第11話 東北沿岸迎撃戦(後編)
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東京、防衛省。
臨時対策室のモニターには、東北沿岸の戦闘映像が映し出されていた。
現地ドローンのカメラ。
画面中央には、港町の瓦礫。
そして――
巨大なゴリラ型の開拓獣。
その足元を、黄色い機体が走っている。
ヴェスパー。
オペレーターが声を上げる。
「未確認機体、継続して交戦中!」
「単独です!」
神谷一佐は腕を組み、無言で映像を見つめている。
画面の中。
ヴェスパーが怪物の周囲を高速で走る。
巨大な拳が振り下ろされる。
だが、その攻撃は当たらない。
黄色い機体が紙一重で回避している。
オペレーターが思わず呟いた。
「速い……」
別の隊員が言う。
「サイズ差が十倍以上ですよ」
「普通なら一撃で終わります」
神谷一佐は黙っている。
ただ、画面を観察していた。
怪物。
二十メートル。
対して、黄色い機体は二メートル。
体格差は圧倒的。
だが――
戦いは拮抗している。
いや。
よく見れば違う。
神谷一佐が小さく言った。
「……時間を稼いでいるな」
オペレーターが振り向く。
「え?」
神谷一佐は画面を指した。
ヴェスパーが怪物の周囲を走る。
攻撃はする。
だが決定打は狙わない。
離脱。
回避。
再接近。
それを繰り返している。
神谷一佐は続けた。
「倒そうとしている動きじゃない」
「止めている」
モニターの中で、怪物が住宅地へ向きを変える。
その進路を遮るように、黄色い機体が飛び出した。
オペレーターが息を呑む。
「……市街地です」
神谷一佐は静かに頷いた。
「だからだ」
そしてもう一つ。
神谷一佐の視線が、画面の上空へ移る。
小さな光が六つ。
蜂のようなドローン機体。
それらが怪物の周囲で位置を変えていた。
規則的に。
ゆっくりと。
神谷一佐の目が細くなる。
「……ドローンで何をするつもりだ」
モニターの中で、六機のドローンが旋回する。
怪物の周囲を囲むように。
位置を調整している。
オペレーターが言う。
「ドローンの動きが変わりました」
「配置を取っています」
神谷一佐は静かに答えた。
「包囲だ」
室内の数人がモニターを見る。
ドローンが六角形の配置を取り始めていた。
まるで――
蜂の巣のような陣形。
怪物が腕を振り上げる。
その下には住宅地。
逃げ遅れた車。
人影。
そして――
怪物の進路に立つ、黄色い機体。
モニターの中で、ヴェスパーが地面を蹴った。
港の奥。
住宅地へ続く道路。
その入口で、ゴリラ型開拓獣が一歩踏み出した。
地面が揺れる。
コンクリートの道路がひび割れ、電柱が軋んだ。
悠真の視界に、住宅地が映る。
低い家並み。
狭い道路。
逃げる人影。
まだ避難が終わっていない。
「まずい……」
怪物のモノアイが赤く光る。
進行方向は変わらない。
住宅地へ一直線。
悠真は歯を食いしばった。
ヴェスパーが加速する。
地面を蹴り、怪物の前へ滑り込む。
黄色い機体が、その進路を塞いだ。
「ここから先は――」
怪物の腕が上がる。
巨大な拳。
振り下ろされる。
悠真は横へ跳ぶ。
拳が道路を叩き、舗装が砕ける。
衝撃で近くの車が跳ね上がった。
悠真は着地し、すぐに振り向く。
怪物は止まらない。
もう一歩。
住宅地まで、あと数十メートル。
遠くでクラクションが鳴る。
逃げ遅れた車が、道路を塞いでいた。
悠真の声が低くなる。
「……間に合わない」
怪物の腕が持ち上がる。
その先には、住宅地の入口。
振り下ろされれば、建物ごと吹き飛ぶ。
悠真は短く息を吐いた。
決めるしかない。
「SARA」
『はい』
「ドローンンの配置は完了したか?」
一瞬の沈黙。
そして答えが返る。
『六機、配置完了』
悠真の視界に、六つの光点が表示される。
怪物の周囲。
空中に展開したドローン。
それぞれが正確な位置で停止している。
六角形。
蜂の巣の形。
悠真は怪物を見上げた。
巨大な拳が振り上げられている。
落ちてくるまで、数秒。
「……やるぞ」
ヴェスパーが一歩踏み出す。
怪物と住宅地の間に立つ。
黄色い機体が、両腕を広げた。
『スワームシールド』
SARAの声が静かに響いた。
その瞬間。
空中の六機のドローンが、同時に光を放った。
港の上空に、六つの光点。
それぞれが静止する。
完全に動きを止めた。
そして――
六点を結ぶ線が、光となって現れる。
空中に浮かび上がる、巨大な六角形。
蜂の巣のような幾何学模様。
魔法陣。
悠真の目の前で、光の壁が展開する。
「スワームシールド、展開!」
その瞬間。
ゴリラ型開拓獣の拳が振り下ろされた。
巨大な鉄塊。
二十メートルの質量が、住宅地へ向けて落ちる。
だが。
拳は、途中で止まった。
光の壁に叩きつけられたのだ。
轟音。
空気が震える。
衝撃波が港を揺らした。
だが――
結界は砕けない。
六角形の魔法陣が輝き、巨大な拳を押し返していた。
悠真は歯を食いしばる。
ヴェスパーの両脚が地面に食い込む。
『衝撃負荷 増大』
『シールド安定率 七十二パーセント』
SARAの声が響く。
怪物の拳が結界を押し込む。
光が軋む。
それでも。
結界は破れない。
住宅地の入口。
そのすぐ手前で。
巨大な拳が、完全に止められていた。
悠真は低く呟く。
「……守った」
その光景は、東京でも映し出されていた。
防衛省、臨時対策室。
モニターの中。
巨大な拳。
そして――
それを受け止める、光の六角陣。
オペレーターが思わず声を上げる。
「止めた……!」
「防御フィールドか!?」
部屋がざわめく。
だが、神谷一佐だけは黙っていた。
腕を組み、画面を見つめている。
モニターの中。
二十メートルの怪物。
その前に立つ、黄色い機体。
住宅地を背にして。
巨大な拳を受け止めている。
神谷一佐は小さく息を吐いた。
そして低く呟く。
「……守っている」
光の結界に押し返された拳が、ゆっくりと引き戻された。
ゴリラ型開拓獣が低く唸る。
「オォォォン……」
巨大な腕が再び振り上げられる。
その時だった。
神谷一佐の視線が、モニターの上空へ向く。
黄色い機体の周囲。
小さな光が六つ。
蜂のような機体。
それらが防御陣の外側を旋回していた。
規則的に。
まるで防御フィールドを維持するように。
オペレーターが言う。
「上空のドローン、位置を維持しています」
「フィールドの制御に関係している可能性があります」
神谷一佐は小さく頷いた。
「盾か」
一瞬の沈黙。
「……よく出来ている」
モニターの中で、開拓獣の腕が再び振り上げられる。
その時だった。
遠くから、重いエンジン音が響いた。
港の道路の先。
迷彩色の車列が姿を現す。
自衛隊。
装甲車。
戦車。
対戦車ミサイル車。
部隊が展開していく。
通信が飛び交う。
「目標確認!」
「開拓獣、港湾地区!」
指揮官の声が響く。
「射撃準備!」
その映像は東京の対策室にも映し出されていた。
神谷一佐は静かに言う。
「……間に合ったか」
現地。
戦車砲が唸る。
轟音。
砲弾が怪物の胴体に直撃する。
爆炎。
装甲が火花を散らす。
怪物が体勢を崩した。
その隙を、悠真は見逃さない。
「今だ!」
ヴェスパーが走る。
結界の内側から飛び出す。
六機のドローンが散開する。
『スワームシールド 解除』
光の六角陣が消える。
怪物が咆哮のような駆動音を上げる。
「オォォォン!」
巨大な腕が振り回される。
だが、その動きは鈍っていた。
戦車砲の連続射撃。
ミサイルが発射される。
爆炎が怪物を包む。
装甲が裂ける。
悠真は一直線に突っ込んだ。
「そこだ!」
ヴェスパーが跳躍する。
スティンガーブレード展開。
刃が光る。
狙いは――
首の関節部。
刃が装甲の隙間へ突き刺さる。
火花。
金属音。
そして――
破断。
怪物の動きが止まった。
巨大な体がゆっくりと傾く。
地面が揺れる。
港の道路に、二十メートルの巨体が倒れ込んだ。
轟音。
土煙が舞い上がる。
しばらくして。
駆動音が止んだ。
沈黙。
兵士が叫ぶ。
「……停止!」
「標的、活動停止!」
港に歓声が上がる。
悠真はゆっくりと刃を引き抜いた。
ヴェスパーが静かに立ち上がる。
その向こうに、住宅地が見えた。
建物は無事だ。
悠真は小さく息を吐く。
「……終わった」
遠くでサイレンが鳴り始めていた。
倒れた開拓獣の巨体。
その周囲で、自衛隊が警戒線を展開しはじめていた。
戦車の砲塔がゆっくりと動き、兵士たちが周囲を確認している。
「周囲クリア!」
「追加反応なし!」
海風が瓦礫の間を吹き抜ける。
その少し離れた場所で、ヴェスパーは静かに立っていた。
黄色い装甲の機体。
その視線の先には、住宅地がある。
壊れた建物はない。
炎も上がっていない。
悠真は小さく息を吐いた。
「……よかった」
『戦闘終了を確認』
『敵個体の活動停止』
SARAの声が響く。
悠真は空を見上げた。
遠くでヘリコプターの音が聞こえる。
報道か、自衛隊か。
長く留まれば、正体を探られるかもしれない。
悠真は短く言った。
「帰ろう」
『転移準備』
ヴェスパーの足元に、淡い光が広がる。
六角形の魔法陣。
空気が歪む。
光が強くなる。
その瞬間。
黄色い人影が、光の中へ溶けるように消えた。
残されたのは、瓦礫の港と、巨大な開拓獣の残骸だけだった。
――東京。
防衛省、臨時対策室。
モニターの中で、光が弾ける。
そして――
黄色い機体が消えた。
オペレーターが呟く。
「反応……消失、しました」
「やはり、あの機体は」
言葉はそこで途切れた。
室内に、しばらく沈黙が流れる。
モニターに映っているのは、戦闘の跡だけだった。
破壊された港町。
倒れた開拓獣。
砕けた岸壁。
しかし――
住宅地は無事だった。
神谷一佐は腕を組んだまま、モニターを見つめている。
しばらくして、小さく息を吐いた。
そして静かに言う。
「……兵器じゃないな」
誰も言葉を返さない。
神谷一佐は、モニターから目を離さず続けた。
「街を守るために戦っている」
一瞬の間。
「……守っている」
室内の誰もが、画面を見ていた。
そこに映っているのは――
戦いの跡だけだった。
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