一、到着
どうも。秋野風声と申します。この話が初投稿で、現在、高校三年生です。受験期で、こんな時期に何やってるんだろうかと自分でも思うんですが、僕はここを生活上自分のもうひとつの居場所だと考えています。勉強の息抜き程度に、これから、不定期にはなりますが随時更新していこうと思います。応援のほどよろしくお願いいたします。
夜景にいくつかの街灯が光っている。一台の車が人気がない山道を登っていく。辺りは静寂に包まれ、走行中のエンジン音だけが周囲に響き渡っていた。
コンクリート塗装がはがれかけている駐車場へ着くと、ヘッドライトを切り、敦彦は車を降りた。蝉がけたたましく鳴いている。前方を見ると道にはヒビが入っていた。街灯も先程よりも少ない。人が来るのを拒んでいるような、そんな雰囲気。山奥だからか、人の気配も全くなかった。
薄暗く、そり返った道を歩いていく。斜面が落ち着きをみせると、建物が見えてきた。二階建ての山荘。典型的な木造建築で、そこら中にツタがからまっている。部屋は六つある。その中のひとつ―佐野と書かれたネームプレートを前に、敦彦は深呼吸した。自分を鼓舞するため、胸をトントン、と二回ほど叩く。自前の大きなカバンには、"仕事"に必要な道具が入れられている。敦彦はやり慣れた手つきで鍵穴を「ガチャ」と鳴らした。
キッチンにワンルームの小部屋。内装は質素で、テレビ、布団、タンス、ローテーブルにクローゼット。そして、靴の無い玄関、ピカピカなシンク。"彼"は外出中のようだ。敦彦は"彼"が酒に溺れている姿を容易に想像することができた。少しでも足の力を入れ過ぎると、床が悲鳴をあげる杜撰な室内。敦彦は忍び足でタンス、クローゼット、テレビの裏まで、手探りに物品を手に取って、カバンの中へ詰め込む。他に目立つものを探していると、床に置きっぱなしにされていた財布が敦彦の目につく。それを拾い上げ、「やれやれ」と呆れながら中からクレジットカードと現金をいくらか抜き取ってカバンの中へ詰め込んだ。周りを見渡し、部屋を一通り片付け終えたことを確認する。一息ついて、窓から周りの様子を伺ってみたが、木々がせせらいているのみでなにも騒がしい様子はなかった。
外へ出ると辺りは暗く、蝉の声も消えていた。
「今日も大収穫だな」
カバンの中には、本日の収穫物が詰め込まれていた。敦彦は満足気な顔を浮かべ、駐車されている白のワンボックスカーへと乗り込む。嗅ぎなれたシトラスの香り。「再生」と書かれたスイッチを押すと、電子パネルには"フォーチューム"と表示された。懐かしいバンドに思いを巡らせる。敦彦が"フォーチューム"というバンドを知ったのは、高校二年生の頃だった。
授業終了のチャイムが鳴り響く。窓から当たる陽の光。黒板には"今日のテーマ【二項定理】"と書かれている。自分の周りの生徒は一斉に椅子から立ち、それぞれのグループの方へ歩み出している。ただ、その中でも一人、こちらへと歩いてくる足音が聴こえた。
このクラスの唯一の友人、弘だ。弘は顔に不満の色を浮かべて、言った。
「なあ、敦彦、今の数学の授業、何語で話してた?」
「はて?俺もさっぱりだわ」
「二項定理とか将来つかうのかな?教えてどうしたいんですかね」
弘は日頃の鬱憤を晴らすかのごとく授業の内容や嫌いな先生の話、ましてや朝起きれないことを学校のせいにしてまでトゲのある言葉を吐き続けた。
「大体さ、授業なんてなければいいんだよ、俺は敦彦と一緒にいられればそれでいいし」
弘の曇った顔は崩れない。弘は一度感情のスイッチが入ってしまうとなかなか抜けきらない―そういう男だ。次の授業の開始時間が近づき、「まあまあ落ち着けって」と軽々しく請け負いながら、「放課後、駅前近くの新しくできた喫茶店で飽きるまで話を聞いてやる」と提案をした。そして、
「勉強分からないならそこで教えてやってもいいぞ」
敦彦は胸を張って少し威張るように言う。
「もー、そんなこと言っちゃって、こないだのテスト俺に負けてたし」
「それを言われちゃあ困ったもんだ」
お互いに噴き出し、自分の席へと戻る。ちょうど次の授業開始のチャイムが鳴った。
放課後、敦彦が例の喫茶店の中へ入るとそこにはすでに席に座っている弘の姿があった。
「誘ってきた人が遅刻寸前なんですけどー」
「わりぃわりぃ、ちょっと信号引っかかりすぎた」
「またまたー、それは流石に嘘だって」
また、笑いあう。本当は自分で言った約束の時間を間違えていたという理由だったが、信号は遅刻のいいわけにしては少し弱かったか、と反省した。
「さて、何から話そうかな」
沈黙の時間が続き、店内でかかっている曲が耳に届いてくる、と同時に弘は口を開いた。
「あ、そういえばさ"フォーチューン"ってバンド知ってる?」
「なにそれ」
「結構前のバンドなんだけど最近また熱を帯びてて」
音楽に全く興味がなかった敦彦は、見たことも聞いたこともなかった。
「ほらほら、今流れてる曲、"CHASE"っていう曲なんだけどリズムが独特でかっこいいんだよ」
「確かに、小学生のころの音楽の授業にこういうリズムの曲はなかったな」
「敦彦、小学生の頃の音楽の授業なんて未だ覚えてるの!?俺なんてすっかり忘れちゃったよ」
そこから話題は小学校の頃の話へと移り変った。
敦彦は帰宅するなり"フォーチューン"を検索した。すると、検索候補には「"フォーチューム"で検索しています。」と表示された。敦彦は内心笑った。普段ならバンドなんて紹介されても興味は持たないが、幸か不幸か弘が名前を間違えて覚えていたバンドだと言う印象が残り、"フォーチューム"というバンドについて、深堀りを始めた。自分から曲を聞く機会は今まで全くなかったが、面倒くさがりながら何曲も聞いてみると、アップテンポなリズムに、アンナチュラルな歌詞が敦彦を沼らせた。
現在では月一でライブに行くファンにまでなった。 "フォーチューム"の曲が流れる車内で、敦彦は首を上下に振りながらハンドルを握る。行きに使った道を堂々と下っていった。
やがてプレイリストに入っている曲を聞き尽くしてしまいそうになると、街灯設備の整ったコンクリートと家だらけの場所へ戻ってきた。
二階建ての黒い家が見える。スマホの位置情報アプリは、その黒い家を目的地として指し示していた。
ネームプレートには高田の文字が刻み込まれている。敦彦は扉の前に着くと、"仕事"の道具が入ったカバンから早急に鍵を取り出した。
鍵を右側にまわす―が、反発が伝わってこない。焦ってドアノブに手をのせると、弱い感触が敦彦の手のひらへ届いた。