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第2話

「パパが?」

「そうよ。今も隣領の侯爵様に援助のお願いをしているところなの」

 ということは、今日来ているお客様というのは、その侯爵様だったんだね。

 振り返り、一階にある応接室の窓を見上げると、カーテン越しに誰かが頭を下げているシルエットが目に入った。ここからでも「領民のためにどうかご援助を」という切実な声が聞こえてくる。

「さぁ、一緒にお家に戻りましょう」

「……うん」

 まだ完璧に納得できたわけではない。でも反抗する気になんてなれなかった。

 ママは困ったような顔でボクを見ていたけれど、すぐに笑顔へと変わる。

「そうだ。今日はネルちゃんのお誕生日だし、お祝いにママの宝物をあげちゃうわ」

 ……宝物? 宝物ってなんだろう?

 ママは首を傾げるボクの手を握り、家の中へ。そして寝室に向かうと、化粧台の引き出しからなにかを取り出し、ボクの両手にそっと乗せた。

「わぁ……」

 それは親指くらいの大きさをした、二種類の宝石だった。それぞれ赤と青にキラキラと光っていて、とても綺麗だ。前世でいう青いサファイアや赤色のルビーに似ている。

「これは魔石って言ってね。とても貴重なものなのよ」

「ませき……?」

 不思議そうにしていると、ママは魔石について教えてくれた。

 なんでもこれは、魔物から採れる不思議な石なんだとか。人が呼吸をするように、魔物は瘴気を吸って生きている。その瘴気が魔物の体内で長いこと溜まると、このような結晶になるんだとか。……なんだか人間でいうところの結石みたいな話だ。

 でも魔石となるまでには多くの瘴気や、長い時間が必要になるわけで。つまり魔石がある魔物は強いってことらしい。

 とても綺麗な石だけど、アクセサリーにでも使うのかな? と思ったら、これは魔道具の燃料に使われていて、王都なんかじゃ高値で取引されているんだって。え、それじゃあコレってお高いんじゃ……。

「結婚する前にね、パパからプレゼントしてもらったの。あの人はこれを手に入れるのに苦労したって笑っていたわ」

「えっ!? そんな大切なもの、ボクが貰っちゃっていいの?」

「いいのよ。ネルちゃんが必要だと思ったときに使ってちょうだい」

 ママはボクを膝の上に乗せると、私にとっての一番の宝物は貴方たちなんだから、といってそっと頬にキスをした。

 なんだよもう、ボクの母親は女神様なのか!?

 そうしてしばらくママと談笑していると、興奮した様子の男性が部屋に入ってきた。

「レイナぁあ~! 疲れたよぉおお」

「あら、パパ。お疲れ様」

 ママはボクを膝の上に抱いたまま、嬉しそうに目を輝かせる。

 話し合いは終わったのかなと思っていると、立ったままボクを見下ろしているパパと目が合った。え、なに?

「こら! 実の息子に嫉妬するんじゃありません」

「うぅ、だってぇ……」

 な、なんだか気まずいな。なにかを感じ取ったボクは立ち上がってその場を離れると、入れ替わるようにパパがママに抱き着いた。いや、行動が早いな!?

 しかも満面のドヤ顔である。ママのことが大好きなのは分かったけれど、交渉は上手くいったの?

「ふふふ、今回はモージャー侯爵にキチンと資金を援助してもらえたぞ!」

「それって相当な大金なのでしょう? 返済は大丈夫なの? 農業を再開できる見込みだってまだ立っていないのに……」

「一か月で返す必要はあるが、ちゃんと秘策は用意してある。なぁに、ウチの領でも農業ができるようになれば、すぐにでも返せるさ!」

「もうっ、また調子のいいことを……家計のやりくりをする私の身にもなってよねパパ」

 ママはそう言いつつも、猫のようにすり寄ってくるパパの頭を撫でている。

 それにしても、ボクのパパってこんな人だったっけ?

 記憶の中の父親像は、たった一代で貴族にまで成り上がった凄い人というイメージだったんですけど。外見だって身長は一九〇センチくらいあってガタイも良いし、ダンディな顎髭も相まってかなりのイケオジだと思っていたのに。

 だけど目の前にいる人物は……随分と甘えっ子で、自分よりも子供っぽく見える。

「うぅ、貴族の相手するのしんどい……今日はもう仕事を休んで、レイナたちと遊ぶ……」

「はいはい。頑張ったパパは偉いわね~」

「レイナぁ~しゅきだよぉ~」

 なんだこのヘタレは。五才児の前でデレデレとだらしない顔をするんじゃない。

 それにしても二人のラブラブな様子を見ていると、そのうち弟や妹ができるんじゃないかと心配になってくる。ただでさえ男爵家にはお金がないのに、こんな調子で本当に大丈夫なのかな。お姉ちゃんの出稼ぎだって、男爵家を建て直すほどの期待はできないのに。

 ……とはいえ、立場が上の人との交渉事が大変だってのはよく分かる。パパを見ていると、営業職だったころの自分を思い出して同情の念が湧いてくる。

「……余計なお世話だろうけれど、なにもしないよりは良いかな」

 保険はいくらかけておいてもやりすぎってことはない。幼いボクが打てる手は少ないけれど、今やれることはやっておこう。

「あら、ネルちゃんどこに行くの?」

「部屋でお昼寝してくる!」

 適当に考えた嘘で答えると、イチャつく両親を背に部屋を飛び出した。

 小さい足をシャカシャカと一生懸命に動かし、目的の人物がいるであろう場所へと走る走る。お願い、間に合って……あっ、あそこにいるのは!?

「――はぁ。どうして侯爵である俺が新興貴族のために、わざわざこんなクソ田舎なんぞに出向かにゃならんのだ」

「ブヒョヒョッ。まぁまぁ、マニーノ様。閣下が呪われた地を直々に訪れ、援助をしたと聞けば、国王陛下も安心なさるでしょう」

「まったく……ハラブリン商会の会長は口が達者だな」

 良かった、ギリギリでセーフだ! 玄関から出たところに、彼は居た。商人と思しき男性と一緒に、馬車へ乗ろうとしているところだった。

「ま、待ってください!」

「――ん?」

 慌てて声をかけると、二人はこちらを振り返る。

「なんだ、男爵のところのガキか?」

 立派な顎鬚をもじょりと触りながら、鋭い眼光でボクを見下ろす巨漢の男性。

 彼こそが王国の中でも屈指の広さを誇る耕作地を持つ、マニーノ=モージャー侯爵だ。

 真っ白なワイシャツに上質な生地のベストを身に纏い、宝石つきの指輪をいくつも手に嵌めている。見るからにお金持ちって感じだ。

 若干白髪の生え始めたアッシュグレーの短髪を見るに、おそらく四〇半ばくらいの年齢だろうか。自信に満ち溢れており、他者を見下すことに慣れている感じがある。これが本物の貴族、それも侯爵という上から数えた方が早い貴い人……パパとは全く違う生き物みたいだ。貫禄からくるプレッシャーに、思わずたじろいでしまいそうになる。

「マニーノ様、下位貴族の子供を相手する必要はありませんぞ」

「まぁそういうなハラブリン。所詮は成り上がったばかりの男爵家だ。礼儀もロクに教えられておらんのだろう」

 侯爵は諫めるように言ったけれど、表情では同じように馬鹿にしているのがバレバレだ。

 そして隣の男性、ハラブリンと呼ばれた人が商会長か。侯爵よりも年上……というか頭がツルツルで老け顔だから歳が分かりづらいな。

 商会長は食欲が旺盛なのか、手に持った布袋からなにかを取り出しては、頬がパンパンになるまで口に放り込んでいる。膨らんだお腹も相まって、不細工なキングハムスターみたいだ。

 それにしてもすっごい嫌な言い方だなぁ。たしかに急に話し掛けたのは失礼だったけれど……。でも怒るわけにはいかない。ムッとした気持ちを抑えつつ、用件を話すことにした。

「今日はパパを助けてくれてありがとうございました。お礼にこれを侯爵様にお渡ししたくて……」

「お礼だと?」

 ボクはポケットに右手を突っ込むと、あるものを取り出した。そしてモージャー侯爵たちに見えるよう、背伸びして掲げた。

「……なんだ、これは魔石か?」

「はい。とても貴重なものだって聞きました。お返しするお金の足しになればって……」

 そう、これはさっきママに貰ったばかりの誕生日プレゼントだ。赤と青の魔石がボクの手のひらに乗っている。それらを見た二人は互いに顔を見合わせると、同時に噴き出した。

「はははは! おい、聞いたかハラブリン。このガキ面白いぞ!」

「まったくですなマニーノ様! まさかこれっぽっちの魔石で、我らに媚を売ろうとするなど、腹がよじれて痩せてしまいそうです! ブヒョヒョヒョ!」

 馬鹿にしたように笑う二人。どちらも魔石を受け取ろうとする気配がない。

 え、なんでこれっぽっち? このサイズの石だって、パパは手に入れるのに苦労したっていうのに……。

 なんだか不穏な流れに焦りを感じ始めていると、でっぷりと膨らんだ腹を苦しそうに抱えていた商会長さんが口を開いた。

「あんまりにも哀れなので、ひとつ情報を教えて差し上げましょう。魔石というのはですね、大きさで価値が決まるのですよ」

「大きさ……ってことはつまり」

「我が商会では数多くの魔石を取り扱ってきましたが……ブヒョヒョッ、そんなサイズでは小型の魔道具すら動かせませんよ」

 やれやれと肩をすくめながら笑われてしまった。つまりこのサイズの魔石じゃ、いくらあっても使い物にならないってことか……!?

「せいぜい、色のついた石ころ程度の値しかつかないでしょうな」

 そ、そんなに安いの!? うぅ、そりゃあ侯爵たちが受け取ってくれないわけだ。

 冷静に考えてみれば、そんなに高価なものをママが五才児のボクにくれるわけがないよな。

 自分の浅はかな考えに頭を抱えていると、侯爵がこちらへ歩み寄ってきた。

 え、なに? なんで近づいてくるの? 思わず後ずさりしてしまうと、彼はニヤリと口角を上げた。

「いいか、よく聞け。愚かで無能な親を持ったことには同情してやるが、返済は金貨ビタ一枚まけてやらんからな。父親には期日までに全額揃えておくよう、しっかりと伝えておけ」

 それだけ言うと身をひるがえし、もうお前には用はないとばかりに早々と馬車へ入ってしまった。

 そしてハラブリンと呼ばれていた商会長さんもボクのもとにやってきて、

「こんな呪われた土地に固執するなんて、まったくもって無謀の極みですよ。」

「で、でも侯爵様のおかげでまた農業ができるって……」

「ブッヒョヒョ。簡単に人の言葉を信じてしまうなんて、貴方たち一家は本当に頭の中がお花畑ですねぇ。そんなあなたにはこれをあげますよ」

 そういって商会長さんは手に持っていた布袋を、ボクに押し付けた。

「なにこれ……」

 開いてみると、小さな種がギッシリと詰まっていた。だけどこれは、なんて変哲もない、ただの、ヒマワリの種だ。顔を上げると、下卑た笑みを浮かべる男と目が合った。

「運が良ければ、芽が出るかもしれませんよ? まぁ女神様も見捨てた土地で、そんな奇跡が起きるわけもありませんけどね。ブーヒョヒョ!」

 こっ、このっ……お前たちに人の心は無いのかよ!?

 あまりの屈辱で頭がカッと熱くなると同時に、自分の足が震えているのが自覚できた。

 でもここで理性を捨てちゃ駄目だ。もしかするとこの人たちは、ボクを怒らせるのが目的なのかもしれない。危害を加えられたとかいって、パパが責められるのだけは避けなきゃ。だからここは、込み上げてくる感情と汚い言葉を吐き出さないようにするしかない。

「おや、耐えましたか。ですがその悔しそうな顔を見れただけでも十分ですよ。それでは、失礼」

 涙を浮かべるボクを見たハラブリンは満足そうに笑うと、踏み台をギシギシと鳴らしながら豪奢な馬車に乗りこんでいく。

 そうして彼らは、ボクの心に大きな轍を残して去っていった。

 ひとり残されたボクは、大量の種が入った袋をギュッと握り締めた。我慢しきれずにこぼれ始めた透明な雫が、地面にポタポタと落ちていく。

「なんだよ、じゃあボクたち男爵家の未来は……?」

 援助というのは全部デタラメで農業ができなければ、莫大な借金だけが残ることになる。そうなれば貴族としての務めが果たせず爵位は返上、一家路頭に迷うことになるかもしれない。もしやボク、五歳にして新しい人生がバッドエンド確定……?

「どうしよう。パパたちに伝えるわけにもいかないし」

 幼児退行するまで精神をすり減らして必死に頭を下げたのに、これじゃあんまりだ。真実を知れば、ママだって悲しむ。

 うぅ~、と呻りながらその場にしゃがみこみ、両手で髪をクシャリと掴んだ。


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