守れた日常の中に、自分がいる。


その事実だけが、静かに胸に残っていた。

いつもありがとうございます。


面白いと思っていただけたら、

★★★★★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。


本作は毎日更新中です。

明日もお待ちしています。


現在、別作品として

『不遇スキル【球術】の俺は、均形鍛冶の少女とダンジョンを攻略する』

というダンジョンファンタジーも連載しています。


意味不明と言われたスキル【球術】で戦う主人公と、鍛冶職の少女がダンジョンを攻略していく物語です。


もしよろしければ、そちらも覗いていただけると嬉しいです。

今後ともよろしくお願いします。

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