第28話
そうして翌日から、姉ちゃんの猛アプローチが始まった。
朝は早起きしてパパと剣の訓練。そして朝食を食べ終わるとすぐにボクに声を掛けてきた。
「ネル先生! モテるためにはどうしたらいいですか!」
「……とりあえず、畑仕事でもしたらどうかな?」
「わかりました!」
急に先生呼びである。しかもなにも考えていないのか、ボクの言うとおりに畑仕事を始めてしまった。だけども雑草はきちんと抜いていたし、水の撒き方も丁寧で好感が持てた。うーん、有能ではあるんだけど。
「よしっ! じゃあ次は?」
「もう……あとは土作りだからそんなにアドバイスできることないよ」
「そうなのか? よし、だったらアタシと手合わせしてくれ!」
「えぇ……」
もうこの人の相手するの嫌なんだけど。下手に断ろうとすると捨てられた子犬みたいな目でこっちを見てくるし。なんだか自分が悪いことをしているような気分になるから困る。
――よし。こうなったらアイリス様に泣きつこう。あの人なら貴族に顔が利くし、独身男性を紹介してもらえるかもしれない。そう思ってアイリス様に話を聞いてもらおうとしたんだけど……。
「どうしたのみんな、畑の真ん中に集まって」
アイリス様のお屋敷に向かおうとしたところで、ボクたちは庭でざわつく領民の姿を見つけた。すると、その輪の中心にいた眼鏡の男性が声を掛けてきた。
「あぁ、ネル丁度いいところに……げっ」
「おいエディ。姉の前で『げっ』とはなんだ」
ボクに話しかけてきたのはエディお兄ちゃんだった。イザベルお姉ちゃんが帰ってきてからというもの、自室に引き篭もっていたのに……あぁ、部屋にいても引きずり出されるから畑に逃げたな?
せっかく外向的な性格になってきたのになぁと思いながら、ボクは「どうしたの?」と訊ねた。
「それがですね、収穫目前だった畑の人参やキャベツが消えたらしいんですよ」
「……野菜が消えた?」
また不思議なことが起きた。まさか魔物化して逃げ出した?
「いえ。それが何者かに掘り起こされたような形跡があったんです」
「なんだ、畑を荒らす魔物でも出たのか? ならアタシが狩ってやろうか?」
「あ、姉上が出るほどのことでは……」
兄ちゃんは相変わらずイザベルお姉ちゃんが苦手らしく、グイグイと迫るお姉ちゃんからのけ反るようにして逃げている。
「まずは犯人の特定をしているところなんですが……って、コーネルはなんでさっきからなにをしているんです?」
エディお兄ちゃんから話を振られたけど、ボクはそれどころじゃなかった。なぜなら畑の中に、見慣れぬ足跡を発見したからだ。
「この件についてだけど、ボクに任せてもらえないかな?」
「コーネルにですか? でも危険な目に遭うようなことはさせられませんよ?」
それは大丈夫。ただ、罠を仕掛けるだけだ。上手くいけば、犯人を捕まえられるはず――。
「と思ったんだけど、まさかこんなにも簡単に捕まるとは」
数日のうちに成果があればいいな、と思っていたんだけれど。罠に掛かったのは、なんとその日の夜だった。
ボクが仕掛けたのは、スキルで作った簡単な落とし穴。その穴の上に、一定以上の重さを感知したら泥になるように設定したゴーレムを被せておいたのだ。危険だから距離を置いているけれど、今は首から下が地面に埋まっている様子が遠目に見える。泥も硬化してあるので、もう絶対に逃げられないはず。
「ちょっとぉ~! なんなのよこの穴ぁ! 誰か知らないけれど、ラビのこと出しなさいよ~!」
ラビ? ラビって誰だ?
女性の声だし、どうやら魔物ではなかったようだけど、安全な人物だとも思えない。よし、このまま生き埋めにしてしまおうか。
「あっ、ちょっ!? 嘘うそ! ごめんなさい、盗んだことは謝るからっ! ここから出してよ~!」
やはりこの女性(?)が犯人のようだ。とりあえず、近くで顔を確認しておこう。ボクはスキルを使って、腰の上まで地面から引き上げた。
おそるおそる近寄ってみると、そこには両手に何本も人参を抱えた、長い赤髪の女性がいた。随分と背が高くて、ボクのパパと同じくらいある。この辺じゃ見ないような珍しい服を着ているんだけど、この国の人じゃないのかな? でもどこかで見たことがあるな……そうだ、ドイツのディアンドルっていう民族衣装に似ている。
だけど一番目を引いたのは、彼女の頭からピンと伸びた真っ白でモフモフのウサギ耳だった。
「……ウサギ? いや、猫?」
しかも目が真ん丸で口がオメガの形で、顔つきがどこか猫っぽい印象がある。これってもしかして獣人? でも獣人って隣国にある火山の国『コロッサーレ』の住人だ。人間嫌いで、滅多にこの国には来ないはずなんだけど……。
「あ、あんた誰よ! アタシをこんな目に合わせてタダじゃおかないんだから!」
しげしげと眺めていたら、獣人っぽい女性が騒ぎ始めた。だけどそんな威勢のいいことを言っても、泥棒を働いたのはこの人でしょうに。それになんだかギャルっぽい口調だし。
「えっと、キミの名前は? なんで野菜を盗んだりしたの?」
「ラビーニャよ! なんでって、そこに食べ物があったからに決まってるでしょ!」
ラビーニャと名乗った女性はあっけらかんと答える。うーん、やっぱり埋めておいた方が良い気がするな。
再度スキルを使おうとしたそのとき、「グゥ~」と大きな音が周囲に響いた。
「……今お腹が鳴った?」
「う、うるさいわね! ずっと食べてないんだから、獣人だってお腹が空くに決まってるでしょ!」
ボクは思わず目をぱちくりさせた。あれ? 盗んで食べていたんじゃないの?
「ぬ、盗んだのは悪かったわよ。だけど同胞の子たちがお腹を空かせているのよ……」
「同胞の子?」
「そうよ! アタシたちの住むコロッサーレは火山の噴火で食べ物が全然取れなくなっちゃって……そしたらこの土地で野菜が山ほど採れるって聞いて、みんなで来たのよ!」
……ってことは、自分のためじゃなくって、仲間のために盗みを働いたってことか。うーん。
とりあえず、涙目で人参を恨めしそうに見ている空腹な子を放ってはおけないか。
「その人参、食べたい?」
「え?」
「それ、ボクたちが育てた美味しい人参なんだけど。新鮮で、甘くて、歯ごたえも良くて……」
ボクは畑にあった人参を一本持つと、ラビーニャさんの眼前でプラプラと左右に揺らしてみた。すると誘惑された彼女の喉がゴクリと鳴った。視線なんて人参から離れなくなっている。ふふふ、身体は正直みたいだね。
「でも、盗んだのは悪い事だよ。だから……」
「……わ、分かってるわよ! ちゃんと謝るし……その、野菜も返す」
「うん、じゃあ許そう!」
ボクが笑顔でそう言うとラビーニャさんは目をパチクリとさせた。それから人参を口元に運んでやると、彼女は「いいの?」と期待の篭もった表情になった。
「どうぞ、食べていいよ」
そう言い終わるか終わらないかのうちに、彼女は人参に齧り付いた。
「美味しい! なにこの野菜、すっごく甘いじゃない!」
「ふふふ、そうでしょうそうでしょう」
「あぁああ~! 獣人は肉が好物だけど、今日から野菜派になりそう!」
よほどお腹が空いていたのだろう、ラビーニャさんはあっという間に一本を食べきってしまった。それからハッと我に返ると、慌ててボクの方を向いた。
「ご、ごめん……つい夢中になっちゃったわ」
「あはは、いいよ。まだいっぱいあるし」
ボクは笑いつつ彼女の前に残りの人参をズラリと並べてあげた。その数なんと二十本。これだけあれば当分は持つだろう。
「……いいの? アタシが言うのもなんだけれど、払えるだけのお金はないわよ?」
「うん。いいから仲間にも持って行ってあげなよ」
「あ、ありがとう! 感謝感激雨霰よ!」
拘束していた泥を解除しながらボクが頷くと、彼女は頭を下げてお礼を言ってくれた。この人……根は良い人だな。
大量の人参を抱えて去ろうとするラビーニャさんを眺めながらそんなことを考えていると、彼女はハッとした様子でこちらを振り返った。なんだろう?
「このお礼は必ずするからね! 獣人の誇りにかけて!」