第18話 圧倒
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ベータ型が、ゆっくりと動いた。
五十メートルの巨体が、わずかに向きを変える。
赤いモノアイが、地上の小さな影を捉えていた。
ヴェスパー。
二メートルの機体。
巨大な怪物の足元に立つ、その姿はあまりにも小さい。
SARAの声が響く。
『敵対反応を確認』
『ベータ型、目標をこちらへ変更』
悠真は小さく息を吐いた。
「……上等だ」
ヴェスパーが走る。
地面を蹴る。
一歩で十メートル近くを駆け抜ける。
その速度でベータ型へ接近する。
巨大な脚。
鉄の柱のような太さ。
ヴェスパーは跳んだ。
脚部装甲へ着地する。
そのまま駆け上がる。
悠真が叫ぶ。
「スティンガー!」
腕部の刃が閃いた。
銀色の刃が、ベータ型の装甲へ突き刺さる。
――金属音。
火花が散る。
刃は刺さった。
だが。
その巨体の前に、ほとんど意味をなさない。
悠真が息をのむ。
「……装甲が、厚い!」
ベータ型が動いた。
巨大な体がわずかに揺れる。
その動きだけで、衝撃波のような振動が走る。
ヴェスパーの足場が崩れた。
悠真
「くっ!」
ヴェスパーが脚部から飛び降りる。
その直後。
ベータ型の顎が開いた。
巨大な金属の顎。
ゆっくりと閉じる。
その一撃で。
コンクリートの岸壁が粉砕された。
破片が夜空へ飛び散る。
悠真は距離を取って着地した。
「……冗談だろ」
SARAが言う。
『装甲分析結果』
『アルファ型の三倍以上』
悠真はベータ型を見上げた。
その巨体がゆっくりと動く。
足を一歩踏み出す。
地面が揺れる。
街灯が倒れる。
悠真は歯を食いしばった。
「ちょっと強すぎないか……?」
その時。
遠くから爆発音が響いた。
ARCのミサイルだった。
数発の弾頭がベータ型へ命中する。
火球。
煙。
だが。
巨大な影は、煙の中から再び現れる。
装甲にはほとんど傷がない。
ARC隊員の声が無線に入る。
「ヴェスパー!」
「奴を足止めします!」
悠真が小さく笑う。
「助かります」
ベータ型が再び動いた。
巨大な脚が持ち上がる。
そして。
その足が、ヴェスパーへ向かって落ちてきた。
ヴェスパーは横へ跳ぶ。
次の瞬間。
――轟音。
コンクリートの地面が砕けた。
地面が陥没し、衝撃が周囲へ広がる。
振動が街路を揺らし、街灯が倒れた。
瓦礫が跳ね上がる。
悠真が歯を食いしばる。
「うわっ!」
ヴェスパーが体勢を立て直す。
SARAが報告する。
『踏撃による地面破壊を確認』
『周辺構造物に被害』
悠真は思わず呟いた。
「……踏んだだけだろ」
視線を上げる。
五十メートルの巨体。
建物よりも大きい機械生命体が、ゆっくりとこちらを見下ろしている。
低い駆動音が響いた。
「オォォン……」
悠真は小さく息を吐く。
「これ……」
「怪獣だろ」
ベータ型が再び動いた。
巨大な脚が持ち上がる。
その重さだけで、地面が震える。
ヴェスパーは走った。
街路を駆け抜ける。
背後でベータ型の脚が落ちる。
衝撃。
アスファルトが割れ、駐車していた車が跳ね上がる。
悠真が振り返る。
「止まれよ!」
スティンガーブレードが展開する。
ヴェスパーが跳び上がった。
狙うのは脚部関節。
刃が閃く。
金属音。
しかし。
刃は装甲の表面を削るだけだった。
悠真が叫ぶ。
「浅い!」
装甲は破れない。
分厚い装甲板が、刃を受け止めていた。
SARAが即座に解析を出す。
『装甲構造を確認』
『量産型と比較し、装甲厚が大幅に増加』
『推定三倍以上』
悠真は歯を食いしばる。
「厚いのか……!」
ベータ型の巨体がわずかに動いた。
その動きだけで、空気が押し出される。
衝撃がヴェスパーを襲う。
「うわっ!」
ヴェスパーが後方へ弾き飛ばされる。
地面に着地し、数メートル滑った。
悠真はベータ型を見上げる。
巨大な頭部。
ゆっくりと顎が開く。
その奥に並ぶ金属の歯。
重機の破砕装置のような構造だった。
悠真が呟く。
「……要塞かよ」
ベータ型が一歩踏み出す。
その巨体は、まったく止まる気配がなかった。
「ヴェスパー、離れてください!」
無線が割り込んだ。
ARCの通信だった。
悠真はすぐに距離を取る。
その直後。
夜空を切り裂いて、ミサイルが飛来した。
十数発のARC対開拓獣魔弾頭。
すべてがベータ型へ向かって落ちる。
直撃。
巨大な火球が夜空に広がった。
爆風が港湾地区を揺らす。
衝撃波でガラスが砕け、瓦礫が舞い上がる。
悠真は腕で顔をかばった。
「うわっ……!」
煙が立ちこめる。
その向こうに、巨大な影が見えなくなった。
ARC隊員の声が無線に響く。
「命中確認!」
「直撃です!」
悠真が息を整える。
「……どうだ」
数秒。
煙の中から、重い音が響いた。
ズシン。
ズシン。
地面を踏みしめる音。
煙がゆっくりと割れる。
その奥から。
ベータ型が姿を現した。
巨大な頭部。
分厚い装甲。
その体には、爆発の痕がいくつも残っている。
しかし。
貫通していない。
装甲は破れていなかった。
悠真が思わず呟く。
「マジかよ……」
ARC基地。
司令室。
モニターを見ていたオペレーターが言う。
「……効果、限定的です」
神谷は黙って画面を見ていた。
ベータ型が再び歩き出す。
一歩。
地面が揺れる。
神谷が低く言う。
「第二射」
通信が飛ぶ。
『了解!』
再びミサイルが発射された。
だが。
ベータ型が動いた。
その巨体が、突然速度を上げる。
突進。
五十メートルの質量が前へ押し出される。
衝撃。
港の施設が押し潰される。
コンテナが弾き飛ばされ、クレーンが倒れる。
ARCの装甲車が回避する。
隊員が叫ぶ。
「突進してきます!」
神谷が命じた。
「散開!」
装甲車が左右へ分かれる。
その直後。
ベータ型の巨体が、さっきまで車両がいた場所を踏み潰した。
地面が崩れる。
コンクリートが砕け散る。
悠真はその光景を見ていた。
五十メートルの怪物が、都市を押し潰しながら進んでいく。
悠真が呟く。
「……止まらない」
ベータ型は、まるで何も気にしていないように前進を続けていた。
港湾地区を踏み越え、ゆっくりと都市の奥へ向かっている。
その巨体が歩くたび、地面が震えた。
倉庫が崩れ、コンテナが転がる。
ARCのミサイルが再び命中する。
爆発。
火球。
だが。
ベータ型は止まらない。
悠真はその光景を見上げていた。
「……このままじゃ」
街の奥には住宅地がある。
人がいる。
悠真は歯を食いしばった。
「SARA」
『はい』
「もう一回行く」
SARAは即答する。
『推奨しません』
『敵装甲は極厚』
『近接攻撃による有効打は確認されていません』
悠真は苦笑した。
「だろうな」
それでも視線を上げる。
五十メートルの怪物。
ゆっくりと都市へ歩いていく巨体。
悠真は言った。
「でも」
スティンガーブレードを構える。
「止めないと」
ヴェスパーが走り出した。
地面を蹴る。
瓦礫を越え、街路を駆け抜ける。
ベータ型の脚へ接近。
そして跳ぶ。
巨大な脚部装甲へ着地する。
そのまま駆け上がる。
悠真が叫ぶ。
「関節なら――!」
刃が閃く。
スティンガーブレードが、脚部の可動部へ突き刺さる。
金属音。
火花。
装甲が削れる。
浅い傷。
だが。
今までよりは通っている。
悠真が叫ぶ。
「いける!」
その瞬間。
ベータ型の頭部が動いた。
巨大な顎が開く。
ヴェスパーの位置へ向かって振られる。
悠真が叫ぶ。
「まず――」
言葉が終わる前に。
顎がぶつかった。
衝撃。
ヴェスパーの体が弾き飛ばされる。
「ぐっ!」
空中へ投げ出される。
そのまま。
――激突。
ビルの外壁へ叩きつけられた。
コンクリートが砕ける。
ガラスが飛び散る。
ヴェスパーの体が、建物の壁にめり込んだ。
SARAの声。
『衝撃検出』
『機体損傷』
瓦礫が崩れ落ちる。
悠真は歯を食いしばった。
「……くそ」
視界が揺れる。
外を見る。
ベータ型がゆっくりと近づいてくる。
巨大な影が、ビルの向こうに迫っていた。
瓦礫が崩れ落ちる。
コンクリート片が地面へ転がり、粉塵が舞った。
ビルの外壁にめり込んだヴェスパーの体が、ゆっくりとずり落ちる。
地面へ着地。
膝をついた。
悠真が息を吐く。
「っ……」
衝撃がまだ体に残っていた。
SARAの声が響く。
『機体損傷を確認』
『左腕部外装に破損』
『各部フレームに歪み』
悠真は歯を食いしばる。
「まだ……動ける」
ゆっくりと立ち上がる。
その時だった。
ズシン。
地面が揺れた。
悠真が顔を上げる。
ベータ型。
巨大な影が、すぐ近くまで来ていた。
五十メートルの巨体。
建物を越えて、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
赤いモノアイが光る。
低い駆動音。
「オォォン……」
悠真が呟く。
「……見つかった」
ベータ型が足を持ち上げる。
巨大な脚。
その裏が、ヴェスパーの上へ影を落とした。
悠真の視界いっぱいに、鉄の塊が迫る。
SARAが警告する。
『踏撃予測』
『回避を推奨』
だが。
ヴェスパーは、まだ完全に体勢を立て直せていない。
悠真が歯を食いしばる。
「やば――」
その瞬間。
夜空を裂く音がした。
ミサイルだった。
数発の弾頭が、ベータ型の頭部へ命中する。
爆発。
火球。
衝撃でベータ型の頭部がわずかに揺れる。
踏み下ろされるはずだった脚が止まった。
無線が割り込む。
「ヴェスパー!」
ARCの通信。
神谷の声だった。
「今だ!」
悠真が即座に反応する。
ヴェスパーが横へ跳んだ。
その直後。
巨大な脚が地面へ落ちる。
――轟音。
アスファルトが砕け、地面が陥没する。
瓦礫が吹き上がった。
悠真は転がるように距離を取る。
立ち上がる。
「助かりました!」
無線から返事が来る。
「気にするな」
神谷の声は落ち着いていた。
「こちらも、まだ止められていない」
悠真はベータ型を見る。
巨大な怪物が、再びゆっくりと動き出していた。
まるで、何事もなかったかのように。
悠真が呟く。
「……マジで止まらないな」
その巨体は、依然として都市の奥へ向かって進み続けていた。
爆煙の中から、ゆっくりとその巨体が現れる。
分厚い装甲。
巨大な顎。
五十メートルの機械生命体が、都市の中を進んでいく。
一歩。
地面が揺れる。
二歩。
道路がひび割れる。
悠真はその姿を見上げていた。
「……効いてない」
ARCのミサイル。
ヴェスパーの近接攻撃。
どれも、決定打になっていない。
SARAが静かに報告する。
『敵機、行動能力に大きな低下なし』
『都市中心部への進行を継続』
悠真は小さく息を吐いた。
「このままだと……」
都市の奥。
住宅地。
まだ避難しきれていない人がいるかもしれない。
悠真はスティンガーブレードを握り直す。
だが。
目の前の怪物は、あまりにも大きかった。
五十メートル。
二メートルのヴェスパーでは、まるで蟻のような差だ。
悠真は呟く。
「どうやって倒すんだよ……」
その時。
SARAが言った。
『提案があります』
悠真が顔を上げる。
「何?」
数秒の沈黙。
そして。
SARAが答えた。
『ネクタルレイの使用を推奨』
悠真が目を見開く。
「ネクタルレイ?」
SARAが続ける。
『高出力のマナ照射です』
『現状、ベータ型に対して有効打となる可能性が最も高い攻撃手段です』
悠真はベータ型を見上げた。
巨大な怪物が、街の奥へ向かって進んでいく。
あの装甲。
あの質量。
通常攻撃では止められない。
悠真が言う。
「でも」
思い出す。
訓練で聞いた話。
「ネクタルレイって……」
SARAが言った。
『高出力兵装です』
『ただし』
一瞬、間があく。
『発射準備には時間を要します』
悠真が眉をひそめる。
「時間?」
『はい』
『魔法陣形成およびマナ充填のため、機体の完全静止が必要です』
悠真は思わず苦笑した。
「この状況で?」
目の前では、五十メートルの怪物が都市を破壊しながら進んでいる。
そんな中で、完全静止。
つまり――
無防備。
悠真はベータ型を見上げた。
そして小さく言う。
「……無茶だろ」
SARAは静かに答えた。
『現状、唯一の有効打です』
夜の都市。
巨大な怪物が進み続ける。
悠真は深く息を吐いた。
そして呟く。
「時間を作るしかない、か」
その巨体を見上げながら。
ヴェスパーがゆっくりと構え直した。
ベータ型は進み続けていた。
五十メートルの巨体が、ゆっくりと都市へ向かって歩いていく。
その一歩ごとに地面が揺れた。
道路がひび割れ、建物の窓ガラスが砕ける。
巨大な影が街の明かりを覆っていた。
悠真はその姿を見上げていた。
「……止めないと」
SARAが静かに言う。
『ベータ型を破壊する威力のネクタルレイ発射準備には、推定準備時間二十秒が必要です』
悠真が小さく笑う。
「二十秒か」
ベータ型の巨体を見る。
あれが相手だ。
二十秒は、長すぎる。
悠真は通信を開いた。
『ARCへ。こちらヴェスパー』
すぐに応答が返る。
「こちらARC」
父の声だった。
悠真は言う。
『作戦があります』
短い沈黙。
「聞こう」
悠真はベータ型を見ながら続けた。
『ネクタルレイを使います』
無線の向こうで、空気が変わった。
神谷が言う。
「それはあのデカブツに有効な兵装なのか」
『はい』
悠真は続ける。
『ただし、準備に時間がかかります』
『その間――』
一瞬、言葉を切る。
『足止めしてほしいです』
無線の向こうで、誰かが息を呑む。
相手は、五十メートルの怪物だ。
だが。
神谷の声は、変わらなかった。
「時間は」
悠真は答える。
『二十秒』
少しの沈黙。
それから。
神谷が言った。
「了解した」
短い返事だった。
しかし、その言葉には迷いがなかった。
「ARCが引きつける」
悠真は少し驚いた。
あまりにも即答だった。
神谷が続ける。
「お前は撃て」
「それが一番、確実だ」
悠真は小さく息を吐いた。
『……ありがとうございます』
通信を閉じる。
そして前を見る。
ベータ型が、また一歩踏み出した。
悠真が言う。
「SARA」
『はい』
「準備しよう」
『了解』
ヴェスパーの周囲に、ドローンが展開する。
六機。
蜂型ドローンが夜空へ飛び出した。
それぞれが位置につく。
光が走る。
空中に魔法陣の線が描かれていく。
巨大な魔法陣が、ゆっくりと形成され始めた。
SARAが告げる。
『ネクタルレイ』
『発射準備、開始』
その頃。
ベータ型の前方へ、ARC部隊が展開していた。
装甲車が走る。
隊員たちが武器を構える。
神谷が命じた。
「全隊」
短く告げる。
「足止めする」
巨大な怪物を見上げながら。
「二十秒だ」
夜の都市で。
最終作戦が始まろうとしていた。
いつもありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、
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本作は毎日更新中です。
明日もお待ちしています。
現在、別作品として
『不遇スキル【球術】の俺は、均形鍛冶の少女とダンジョンを攻略する』
というダンジョンファンタジーも連載しています。
意味不明と言われたスキル【球術】で戦う主人公と、鍛冶職の少女がダンジョンを攻略していく物語です。
もしよろしければ、そちらも覗いていただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。




