第7話
風に煽られ、そのヒマワリは大きな花びらをユラユラと揺らしている。
驚くべきはなんと言っても、そのサイズだ。花の頂点から地面まで、身長が二メートル近いグレンに匹敵する背丈がある。
「な、なんですかこの花は」
エディは画家を目指していたころ、絵のモチーフにするために花についてひと通り調べたことがあった。だがどんな花屋や図鑑にだって、これほどまでに大きな花はなかった。
ましてやそれが一本だけじゃないのだ。整列した軍隊のように並んでいる。これまでこの地に植物が生えているところなんて、誰も見たことがなかったというのに。
「あの、父上。あれは一体……」
「あ、あぁそんな」
グレンは息子の質問に答えることなく、フラフラと窓へ歩み寄ると、外の様子を見てわなわなと肩を震わせ始めた。そして勢いよく窓を開けたかと思えば、そのまま外へと飛び出してしまった。
「ちょ、父上!?」
「止めるなエディ! 俺は……俺はあのヒマワリを見に行くんだ!」
「それは分かってます! そうじゃなくて落ち着いてください!」
エディは慌てて後を追うと、後ろから羽交い絞めにして、なんとか父を取り押さえようとする。だが女子供にも遅れを取りそうなエディが父に力で敵うわけがなく、彼は引きずられるままひまわり畑までやってきた。
「どうしてこんなことに……」
「ち、父上! あそこにいるのはもしかして」
二人の視線の先で、この事態の元凶と思しき人物が今まさに新たな巨大ひまわりを生み出しているところだった。
◆
「ネル……お前、庭でなにをしているんだ?」
――はっ!?
不意に掛けられたパパの声で、ボクは我に返った。
顔を上げれば、そっくりな驚きの表情を浮かべる二人組と目が合った。
「コーネル。この化け物みたいなヒマワリは、貴方が育てたのですか?」
「あ、えっと、そのぉ~」
エディお兄ちゃんへの返答に悩み、ついつい視線を泳がせてしまう。だけど自分の周りには、言い逃れのできない証拠が幾つもあった。
しまった、やり過ぎた。どうやらボクは、発芽の成功で調子に乗ってしまったようだ。
「あ、あのね? 粘土遊びをしていたら急に穴が掘れるようになったの。それで試しに種を蒔いてみたんだけど……」
これに関してなにも嘘は言っていない。だけどお兄ちゃんは納得がいかないのか、表情は険しくなるばかり。で、ですよねぇ~。
「あらあら、随分と綺麗なお花畑ができたわねぇ~」
「母上、のほほんとしている場合じゃないですよ! これは大事件ですって!」
キャッキャと喜ぶママを相手に、お兄ちゃんは目を三角にして怒っている。
「あの、その……ごめんなさい」
困らせるつもりなど微塵もなかったボクは、素直に頭を下げた。
「あ、いや別に謝ることでは……」
「そうだぞネル!」
パパはボクの前までやってくると、膝を折った。そしてボクと視線を合わせると、優しく微笑んだ。
「ネルは今日で五歳になったし、ジョブを授かったんだろう。覚えたてのスキルを使ったのか?」
「うん……」
「そうか。それはすごいな! 誰にも成したことのない偉業を、こんなチビ助がやり遂げるなんて……さすが俺の息子だ!」
そう言って頭をワシャワシャと撫でてくる。前世の年齢はパパと同じくらいなので、同じオッサンに褒められるのはちょっと恥ずかしいけれど……不思議と悪い気はしない。
それからパパはひまわり畑に視線を向けると、感慨深そうに呟いた。
「……正直、もうダメかと思っていたんだがな」
「えっ?」
思わず聞き返してしまったが、パパはすぐに立ち上がるといつもの調子で笑った。
「いやなに、なんでもないさ! それよりどうやったんだ? 父さんにも見せてくれ」
「う、うん。いいよ」
なんだかはぐらかされた気がしなくもないが……まぁいいか。実演をするべく、空いているスペースへと案内した。
「粘土遊び!」
スキルで穴を掘り、ヒマワリの種を入れて土を被せる。何度も繰り返すうちにすっかりこなれてしまった作業だ。そうして一分もしないうちに新しいヒマワリが現れた。
「これは……凄いな」
パパはその光景を繁々と眺めた後、咲き誇るひまわりに触れた。筋肉ムキムキな腕でグイグイと引っ張ってみても、しっかりと根を張ったヒマワリは茎をしならせるだけでビクともしない。
――その横では、ママたちが夢中になって種を食べていた。
「うわあああぁ、美味しい~!」
「むぅ、これは認めざるをえませんね……」
感動したように頬っぺたを押さえるママ。納得がいかない口振りながら、お兄ちゃんも一緒になって種を頬張っている。そして興味深そうに花や茎に触れながら観察を始めた。
「本当に不思議な花ですね。コーネルはこのヒマワリの種をどこで手に入れたんですか?」
「えっと、それは……」
アッと思い、ボクは言い淀んだ。だってその種は商人に貰ったものなのだ。もし貰ったばかりの魔石を返済の足しにする気だったとバレたら、ママに怒られちゃう。きっとパパのプライドも傷つけてしまうだろうし。
「まぁいいじゃないかエディ。……ネルだって悪い方法で手に入れたわけじゃないんだろ?」
「も、もちろんだよパパ!」
「ならいい。それよりも、ネルが“粘土工作師”という素晴らしいジョブを手に入れたことを喜ぼう! これこそまさに神の祝福じゃないか!」
おおっ、ナイスフォロー!
パパはホッと胸をなでおろすボクの両脇に手を入れると、そのまま一気に高く持ち上げた。
「きゃぁ!」
「うおぉぉ! 重くなったなぁネルぅ!」
「もう、やめてよパパ!」
ボクはジタバタと手足を動かして抵抗するが……うん。この身体じゃまったく抵抗になってないね。むしろパパを喜ばせる結果になってしまったようだ。
「コーネル」
複雑そうな表情でヒマワリを見つめていたエディお兄ちゃんが、いつの間にかそばに来ていた。なにやら眉間には深い皺が入っている。
「その……さっきは責めるような言い方をして、すみませんでした」
「お兄ちゃん?」
「貴方のジョブに嫉妬したというか……その……」
一体どうしたんだろう? もしかしてボクが怒っていると勘違いしているのかな。そんなことはないのに……。
お互い気まずそうにしているのを察したのか、ママがやってきた。
「ねぇ、ネルちゃん。ところでそのスキルは土を掘るだけなの?」
「え?」
「工作師ってことは、土でなにか作れるんだとママは思うんだけど」