第3話
「くっくっく。しかし滑稽だったな、あのバカ男爵ども」
帰宅中の馬車の中。マニーノ=モージャー侯爵は、お抱え商人であるハラブリンと共に笑いを堪えていた。
「ブヒョヒョ、まさか本当にあの荒地が畑になると信じているとは。あんな土で作物が育つわけがないでしょうに」
「だがそのおかげで、俺たちはボロ儲けさせてもらったがな」
彼らがジャガー男爵と交わした契約は、無償の援助などではなかった。
その対価は”一か月以内にこれまでの“貸し”を返済する。さもなければ即時財産を没収し、男爵領を明け渡す”というもの。貸しの総額は金貨四千枚。下位貴族なら数年は遊んで暮らせる額だ。もちろん侯爵ほどの財力があれば痛手にもならないが、貧乏な男爵には到底不可能である。
「誰かが助けてくれるなんて甘い考えじゃ、貴族社会は生き残れねぇのさ。奴にとってはいい経験になるだろう」
「高い勉強代にはなりますがね、ブヒョヒョ」
懐から葉巻を取り出すと、ハラブリンが慣れた手つきで火をつけた。さすがは商人というべきか、人にすり寄るのが上手い男だ。
「ですがジャガー男爵といえば、噂の多い男。国王陛下のお気に入りとも言われております。油断は禁物なのでは……」
冒険者としての功績を上げ、一代で貴族にまで成り上がった豪傑。その実力は下級とはいえ強大な力を持つドラゴンを倒したという。
「はんっ、どうにも嘘くさい。俺もその報告を聞いたときは驚いたが、討伐したドラゴンの死体を誰も見ていないらしいじゃないか」
「そ、それはそうなのですが」
希少なドラゴンの素材が出回れば、商人の間で必ず話題になる。どうせ噂が独り歩きしているだけ、というモージャー侯爵の意見ももっともだ。
「そもそもお前だって、アイツの腑抜け具合をその目で見ただろうが。情けなくペコペコするしかない男が竜殺しだと? はっ、笑わせてくれる。どうせトカゲの魔物をドラゴンとでも言い張ったんだろうさ」
「ブヒョ!? それはあり得るかもしれませんな! なにせ男爵は学のない農民出身。魔物の知識なんてロクに持っていないでしょうし」
なるほど、とハラブリンは何度も頷く。
(しかしあんな男をこの地に派遣するなぞ、陛下はなにをお考えなのだ? 高齢ゆえに耄碌したか……領地の管理なら俺の方が上手く管理できるというのに)
胸中で募った不満を追い出すように、彼は葉巻の煙をふぅと吐いた。
「おい、ハラブリン。例の計画はどうなっている」
「えぇ、えぇ。首尾よくいっておりますとも。閣下こそ、この地に相応しい主であると国中に知らしめましょうぞ」
男爵からこの地を奪い返したのち、さらなる地位と名声を手に入れる。そしていずれは王族との繋がりを……。侯爵は何人かいるうら若く美しい姫を想像し、舌なめずりをした。彼の野望はとどまることを知らない。
「まずは一か月後。アイツらの絶望した顔を拝めるのが今から楽しみだ」
ハラブリンも肯定するようにニタニタと笑みを浮かべる。そうして馬車は侯爵領へと帰っていくのであった。