第20話 評価
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暗い空間だった。
光はほとんどない。
無数の幾何学的な構造物が、静かに浮かんでいる。
金属でも石でもない。
異質な物質で構成された巨大構造。
その中心に、歪んだ球体があった。
歪曲球体。
地球へと繋がる転移門。
その内部で、光がゆっくりと揺れている。
空間の奥。
一つの存在が、静かに佇んでいた。
人型。
しかし、人間とはまったく違う。
銀白色の外殻。
関節は滑らかに動き、内部には無数の光が流れている。
その存在の前に、空間映像が展開されていた。
映し出されているのは――
戦闘記録。
ベータ型。
巨大な開拓獣。
都市。
そして。
黄色い人影。
映像が再生される。
ネクタルレイ。
光の柱が、ベータ型を貫く。
その存在は、黙ってそれを見ていた。
感情はない。
ただ解析する。
空間に幾つもの文字列が流れる。
データ。
戦闘ログ。
損傷解析。
結果。
表示された。
【機能停止】
次の映像。
黄色い機体。
二メートル。
機動戦闘。
高出力兵装。
分析。
評価。
新しい文字列が浮かぶ。
【現地文明 戦闘能力】
【予想値 上方修正】
さらに別の表示。
【侵略進行率】
わずかに変化する。
その存在は、ゆっくりと顔を上げた。
遠く。
歪曲球体の向こう。
青い惑星が見えている。
地球。
無機質な声が、空間に響いた。
「……修正」
低い声だった。
言葉としては不完全。
しかし。
確かに発せられた音。
空間の表示が変化する。
【現地文明評価 更新】
表示された文字列。
【無害種】
↓
【潜在危険種】
静かな空間の中で。
新しい侵略計画が、ゆっくりと始まっていた。
十月。
夏の暑さが抜け、空気は少しだけ涼しくなっていた。
大学のキャンパスには、久しぶりの活気が戻っている。
後期の授業が始まったばかりだった。
中庭では学生たちが集まり、あちこちで話し声が上がっている。
ベンチに座る者。
芝生に寝転ぶ者。
教室へ急ぐ者。
そして、その会話の多くは同じ話題だった。
「この前のニュース見た?」
「ベータ型のやつ?」
「見た見た!」
スマートフォンの画面があちこちで光っている。
そこに映っているのは、巨大な怪物。
そして。
黄色い人影。
「これさ」
一人の学生が言う。
「マジでヒーローじゃない?」
別の学生が笑った。
「いや、日本政府の秘密兵器だろ」
「人型ロボ」
悠真はその会話を聞きながら歩いていた。
肩には大学の鞄。
見慣れたキャンパス。
だが。
周囲の会話が、少し不思議な気分にさせる。
みんなが話しているのは――
自分の戦いだった。
悠真は小さく苦笑する。
その時だった。
「おーい!」
後ろから声が飛んできた。
悠真が振り向く。
人混みの向こうから、手を振っている男がいた。
ラフなパーカー姿。
短い髪。
佐伯浩一だった。
「久しぶりじゃん!」
佐伯が近づいてくる。
悠真も軽く手を上げた。
「おう」
佐伯は悠真の顔を見るなり言った。
「お前さ」
少し真顔になる。
「大丈夫だったのかよ」
悠真が首をかしげる。
「何が?」
佐伯は驚いた顔をした。
「豊洲だよ!」
思わず声が大きくなる。
「映画館のとき!」
周囲の学生が少し振り向いた。
佐伯は声を少し落とす。
「途中でお前いなくなっただろ」
悠真の胸がわずかにざわつく。
あの日。
映画館。
瓦礫。
そして――
ヴェスパーとの融合。
悠真は平然を装う。
「ああ」
「ちょっとはぐれちゃってさ」
佐伯は眉をひそめた。
「いやいや」
「そのあと怪獣出ただろ」
悠真は苦笑する。
「まあな」
佐伯は腕を組んだ。
「連絡もつかないしさ」
少し間を置く。
「普通に心配したんだぞ」
悠真は少しだけ驚く。
「ごめん」
佐伯は続けた。
「怪我してんじゃないかと思って」
悠真は肩をすくめた。
「大丈夫だって」
軽く笑う。
「ほら」
両手を広げる。
「ピンピンしてる」
佐伯はじっと悠真を見た。
それから、ようやく息を吐く。
「ならいいけどさ」
そしてポケットからスマホを取り出した。
「それよりこれ」
画面を見せる。
ニュース映像。
ベータ型との戦闘。
巨大な怪物。
そして。
黄色い人影。
佐伯が言う。
「見た?」
悠真は頷く。
「ニュースで」
佐伯は少し興奮気味だった。
「いや、これさ」
画面を指さす。
「完全にヒーローだろ」
悠真は思わず笑いそうになる。
しかし、必死にこらえた。
佐伯は続ける。
「しかもさ」
画面を拡大する。
「この黄色いの」
「二メートルくらいらしいぞ」
「怪獣五十メートルだぞ?」
悠真は苦笑する。
「サイズ差やばいな」
佐伯が笑った。
「だろ?」
「完全に怪獣映画だよ」
スマホをポケットにしまう。
それから少し真面目な顔になった。
「でもさ」
悠真を見る。
「助かったよな」
悠真が聞き返す。
「何が?」
佐伯は空を見上げた。
「豊洲のとき」
少し間を置く。
「もしあいついなかったら」
キャンパスの空を見ながら言う。
「俺ら、普通に死んでたかもな」
悠真は何も言わなかった。
ただ、同じ空を見上げた。
秋の青空が、静かに広がっていた。
昼休み。
大学の食堂は学生たちで賑わっていた。
トレーを持った学生が行き交い、椅子を引く音や話し声が重なる。
壁に設置されたテレビでは、ニュース番組が流れていた。
悠真と佐伯は、そのテレビの見える席に座っている。
佐伯はカレーを食べながら、ちらちらと画面を見ていた。
ニュースキャスターが言う。
「先日、関東沿岸で確認された大型侵略体――」
画面に映像が流れる。
ベータ型。
五十メートルの巨体が都市を踏み潰す映像だった。
食堂のあちこちから声が上がる。
「またやってる」
「このニュースばっかりだな」
佐伯がスプーンを止める。
「いやでもさ」
テレビを指さす。
「これ、マジで怪獣映画だろ」
画面が戦闘映像に切り替わる。
ARCのミサイル。
爆発。
煙。
そして――
その中から現れる黄色い人影。
食堂がざわめいた。
「うわ」
「また出た」
「この黄色いの」
キャスターが続ける。
「この未確認の人型機体ですが、現在も正体は判明していません」
スロー映像が流れる。
二メートルほどの人型。
巨大な怪物の足元を駆ける黄色い機体。
佐伯が笑う。
「ほら」
悠真に言う。
「完全にヒーローじゃん」
悠真は苦笑した。
「そう見えるな」
テレビでは専門家が話している。
「機体サイズは約二メートル」
「しかし大型侵略体と互角以上の戦闘能力を持っています」
「軍事技術の可能性も考えられますが――」
映像が変わる。
海外ニュースだった。
英語のニュース番組。
ベータ型との戦闘映像が流れている。
アメリカ。
ヨーロッパ。
アジア。
世界中のニュースが同じ映像を流していた。
佐伯がスマホを取り出す。
「ほら」
SNS画面を見せる。
動画。
戦闘の切り抜き。
コメントが大量に流れている。
『YELLOW HERO』
『TOKYO HERO』
『WHAT IS THIS ROBOT』
佐伯が笑う。
「世界中でバズってるぞ」
悠真はその画面を見て、少しだけ黙る。
自分の戦いが。
知らない誰かの画面の中にある。
佐伯が言った。
「すげーよな」
スマホをポケットにしまう。
「この黄色いヒーロー」
悠真は少しだけ笑った。
「……そうだな」
そう言いながら。
テレビ画面の中の黄色い人影を、静かに見つめていた。
夕方。
大学の講義が終わるころ、空は少し赤く染まり始めていた。
悠真はキャンパスの外れにある人通りの少ない道を歩いていた。
周囲を軽く確認する。
人影はない。
悠真は左手首のスマートウォッチを操作した。
小さな光が点灯する。
次の瞬間。
地面に、青白い光が広がった。
魔法陣。
六つの光点が浮かび上がり、幾何学模様が形成される。
SARAの声が響く。
『転移陣、起動』
光が強くなる。
空間が歪む。
そして――
悠真の姿が、その場から消えた。
次の瞬間。
悠真は地下の空間に立っていた。
HIVE。
広大な格納庫の中央。
ヴェスパーが静かに立っている。
黄色い装甲の機体は、整備用のアームに囲まれていた。
悠真は少し肩を回す。
「ただいま」
近くのコンソールから声がした。
「遅い」
振り向く。
リゼリアが腕を組んで立っていた。
白衣姿。
いつもの無表情。
悠真が苦笑する。
「大学が始まったんですよ」
「今日からは普通に講義もあるんです」
リゼリアは肩をすくめた。
「地球社会は面倒ね」
悠真は歩きながら言う。
「今日もニュースがすごかったですよ」
リゼリアの目が少し細くなる。
「見たわ」
モニターを指す。
そこには戦闘映像が映っていた。
ベータ型。
ネクタルレイ。
世界のニュース。
悠真が言う。
「完全に世界ニュースです」
リゼリアはモニターを見たまま言う。
「当然よ」
「五十メートル級撃破」
「騒がない方がおかしいわ」
悠真は少し困ったように笑う。
「大学でも話題でした」
「黄色いヒーローだって」
リゼリアが少しだけ笑う。
「的確ね」
悠真が言う。
「でも」
「正体不明扱いでした」
リゼリアは頷く。
「それでいいわ」
そして振り返る。
「まだ、ね」
「ヴェスパーの存在は公開できない」
悠真が聞く。
「政府にも?」
リゼリアは少しだけ考えてから答えた。
「情報は渡してる」
「だから気づいてはいるでしょうね」
悠真はヴェスパーを見上げる。
二メートルの黄色い機体。
自分と融合した魔導機兵。
悠真が言う。
「もう世界が見てます」
リゼリアは静かに答えた。
「そう」
モニターの映像が切り替わる。
世界ニュース。
SNS。
分析番組。
様々な言語の字幕。
リゼリアが言う。
「観測された瞬間にね」
悠真が聞き返す。
「観測?」
リゼリアはヴェスパーを見た。
「未知の存在は」
「観測された瞬間に」
「世界の一部になるの」
少し間を置く。
「もう」
「隠れている段階じゃない」
悠真は黙っていた。
その時。
SARAの声が響いた。
『警告』
二人が同時にモニターを見る。
『歪曲空間反応を検出』
悠真が顔を上げる。
「場所は?」
SARAが答える。
『東京』
一瞬の沈黙。
そして。
『銀座地区』
リゼリアの目が細くなった。
「……来た」
悠真は小さく息を吐いた。
次の戦いが、始まろうとしていた。
同じ頃。
東京都内。
政府施設の地下会議室。
大型モニターの前に、数人の男たちが集まっていた。
防衛省関係者。
自衛隊幹部。
そして。
ARCからは悠真の父、神谷一佐。
モニターには、ベータ型戦闘の映像が映っていた。
巨大な怪物。
都市を踏み潰す機械生命体。
その足元を走る、黄色い人影。
ネクタルレイの閃光。
会議室に沈黙が落ちる。
やがて、一人の官僚が言った。
「……世界中で報道されています」
画面が切り替わる。
海外ニュース。
英語。
中国語。
フランス語。
各国のメディアが同じ映像を流している。
「各国政府から問い合わせが来ています」
官僚は続けた。
「アメリカ」
「NATO」
「中国」
「EU」
「すべて同じ質問です」
一瞬、言葉を切る。
「――あの機体は何なのか」
部屋が静かになる。
防衛省の幹部が言った。
「回答は」
官僚が即答する。
「未確認機体」
「正体不明」
「日本政府とは無関係、とだけ」
神谷は、その会議室の後方に立っていた。
発言する立場ではない。
ただ、会議を聞いている。
別の自衛隊幹部が言う。
「しかし」
モニターの映像を指す。
「ARCとの連携は明らかです」
確かに。
戦闘映像には、ARCの車両とヴェスパーが同じ戦場にいる。
完全な無関係ではない。
官僚が答える。
「協力関係については」
「確認できない、回答しています」
つまり――
否定も肯定もしない。
防衛省の男が腕を組む。
「厄介だな」
そして続けた。
「しかし」
モニターの映像を見ながら言う。
「今回の戦闘」
「ARC単独では勝てなかった」
誰も反論しない。
ベータ型は、それほどの相手だった。
神谷は静かに言う。
「事実です」
会議室の視線が少しだけ神谷へ向く。
神谷は姿勢を正した。
「現場判断として」
「未確認機体との共闘を選択しました」
声は落ち着いている。
防衛省幹部が頷く。
「結果として」
「大型侵略体は撃破された」
神谷は答える。
「はい」
沈黙。
やがて、別の官僚が言った。
「如月インダストリ」
神谷の目がわずかに動く。
官僚は続ける。
「彼らから提供された情報」
「そして技術」
モニターが切り替わる。
新しい画面。
そこには――
転移陣。
基地内に設置された魔法陣装置。
官僚が言う。
「この技術のおかげで」
「ARCは全国へ即応展開できる」
防衛省の男が頷く。
「対侵略体戦闘」
「戦力は確実に向上している」
「あの機体も、如月インダストリと無関係ではないだろう」
神谷はモニターを見ていた。
転移陣。
魔法技術。
そして。
黄色い機体。
あの戦場で見た存在。
神谷は心の中で呟いた。
(……あれは)
だが。
口には出さない。
会議室では、議論が続いていた。
しかし。
神谷の意識は、すでに別の場所にあった。
あの戦場。
巨大な怪物の前に立つ、黄色い人影。
神谷は静かに思う。
(次も……)
(あいつは現れる)
そう確信していた。
東京は夕方の銀座。
きれいな夕日が街道を照らしていた。
中央通りには、多くの人が歩いている。
買い物客。
観光客。
海外からの旅行者。
ショーウィンドウの前で立ち止まる人々。
カフェのテラス席で談笑するグループ。
平和な観光街だった。
信号が変わり、人の流れが交差点を渡る。
その時だった。
空が、わずかに歪んだ。
最初に気づいたのは、スマートフォンで写真を撮っていた観光客だった。
「……?」
空を見上げる。
青空の一部が、揺れている。
まるで熱気で景色が歪むように。
だが。
それはすぐに広がった。
透明な歪みが、球体の形を取る。
空間がねじれる。
誰かが言った。
「なにあれ」
周囲の人たちも、次々と空を見上げる。
そして。
誰かが気づいた。
「あれ……」
「ニュースのやつじゃない?」
歪曲球体。
空中に浮かぶ、空間の裂け目。
ざわめきが広がる。
だが。
多くの人は、まだ理解していない。
それが何を意味するのか。
歪曲球体の中心が、ゆっくりと開いた。
次の瞬間。
影が落ちた。
巨大な影。
空から、何かが落下する。
――衝撃。
銀座の道路に、それは着地した。
アスファルトが砕ける。
周囲の人々が悲鳴を上げた。
そこに立っていたのは――
機械の獣だった。
狼のような姿。
だが。
生き物ではない。
装甲に覆われた細い体。
鋭い脚。
長い尾。
高さは約十メートル。
赤いモノアイが光る。
低い駆動音。
「オォォン……」
狼型開拓獣。
その頭部がゆっくりと動く。
銀座の街。
無数の人間。
そのすべてを、観察するように見渡す。
そして。
次の瞬間。
狼型は、走り出した。
いつもありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、
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本作は毎日更新中です。
明日もお待ちしています。
現在、別作品として
『不遇スキル【球術】の俺は、均形鍛冶の少女とダンジョンを攻略する』
というダンジョンファンタジーも連載しています。
意味不明と言われたスキル【球術】で戦う主人公と、鍛冶職の少女がダンジョンを攻略していく物語です。
もしよろしければ、そちらも覗いていただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。




