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第31話

「どうやらモージャー侯爵が禁制の《魔寄せの魔道具》を使ったようなのです」

 相当急いで走ってきたのか、いつもはビシッとした執事服を身に纏っているスチュワードさんも今だけは髪や衣服が乱れていた。

「魔道具って、まさか逃げ出したときに持ち出したって言っていたアレのこと?」

 たしかケットとクーの報告にあったやつだ。ボクが訊ねると、スチュワードさんは力なく頷いた。てっきり他国にでも亡命したのかと思われたモージャー侯爵だったけど、魔物を引き寄せる魔道具を使って、この男爵領に襲わせているらしい。

「でもなんでまたそんな真似を」

「それは……」

 すると彼は口ごもり、言い難そうに顔を歪めた。その様子を見て察したのか、アイリス様が口を開いた。

「おそらく私怨でしょうね。もはや復権を狙うよりも、男爵家へ恨みを晴らすためだけに行動しているようです」

「そんなくだらないことで……」

 エディお兄ちゃんが吐き捨てるように言葉を零す。それにはボクも同感だった。だけど今の問題はそこではない。魔寄せの魔道具が作動したということは、魔物の群れがこの男爵領に押し寄せているということだ。

「それで、その魔物たちはどれくらいの規模なの?」

「それが……千体以上だそうです。詳細は分かりませんが、偵察した者によればドラゴン級の強力な魔物も見掛けたとか」

「せ、せん!? そんな数どうやって対処するのさ!」

 傍で話を聞いていたイザベルお姉ちゃんが思わず大声を上げてしまう。するとガオル王が神妙な顔で答えた。

「……まず間違いなく領民たちに被害が出るだろうな」

「っ! そんな!」

 お姉ちゃんは絶望に打ちひしがれるように膝から崩れ落ちた。だってそれはつまり……多くの民を見殺しにすることと同意だからだろう。

「でも大丈夫だよお姉ちゃん」

「ネル先生……だけど!」

「そうだよネルっち。今から領民だけでも避難させなきゃ……!」

 ラビーニャさんもお姉ちゃんに同調したのか、ボクの袖を引きながら提案をしてくれた。だけどボクは彼女たちの不安を払拭するように、笑顔で首を横に振った。

「帰ってきたばかりのお姉ちゃんや来たばかりのラビーニャさんは知らないだろうけど、この日のために準備はしてきたから」

「うん、そうだニャ!」

 ボクの思惑を読み取ったのかケットが膝の上に飛び乗ってきた。そのモフモフを撫でながらボクは宣言する。

「防衛用のゴーレムを作動させるよ!」

「ゴーレム?」

「それは一体……」

 そんな疑問の声を上げたのはガオル王だ。だけどボクが答えるよりも先に、イザベルお姉ちゃんが口を開いた。

「そうか! ネル先生は魔晶石ゴーレムの使い手だから!」

 そう。ボクはいつかこの領地に危機がやってきたときのために、専用のゴーレムを作っておいたのだ。

 最初はケットやクーに兵器を作るように言われていたんだけど、争いごとが嫌だったボクは攻めるゴーレムではなく防衛に特化したゴーレムを作っていた。

 それが、この男爵領を一瞬で要塞化する防護壁である。

 村の中心に作っておいたサクヤ様の像に手を触れる。するとスイッチが作動し、それが連鎖するように次々と地中に埋めた魔晶石へと伝播した。やがて蜘蛛の巣状に地上を光が奔っていくと、ズズズズと大きな音を立てて男爵領の周囲にある土が隆起していった。

「こ、これは……?」

「すごいすごい! ネルっち天才!」

「うっは。我が弟ながらこんな巨大な建造物を作り上げるとは、末恐ろしいな」

 ものの五分もしないうちに、十五メートルを超える壁が現れ、ガオル王を始めとした新参者を驚かせた。

「でもボクだって簡単に作れたわけじゃないよ?」

 なにしろこれだけの規模の土をゴーレム化させるのに、一か月以上もかかってしまったのだ。それと莫大なMPと魔晶石。本当は使わないで済めばよかった奥の手なんだけど……侯爵は余計なことをしてくれたよね、まったく。

 そしてこの壁は物見やぐらの役割もある。備え付けた階段を使ってみんなで壁の上に向かう。だいたいこの高さだと五階建てのマンションぐらいだろうか。手すりがないとちょっと怖い。

「ちょうど魔物たちも来たぞ」

 パパが指差す方向を見ると、魔物の群れが壁に押し寄せぶつかってくるのが見えた。その数は数えるのも面倒になるほどだ。

「これはまたとんでもない数だニャ」

「でもこのあとはどうするでござるワン?」

「うん、大丈夫だよ」

 だけどボクには確信があった。だって――、

「ねぇパパ?」

「なんだ?」

「あの魔物たちって強いの?」

 そう訊ねると、パパは少しだけ考えてから答えた。

「……そうだな。普通の兵士ならまず太刀打ちできないだろう――が、俺の敵じゃないだろうな」

 不敵な笑みを浮かべるパパ。

「じゃあ、お願いね」

「おうよ!」

 ボクの言葉に頷いたパパは、そのまま魔物の群れに向かって飛び降りた。そして腰に下げていた剣を抜くと、まるで風のように駆け抜けていく。

 すると次の瞬間には魔物が真っ二つになっていた。さらにその後ろから襲いかかってきた別の魔物も、一太刀で斬り伏せてしまう始末だ。

「す、すごい……」

「これがネルっちのお父さんなの?」

「うん。でもまだ本気を出してないみたい」

 そうなのだ。パパはまだまだ余裕がありそうだったし、なによりあの程度の魔物なら百や二百程度じゃ相手にならないはずだ。そんなボクの予想は的中したようで――、

「おりゃあああああああ!」

 パパの気合と共に、今度は三倍の量の魔物が一瞬で斬り伏せられた。そしてまるでミサイルのように次々と集団の中を越突き進む。その勢いはまだ止まらないようで、次から次へと魔物たちが落下しては倒されていく。

「す、すごい……これが剣聖の実力か」

 スチュワードさんが感心したように呟く。すると隣りに立っていたイザベルお姉ちゃんも目を輝かせながら口を開いた。

「え? オヤジって剣聖なの?」

「……うん。こないだ酔った勢いで言ってた。本当はママに隠しなさいって言われていたみたいだけど」

 そう答えると、イザベルお姉ちゃんだけでなく獣人王も呆気にとられた顔になっていた。

「なんなんだ、この家族は。強者揃いではないか……」

 そうなんだよね……普段はうだつが上がらないオジサンだけど、いざ戦いとなると頼りになるから不思議だ。

「でも、まだ終わりそうにないな」

 パパはそう呟くと、再び剣を振るい始めた。だけどその言葉通り、魔物の数が減るどころかどんどん増え続けているのだ。

「ネルっち! もう無理だよ!」

 ラビーニャさんが慌てたようにボクの肩を掴んできた。確かにこのままだとジリ貧だ。この壁の魔力が切れて解除された瞬間、ボクたちはあの魔物の群れに飲み込まれてしまうだろう。

「心配するな、俺様が加勢しよう」

「アタシも行くよ!」

 そんな彼女の不安を拭うように、ガオル王とイザベルお姉ちゃんが応えた。そして壁に手を当てると、そのまま飛び降りていく。さっきまで殴り合っていたのに、息ピッタリだ。魔物たちの中に降り立つと、二人は昔ながらの戦友のように背中を預け合い連携しながら物凄い勢いで敵を蹴散らしていく。

 気づけばあれだけいた魔物たちは数をどんどん減らしていき、残りは数十体も残っていないようだ。

「すごいニャ!」

「これが獣人の実力でござるか」

 ケットとクーが感心するようにそう零した。だけどまだ油断はできない。ボクは壁から身を乗り出すと、敵軍の後方でコソコソとしている物陰に向けて目を凝らした。

「いたっ、侯爵があそこに隠れてる!」

 岩陰からこちらを窺っている男の姿が見えた。しかもその手には笛のような物が握られているのが見えた。きっとあれで魔物を呼び寄せたのだろう。

「ちっ、こんなはずでは……!」

「そうはさせませんよ」

 侯爵は悔しそうにそう吐き捨てると、手に持っていた笛を口元へと運んだ。だけどその前にスチュワードさんがいつの間にか侯爵の背後に回り込み、その首に短剣を押し当てていた。どうやら彼もずっと侯爵の動きを監視していたらしい。流石は元暗部の人だ。

 痛みにのたうち回る侯爵。正直殺したい気持ちもあるけど、この男にはまだ訊きたいことがあるからそれはできない。

「ぐっ……貴様ぁ」

「侯爵、貴方を拘束します。罪状は……もう明白でしょうが」

「ふんっ、貴様のような下等な人間になにが分かるというのだ! 俺の崇高な思想が理解できぬとは愚かな!」

 スチュワードさんの言葉にも耳を貸さず、彼は唾を飛ばしながらそう叫ぶ。だけどそんな態度にも眉一つ動かさずに、スチュワードさんは淡々と告げた。

「貴方はやりすぎたのですよ。自身の領地で好き勝手するだけなら陛下もまだ目をつぶっていたでしょうが……」

「くっ……だがまだ俺の奥の手は終わってないぞ!」

「なんですと?」

 その言葉に、スチュワードさんは訝し気に眉を顰める。そして次の瞬間にはその顔色を真っ青にした。

「……なんですかあれは」

 突然、ボクたちに巨大な影が差した。何事かと上を見上げてみれば、巨大な鳥が太陽の光を遮っていた。

「いや、あれは鳥じゃない。ドラゴンだ……」

「ドラゴン!?」

 そんなのが実在するのか。いや、でも確かにそのシルエットはドラゴンだ。そのドラゴンは段々と高度を落としてきている。これはもう戦争とかそんなレベルの話じゃないぞ! それに心なしか、僅かに残っていた魔物たちもドラゴンに怯えているように見える。

「ク、クハハハ! これで男爵領も終わりだぞ! 圧倒的な強者の力を思い知るがいい!」

 高笑いを響かせる侯爵。そしてアイリス様やイザベルお姉ちゃんたちを見て、ニヤリと口角を上げた。

「おい娘ども。今からでも俺の味方をすれば、お前らだけでも助けてやるぞ? あぁ、そっちの年増は駄目だからな。若い女なら俺が可愛がってやっても――」

 目を血走らせながら侯爵がそう口にした瞬間、周囲の空気が凍った。あーあ、この男爵領で一番の禁句を言っちゃったね。まさに逆鱗に触れてしまったよ、侯爵様?

「ふ、ふふふっ。誰が年増のババアですって?」

 骨の髄から震え上がるような低い声が、全員の肝を冷やす。あの獣人王でさえ、巨体をビクリと硬直させていた。

 侯爵は勘違いしているけれど、我が家で一番強いのは剣聖のパパじゃないんだよ。本当の最強は……、

「世間知らずのガキに、真なるドラゴンの恐ろしさを貴方に教えてあげましょう――《竜化》」

 そう。ママであるレイナ=ジャガーだ。彼女は怒りに顔を歪ませながら両翼の生えたへと姿を変えると、その翼を羽ばたかせて空へ舞い上がった。そしてドラゴンのすぐ横に並ぶと、まるで旧友のように語り掛ける。

「ねぇ、貴方も自分の家族に手を出されたら怒るでしょう?」

『グルルゥ……!』

「ふふ、ありがとう」

 どうやら意思疎通ができているらしく、ドラゴンはまるで甘えるようにママに頬ずりした。

「な、なんだあれは……」

「人間がドラゴンに変化するなど……まさか、伝説の竜人か!?」

 侯爵も、そして獣人王ですらその光景に唖然としていた。だけどママはお構いなしだ。

「それじゃあ、お仕置きといきましょうか?」

『グルァアアアア!!』

 ママの号令と共に、ドラゴンがブレスを吐き出した。それはまるでレーザービームのような極太の光線で、その一撃だけで数十体の魔物たちが蒸発した。さらにママは翼を大きく羽ばたかせながら、物凄い速度で急降下するとそのまま爪を振り下ろした。それだけで大地が抉れ、数百メートル先まで一直線に亀裂が走った。

「あはっ! もう終わりかしら?」

「あ、あばばばばっ!」

 すっかり腰を抜かしたモージャー侯爵は、口から泡を吹きながら卒倒してしまった。

 もはや敵ながら同情するしかない。我が男爵家の男たちは顔面蒼白になりながら、小刻みに震えていた。

 分かるでしょ、ママを怒らせてはいけないって言った理由が。屋敷がボロボロだったのも、夫婦喧嘩でキレたママが壊したのが原因だ。

「ね、ねぇオヤジ。オヤジが王都で竜を倒したって噂になったのって、もしかして」

「……そうだ。昔、竜化したレイナに手を出した馬鹿がいてな。暴れまわっていたレイナを俺が命懸けで説得したんだ。そしたらなぜかレイナに気に入られて、恋仲に……」

 イザベルお姉ちゃんも知らなかった、両親の馴れ初めに絶句している。ってことは、ケットとクーの元になった精霊石ってそのときに?

 今まで謎だったピースが次々と埋まっていく。そういえば王様が豊穣祭で遊びに来たときも、やたらママのことを気にしていたのも、竜人のことを知った上でのことだったのか。

 そんなことを考えている間に、人の姿に戻ったママがスッキリした顔でこちらに歩いてきた。

「もう大丈夫よ。魔物は全部倒したから」

「……うん。ありがとうママ。でもちょっとやり過ぎじゃない?」

「あら、そうかしら? だってこの人たち私の家族に手を出したのよ? これぐらい当然でしょう?」

 いや、ボクが心配しているのはそこじゃないんだけど……まぁいいか。

 困惑する横で大人たちが侯爵を縛り上げると、そのまま猿轡も噛ませた。そして代表者としてスチュワードさんが彼の襟首を掴んで持ち上げると、ニッコリと微笑む。

「さてと、それじゃあ私は後始末をしてまいりますので。のちの顛末はまた後日に報告させていただきますね」

「……は、はい」

「では皆さん、ごきげんよう」

 スチュワードさんはそのまま侯爵を引き摺りながら、どこかへ去っていった。これで一件落着なのだろうか。魔物の残骸と、ボコボコになった地面を眺めながら溜め息を吐く。壁の外側は魔素で固められた土地じゃないので、文字通りの悲惨な爪痕が残ってしまった。あとでゴーレムを使って整地させておかなきゃ。


「……貴殿はコーネルと言ったか」

「え? あ、はい」

 いつの間にか隣に来ていたガオル王が話しかけてきた。なにやらさっきまでの口調と違うような……?

「今回は完全に俺様が間違っていた。貴殿の姉君にも失礼な物言いをしてしまって申し訳ない」

 急に畏まっちゃってどうしたんだろう。

「あ、頭を上げてください。ボクも言いすぎましたし……」

「いや、貴殿は正しいことを言ってくれた。それに……その、なんだ」

 するとガオル王は恥ずかしそうに視線を逸らしながら小さく呟いた。

「……惚れてしまったんだ」

「へ?」

 いや、今なんて? 惚れ……え?

「だから惚れたと言っている! 俺様の……いや、獣人族の王となってくれまいか!?」

 えーっと、ゴメン。言葉は耳に入ってくるんだけど、頭がフリーズして受け付けないみたいだ。

「俺様は獣人王となって二十年近く経つが、常に王としてどのような振る舞いが相応しいか己に問うてきた。その結果、民を守るために強くあり続けるべきだと結論づけた」

「はぁ……」

 それはそれで立派な考えだと思うけれど。そのせいで他人にも厳しくなりすぎていた点は除いてね。

「だが貴殿を見て理解した。真に民を想うならば、肉体だけでなく頭脳も強くあらねばならぬ。だからこそ、俺様よりもコーネル殿の方が王に相応しいと確信したのだ」

「えぇ……」

 つまりこの人を始めとした、獣人族がボクの配下になるってこと? チラっとラビーニャさんの方を見ると、キラキラとした目でボクを見つめていた。どうやら獣人族の思考回路というのはかなり特殊らしい。アイリス様は……苦笑いだ。ははは、そうだよね。

「うぅーん。さすがにガオル王を配下にはできません」

「なぬ!? そ、そうか」

 あからさまにガッカリしたのか、ピンと立っている耳がペショリと折れてしまった。

「だけど、お友達ならなれますよ。ほら、友好の証にご飯でも食べませんか」

 自慢の野菜もあるから、と言うとガオル王は目を輝かせて「いいのか!?」と歓喜の声を上げた。

「あらら……なんだか変な方向に話が進んじゃいましたね」

「まったくですよ……どうして次から次へと問題が……」

「ふふ、でもコーネル君らしくて良いと思いますよ」

「賑やかで楽しいのは良いことなのニャ!」

「なのでござるワン!」

 なぜか嬉しそうに声を弾ませるアイリス様。そしてピョコピョコとボクたちの周囲を楽しそうに踊る精霊ゴーレムたち。

 こうして数か月続いた侯爵家との諍いは大団円のうちに幕を閉じたのであった。



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「……貴殿はコーネルと言ったか」 「……は、はい」 「では皆さん、ごきげんよう」  スチュワードさんはそのまま侯爵を引き摺りながら、どこかへ去っていった。これで一件落着なのだろうか。魔物の残骸と…
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