第15話 出動
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夜。
九州北部。
海沿いの港町。
沖合の空間が、ゆっくりと歪んだ。
最初は誰も気づかなかった。
夜の海。
黒い水面。
その上で、空間だけがわずかに曲がっている。
やがて。
球体状の歪みが広がった。
直径二十メートルほどの透明な球体。
海上に浮かんでいる。
港にいた漁師の一人が、空を見上げた。
「……なんだ?」
次の瞬間。
球体の中心が暗く沈む。
影が現れる。
巨大な影。
それが、ゆっくりと海面へ降りた。
水柱が上がる。
ドン、と鈍い衝撃音。
現れたのは――
巨大な機械の塊だった。
高さ二十メートルほど。
黒鉄の装甲。
太い腕。
直立するその姿は、巨大なゴリラのようにも見える。
赤いモノアイが、ゆっくりと光った。
低い駆動音が響く。
「オォォン……」
港町の空気が凍りつく。
誰かが叫んだ。
「逃げろ!」
悲鳴が広がる。
人々が一斉に走り出した。
港のサイレンが鳴り響く。
警察車両が到着する。
「避難してください!」
「海岸から離れてください!」
巨大な影が岸へ向かって歩き始めた。
一歩。
地面が揺れる。
二歩。
岸壁のコンクリートが砕ける。
倉庫の窓ガラスが震えた。
夜の港町が、パニックに包まれる。
関東。
ARC基地。
地下司令室。
警報が鳴り響いた。
「開拓獣反応!」
オペレーターが叫ぶ。
「九州北部沿岸!」
巨大なスクリーンに日本地図が映る。
九州北部。
赤い警告マーカー。
「出現確認!」
「ゴリラ型一体!」
室内の空気が一気に張り詰めた。
神谷はモニターを見上げていた。
「映像」
短く言う。
オペレーターが操作する。
港町の監視カメラ映像が映し出された。
そこにいるのは――
巨大な機械生命体。
黒鉄の装甲。
ゴリラ型。
港の倉庫を押し潰している。
神谷は低く言った。
「距離」
オペレーターが答える。
「九州北部」
「直線距離およそ九百キロ」
神谷は頷いた。
「問題ない」
振り向く。
「第一小隊」
「出動準備」
隊員たちが一斉に立ち上がった。
装備を手に取り、通路を走る。
地下格納区画。
巨大な転移陣が床に刻まれている。
円形の魔法陣。
すでに淡く光り始めていた。
隊員たちがその周囲に並ぶ。
魔導弾頭を装備した対開拓獣兵装。
重い金属音が響く。
神谷が歩み寄る。
隊員たちを見る。
「転移先」
「九州北部沿岸」
短く言う。
「目標」
一瞬だけモニターを見る。
巨大な影。
そして命じた。
「開拓獣一体」
「ゴリラ型」
隊員たちが頷く。
神谷は言った。
「ARC」
一拍置く。
「転移する」
隊員たちが答える。
「了解」
オペレーターの声。
「転移開始まで」
「カウントダウン」
施設内の空気が張り詰める。
「五」
転移陣の光が強くなる。
「四」
空間がわずかに揺らぐ。
「三」
隊員たちは微動だにしない。
「二」
神谷一佐が低く言う。
「行け」
「一」
転移陣が白く輝いた。
次の瞬間。
隊員たちの姿が、光の中に消えた。
ARC。
その最初の作戦が、始まった。
転移陣の光が、視界を白く染めた。
次の瞬間。
空気が変わる。
夜の海風。
潮の匂い。
足元はコンクリートの岸壁だった。
九州北部沿岸。
港の倉庫街。
光が収まると同時に、ARC隊員たちは一斉に散開した。
「展開!」
「警戒!」
銃声のような金属音が響く。
隊員たちが武器を構える。
神谷も周囲を見渡した。
距離、三百メートルほど。
巨大な影が、港の施設を破壊している。
黒鉄の装甲。
巨大な腕。
ゴリラ型の開拓獣だった。
赤いモノアイが、ゆっくりとこちらを向く。
低い駆動音。
「オォォン……」
隊員の一人が言う。
「開拓獣確認!」
神谷は即座に命じた。
「距離三百」
「対装甲装備」
「射撃準備」
隊員たちが膝をつき、照準を合わせる。
魔導弾頭が装填される。
神谷が短く言った。
「撃て」
発射音。
数発のミサイルが夜空を走った。
爆発。
火球が開拓獣の胸部に直撃する。
巨大な体が、わずかによろめいた。
隊員の一人が言う。
「効いてます!」
だが。
開拓獣は倒れない。
モノアイが赤く光る。
巨大な腕が振り上げられた。
倉庫が一撃で潰れる。
コンクリートが砕け、鉄骨が曲がる。
神谷は冷静に言った。
「第二射」
「撃て」
再び爆発。
煙が立ち込める。
しかし。
煙の中から、巨大な影が現れる。
開拓獣はまだ動いていた。
神谷が言う。
「分散」
「包囲する」
隊員たちが左右へ展開する。
港の広い敷地を使い、開拓獣を囲み込む。
その時だった。
空気が、わずかに歪む。
神谷の視線が上がる。
夜空。
その一点で、空間が揺らいだ。
次の瞬間。
光が走る。
そして。
地面に着地した影。
黄色い人影。
高さ二メートルほどの機体。
ヴェスパーだった。
隊員たちがざわめく。
「例の機体……!」
「黄色い奴だ」
ヴェスパーはすぐに立ち上がった。
悠真の声が、魔導変声機によって変換され、通信に乗る。
『こちらヴェスパー』
『戦闘に参加します』
神谷はその姿を見ていた。
モニター越しではなく。
肉眼で。
人のように立つ機体。
そして静かに言った。
「ARC」
隊員たちへ命じる。
「支援に回れ」
「奴に近接させる」
隊員たちが頷く。
「了解!」
再びミサイルが発射される。
爆発。
開拓獣の注意がそちらへ向く。
その隙に。
ヴェスパーが走った。
人間のような動き。
だが速度は圧倒的だった。
一瞬で距離を詰める。
開拓獣が腕を振り上げた。
巨大な拳。
ヴェスパーが跳ぶ。
拳が地面を叩き、コンクリートが砕ける。
その横をすり抜けた。
腕部装甲が開く。
スティンガーブレードが展開された。
銀色の刃。
ヴェスパーが回転しながら跳び上がる。
そして。
開拓獣の肩関節へ突き刺した。
金属音。
火花が散る。
開拓獣が唸った。
「オォォン!」
腕の動きが止まる。
その瞬間。
ARCのミサイルが直撃した。
爆発。
煙が広がる。
ヴェスパーはすぐに距離を取る。
煙の中で、巨大な体が揺れた。
そして。
開拓獣の装甲に、ひびが走る。
赤いモノアイの光が、不安定に点滅した。
次の瞬間。
巨大な体が崩れた。
地面へ倒れ込む。
重い衝撃。
そして。
その体が、ゆっくりと崩れ始めた。
装甲が崩れ。
金属の塊が、粒子のように崩れていく。
まるで砂の山が崩れるように。
数秒後。
そこには、何も残っていなかった。
港の夜に、静寂が戻る。
隊員の一人が呟く。
「……消えた」
神谷はその場所を見ていた。
そして。
少し離れた場所に立つ、黄色い機体へ視線を向ける。
ヴェスパーは、静かに立っていた。
港の夜に、静けさが戻っていた。
ついさっきまで響いていた爆発音も、今はない。
残っているのは、壊れた倉庫と砕けた岸壁だけだった。
開拓獣が倒れた場所には――
何も残っていない。
コンクリートの地面に、わずかな砂のような粒が散っているだけだった。
ARC隊員の一人が言う。
「……本当に消えましたね」
別の隊員が周囲を警戒しながら答える。
「残骸ゼロか」
「厄介だな」
神谷はその場所を見ていた。
戦闘終了地点。
巨大だったはずの機械生命体。
だが、今は影も形もない。
報告が上がる。
「周辺クリア」
「開拓獣反応消失」
神谷は短く答えた。
「了解」
そして視線を上げる。
少し離れた場所。
街灯の光の下に、黄色い機体が立っていた。
ヴェスパー。
二メートルほどの人型機体。
人間のように、静かに立っている。
神谷は、その姿を見ていた。
戦闘中の動き。
機動。
判断。
すべてが頭の中に残っている。
あれは――
兵器の動きではない。
隊員の一人が言った。
「隊長」
「例の機体ですが」
神谷は答えない。
視線を外さないまま、言った。
「敵対行動はなかった」
「干渉するな」
隊員は頷いた。
「了解」
その時だった。
ヴェスパーの周囲の空間が、わずかに歪む。
光が走る。
そして。
黄色い機体の姿が消えた。
数秒後。
そこには、何も残っていない。
神谷はその場所を見つめていた。
やがて、静かに言う。
「……撤収する」
隊員たちが動き始める。
転移地点へ向かう。
だが。
神谷は一度だけ振り返った。
先ほどまでヴェスパーが立っていた場所。
あの機体の動き。
戦い方。
あれは――
神谷は、わずかに目を細めた。
だが。
すぐに視線を戻す。
その考えは、胸の奥にしまった。
まだ、確証はない。
今はただ。
任務を終えるだけだ。
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