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魂融合機兵ヴェスパー《HIVE-01》  作者: 昼ライス
Season 1 ~ヒーロー誕生~

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1/12

第1話 歪曲球体

新連載です。

初めてのロボットヒーローものです。

楽しんでいだたければ幸いです。


毎日20時投稿

※初回のみ5話一挙掲載

二十メートルの黒鉄の拳が、空気を裂いた。

黄色い二メートルの機体が、それを両腕で受け止める。

アスファルトが砕け、衝撃波がガラスを震わせた。


『退避を推奨します』


「無理だ!」


背後には、まだ逃げきれていない人々がいる。


赤い単眼が、ゆっくりとこちらを捉えた。


それが、悠真が“守る側”に立った瞬間だ。




だがその三か月前、神谷悠真はただの大学一年生だった。




店の換気扇は、その日も低く唸っていた。


油の匂いと、焼き鳥の煙。古びた木のカウンターには、染み込んだ酒の匂いが残っている。悠真は、空になったジョッキを流しに下げながら、背中越しにテレビの音を聞いていた。


この店は、駅から少し外れた路地裏にある小さな居酒屋だ。常連の声が、狭い店内で跳ね返る。厨房とホールを回すのは、店主と悠真の二人だけ。五月の夜風はまだ冷たく、引き戸の隙間から入り込んでくる。


「おい、なんだそれ」


常連の男が、箸を止めてテレビを指差した。


壁の上、年季の入った液晶画面に赤い速報テロップが流れている。


《東京湾上空にて未確認の球体状空間歪曲を観測》


映像が切り替わる。


夜空に、透明な“何か”が浮かんでいた。


丸い。


完璧な球体。


街の灯りが、その縁でわずかに屈折している。空間そのものが押し曲げられているようだった。


「映画か?」


別の客が笑う。


「CGだろ、どうせ」


だが、店主は笑わなかった。


焼き台の前で無言のまま、じっと画面を見ている。


次の瞬間、球体の内部が黒く濁った。


影が落ちる。


黒い巨体が、空から叩きつけられた。


画面が激しく揺れ、火花が散る。アスファルトが砕け、煙が立ち上る。レポーターの叫び声が途切れ、映像はノイズ混じりに切り替わった。


自衛隊出動の速報が重なる。


「……本物かよ」


常連の声が、さっきより少し低い。


悠真は、手を止めていたことに気づいた。


画面の中で、黒鉄の巨体が立ち上がる。二本の太い腕。前傾した背中。顔らしき場所の中央には、赤く光る単眼。


音声は乱れているのに、なぜかその“唸り”だけは聞こえる気がした。


――オォン……


錯覚だ。テレビ越しに、そんな音が届くはずはない。


だが、胸の奥がざわついた。


ポケットのスマートフォンが震える。


画面を見る。


父からのメッセージだった。


《現場入る》


それだけ。


句読点もない、いつもの短い文。


悠真は、無意識に画面を握りしめていた。


店の中では、まだ半分冗談めいた会話が続いている。


「どうせすぐ終わるだろ」


「自衛隊が出てるんだろ?」


自衛隊。


画面の下に映る迷彩の車両。


その中に、父がいるかもしれない。


そう思った瞬間、胸の奥に、言葉にできない感情が広がった。


怖い、とは違う。


誇らしい、だけでもない。


遠い。


どこか、遠くへ行ってしまう感じ。


「悠真」


店主の声で我に返る。


「焼き、焦げるぞ」


「あ、はい」


慌ててトングを持ち直す。炭火の熱が指先を刺す。


テレビでは、砲撃の映像に切り替わっていた。閃光が夜を裂く。黒鉄の巨体は、煙の中でなお立っている。


店主は、焼き台の火加減を調整しながら、ぽつりと呟いた。


「守る仕事は、大変だな」


誰に向けた言葉でもない。


悠真は返事をしなかった。


ただ、もう一度だけテレビを見上げる。


画面の向こうの戦場は、遠い。


ここは、油と酒の匂いがする小さな店。


自分は、ただの大学一年生だ。


胸の奥で、何かが小さく鳴っていた。


まだ名前もない、衝動のようなものが。


テレビの中で、赤い光がまた瞬いた。


悠真は視線を逸らせなかった。




あの夜の翌日。


球体の映像は繰り返しテレビで流れ、専門家と呼ばれる人間が、分かったような顔で分からないことを説明している。


悠真は一人暮らしの部屋で、レポート用紙を広げたまま、窓の外を見ていた。


夜だ。


スマートフォンが震える。


着信表示に、父の名前。


「もしもし」


数秒の無音。向こう側で、風の音と遠くのエンジン音が混ざっている。


『ああ』


短い声だった。


『大丈夫か』


「こっちは何も。そっちは?」


『問題ない』


いつもの調子だ。


淡々としている。感情の起伏はあまり見せない人だ。


だが、ほんのわずかに、声が掠れている気がした。


「テレビで見た。あれ、やばいな」


『ああ』


短い肯定。


少しだけ間が空く。


『守るってのはな』


不意に、父が言った。


悠真は無意識に姿勢を正す。


『怖いって分かってから立つことだ』


窓の外で、風が鳴る。


「……急に何」


『別に』


父は咳払いをひとつした。


『逃げるのは悪いことじゃない。だが、立つと決めたら最後まで立て』


それだけ言って、沈黙が落ちる。


悠真は、返事を探す。


「……まあ、俺には関係ないけどな」


軽く笑ってみせる。


電話の向こうで、小さく息を吐く音がした。


『ああ。お前は学生だ』


それは肯定でも否定でもない、ただの事実。


『だが、何かあったとき、無茶だけはするな』


「しないよ」


短い沈黙。


『じゃあな』


通話が切れる。


部屋に静寂が戻る。


スマートフォンの画面には、通話時間の数字だけが残っている。


悠真は、ゆっくりとベッドに倒れ込んだ。


学生だ。


守る側ではない。


そのはずだ。


しかし、胸の奥に残った言葉が、じわりと沈んでいく。


怖いって分かってから立つこと。


天井を見つめながら、悠真は目を閉じた。


自分には関係ない。


そう思おうとして、うまくいかなかった。




あれから三か月後。


八月の陽射しは、容赦がなかった。


豊洲のショッピングモールは、夏休みの家族連れで溢れている。ガラス張りの天井から落ちる光が床に反射し、冷房の効いた空気の中でも、どこか外の熱気を感じさせた。


「やっぱ映画は吹き替えだろ」


向かいに座る友人の佐伯が、トレーのポテトをつまみながら言う。


「字幕だろ。雰囲気が違う」


悠真はストローで氷を回しながら、適当に返す。


フードコートは騒がしい。子どもが走り、母親が呼び止め、電子音があちこちで鳴る。遠くでは期間限定ショップの呼び込みがマイク越しに響いている。


平和だ。


少なくとも、画面の向こうで黒鉄の巨体が暴れていた世界とは、別の場所のように思えた。


「なあ、また出たらどうする?」


友人が軽い調子で言う。


「なにが?」


「例の、球体。こことかさ」


悠真は肩をすくめる。


「さすがに二回目はないだ……」


キャーーーーー!!!!


言い終わる直前だった。


どこかで、誰かが悲鳴を上げた。


最初は小さかった。


それが、波のように広がる。


「……え?」


ガラス張りの天井の向こう、空の一部が歪んでいる。


丸い。


完璧な円。


光が、その縁でわずかに曲がっている。


テレビで見た形。


心臓が、ひとつ遅れて跳ねた。


「冗談だろ……」


友人の声が掠れる。


歪みが濃くなる。


内部が暗く沈む。


空気が、重くなる。


次の瞬間。


それは落ちた。


轟音。


衝撃波がガラスを震わせ、店内の照明が一斉に明滅する。遠くで何かが崩れる音。子どもの泣き声が、悲鳴に変わる。


モールのアナウンスが割り込む。


《お客様は落ち着いて避難を――》


最後まで聞こえない。


床が揺れる。


天井の向こう、煙が上がる。


黒鉄の巨体が、立ち上がるのが見えた。


二十メートルはある。


前傾した体躯。極太の両腕。中央で赤く光る単眼。


そして。


低く、腹の奥に響くような音。


――オォン……


あり得ない。


ガラス越しに、そんな音が届くはずがない。


だが、耳鳴りの奥で確かに聞こえた気がした。


人々が一斉に立ち上がる。


椅子が倒れる。


トレーが床に散らばる。


「逃げろ!」


誰かが叫ぶ。


悠真も立ち上がる。


足が勝手に動く。


出口へ向かう人波に押される。


そのとき、視界の端で、小さな身体が転んだ。


子供の泣き声。


母親が振り返る。


人の流れが、その親子を飲み込もうとしている。


悠真は、足を止めた。


一瞬。


逃げれば助かる。


振り返れば、巻き込まれる。


背後で、ガラスが割れる音がした。


赤い光が、煙の中で脈打っている。


しかし、体はすでに動いていた。


「こっち!」


叫びながら、人波をかき分ける。


まだ、自分が何を選んだのかも分からないまま。


「こっちだ!!」


叫んだ瞬間、自分の声がやけに小さく感じた。


人波は止まらない。出口へ殺到する群れの圧力が、横から容赦なく押し寄せる。肩がぶつかり、肘が鳴る。誰かのバッグが顔に当たり、視界が一瞬白く弾けた。


転んだ子どもは、床に手をついたまま泣き叫んでいる。


母親が振り返ろうとするが、人の流れに押されて前へ進まされる。


「待って、待って!」


悲鳴に近い声。


悠真は人の流れに逆らって踏み込んだ。肩を強引に押し返す。誰かが舌打ちをした。だが構っていられない。


子どもの腕を掴み、引き上げる。


軽い。


だが震えている。


「大丈夫、大丈夫だ。立てるか?」


泣きながら首を縦に振る子供。


床が揺れた。


天井の照明が弾ける。破片が雨のように降る。耳を刺す破砕音。


遠くで爆音。


――オォォン……


低い唸りが、今度ははっきりと腹の奥に響いた。


違う。テレビじゃない。


ここだ。ここに出た。


母親が人波をかき分けて戻ってくる。


「すみません、すみません!」


謝るように言いながら、子どもを抱き寄せる。


「出口はあっち!人の少ない通路使って!」


自分でも驚くほど、はっきりした声が出た。


母親が何度も頭を下げる。


だが次の瞬間、爆風がモールの一角を吹き抜けた。


外壁が抉られ、ガラスが内側へ降り注ぐ。


衝撃波が胸を叩く。


子どもが再び転びそうになる。


悠真は咄嗟に覆いかぶさった。


背中に、細かな破片が当たる。


痛みはない。ただ、硬い衝撃だけが伝わる。


立ち上がる。


「今だ! 行って!」


母子は振り返らずに走り去っていく。


悠真は周囲を見渡す。


床に倒れた高齢の男性。足を押さえて動けない女性。通路の奥で立ち尽くす店員。


誰もが、自分の命で精一杯だ。


それは当然だ。


しかし、視線が外せなかった。


遠くで、緊急車両のサイレンが混じる。


砲撃音。


煙。


黒鉄の巨体が、モールの外縁を踏み砕いているのが見える。


拳が振り下ろされるたび、地面が沈む。


逃げなきゃいけない。


分かっている。


「立てるか?」


倒れた男性に手を伸ばす。


「足が……」


靴の上からでも分かる、異様な角度。


「肩、貸す」


持ち上げる。重い。


人波がぶつかる。


誰かが叫ぶ。


天井の一部が崩れ落ちる。


粉塵が視界を奪う。


呼吸が苦しい。


喉に砂が入る。


それでも、足は止まらない。


なぜか。


理由は分からない。


ただ――


置いていかれる側になるのが、嫌だった。


もう一度、あの側に立つのが。


爆音。


床が沈む。


次の瞬間、視界が反転した。


衝撃。


瓦礫が崩れ落ちる。


脚に、鋭い圧迫。


息が詰まる。


視界が白くなる。


気づけば、床に仰向けに倒れていた。


動けない。


脚が、重い。


瓦礫に挟まれている。


遠くで、赤い光が脈打つ。


煙の向こうから、黒鉄の巨体がゆっくりとこちらへ向きを変える。


モノアイが、収縮する。


――オォン……


今度ははっきりと、聞こえた。


恐怖が、ようやく追いついてくる。


心臓が暴れる。


逃げたい。


本気で。


だが、視界の端に、さっきの子どもの姿が見えた。


まだ、完全には離れきれていない。


赤い光が、こちらを向く。


拳が、持ち上がる。


息が詰まる。


怖い。


「……まだ、いるんだぞ」


誰に向けた言葉でもない。


自分に向けた、確認だった。


赤い光が、瓦礫の隙間から差し込む。


拳が振り下ろされる軌道。


逃げ場はない。


肺が動かない。


その瞬間。


空気が震えた。


蜂の羽音に似た低い振動が、上空から降りてくる。


次の瞬間、空気が切り裂かれる。


上空から、黄色い影が落ちてきた。


爆音ではない。


制御された降下。


瓦礫の山の上に、細身の人型機体が着地した。


逆脚構造の脚部が衝撃を吸収し、床を踏み締める。


コンクリートが軋んだ。


白と黄色の装甲。


背部に折り畳まれた針状ユニット。


蜂を思わせる、流線型のフォルム。


その視覚センサーが、一瞬で状況を走査する。


『生体反応、複数。重傷者三。軽傷者七』

『最優先救助対象、下敷き一名』


悠真の視界と、機体の視線が合う。


無機質なレンズ。


振り下ろされる黒鉄の拳。


空気が潰れる。


黄色い機体が、一歩前へ出た。


脚部アクチュエータが高出力で唸る。


両腕を上げる。


拳が落ちる。


衝撃。


凄まじい圧力が周囲を揺らす。


床が割れ、瓦礫が跳ねる。


だが。


止まっている。


黒鉄の二十メートル級の拳を、黄色い二メートルの機体が受け止めていた。


装甲が軋む。


膝が沈む。


けれども、崩れない。


『荷重分散、完了』

『救助動線、確保』


背部ユニットが微かに展開する。


同時に、蜂型ドローンが数機、機体周囲へ散開。


六角形の光が、悠真の頭上に展開する。


その光が落下する破片を弾いた。


黒鉄が、低く唸る。


オォォン――


黄色い機体は、押し返す。


半歩。


さらに半歩。


拳を逸らす。


拳が床へ叩きつけられ、衝撃が横へ逃げる。


視界が揺れる。


だが、直撃は避けられた。


無機質なレンズが、再び悠真を捉える。


『対象、保護可能』


黄色い機体が、片腕で瓦礫を掴む。


軽々と持ち上げる。


もう一方の腕が、悠真へ伸びる。


助けるために。


守るために、そこに立っている。


その瞬間。


胸の奥が、熱を帯びた。


視界の端で、六角形の光が浮かび上がる。


『異常波形検出』

『適合因子、反応』


悠真の鼓動と、機体の内部信号が、重なり始める。


伸びてきた黄色い機体の手が、悠真の目前で止まる。


触れていない。


だが、距離はほとんどない。


金属の指先から、淡い光が滲み出す。


六角形。


幾何学的な光が、空中に静かに描かれていく。


瓦礫の落ちる音が、遠くなる。


黒鉄の唸りも、くぐもる。


世界が、水の中に沈んだように鈍くなる。


その瞬間。


『生体信号、同期率上昇』


女性の声が響いた。


澄んだ音声。


感情はない。


だが、不思議と冷たくはなかった。


『適合因子、閾値突破』


胸の奥が、熱い。


心臓が強く打つ。


どくん。


胸の前で広がる六角形の光が、同じ周期で脈打つ。


どくん。


光が一段、広がった。


どくん。


瓦礫の重みが、急に遠のく。


どくん。


痛みが消える。


どくん。


浮いている。


身体が、ではない。


――“自分”が、前へ出ている。


視界の端に、自分の身体が見えた。


瓦礫に挟まれている。


汗と土にまみれた、ただの大学生。


それを、もう一つの視点が見ている。


黄色い機体の視界。


センサーが街を立体的に捉える。


熱源。


振動。


質量。


情報が流れ込んでくる。


だが、溺れない。


情報は整理され、整えられ、頭の中に並べられていく。


補助されている。


『戦術適応反応補助機構』


女性の声が続く。


『通称、S.A.R.A.』


『あなたを支援します』


拒絶感はない。


恐怖もない。


ただ――


守らなきゃ、という感情だけが、はっきりと残っている。


六角形の光が、静かに閉じた。


時間が一拍、空白を作る。


その静寂の中で。


悠真は目を開いた。


「……守る」


誰に言ったのか分からない。


自分か。


父か。


それとも、この機体か。


恐怖はある。


だが、それ以上に強い感情がある。


助けたい。


機体の制御系が、静かに解放される。


『操縦権限、移譲』


『支援モードに移行します』


女性の声は変わらず静かだった。


金属の感覚。


足裏に伝わる質量。


空気の流れ。


遠くで、黒鉄が再び唸る。


視界は澄み切っている。


煙の粒子が、ひとつひとつ数えられそうなほど鮮明だ。


熱源が、輪郭を持って浮かび上がる。


巨大な影。


黒鉄の怪物。


開拓獣。


逃げ惑う人々。


そのすべてが、はっきりと見える。


悠真は、ゆっくりと足を踏み出した。


逆脚構造の脚部が、瓦礫を踏み砕く。


機体が、静かに立ち上がる。


その瞬間。


空気が震えた。


低い振動音。


蜂の羽音に似た駆動音が、瓦礫の空間に広がる。


黄金の複眼が光る。


白と黄色の装甲が、ゆっくりと動いた。


そして――


魔導機兵ヴェスパーが、初めてこの世界で立ち上がった。


いつもありがとうございます。


面白いと思っていただけたら、

★★★★★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。


本作は毎日更新中です。

明日もお待ちしています。


現在、別作品として

『不遇スキル【球術】の俺は、均形鍛冶の少女とダンジョンを攻略する』

というダンジョンファンタジーも連載しています。


意味不明と言われたスキル【球術】で戦う主人公と、鍛冶職の少女がダンジョンを攻略していく物語です。


もしよろしければ、そちらも覗いていただけると嬉しいです。

今後ともよろしくお願いします。

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