二話 新たな日々と諦念
場所を移し、高校から近いファミレスで俺は弁明をすることになった。店内に人は疎らで、数名同じ高校の生徒と思しき存在もいた。噂されないだろうか、などと考える余裕は俺にはない。
タブレットで注文を済ませるや否や、犬島は俺を見る。
「で、何? この遺書まがいの中身が何もないてめえの頭くらい空っぽな文章は」
彼女は机の上にノートを置き、忌々しい文章が書き殴られたページを広げて俺に詰め寄る。どこか興味を持っているような感じだ。
「仰った通りの代物だ。解説なんかいらないじゃねえか」
厳密にいえば俺の頭は空っぽというほど空っぽではない。が態々反論するのも面倒だ。
しかしこの子、あまりに初対面の相手に対して口が悪すぎる。取り繕おうとかそういうの思わないのか、とか思っていると、彼女の口から衝撃の言葉が聞こえてきた。
「てか、お前随分生意気な口をきくんだな。さっきまであんなにキョドッてたってのに」
俺は耳を疑った。あまりに自分のことを棚に上げすぎている。こいつ自らの言動を顧みることができないタイプか? 関わり合いになるの本当に嫌なんだけど。
とはいえ、俺の態度が変わったのには理由がある。俺は少しばかり、内面と外面の差が激しいのだ。ただ、あれを見られた以上対外的な態度は意味をなさないというだけの話だ。
「あんなもん見られて外面気にする方がおかしいだろ。あと生意気云々関しては君には言われたくない」
「はあ? 私のどこが生意気だってんだよ。私の場合」
「注文の料理を持ってきましたニャン!」
犬島が何かを言いかけたタイミングで、注文した料理が運ばれてきた。決して猫耳メイド喫茶に来たわけではない。猫型の配膳ロボットの音声だ。初めて見た時は驚いたな。これ。
光っている段のトレーを取ると、猫型ロボットは帰っていった。未来にではなく厨房に。
机の上にはピザと山盛りポテトが湯気を立てて、食われるその時を待っている。夕飯のことも考え分けられるメニューにしたが、犬島はラーメンも頼んでいた。
仕切り直して、俺は彼女に問う。
「……結構食うのな。夕飯は大丈夫なのか?」
「人様のことを心配する暇があったら今自分が置かれている状況を懸念しろウツケ」
「ウツケって……俺は空けてなんか」
流石に悪口が目に余るので反論しようとすると、彼女は不思議そうな顔をして、口内のものを飲み込んでから言った。
「件の文中に自らを空け者と評する場面があったよな?」
「ああああああああああああああ」
あまりの恥ずかしさに、俺は頭を抱えた。本当になんでこんなやつに見られてしまったんだ。やめろ。本当にやめろ。そういうの、よくないよ。
ただでさえ口喧嘩で勝てそうもないのに弱点まで晒してしまったせいで未来永劫不戦敗が確定しました。どうも日暮です。
俺のある種での諦念を歯牙にもかけず、彼女はズルズルとラーメンを啜っていた。いつまでも机に突っ伏していても仕方がないので、俺は顔を上げ、ポテトをひとつまみしつつ。
「……一応弁明させてもらうが、あれは三年前、中学一年生の時に書いたものなんだよ」
「だからなんだってんだ?」
「なんだ、って……その時は中学生だからしょうがないだろ」
「その時は中学生だからしょうがない、か……。じゃあ、明日にでもこれのコピーを学校中に貼り付けて回ってやるよ」
「は……」
嗜虐的な笑みを浮かべる彼女に、俺は言葉を失った。もしかして話がものすごいスピードで間違った方向へ向かってしまっているのでは?
「お前は何か訊かれたらその持論を展開すればいい。中学生の時の過ちだからしょうがない、ってな。何人同情してくれるか。クラスの奴らは驚くだろうな。物静かっつー値札をつけられる他ないような、表面上真面目? で通ってるお前が、裏でこんなもんを書いてた、なんて知ったら」
その未来を想像して、俺は身震いする。クラスメイト、ひいては学年が同じ子の悪口が幻聴となって聞こえて……やめろ! ちょっと気になってる子とかいるんだから!
元より不戦敗の勝負に挑み負けました。一回の戦いで二度負けるという史上初の快挙を成し遂げた俺は、ピザを齧ってから力無く呟く。
「頼むからそれだけはやめてくれ」
泣きそうな気持ちで絞り出した言葉に、犬島は目を細め、口角を釣り上げた。弱みを晒してしまった上、晒した先が狂人だった場合、その先の展開は一つだけ。
「やめてほしいんなら、てめえが取れる行動はひとつだ」
きっと、残虐な命令が下されるに決まっている。
しかし、断る選択肢はすでに消え失せてしまった。文字通り、お姫様に従う従臣のように、俺は瞑目してその命を待つ。さあ鬼が出るか蛇が出るか、と身構えたが。そのどちらも出てこなかった。代わりに、
「これを晒さない代わりに……私が新たに創設する『青春否定部』に入れ」
「……は?」
姿を現したのはチュパカブラだった。
×
自室の勉強机の椅子に腰掛け、俺は音楽を聴いていた。呆然と、考えがまとまらない頭に透明性を帯びた歌詞が書かれていく。頭を振ってそれを散らし、代わりに今日の出来事を列挙する。
青春否定部、と確かに彼女はそう口にした。聞き間違いじゃないか何回も確認したが、
『うっぜえ。それ以上訊いてくるんならこれ晒すぞ』
と返されたので引き下がらざるを得なかった。その後彼女は連絡先を交換して、ラーメン、ピザ&ポテトの半分の代金を払って帰っていった。いやそこはきっちりしてんのかい。
閑話休題。青春否定部。幾度頭で思い浮かべても、青春と否定という言葉が、磁石の同じ極同士のようにくっつかない。なぜなら、青春とは肯定されるべきものだからだ。俺は味わったことがないが、さぞ甘美な味がするのだろう。
そもそも、青春を否定して何になるのか。どういった活動をするのか。そもそもそんな部活動を、学校が認めるはずがない。青春と否定は繋がらないが、青春否定部を否定する言葉は山ほど出てきた。
頭を捻らせていると、スマホで聴いていた音楽の音が小さくなり、通知音が鳴った。連絡アプリのRainのものだった。画面を確認すると、
【わらび:明日、放課後に文化棟二階の空き教室に来い】
表示されたのは言わずもがな彼女からのものだった。何故だろうか、あんな言動がおかしい奴が相手なのに、女子とRainすることにときめいている自分がいる。今まで家族以外と連絡を取り合ったことがないからか?
アプリを開き、彼女とのトークルームを開いた瞬間、追加でメッセージが届いた。
【わらび:詳細はそこで話す】
経験がないため、こういうときどうやって返したらいいか分からない。どうしようか、検索して返事の方法を調べようか。検索エンジンのゴーグレを開いて、そして。
「何考えてんだ、俺……」
———虫眼鏡のマークを押しかけて、俺はやめた。何を舞い上がっていたのだろう。相手はあんなんなのに。適当に返しても問題ない。彼女の命令に従っていれば、ノートは晒されない。
それ以上のことをする必要などどこにもない。面倒くさいことをする理由なんざ、どこにもないのだ。
『冷めた目で世界を見て初めて、人は現実的な道を歩む資格を得る』
また、あの文が脳裏にチラつく。俺の目はどんな色をしているだろう。きっと濁っている。いつからか抱いた諦念は、透き通っていた瞳すら汚した。
———彼女の瞳はあんなにも澄んでいたというのに。
でもきっと、これは正しいことなのだ。諦念と冷めた目。純真なままだったら、俺はどうなっていただろう。想像してみようと思ったが、どうせそれは現実にはもう二度と起こり得ないから、無駄だと思って、微かに抱いた希望と共にその先をかき消した。




