第5話
「粘土工作師?」
粘土工作師ってなんだ? いや、おそらく文字通りなんだろうけれど。スキルが使えるようになったタイミングで現れたということは……。
「これがボクに与えられたジョブってこと?」
そうなると、さっき使ったスキルは粘土工作ってところかな……ボクのクオリティじゃ工作というより粘土遊びだけど、まぁ遊び心があるってことで良しとしよう。それにしても随分と粘土に特化したジョブだ。スキルだってどう考えても戦闘向きじゃないよなぁ。
「う~ん、まぁ戦いたいわけじゃないし。畑も耕せることが分かっただけでも良しとしよう」
まだまだ疑問は尽きないけれど、いつまでも考えていたって仕方がない。ひとまず粘土を掘って、畑を作ってみよう。
「そうだ、これを使ってみたらどうかな」
小さな布の袋を持ち上げながら、ボクはあることを思いついた。
袋の中身は、あの嫌味な商人がくれた種だ。殻の取り除かれたヒマワリの種みたいに、先の尖った楕円形をしている。
この世界で種蒔きをしたことがないし、これがちゃんと発芽するかは分からない。でも他に種は持っていないし、大量にあるから運が良ければひとつくらいは芽が出るかも。そう考えたボクはさっそく行動に移すことにした。
「粘土遊び」
地面に触れながら念じると、先ほどと同じように柔らかい土になった。これで種を植えても大丈夫なはず!
空いている左手を袋の中に突っ込んで種を一粒摘まむと、右手で掘った穴の中にそっと種を放り込む。そして土で埋めて、優しくポンポンと叩いた。
あとは定期的に水を与えてやれば大丈夫だろう。この固さのせいで男爵領に井戸はないが、幸いにも近くを川が流れていて水不足にはならない。パパに頼んで、一緒に汲みに行こう。
「どうか芽が出ますように」
仕上げに両手を合わせて、神頼みをするようにお祈りをする。
さてさて、どうなるのか楽しみだ。前世と同じなら一週間くらいで発芽するけれど、この世界でも同じかは分からない。ここは気長に待つとしよう。
それよりもママたちにジョブの報告をしなくっちゃ。家に戻ろうと立ち上がる――と、ぽこんっという音が下から聞こえてきた。なんだろうと視線を下げてみる。
……小さな双葉が地面から顔を出しているんですが。
「えっ?」
いったいなにが起きたのか理解できず、思わず間抜けな声が出てしまった。
パチクリと瞬きを何度繰り返しても、二枚の葉っぱがそこにある。ぷっくりとした柔肌に瑞々しい艶のある緑色。嗚呼、なんて可愛らしいんだろう!
「うわぁぁぁ! 芽が出た、やったぁ!」
思わず歓喜の声が上がる。それだけじゃ収まらなかったボクは、嬉しさのあまりその場に這いつくばると、葉っぱにすりすりと頬擦りを……って違う!
「いやいやいや、いくらなんでも早すぎだってば!」
正気を取り戻したボクはそんなセルフ突っ込みをしてしまう。
「しかもどんどん大きくなっているし……」
驚くべきは、今も成長を続けていることだ。茎は太く空に伸びていき、葉は広がってその数を増やしていく。
この世界の植物だから? いや、そんな不可思議な話は聞いたことがない。
じゃあボクのスキル? それも違うだろう。だって粘土工作師とはなんの関係もないし。植物の知識があるからこそ、今起きている現象が余計に理解できない。
いまや茎なんて鉄パイプより太くなっているし、背丈はボクの倍、二メートルをゆうに超える高さにまで育っていた。そして大輪に咲いた巨大なヒマワリが、ボクの身体をすっぽりと覆うほどの影を落とす。花の部分だけでも広げた傘並みのサイズがあって、かなりの威圧感がある。
「あ、あはは……これはさすがに予想外だ」
乾いた笑いが口から漏れる。ただの五才児ならビビッて逃げ出すところだけど、あいにくとボクは普通じゃない。
こんな植物を自分で育てたなんて、最高にワクワクするじゃないか。こうなってくると、もっとこの不思議ヒマワリについて調べてみたい。
「おぉ、すごいな。種までしっかりと巨大化しているんだ」
ヒマワリといえば花の中心に無数の種が集中しているのが特徴だ。目の前にある巨大花も同様。だけど明らかにサイズがおかしい。よし、採取してみよう。
小さな両手を茎に回して支えにしながら、葉っぱを足場にしてよじ登る。すごい、ボクが乗ってもビクともしないや。
んしょんしょと息を吐きながら、どうにかこうにか種をひとつ、花から引き抜いた。
「やっぱり大きいな」
蒔いたときは指の爪ぐらいの可愛いサイズだったのに、なぜか今は大人の拳くらいある。
中身も肥大化しているんだろうか。殻は固く、非力なボクでは割ることができない。だけど道具を使えるのが人間の強味だ。一度スキルで柔らかくした粘土の形状を矢じりのような尖った形に変え、叩き割る。それを何度か繰り返すと、どうにか殻の中身を取り出すことができた。
「うーん、巨大化しただけに見えるな」
特に色味に変化があったとかではなく、単にサイズが大きくなっただけみたいだ。
となると次に気になるのは味だ。あまり日本では馴染みがなかったけれど、ヒマワリの種は立派な食べ物だ。海外ではおやつとして食べられているし、圧搾して油にもできる優秀な食材である。
これが食糧として利用できれば、この荒れ果てた地に革命が起きる。そう、だからこれは必要な行為なのだ――。
「よし、食べてみよう」
……いろいろと建前は言ったけれど、ぶっちゃけるとお腹がペコペコなのだ。さっきから自分のお腹からぐぅぐぅと音が鳴りやまない。
というわけで、実食だ。おにぎりでも食べるかのように両手で種を掴むと、先の方を口に入れてみた。
「んっ? んんんん?」
おそるおそる齧ってみる。するとカリッという軽快な音とともに、香ばしいナッツのような味が口の中に広がった。
「食べられる……というより、普通に美味しいぞ!?」
最初はお腹が膨れればいいや……ぐらいで味は期待していなかったけれど、とんでもない。咀嚼すれば咀嚼するほど自然な甘みを感じられて、食べるのがやめられない止まらない。
本来ならローストした方が風味が良いんだろうけれど、生のままでも十分に美味しいぞ!?
「うむむむ、不思議だなぁ」
ムシャムシャと頬張りながら首を傾げる。確認のために、袋の中に残っていた普通の種と食べ比べてみたのだが、驚くほどの差があった。なんと巨大化したヒマワリの方が、明らかに味が良かったのだ。巨大化もそうだけど、ここまで味が変わるともはや別の植物に進化したと考えて良いだろう。
「あっ……」
考察しながらモグモグと食べていたら、あれだけ大きかった種がもうなくなってしまった。でも、
「これ、全部蒔いたらどうなるかな」
見上げれば、数えるのも面倒になるほど大量の種が残っている。
たしか一本のヒマワリから取れる種は数百から数千だったような。これを食べてもいいけれど、もし全ての種を蒔いたらどうなるか――。
想像したら自然と喉元がゴクリと鳴った。