第10話 東北沿岸迎撃戦(前編)
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訓練区画の床は、いつも通り冷たかった。
無機質な白い空間。
天井の照明。
遠くで低く響く空調音。
悠真は空中に浮かんでいた。
高度三メートル。
足元に広がる訓練区画。
目の前では、六機の蜂型ドローンが縦に円を描くように旋回している。
ブゥン――
細い振動音が、空気を揺らす。
HUDに数値が並ぶ。
【飛行高度 3.2m】
【ドローン維持率 74%】
「……まだ揺れるな」
小さく呟く。
六機のうち、一機がわずかに外側へ流れる。
意識を広げる。
群れを整える。
中心を、自分に。
円を描く。
六つの光点が、ゆっくり整列する。
【維持率 76%】
「……よし」
直哉の声が、観測席から降りてくる。
「その状態で旋回だ」
「了解です」
悠真は体をひねる。
ゆっくりと時計回りに転回する。
空中で半円を描いた、その瞬間。
外側のドローンが遅れる。
【維持率 68%】
「うわ、落ちた」
『外周機体、追従遅延』
SARAが淡々と補足する。
悠真は歯を噛む。
「くそ……」
飛行。
ドローン。
両方に意識を割くと、途端に崩れる。
だが。
これができなければ、スワームシールドは使えない。
悠真は高度を少し上げた。
【高度 4.0m】
視界が広がる。
六機のドローンが、再び円を描く。
揺れる。
だが崩れない。
「……いける」
そのときだった。
『ビーーーーーーーー』
訓練区画に、鋭い警告音が響いた。
赤い光が天井に走る。
一瞬で、空気が変わる。
悠真は反射的に静止した。
「……?」
HUDに新しい表示が浮かぶ。
【ALERT 空間歪曲反応 検出】
胸が、どくんと鳴る。
観測席で、直哉が立ち上がっていた。
「場所は!?」
リゼリアが端末を操作する。
モニターに日本地図が表示される。
赤い点。
点滅。
リゼリアが言う。
「東北地方」
画面が拡大する。
海岸線。
都市。
そして。
「宮城県沖」
悠真の背筋に、冷たいものが走る。
開拓獣。
直哉が短く言った。
「出現予兆だ」
赤い点が、ゆっくり明滅している。
「確定か?」
リゼリアが頷く。
「確率九十三%よ」
ほぼ確定だ。
訓練区画の空気が、完全に張り詰めた。
悠真は空中で静止している。
ドローン六機も止まる。
誰も声を出さない。
数秒の沈黙。
直哉が、悠真を見上げた。
「どうする?」
問いは短い。
強制はない。
悠真は、赤い警告表示を見た。
そして。
ゆっくり息を吸う。
「……行きます」
即答だった。
迷いはない。
直哉は小さく頷く。
「了解」
リゼリアが即座に操作する。
「転移座標設定」
訓練室の床に魔法陣の幾何学模様が展開される。
青白い光が広がる。
悠真の下に、巨大な円陣が浮かび上がった。
『戦闘プロトコル待機』
SARAの声。
悠真は空中で拳を握る。
訓練じゃない。
実戦だ。
胸の奥が、強く鳴る。
怖い。
だが。
それ以上に。
体は、もう分かっている。
守るために動く。
直哉が言う。
「行ってこい」
魔法陣が、眩く光った。
空間が歪む。
ヴェスパーの輪郭が、光に溶けていく。
東北沿岸の小さな港町。
昼の海は穏やかだった。
防波堤の外では波が静かに揺れ、港には数隻の漁船が並んでいる。
だがその空の一点が、ゆっくりと歪み始めていた。
黒い球体。
空間そのものがねじ曲がるような、歪曲球体。
その中心から、低い駆動音が響く。
「オォォォン……」
次の瞬間。
巨大な腕が球体の縁を押し広げるように現れた。
黒鉄の装甲。
太い腕。
そして単眼の赤い光。
それは海沿いの岸壁へ落下するように着地した。
コンクリートが砕け、地面が震える。
ゴリラ型開拓獣。
高さは二十メートル。
港の倉庫を、腕の一振りで押し潰す。
警報が鳴り始めた。
「逃げろ!」
「怪物だ!」
人々が港から逃げ出す。
そのとき。
港の空間が、再び歪んだ。
空中に、六角形の光が浮かび上がる。
蜂の巣のような魔法陣。
光が弾ける。
そこから現れたのは、黄色い装甲の人影だった。
ヴェスパー。
二メートルの機体が、空中から静かに着地する。
悠真は怪物を見上げた。
二十メートルの巨体。
この姿を見るのは初めてではない。
ニュースで見た、あの日の侵略。
そして――
豊洲のショッピングモール。
悠真は小さく息を吐いた。
「……またお前か」
二度目の実戦。
だが、あの時とは違う。
今は――
戦うための訓練を受けている。
SARAの声が響く。
『開拓獣個体を確認』
『ゴリラ型量産個体』
『推定サイズ 二十メートル』
悠真は拳を握る。
怪物のモノアイがゆっくりと動く。
ヴェスパーを認識したのだ。
低い駆動音が唸る。
「オォォォン……」
次の瞬間。
巨大な腕が振り下ろされた。
悠真は地面を蹴る。
ヴェスパーの脚部スラスターが瞬間的に噴射し、機体が横へ滑った。
拳が地面を叩き、コンクリートが砕け散り、轟音が鳴り響く。
悠真は着地と同時に叫んだ。
「ドローン展開!」
背部装甲が開く。
六機の蜂型ドローンが飛び出し、空へ舞い上がる。
金色の光を帯びた小型機。
怪物の周囲へ散開する。
『Honeycomb Drone 六機、展開完了』
悠真は即座に指示を出す。
「攪乱しろ!」
ドローンが一斉に加速した。
蜂の群れのように怪物の周囲を旋回する。
モノアイの前を横切り、関節へ光弾を撃ち込む。
小さな爆発が連続して弾けた。
開拓獣が腕を振り回す。
ドローンを叩き落とそうとしている。
だが群れは止まらない。
視界をかすめ、肩関節へ、膝関節へ攻撃を集中する。
巨体の動きが一瞬だけ鈍る。
悠真が呟いた。
「今だ」
ヴェスパーが地面を蹴る。
一瞬で加速する。
走りながら、腕部装甲を展開させる。
スティンガーブレード。
蜂の針を思わせる鋭い刃だ。
悠真は瓦礫を踏み台にして跳躍した。
空中へ。
二十メートルの巨体の脚へ突っ込む。
ドローンが膝関節を集中攻撃する。
装甲の一部が弾ける。
そこへ――
スティンガーブレードが突き刺さった。
金属音が響く。
開拓獣が咆哮する。
「オォォォォン!!」
巨大な腕が振り払われた。
衝撃波が広がる。
ヴェスパーの機体が弾き飛ばされる。
ヴェスパーは背面スラスターを吹かし、空中で姿勢を立て直した。
『装甲強度 高』
『近接攻撃の効果は限定的です』
悠真は開拓獣を睨んだ。
開拓獣はもう一歩、街へ踏み出そうとしている。
地面が揺れる。
悠真は小さく息を吐いた。
そして言う。
「……止めるぞ」
ヴェスパーは再び走り出した。
東京。
防衛省の一室に設けられた臨時対策室。
大型モニターが並ぶ室内には、張り詰めた空気が漂っていた。
東北沿岸。
歪曲球体出現。
その報告から数分。
すでに現地のドローン映像がリアルタイムで送られてきている。
モニター中央には、荒れた港町が映し出されていた。
砕けた倉庫。
ひび割れた岸壁。
その中央に――
巨大な影が立っている。
高さ二十メートル。
ゴリラ型開拓獣。
低い駆動音がマイク越しにも伝わってくる。
「オォォォン……」
オペレーターが声を上げた。
「港湾地区に侵入!」
「サイズ二十メートル級!」
「過去出現個体と同型の可能性が高いです!」
室内の空気がさらに張り詰める。
その時だった。
別のオペレーターがモニターを指差した。
「待ってください!」
「現地に……何かいます!」
映像がズームされる。
瓦礫の間。
巨大な怪物の足元。
そこに――
黄色い機体が走っていた。
オペレーターが目を見開く。
「未確認機体!」
「例の機体です!」
部屋の奥に立っていた男が、ゆっくりと前へ出る。
悠真の父、神谷一佐だった。
彼は何も言わず、モニターを見上げる。
映像の中。
二十メートルの怪物。
その周囲を、二メートルほどの黄色い機体が高速で動き回っている。
瓦礫を蹴り。
怪物の攻撃を回避し。
時に跳び上がる。
小さすぎる。
あまりにも小さい。
オペレーターが思わず呟く。
「……あれで戦うのか」
誰も答えない。
モニターの中で、怪物の拳が振り下ろされた。
地面が砕ける。
その直前。
黄色い機体が横へ跳んだ。
ギリギリの回避。
そのまま怪物の脚へ突撃する。
神谷一佐は、わずかに目を細めた。
あの機体を見るのは、これで二度目だ。
前回は遠目だった。
だが今は違う。
画面いっぱいに戦いが映っている。
怪物。
そして――
黄色い機体。
神谷一佐は低く呟いた。
「……また現れたか」
モニターの中で、黄色い機体が跳躍する。
巨大な怪物へ向かって。
逃げるでもなく。
離れるでもなく。
ただ真っ直ぐに。
突っ込んでいく。
オペレーターが声を震わせる。
「無茶だ……」
「サイズ差が――」
言葉は途中で途切れた。
神谷一佐は黙って画面を見つめている。
その視線は鋭い。
ただ戦いを観察していた。
怪物の動き。
未確認機体の機動。
回避のタイミング。
すべてを見ている。
やがて神谷一佐は、小さく息を吐いた。
そして静かに言う。
「……違うな」
オペレーターが振り向く。
神谷一佐はモニターを見たまま続けた。
「無茶をしているんじゃない」
一瞬の間。
「勝つつもりで戦っている」
モニターの中で、戦闘が続いていた。
ヴェスパーが再び走り出した。
砕けた道路を蹴り、港の瓦礫を踏み越えて加速する。
目の前では、ゴリラ型開拓獣がゆっくりと体を起こしていた。
先ほどの一撃は、確かに装甲に傷を残している。
だが――
倒すには、浅い。
怪物のモノアイが赤く光る。
「オォォォン……」
次の瞬間。
巨大な腕が振り下ろされた。
悠真は即座に反応する。
「左!」
ヴェスパーが横へ滑る。
拳が地面を砕き、港のアスファルトが吹き飛んだ。
衝撃でコンテナが横倒しになる。
悠真は瓦礫の上へ跳び乗った。
視界の端で、怪物の脚が動く。
街の方向だ。
「くそ……!」
怪物はゆっくりだが、確実に住宅地へ進んでいる。
悠真は歯を食いしばる。
止めなければならない。
ヴェスパーが再び突撃する。
だが今度は正面ではない。
怪物の周囲を円を描くように走る。
巨大な腕が追ってくる。
拳。
振り払い。
踏みつけ。
そのすべてを、ヴェスパーが紙一重で避ける。
『敵行動パターン分析』
『攻撃速度 低』
『回避可能』
SARAの声が響く。
悠真は低く言った。
「だったら――」
ヴェスパーが急加速する。
怪物の背後へ回り込む。
跳躍。
背部装甲がきしむ。
スティンガーブレードを突き出す。
狙いは膝関節。
刃が装甲の継ぎ目へ突き込まれる。
火花が散る。
怪物が咆哮のような駆動音を上げた。
「オォォォン!」
巨大な腕が背後へ振り払われる。
悠真は即座に離脱する。
ヴェスパーが空中で回転し、道路へ着地した。
怪物の動きが荒くなっている。
だが止まらない。
一歩。
また一歩。
住宅地へ進む。
悠真は視線を上げた。
遠くに見える家々。
逃げる人影。
車のクラクション。
「……まずい」
このままでは、街に入る。
悠真は短く息を吐いた。
「SARA」
『はい』
「ドローンの配置を変える」
ヴェスパーの背後で、六機の蜂型ドローンが旋回する。
黄金の小型機が空中に広がる。
怪物の上空へ。
左右へ。
背後へ。
ゆっくりと、位置を変えていく。
『戦術配置を開始』
悠真は怪物を睨んだ。
「時間を稼ぐ」
怪物が腕を振り上げる。
その拳が、住宅地へ向けて振り下ろされようとしていた。
ヴェスパーが地面を蹴る。
黄色い人影が、再び怪物へ突撃した。
その背後で――
六機のドローンが、静かに六角形の配置を取り始めていた。
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『不遇スキル【球術】の俺は、均形鍛冶の少女とダンジョンを攻略する』
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