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氷の令嬢と灼熱の辺境伯だけが知る、誰も触れない愛の適温  作者: 九葉(くずは)


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10/10

最終話 適温夫婦の幸福論

イグニスの空は、今日も澄み渡るような青です。


以前と違うのは、肌を刺すような暴力的な日差しが、柔らかな木漏れ日へと変わったことでしょうか。


「奥様! 見てください、トマトがこんなに赤くなりましたよ!」


「まあ、素晴らしいですわ」


私は麦わら帽子を押さえ、菜園を覗き込みました。

かつては魔界植物しか生えなかった荒れ地が、今は見渡す限りの緑に覆われています。


あの日――「雨の奇跡」以来、この地の土壌は劇的に変化しました。

アダルベルト様の強すぎる「火の魔力」を、私の「氷の魔力」が中和し、地下水脈として大地に行き渡らせるシステム(私たちは『愛の灌漑かんがい設備』と呼んでいますが)を構築したのです。


結果、ここは一年中温暖で、色とりどりの花が咲き乱れる「常春の楽園」へと生まれ変わりました。

特産品の「冷やし完熟トマト」や「氷室ワイン」は、今や大陸中のグルメが求める高級ブランドです。


「ふふ、これもアダルベルト様の情熱のおかげですね」


私が微笑むと、農夫たちは「いやいや、奥様の冷静な管理のおかげです」と笑いました。



さて、あの騒々しい「お客様」たちのその後について、少しお話ししましょう。


あの日、気絶したジュリアン様とミラ様は、アダルベルト様の命令で丁寧に(荷物のように)梱包され、王都へ送り返されました。


目覚めた彼らを待っていたのは、過酷な現実でした。


私がいない王都は相変わらず猛暑続き。

さらに、ミラ様の暴走魔法のせいでイグニスとの外交関係が悪化し、氷の輸入がストップしてしまったのです。

貴族たちは暑さに耐えかね、次々と涼しいイグニスへ移住を希望し始めました。


結果、王家は責任を問われ、ジュリアン様は王太子の座を廃嫡。

現在は北方の修道院(とても寒いそうです)で、反省の日々を送っているとか。

ミラ様も聖女の称号を剥奪され、平民として静かに暮らしているそうです。


「……寒すぎるのも、辛いでしょうに」


私は少しだけ同情しましたが、すぐに頭を振りました。

彼らには彼らの、学ぶべき「温度」があるのでしょう。


「エルザ」


背後から、低く甘い声が聞こえました。

振り返ると、執務を終えたアダルベルト様が立っていました。


正装の騎士服を着崩し、少し汗ばんだ首筋が色っぽく光っています。

以前のような焦燥感に満ちた表情はもうありません。

あるのは、余裕のある大人の男の顔つきです。


「おかえりなさいませ、貴方」


私が駆け寄ると、彼は慣れた手つきで私を抱き寄せました。


「……暑い」


「あら、冷やしましょうか?」


「ああ。頼む」


彼は子供のように私の首筋に顔を埋めました。

熱い吐息がくすぐったいですが、私の冷たい肌がすぐにその熱を吸収していきます。


「ん……生き返る」


彼は安堵の吐息を漏らし、それから私の耳元で囁きました。


「式まで、あと一時間だぞ。準備はいいのか?」


「ええ。貴方こそ、緊張で体温が上がっていましてよ?」


「誰のせいだと思ってる」


彼は私の腰を軽くつねり、悪戯っぽく笑いました。



辺境伯邸のガーデンチャペル。

白い大理石の回廊は、私たちが咲かせたバラの花で埋め尽くされています。


参列するのは、騎士団の面々と、屋敷の使用人たち、そして領民の代表者たち。

さらに、窓の外や屋根の上には、招待していないはずの飛竜たちも鈴なりになってこちらを覗き込んでいます。


「新郎新婦、入場!」


ファンファーレと共に、私たちは歩き出しました。


私のドレスは、イグニスの特産である「火蚕ひこシルク」で織られた純白の一着。

見る角度によってオーロラのように輝く薄布ですが、私が着るとひんやりとした冷気を帯びて、真珠のような光沢を放ちます。


隣を歩くアダルベルト様は、漆黒のタキシード。

赤髪を整え、背筋を伸ばした姿は、物語に出てくる英雄そのものです。

……まあ、繋いだ手が手汗でびっしょりなのは、私だけの秘密ですが。


「誓いの言葉を」


神父様の前で、私たちは向き合いました。


アダルベルト様が、私の左手を取りました。

その指には、私たちの魔力を混ぜて精製した「紅氷石こうひょうせき」の指輪が輝いています。

赤の中に青い光が揺らめく、世界に一つだけの宝石です。


「私、アダルベルト・フォン・イグニスは誓う。……生涯、この身の熱が尽きるまで、貴女を温め、守り抜くことを」


彼の言葉は、震えていましたが、力強く響きました。


「私、エルザ・フォン・ローゼンハイムは誓います。……生涯、この身が凍りつく最期の時まで、貴方を冷やし、癒やし続けることを」


私が答えると、会場から「ヒュー!」という冷やかしと、割れんばかりの拍手が巻き起こりました。

飛竜たちも「ギャオオ!」と祝福の炎を空に吐き出します(ちょっと熱いですが、ご愛嬌です)。


「では、誓いの口づけを」


アダルベルト様がベールを上げました。

至近距離で見つめ合う瞳。

そこには、私だけが映っています。


「……愛してる、エルザ」


「私もです、アダルベルト様」


重なる唇。

ジュッ、という小さな音がして、白い蒸気がふわりと上がりました。

参列者たちが「おおっ!」「伝説の蒸気だ!」とどよめきます。


私たちは笑い合ってしまいました。

こんなに騒がしくて、熱くて、涼しい結婚式なんて、きっと世界中どこを探してもないでしょう。



その夜。

祝宴の騒ぎも落ち着き、私たちは二人きりの寝室にいました。


窓からは、満天の星空と、月明かりに照らされた美しい庭園が見えます。

エアコンなんて必要ありません。

私がいれば涼しく、彼がいれば温かいのですから。


「……疲れたか?」


ベッドサイドで、アダルベルト様が私の髪をきながら尋ねました。


「いいえ。とても楽しかったですわ」


私は彼の胸に頭を預けました。

ドクン、ドクンと力強い鼓動が聞こえます。


かつて、私は自分の冷たさを呪っていました。

誰にも触れられず、誰からも愛されない、孤独な氷の魔女だと。


でも、この冷たさがあったからこそ、この人の熱を受け止めることができた。

パズルのピースがハマるように、私たちは出会うべくして出会ったのです。


「なあ、エルザ」


「はい」


「俺は、お前のおかげで『普通』を知ることができた。……手をつなぐこと、抱きしめること、隣で眠ること。そんな当たり前のことが、こんなに幸せだなんて知らなかった」


彼は私の手を持ち上げ、指先に口づけを落としました。


「ありがとう。俺を見つけてくれて」


彼の目尻に、光るものが浮かんでいました。

最強の騎士団長の、一番弱い、一番愛おしい顔。


私は胸が熱くなり、腕を伸ばして彼の首に抱きつきました。


「私の方こそ。……私を、溶かしてくれてありがとう」


私の氷のような心は、彼の熱で溶かされ、愛という形に変わりました。

もう二度と、凍りつくことはありません。


「……よし」


アダルベルト様が、意を決したように私を抱き上げました。

そのまま、ふかふかのベッドへと倒れ込みます。


「これからは、もっと深いところまで……温めてやるからな」


彼の瞳に、情熱の炎が灯りました。

室温がクッと上がります。

でも、今の私にはそれが心地よいのです。


「ええ。……覚悟はできておりますわ、旦那様」


私が微笑んで目を閉じると、彼は嬉しそうに喉を鳴らし、優しく、そして熱烈に私を愛してくれました。


窓の外では、夜風が優しく葉を揺らしています。

ここはイグニス。

かつて灼熱地獄と呼ばれた場所。


けれど私にとっては。

少し暑いけれど、世界で一番温かくて、愛おしい場所。


「……おやすみなさい、私の太陽」


私は彼の腕の中で、幸せな微睡まどろみへと落ちていきました。


私たちの「適温生活」は、まだ始まったばかりです。

明日はどんな美味しい氷菓子を作ろうか。

どんな風に彼を驚かせてあげようか。


そんな幸せな悩みを抱きながら、氷の令嬢は灼熱の辺境で、最高のハッピーエンドを迎えたのでした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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