第14話 ARC
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東京湾岸。
如月インダストリ研究施設。
HIVEとは異なる、地上の実験区画。
広いフロアの中央に、円形の紋様が刻まれていた。
直径は十メートルほど。
複雑な幾何学模様が幾重にも重なっている。
金属床に刻まれたそれは、明らかに通常の装置とは違っていた。
周囲には十数人の人間が立っている。
防衛省の担当官。
自衛隊の将官。
そして現場部隊の代表として呼ばれた数名の隊員。
その中に、神谷一佐の姿もあった。
全員の視線が床の紋様へ向いている。
将官の一人が腕を組んだ。
「……これが」
「あなたの言っていた装置ですか」
如月直哉は頷いた。
「はい」
穏やかな声で答える。
「転移陣です」
その言葉に、何人かが眉をひそめる。
「転移……」
「つまり瞬間移動ですか」
直哉は落ち着いて説明する。
「この転移陣を起点に」
「任意の地点へ人員を転送できます」
将官が聞く。
「任意?」
「距離制限は」
直哉は答えた。
「国内であればどこへでも」
そして続ける。
「ただし」
「帰還は、この転移陣にのみ可能です」
「転移先から別地点へ移動することはできません」
将官たちは顔を見合わせた。
それでも、まだ半信半疑の表情だ。
直哉は研究員へ視線を送る。
「では、実演を」
研究員が操作端末を起動する。
次の瞬間。
床の紋様が、淡く光り始めた。
幾何学模様の線が順番に輝き、円形の魔法陣が完成していく。
会場がざわめいた。
空気がわずかに震える。
中央には、一人の隊員が立っていた。
実演用の自衛官だ。
直哉が言う。
「転移先は」
「東京湾沖の上空です」
将官が思わず聞き返す。
「上空?」
直哉は頷いた。
「はい」
「安全確保のため、ヘリが待機しています」
研究員が操作を行う。
光が強くなる。
一瞬だけ、空間が歪んだ。
そして。
中央に立っていた隊員の姿が――
消えた。
完全に。
その場から。
会場が静まり返る。
数秒後。
研究員が端末を見る。
「転移成功」
通信が入る。
スピーカーから声が響いた。
『こちら待機ヘリ』
『転移を確認しました』
ざわめきが広がる。
「本当に……」
「消えた」
将官たちが転移陣を見つめる。
直哉は静かに言った。
「それでは」
「帰還させます」
再び魔法陣が光る。
空間がわずかに歪む。
そして。
光が収まった瞬間。
転移陣の中央に、人影が現れた。
先ほどの隊員だ。
会場が騒然となる。
隊員が周囲を見回し、敬礼した。
「転移完了しました」
将官たちは言葉を失っていた。
神谷一佐だけが、静かに転移陣を見ている。
直哉が言う。
「この技術があれば」
「侵略体がどこに出現しても」
「数分以内に部隊を投入できます」
そして、穏やかに続けた。
「これが」
「ARCの基盤になります」
転移陣の光が、ゆっくりと消えていった。
九月の末ごろ。
防衛省。
同じ地下会議室。
会議卓の上には、新しい資料が並んでいた。
表紙には、太い文字でこう書かれている。
ARC
Anomalous Response Command。
対異常現実対応部隊。
議長が静かに口を開いた。
「転移技術の実証は確認しました」
会議室に並ぶ将官たちが頷く。
「また、民間側から提供される情報についても」
「専門家による検証を行いました」
資料が一枚めくられる。
侵略体の解析図。
行動パターン。
装甲構造。
未知だった敵の情報。
議長が言う。
「現時点で信頼性は高いと判断します」
短い沈黙。
そして。
「よって政府は」
言葉を区切る。
「対侵略体専門部隊の設立を承認します」
会議室の空気が変わった。
ついに決定した。
将官の一人が資料を見ながら言う。
「部隊名は……」
「ARC」
議長が頷く。
「如月インダストリアルからの提案を採用します」
そして続けた。
「本部は関東圏」
「転移陣を基軸とした即応部隊とする」
資料が配られる。
部隊編成案。
各自衛隊からの人員選抜。
装備計画。
一人の将官が言った。
「現場指揮官ですが」
「誰を置きますか」
議長は資料をめくる。
そして、一人の名前を読み上げた。
「神谷一佐」
会議室の視線が一人の男に向いた。
神谷一佐は静かに姿勢を正した。
「はい」
落ち着いた声だった。
議長が言う。
「あなたには、ARCの現場部隊を指揮してもらいます」
神谷一佐は一瞬だけ黙る。
そして答えた。
「承知しました」
短く敬礼した。
議長が続ける。
「侵略体への対処は」
「今後、日本の安全保障において最優先課題となる」
視線を会議室に巡らせる。
「ARCは、その最前線です」
資料の最後のページ。
そこには、大きな文字が書かれていた。
ARC
対異常現実対応部隊。
その設立が、正式に決まった。
会議室を出た後。
神谷一佐は、防衛省の廊下を静かに歩いていた。
夕方の光が窓から差し込んでいる。
足音だけが、静かに響く。
ARC。
対異常現実対応部隊。
新設されたばかりの部隊。
だが、その実態はまだ何もない。
人員も。
装備も。
これから作る。
神谷一佐は、手に持った資料を開いた。
部隊編成案。
各自衛隊からの候補者リスト。
陸上自衛隊。
海上自衛隊。
航空自衛隊。
数十名の名前が並んでいる。
だが、すべてを使うわけではない。
転移陣で運用する部隊。
大部隊は必要ない。
必要なのは――
即応できる、少数精鋭。
神谷一佐は資料を閉じた。
「……呼んでくれ」
隣にいた副官が頷く。
「はい」
数十分後。
防衛省の小さな会議室。
そこに数名の自衛官が集められていた。
迷彩服。
航空自衛隊の制服。
海自の作業服。
それぞれ所属は違う。
だが共通しているのは――
現場経験。
実戦経験。
神谷一佐が部屋に入る。
全員が立ち上がった。
「気をつけ」
「敬礼」
神谷一佐は軽く手を上げた。
「座っていい」
短く言う。
隊員たちが席につく。
神谷一佐は机の前に立った。
一人一人の顔を見る。
その視線は鋭い。
値踏みするように。
やがて口を開いた。
「ARCの話は聞いているな」
誰も答えない。
だが全員が頷いた。
神谷一佐は続ける。
「転移陣で現場に投入される」
「つまり」
「逃げ場はない」
静かな声だった。
だが部屋の空気は重い。
「相手は開拓獣」
「二十メートル級の化け物だ」
短い沈黙。
神谷一佐は言う。
「それでも行く人間だけ残れ」
誰も動かない。
誰も視線を逸らさない。
数秒の沈黙。
神谷一佐は小さく頷いた。
「……いい」
そして資料を机に置く。
「今日からお前たちが」
「ARC現場部隊だ」
部屋の空気がわずかに変わる。
神谷一佐は最後に言った。
「覚えておけ」
一瞬の間。
「現場で死ぬな」
「任務は必ず終わらせろ」
隊員たちが同時に答える。
「了解!」
神谷一佐は小さく頷いた。
ARCの最初の部隊が、ここで決まった。
関東圏某自衛隊基地内にて。
新設された施設の地下。
広大な格納区画の中央に、巨大な円形の紋様が刻まれていた。
直径十五メートル。
金属床に刻まれた幾何学模様。
転移陣。
その周囲では、数十人の自衛官が動いていた。
装備点検。
通信確認。
隊列訓練。
まだ発足したばかりの部隊。
だが、空気はすでに実戦部隊のそれだった。
施設の上部デッキ。
神谷一佐は腕を組み、その光景を見下ろしていた。
隣に立つ将官が言う。
「急ごしらえにしては、悪くない」
神谷一佐は小さく頷く。
「はい」
短く答える。
「隊員の質は高いと思います」
将官が笑う。
「君が選んだ連中だからな」
神谷一佐は何も言わない。
視線を下へ向ける。
転移陣。
あの光景が頭に浮かぶ。
瞬間移動。
あの技術があれば。
どこで敵が出ても、数分で部隊を送り込める。
将官が言う。
「君の任務は簡単だ」
「敵が出たら」
「ARCを送り込め」
神谷一佐は静かに答える。
「了解しました」
その時だった。
施設の空気が変わる。
警報。
赤いランプが点灯する。
ブザーが鳴り響いた。
オペレーターの声。
「侵略体反応!」
施設内の人間が一斉に動く。
「出現地点!」
モニターに地図が表示される。
関東圏。
海岸線付近。
神谷一佐の目が細くなる。
オペレーターが叫ぶ。
「出現確認!」
「侵略体一体!」
施設が緊張に包まれる。
将官が神谷一佐を見る。
「来たな」
神谷一佐はすでに階段へ向かっていた。
「ARC」
短く言う。
「出動準備」
隊員たちが動き出す。
装備を持ち、転移陣の周囲に集まる。
巨大な魔法陣が、ゆっくりと光り始めた。
新しい部隊。
新しい戦い。
ARCの初任務が、始まろうとしていた。
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