第2話 未確認機体
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瓦礫の下。
壁の向こう。
折れた鉄骨の陰。
生体反応が、光点として表示される。
『重傷者、二名』
『閉鎖空間内に、生体反応を確認』
女性の声が、落ち着いて告げる。
命令ではない。
事実の提示。
悠真は、頷く。機体が動く。
逆関節の脚部が静かに沈み、次の瞬間には三メートル先へ跳躍していた。
着地。
衝撃は、床へ分散される。
瓦礫を踏み抜かない。
潰さない。
精密な制御。
「……すげぇ」
声が、スピーカー越しにわずかに響く。
自分の声なのに、少し遠い。
崩れた柱の下に、腕が見える。
悠真はしゃがみ込む。
金属の指が、コンクリートの塊を掴む。
重い。
だが、持ち上がる。
粉塵が舞う。
中から、若い男性が咳き込みながら現れる。
目が合う。
恐怖と、理解不能が入り混じった視線。
だが今は説明する時間はない。
「動けるか」
思わず、いつもの声で言う。
マイク越しに増幅され、少しだけ低く響く。
男性は、頷く。
腕を差し出す。
人間の腕より、細く見える金属のそれが、驚くほど慎重に背中を支える。
圧をかけない。
潰さない。
体重を分散する。
出口方向へ誘導する。
その途中、天井の一部が崩れ落ちる。
『落下物、接近』
自動的に、背部から蜂型ドローンが数機射出される。
六角形の光が瞬時に展開。
コンクリート片が弾かれ、横へ逸れる。
「……守られてる」
自分が。
ではない。
目の前の人が。
出口付近に、泣きじゃくる子ども。
動けない高齢者。
悠真は、迷わない。
戦う前に、やることがある。
脚部を使い、崩れた什器をまたぐ。
床の亀裂を越える。
機体の視界に、再び赤い光が映る。
黒鉄の巨体が、外壁を破壊している。
『敵対対象、接近』
だが、まだ距離はある。
間に合う。
「先に人命救助だ」
自分に言い聞かせる。
機体が、応えるように動く。
動けなくなっていた高齢者を両腕で抱え上げる。
その動作は、驚くほど優しい。
質量を扱う存在とは思えないほど。
出口の自動扉を強引に広げ、避難経路を作る。
外の空気が流れ込む。
泣き声が、少し遠のく。
救急隊員が駆け寄る。
彼らが一瞬、動きを止める。
黄色い二メートルの機体と、目が合う。
だが次の瞬間には、担架が展開される。
まだ、終わりじゃない。
煙の向こうで、黒鉄がこちらを向く。
モノアイが収束する。
オォォン――
低い唸りが、空間を震わせる。
悠真は、振り向く。
高齢者を乗せた担架が遠ざかる。
人々の泣き声が、少しだけ遠くなる。
戦いはまだ終わっていない。
煙の向こうで、黒鉄の巨体がゆっくりとこちらを向いた。
赤い単眼が、細く収束する。
今までのように、建物を“均す”ためではない。
明確に、標的を定める視線。
『敵対対象、再認識』
女性の声が、静かに告げる。
オォォン……
低い唸りが、空気を震わせる。
二十メートルの質量が、一歩踏み出す。
アスファルトが沈む。
亀裂が走る。
悠真は、逃げない。
脚部が自然に開き、重心が落ちる。
両腕をゆっくりと上げる。
まだ、武器の使い方も知らない。
戦い方も分からない。
それでも。
背後には、まだ避難途中の人影がある。
『高質量衝突、予測』
黒鉄の腕が、ゆっくりと持ち上がる。
巨大な拳。
夕陽を遮る影。
その拳が、振り下ろされる軌道に入る。
時間が、引き延ばされる。
悠真は、ただ一言だけ、呟く。
「止めてやる」
黒鉄の拳が、振り下ろされる。
振り下ろされた拳が、空気そのものを押し潰した。
『衝突、二秒』
『退避を推奨します』
「分かってる。だけど――」
視界が震える。
逃げ遅れた人々の悲鳴が、背後で絡まり合う。
間に合わない。
理屈ではそう判断できる質量だった。
それでも、退かない。
両脚を深く踏み込み、両腕を交差させる。
「無理だ!」
次の瞬間。
世界が白く弾けた。
轟音。
拳が両腕に直撃する。
アスファルトが陥没し、衝撃波が半径数十メートルに広がる。割れたガラスが一斉に宙へ跳ね上がり、周囲の看板が軋む。
重い。
想像を超えて重い。
内部フレームがきしみ、膝が数センチ沈む。
だが。
止まっている。
二十メートル級の拳が、目の前で静止している。
『荷重分散、開始』
『姿勢維持を補助します』
女性の声は、落ち着いている。
「……っ!」
背後を見る。
子どもが、尻餅をついたまま固まっている。
その母親が、腕を伸ばしている。
ここで退けば、直撃だ。
「まだだ」
脚部アクチュエータに出力を回す。
逆関節が唸る。
地面に走った亀裂が、さらに広がる。
ゆっくりと。
ほんのわずかに。
黒鉄の拳が持ち上がる。
オォォン――
低い唸り。
単眼が、強く赤く収束する。
反対側の腕が横薙ぎに振られる。
『側面衝突予測』
拳を逸らし、地面を蹴る。
爆音とともに衝撃が横を通過する。背後の柱が粉砕され、破片が雨のように降る。
同時に、背部から数機の蜂型ドローンが射出される。
六角形の光が瞬時に形成され、落下物を弾いた。
母子は、無事だ。
しかし、安堵している暇はない。
黒鉄が一歩踏み込む。
アスファルトが沈む。
その質量が、再び人々へ向く。
遠くで砲声が響いた。
煙の向こうから、対戦車弾が黒鉄の背部に着弾する。
火花。
装甲がわずかに剥がれる。
自衛隊。
黒鉄の単眼が、そちらへわずかに向く。
標的が分散する。
今だ。
「こっちだ!」
地面を蹴る。
二階建ての外壁を踏み台に跳躍。
黒鉄の肩部へ着地する。
視界が高くなる。
単眼が、完全にこちらへ固定された。
いい。
逃げる人々から、離れられた。
黒鉄が再び拳を振り上げる。
今度は、俺を叩き潰すために。
逃げれば楽だ。
だが退けば、その衝撃によって、また避難列に被害が及ぶ。
だから悠真は両腕を構える。
「来い」
第二撃が、落ちる。
両腕に強い衝撃が走る。
両腕に叩きつけられた質量が、骨格ごと空へ吹き飛ばそうとする。
膝は軋み、全身が悲鳴を上げる。
だが、崩れない。
『姿勢維持、成功』
「……重っ……!」
視界の端で、黒鉄の単眼が赤く脈打つ。
完全に、こちらを標的にしている。
それでいい。
その瞬間、空気を裂く鋭い音が幾重にも重なった。
ヒュン、と。
続けざまに。
上空から、弾幕が降る。
対戦車誘導弾。
迫撃砲弾。
機関砲の曳光弾。
黒鉄の背部と側面へ、集中して叩き込まれる。
爆炎が立ち上がり、装甲表面が火花を散らす。
衝撃に、黒鉄の拳の圧がわずかに緩む。
『外部火力支援、確認』
『弾着予測、黒鉄背部集中』
自衛隊だ。
煙の向こう、ビル陰に展開した装甲車両の砲身が一斉に火を噴いているのが見える。
無線が飛び交う。
『未確認機体、敵性目標と交戦中!』
『砲撃継続!標的固定!』
未確認機体。
俺のことだ。
黒鉄が唸る。
オォォォン!
背部装甲が剥がれ、内部フレームが露出する。
だが、倒れない。
むしろ苛立ったように、こちらへ拳を振りかぶる。
標的は、変わらない。
「こっちだ……!」
地面へと着地後、再び崩れた外壁を蹴る。
わざと、大きく動く。
ビル外壁を駆け上がり、再び地面へ降りる。
黒鉄の単眼が追従する。
完全に俺を追っている。
『囮機能、成立』
女性の声が静かに告げる。
その言葉に、わずかに息が詰まる。
囮。
そうだ。
俺は、今。
街の代わりに殴られている。
再び弾幕。
今度は関節部へ集中。
膝。
肩。
背中。
爆炎の中で、黒鉄の左膝がわずかに沈む。
バランスが崩れる。
今だ。
「もう一歩、引きつける!」
わざと、距離を詰める。
黒鉄が腕を振り下ろす。
直撃コース。
回避すれば、背後の砲撃ラインに入る。
だから退かない。
正面から受ける。
衝撃。
膝が沈む。
だがその瞬間、背部に対戦車弾が直撃する。
爆発。
装甲が剥がれ落ちる。
黒鉄の体勢が、大きく傾く。
オォォン――!
唸りが乱れる。
片膝が地面に落ちる。
アスファルトが砕ける。
自衛隊の弾幕が、間断なく降り注ぐ。
『今だ、集中射!』
『関節部を狙え!』
砲声が、連続する。
黒鉄の右肩が爆ぜ、内部フレームが露出する。
だがまだ、赤い単眼は消えない。
胸部が、淡く光り始める。
収束。
熱量上昇。
『高出力反応、検出』
暴走。
あるいは、最後の抵抗。
射線予測が表示される。
その先には、まだ避難途中の車列。
自衛隊の装甲車両も含まれている。
撃たせれば、被害は拡大する。
「……俺を見ろ!」
再び跳ぶ。
真正面へ。
単眼の中心へ、割り込む。
赤い光が、こちらへ固定される。
その瞬間。
自衛隊の砲撃が、最後の一斉射を放った。
黒鉄の胸部と膝関節へ、同時着弾。
爆炎が交差する。
内部構造が露出し、赤い光が不安定に揺らぐ。
オォォ……ン……
唸りが、崩れる。
単眼が、明滅する。
黒鉄の巨体が、ゆっくりと前へ傾いた。
そして――
崩れ落ちる。
地面を揺らし、砂のように分解を始める。
赤い光が、空へ霧散する。
静寂。
煙の中、砲声が止む。
無線が飛び交う。
『目標、機能停止!』
『未確認機体、依然空中にあり!』
俺は、まだ立っている。
街も、立っている。
完璧ではない。
だが、壊滅は免れた。
遠くでサイレンが鳴り続ける。
視線を上げると、自衛隊の隊員と目が合った。
一瞬。
味方でも敵でもない、視線。
そのとき、足元に六角形の光が広がる。
『帰還プロトコル、開始』
空間が歪む。
煙とサイレンが遠ざかる。
自衛隊の無線が、最後に響く。
『未確認機体、消失――!』
光が、閉じた。
次に光が目に入ったとき、重力の向きが変わった。
湿った煙の匂いが消える。
代わりに、無機質な空気を感じた。
視界が白く塗り替わる。
次に足裏へ伝わったのは、均一で硬い床の感触だった。
高い天井。
円環状に並ぶモニター。
幾何学的なラインが走る白色金属の壁面。
広い空間の中央に、黄色い二メートルの機体が立っている。
俺だ。
いや、まだ“俺たち”だ。
『帰還完了』
『外部脅威反応、なし』
女性の声が、静かに告げる。
腕を動かそうとする。
重い。
いや、違う。
機体の感覚が、少しずつ遠のいている。
『融合解除を開始します』
「……解除?」
胸の奥が、熱を帯びる。
足元に、淡い六角形の光が展開する。
円環が重なり、幾何学模様がゆっくりと回転を始める。
視界が二重になる。
高い視点と、低い視点。
金属の重さと、肉体の軽さ。
どちらも“自分”で、どちらも少しずつ離れていく。
音が遠くなる。
機体内部の駆動音が、水の底に沈むように鈍る。
どくん。
鼓動が、ひとつ強く打つ。
光が、柔らかく広がる。
どくん。
金属の感覚が、指先から抜け落ちる。
どくん。
視界が白に包まれる。
そして。
硬い床に、膝が触れた。
心拍が、ようやく自分のものに戻り始める。
荒い呼吸。
汗が額を伝う。
震える手を、ゆっくりと持ち上げる。
金属ではない。
血の通った、人間の手。
指を握る。
動く。
ちゃんと、自分の意思で。
数メートル先。
黄色い機体が、静止している。
さっきまで“自分”だった存在。
今はただの、無機質なロボット。
胸が、大きく上下する。
「……戻った……?」
声が、直接空間に響く。
スピーカー越しではない、生の声。
そのとき。
靴音が、静かに近づいた。
顔を上げる。
白い空間の向こうから、一人の女性が歩いてくる。
長い銀髪が、照明を受けてほとんど白に近く輝いている。
背中を越えて流れる髪が、空調の風にわずかに揺れる。
碧い瞳。
深い湖のような色。
感情を抑えた静かな光を宿しているが、奥にはわずかな揺らぎがある。
白衣の裾が、静かに揺れる。
整った輪郭。通った鼻筋。薄い唇。
研究者の顔立ち。
だが、冷たい印象はない。
(……うわ、めっちゃ美人)
数歩の距離で、立ち止まる。
視線が合う。
その瞳は、機体ではなく、俺を見ていた。
観察ではない。
確認する目。
「……成功、したのね」
小さく、呟く。
安堵とも、驚きとも取れない声音。
背後で、機体の各部が低く唸り、完全停止音を鳴らす。
静寂が落ちる。
女性が、まっすぐに問いかける。
「あなた、何者?」
逃げ場のない声音だった。
俺は、喉を鳴らす。
さっきまで二十メートルの怪物と殴り合っていた。
今は、裸足同然で白い空間に立っている。
何が起きているのか、理解しきれていない。
ただ一つ分かるのは。
ヒーローでも、兵士でもないということ。
「……ただの、大学生です」
いつもありがとうございます。
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本作は毎日更新中です。
明日もお待ちしています。
現在、別作品として
『不遇スキル【球術】の俺は、均形鍛冶の少女とダンジョンを攻略する』
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意味不明と言われたスキル【球術】で戦う主人公と、鍛冶職の少女がダンジョンを攻略していく物語です。
もしよろしければ、そちらも覗いていただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。




