第17話 超大型
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九州北部での戦闘から――
一週間。
日本は、どこか張り詰めた空気の中にあった。
街は普段通り動いている。
電車は走り。
人々は仕事へ向かい。
テレビでは、いつものニュースが流れている。
だが。
誰もが知っていた。
あの侵略が、まだ終わっていないことを。
テレビ画面には、例の映像が繰り返し流れていた。
九州北部沿岸。
港の監視カメラが捉えた戦闘記録。
巨大な開拓獣。
そして。
黄色い人型機体。
「この謎の機体は、現在も正体不明で――」
キャスターの声が続く。
「専門家の間では、政府の極秘兵器ではないかという見方も――」
画面の中で、ヴェスパーが開拓獣と戦っている。
その映像を、別の場所でも誰かが見ていた。
ARC基地。
地下司令室。
大型モニターには、日本近海の監視衛星映像が表示されている。
オペレーターたちが常時監視を続けていた。
この一週間、侵略は起きていない。
だが。
それは、安心を意味しなかった。
むしろ――
静かすぎた。
神谷は腕を組み、モニターを見上げている。
九州戦のあと、ARCは常時警戒体制に入っていた。
隊員たちはすぐに転移できる状態で待機している。
作戦室には、張り詰めた静けさがあった。
その時だった。
一人のオペレーターが、眉をひそめる。
「……?」
モニターの一つで、海上の映像がわずかに歪んだ。
ほんの一瞬。
しかし、確かに何かが違う。
オペレーターが言う。
「司令」
神谷が視線を向ける。
「どうした」
オペレーターは画面を拡大する。
太平洋。
関東沿岸の沖合。
そこに、わずかな歪みが映っていた。
空間が、ゆっくりと曲がっている。
オペレーターが言う。
「空間異常を検出」
別のモニターにデータが表示される。
空間エネルギー。
重力波。
どれも急激に上昇していた。
神谷の表情が変わる。
「歪曲球体か」
オペレーターが頷く。
「はい」
そして、続けた。
「ですが……」
神谷が聞く。
「何だ」
オペレーターはモニターを見つめたまま答える。
「規模が」
一瞬、言葉を選ぶ。
「……異常です」
画面の歪みが、ゆっくりと広がっていく。
空間が裂けるように、球体が形成されていく。
その大きさは――
これまでの記録より、明らかに大きかった。
神谷が低く言う。
「サイズ」
オペレーターが答える。
「推定直径……」
計測値が更新される。
数字が跳ね上がる。
作戦室の空気が凍りついた。
「……五十メートル以上」
誰も言葉を発しない。
モニターの中で。
巨大な歪曲球体が、ゆっくりと回転していた。
空間が歪み、海面が波打っている。
球体の内部は暗く、奥が見えない。
その中心で――
何かが動いた。
海面が揺れる。
次の瞬間。
巨大な影が、ゆっくりと海へ落ちた。
轟音。
大量の海水が吹き上がる。
水柱が夜空へ立ち上がった。
しばらくして、水煙の中から影が現れる。
巨大な塊だった。
ゆっくりと。
海面から姿を現す。
まず見えたのは、分厚い装甲。
黒鉄色の表面。
曲面を持つ巨大な頭部。
その形は――
カバに似ていた。
巨大な顎が、ゆっくりと開く。
金属の歯が並んでいる。
奥から低い駆動音が響いた。
「オォォン……」
海水が装甲の隙間から流れ落ちる。
四本の脚が海底を踏みしめた。
巨体が持ち上がる。
高さ。
五十メートル。
ゆっくりと海から上陸する。
その一歩で、海岸線が震えた。
岸壁が崩れる。
波が大きく揺れる。
ARC基地。
地下司令室。
モニターに映る巨大な影。
誰もが言葉を失っていた。
オペレーターが震える声で言う。
「……大型開拓獣、確認」
データが更新される。
サイズ。
質量。
すべてが、これまでのゴリラ型を大きく上回っていた。
神谷が低く言う。
「新型か」
オペレーターが頷く。
「これまでの開拓獣とは形状が異なります」
巨大なカバ型の機械生命体が、海岸へ向かって歩き始める。
一歩。
地面が揺れる。
二歩。
防波堤が砕ける。
ゆっくりと。
だが、止まらない。
神谷はモニターを見つめた。
そして言う。
「分類」
オペレーターが答える。
「アルファ型とは別個体と判断」
一瞬の沈黙。
神谷は短く命じた。
「コードを振れ」
オペレーターが入力する。
新しい識別コードが表示された。
ベータ型。
モニターの中で。
巨大な開拓獣が、ついに陸へ足を踏み入れた。
ARC基地内に警報が鳴り響く。
赤いランプが点灯し、施設内の空気が一気に緊張に包まれる。
中央の床には、巨大な転移陣が刻まれている。
すでに魔法陣は起動していた。
青白い光が幾何学模様を浮かび上がらせている。
神谷が歩み出た。
隊員たちはすでに装備を整え、転移陣の周囲に並んでいる。
魔導弾頭を装備した対開拓獣兵装。
肩に担ぐ大型ランチャー。
金属音が格納庫に響く。
神谷が言った。
「転移先」
「関東沿岸」
隊員たちの視線が集まる。
モニターには、海岸へ上陸した巨大な影が映っていた。
ベータ型。
五十メートルの巨体。
海水を滴らせながら、ゆっくりと歩いている。
神谷が続けた。
「目標」
一拍置く。
「ベータ型開拓獣」
隊員の一人が小さく息をのむ。
だが、誰も声を上げない。
神谷は言った。
「ARC」
短く告げる。
「転移する」
転移陣の光が、一気に強くなった。
空間が歪む。
次の瞬間。
隊員たちの姿が、光の中へ消えた。
関東沿岸。
港湾地区。
夜の海岸に、光が走る。
空間が歪み、円形の魔法陣が浮かび上がった。
そこから、人影が現れる。
ARC部隊。
次々と転移してくる。
神谷もその中にいた。
潮の匂い。
冷たい海風。
そして。
目の前に立つ、巨大な影。
ベータ型。
五十メートルの機械生命体が、ゆっくりとこちらへ向きを変えた。
赤いモノアイが光る。
低い駆動音。
「オォォン……」
隊員の一人が言う。
「距離二百!」
神谷が命じた。
「射撃準備」
隊員たちが一斉に膝をつく。
ランチャーを構える。
照準。
巨大な頭部。
神谷が言う。
「撃て」
次の瞬間。
数発のミサイルが夜空を切り裂いた。
一直線にベータ型へ向かう。
直撃。
爆発。
巨大な火球が開く。
衝撃波が港を揺らした。
煙が立ち込める。
隊員の一人が言う。
「命中!」
しかし。
煙の中で、巨大な影が動いた。
ゆっくりと。
煙を押し分けるように、ベータ型が姿を現す。
装甲には、ほとんど傷がない。
隊員が叫ぶ。
「……効いてません!」
ベータ型が前進する。
その巨体が一歩踏み出すだけで、地面が揺れた。
岸壁が砕ける。
港湾施設が押し潰される。
神谷は低く言った。
「第二射」
「撃て」
再びミサイルが放たれる。
爆発。
だが。
ベータ型は止まらない。
港湾地区を踏み越え、ゆっくりと都市へ向かって進んでいく。
一歩。
地面が揺れる。
巨大な脚がコンクリートを踏み砕いた。
岸壁が崩れ、鉄骨が歪む。
その巨体は、まるで動く要塞だった。
ARC隊員の一人が叫ぶ。
「司令!」
「装甲に損傷なし!」
神谷はベータ型を見上げていた。
五十メートルの巨体。
アルファ型とは明らかに違う。
装甲の厚みも、質量も桁違いだった。
ミサイルが直撃しても、足を止めることすらできない。
神谷は短く命じる。
「攻撃を継続」
「だが」
一瞬、都市の方を見る。
夜の街。
住宅地の明かりがまだ点いている。
「避難誘導を優先しろ」
隊員たちが答える。
「了解!」
通信が飛び交う。
「警察と連携!」
「住民を南側へ!」
ARC隊員たちが動き始める。
装甲車が走り、拡声器の声が響く。
「避難してください!」
「海岸から離れてください!」
その間にも。
ベータ型は歩き続ける。
低い駆動音が響く。
「オォォン……」
巨大な顎がゆっくり開く。
そのまま、港の倉庫を噛み砕いた。
コンクリートの壁が崩れ、鉄骨が折れる。
建物が粉砕された。
その様子を、上空の報道ヘリが映していた。
ヘリのカメラが巨大な怪物を捉える。
ニュースキャスターの声が震えている。
『現在、関東沿岸の港湾地区にて――』
『新たな侵略体が出現しました』
画面には、ベータ型の全身が映る。
五十メートルの巨体。
都市の中で圧倒的な存在感を放っていた。
『これまで確認されている侵略体より、はるかに大型です』
世界中のテレビが、その映像を流している。
アメリカ。
ヨーロッパ。
アジア。
巨大な機械生命体が都市を破壊する光景。
それは、完全に
**怪獣災害**だった。
港から少し離れた場所。
高速道路の高架が見えている。
ベータ型はゆっくりとそちらへ歩き出した。
巨大な脚が、道路の基礎に触れる。
次の瞬間。
コンクリートが崩れた。
高架が傾く。
鉄骨が悲鳴のような音を立てる。
そして――
高速道路が崩落した。
巨大な構造物が地面へ落ち、土煙が舞い上がる。
ARC隊員の一人が呟く。
「……怪獣だ」
神谷はベータ型を見上げたまま言う。
「まだ止まらん」
そして短く命じる。
「時間を稼げ」
「都市に入らせるな」
隊員たちが動く。
しかし。
その巨体は、あまりにも巨大だった。
HIVEの地下格納庫でも、警報が鳴り響いていた。
壁面のモニターには、関東沿岸の戦闘映像が映し出されている。
巨大なカバ型の開拓獣。
ベータ型。
その巨体が、都市へ向かって進んでいる。
倉庫が崩れ、高速道路が倒壊する。
悠真はその映像を見上げていた。
思わず言葉が漏れる。
「……でかい」
画面に映るベータ型は、これまで戦ったアルファ型とは比べものにならない。
高さ五十メートル。
まるで動く要塞だった。
隣でリゼリアが腕を組んでいる。
「アルファ型とは別格」
静かに言う。
「装甲も質量も、段違い」
悠真はモニターから目を離さない。
港の向こう。
都市の明かり。
その間を、巨大な影が歩いている。
ARCのミサイルが何発も命中しているが、ほとんど止まっていない。
悠真が言う。
「ARCが……」
リゼリアが頷く。
「止められない」
短い沈黙。
悠真は一歩前に出た。
「行きます」
リゼリアは悠真を見る。
「勝てると思うか」
悠真は苦笑した。
「正直」
少し肩をすくめる。
「わかりません」
モニターに映るベータ型。
その巨体は、街のビルよりも大きい。
悠真は続ける。
「でも」
視線を前へ向ける。
「止めないと」
その言葉に、リゼリアは小さく息を吐いた。
「……そう」
そして言う。
「転移準備」
格納庫の床に、魔法陣が浮かび上がる。
ドローンが展開され、六角形の陣が形成されていく。
青白い光。
ヴェスパーが中央に立つ。
黄色い装甲が、光の中で静かに輝いていた。
SARAの声が響く。
『転移座標設定完了』
『戦闘区域:関東沿岸』
悠真が言う。
「SARA」
『はい』
「行こう」
『了解』
魔法陣の光が、一気に強くなる。
空間が歪む。
次の瞬間。
ヴェスパーの姿が光の中へ消えた。
関東沿岸。
夜の都市。
ベータ型がゆっくりと歩いている。
その巨体の前に、空間が歪んだ。
光が走る。
そして。
黄色い人影が、地面に降り立った。
ヴェスパー。
二メートルの機体が、ゆっくりと立ち上がる。
その視界いっぱいに、巨大な影が広がっていた。
ベータ型。
五十メートル。
ヴェスパーの二十五倍の高さ。
悠真は思わず呟く。
「……マジか」
見上げる。
首を大きく上げないと、全身が見えない。
その巨体が、ゆっくりとこちらを向いた。
赤いモノアイが光る。
低い駆動音。
「オォォン……」
悠真は小さく息を吐いた。
そして言う。
「……よし」
スティンガーブレードの展開機構が作動する。
金属音。
腕部装甲が開く。
銀色の刃が伸びた。
悠真が呟く。
「やってみるか」
巨大な怪物を見上げながら。
ヴェスパーが、一歩前へ踏み出した。
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