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第29話


「それで、どうしてラビーニャさんはここで畑仕事をしているの」

 畑泥棒事件から一晩明けた次の日。いつものように畑仕事に向かうと、なぜかクワを振るうラビーニャさんの姿があった。

「べ、別にいいじゃない……お礼をするって言ったでしょ?」

 ばつの悪そうな顔を浮かべながら、彼女はそう答えた。

「でも仲間のために盗んだんでしょ?」

「それはそうだけど……」

 どうやら彼女の中で罪悪感が芽生えているようだ。まぁボクとしては野菜泥棒なんて可愛いものだし、もう気にしていないんだけども。

 ていうか領民のみんな、相変わらず気にしなさすぎじゃない? 獣人を見るのだって初めてでしょ?

 だけど返ってきた答えは、「どうせコーネルさんが関係してると思った」だった。しかも古参の領民ならまだしも、侯爵領からやってきた農民の人にも言われてしまった。うーん、解せぬ。

「……ねぇラビーニャさん。もし良かったらなんだけどさ」

「な、なによ?」

「ここで働いてみない? その同胞さんと一緒に」

 ボクがそう提案すると、彼女は驚いたように目を見開いた。そして困ったように眉を顰める。

 仲間の姿は見てないけれど、どこか近くでラビーニャさんが食べ物を持って来てくれるのをお腹を空かせて待っているんだろう。

「……アタシは獣人よ。しかも分かっているだろうけど、この国の人間じゃない」

「うん。でも元々この土地にはワケ有りの人ばっかりだし、気にする人はいないよ……それに作物を育てる大変さも、少しは分かったんじゃないかなって思ったんだけど」

「それはそうだけど……」

 ラビーニャさんはまだ迷っているようだ。だけどボクは追い打ちを掛けるように言葉を続けた。

「もし手伝ってくれるなら、毎日新鮮な人参が食べられるよ?」

「え? アンタまさか食べ物でラビたちを釣る気!?」

 どうやら気づいたらしい。ボクはニッコリと笑って頷いた。すると彼女の喉がゴクリと鳴ったのが聞こえた。昨日の人参の味を思い出しているらしい。

「う~、それは狡いわよ……でも断る理由もないし」

「なら決まりだね。同胞の人たちの住居も用意するから、みんな連れておいでよ」

「本当に良いの? これじゃ恩返しどころか、借りばっかりできちゃう」

「そんなことは気にしなくていいのに。それよりも獣人の国について教えてくれると嬉しいな」

 きっとボクの知らない野菜もあるだろうし。

 サッと右手を差し出すと、ラビーニャさんは少しだけ迷ったあと、なにかを決意した表情でボクの手をギュッと握った。

「ありがとう、ネルっち」

「ううん。こちらこそだよ」

 こうして畑泥棒だったラビーニャさんは、新しい仲間としてボクたちの仲間に加わったのだった。

「へぇ~、それじゃあコロッサーレの人たちは農業はしないんだ」

 畑仕事を教えながら、ボクはラビーニャさんから隣国の話を聞いていた。

「そうさ。アタシたち獣人は戦闘民族だからね。魔物を倒して肉を喰らわなきゃ強くなれないんだ」

「えぇ……じゃあ野菜は一切食べないの?」

 ボクは思わず嫌な顔を浮かべてしまう。肉だけを食べるだなんて、想像しただけで胸やけするんだけど。するとラビーニャさんはカラカラと笑って首を横に振った。

「そんなわけないじゃない! アタシだって美味しけりゃ野菜も食べるよ」

「良かったぁ……」

 住んでいいよと言ったものの、農耕生活がメインの我が領なのだ。嫌々ながら野菜を食べてもらうのはボクとしても本意じゃないからね。

「でもコロッサーレの野菜はクッソ不味いんだよね」

 とてもじゃないけど食べられたものじゃないんだ、という彼女の心底うんざりした声を聞きながら畑に水やりをする。

 そんなに美味しくないんだろうか。育て方次第で改善できそうだと思ったボクは、さらに話を詳しく聞いてみることにした。

「いや~、ネルっちもアレはしんどいと思うよ? 粒は固いし、小麦と違って水に溶くとネバネバするし……」

「なんだって!?」

「食べ応えも……え?」

 その植物の特徴を聞いていたボクは、思わず叫んでしまった。するとラビーニャさんは驚いたように目を丸くする。

「あ、あの……どうしたの?」

「……もしかしてその野菜って、一本に沢山の茶色い粒が実る? それでいて中身は白っぽい色をしているんじゃないかな」

「え? あ、うん。言われてみればそうかも」

 やっぱりか! それで間違いない。これは稲、つまり米だ! サンレイン王国には自生していないと思っていたけれど、まさか隣国にあったなんて! 

「ねぇラビーニャさん、ちょっと相談なんだけど」

「な、なにさ急に改まって……」

 ボクに気圧されながらも、彼女は耳をピコピコさせながら続きを促した。そんな仕草がなんだか可愛くてクスリと笑みがこぼれる。

 それからボクは彼女にその植物をありったけ持ってこれないかお願いした。最初はなんでそんなものを、と難色を示していたけれど、調理の仕方次第では美味しい食べ物に変わると言ったら目の色を変えて「取ってくる」と了承してくれた。

「ふふ、これは楽しみだね」

 やっぱり元日本人としては、お米はやっぱり恋しい。この世界でも食べられるとなったら……想像しただけで涎がこぼれ落ちそうだ。

 そうして数日後。ラビーニャさんは騎乗用の魔物に乗って仲間と共に帰還した。

 だけど彼女の隣には、見たこともない怪物が立っていた。

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