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第26話


 ボクたちが用意した耕作用ゴーレムは目覚ましい効果を発揮していた。

 魔素の濃度が低い侯爵領でも、肥料のおかげで普段の倍以上の収穫が実現したらしい。

 しかもゴーレムによる作業は開墾や耕作だけに留まらない。

 なんと川の氾濫しそうな場所に土を盛って堤防を作ってみたり、水辺のない場所で深い井戸を掘ったりと、幅広い活躍をみせていた。他にも新たな町を作るのに、整地や建設までこなしてしまったらしい。


 この報告を精霊ゴーレムたちから聞いたとき、正直ボクはやられたと思った。

 すっかり畑を耕すことばかりに頭がいっていたせいで、他の用途に使うという発想がなかったからだ。

 あっという間に元が取れてしまうんだから、あれだけの金貨を対価に渡そうとしたのも納得できる。

 アイリス様もこれには驚いていて、おそらく農民の受け渡しすら利用されたって悔しがっていた。どうやら新しい町というのは、農民を立ち退かせた場所に作られたらしい。


 柔軟な発想と、使えるものはなんにでも使うという狡猾さはさすが侯爵というべきだと思う。

 そういうところは見習わなきゃいけないね。

 唯一、予想どおりだった点は――。


「やはり、一か月でゴーレムを返却するつもりはないようですね」

 侯爵家から送られてきた手紙を読んだアイリス様は、困ったような、それでいて仕方がないですねと諦めの入ったように眉を下げて笑った。もうそろそろ期限が迫っていますが、ゴーレムの返却する日程はどうしますか、という手紙を送ったのだが……。

 さっそくボクもその手紙を見せてもらうと、なるほどなと思った。内容を要約すると、

 ――今まで《善意》で金を貸してやったんだから、このゴーレムを寄越せ。

 と書いてあった。

 まったく、一周回って清々しさを感じるほどの横暴さだ。

 契約書も一か月の契約更新時に返却するって項目があったはずなんだけどなぁ。


「つまり侯爵は農民五百名よりも、ゴーレムを取ったということかしら?」

「契約を破ってもそれぐらいのペナルティは無いですからね。まぁあえてそうした部分はあるんだけど……」

 ボクとアイリス様はお互いに顔を見合わせると、同じタイミングで小さく溜め息を吐いた。

 まったく、領民のことをなんだと思っているんだろうあの人は。


「では、当初の予定通りで構いませんね?」

 そう訊ねてくるアイリス様にボクは頷いてみせた。――運命の日は近い。


 それから数日を過ごしているうちに、侯爵一行の馬車が男爵領に到着したらしいと報せが入った。今後の農地について相談していたアイリス様や家族のみんなは、彼らを出迎えるため屋敷に戻ることに。

 契約更新日から数日経ったし、そろそろだと思っていたけどあまりに突然な来訪だ。前回のような手紙でのアポイントメントもないし。でも、どんな目的なのかは察しがつく。

 ボクたちが男爵邸に到着すると、なにやら騒ぎになっていた。なにせモージャー侯爵本人が剣を片手に大声を上げているし、他にも大勢のガラの悪い人たちを引き連れている。領民のみんなも、家の物陰から心配そうに様子を窺っていた。

「おい、今すぐに男爵を呼べ!」

 興奮状態の侯爵は玄関の扉に剣の切っ先を向けながら叫んだ。

 その後ろでは侯爵の手下がニヤニヤしながら待ち構えている。まるで強盗のような行動だ。

「今日は随分と手荒な訪問ですね、侯爵」

 パパはボクたちに下がっていろと言ってから、前に出た。モージャー侯爵はフンと鼻を鳴らした。

「理由は分かっているだろう! なんなのだ、あのゴーレムは!」

「ゴーレム? 侯爵にお貸ししたゴーレムですか?」

「そうだ! 急にすべてのゴーレムが土に戻って動かなくなった! 貴様ら、俺を騙したな!?」

 唾を飛ばすように暴言を吐く侯爵。頭に血が上りすぎてちょっと言葉の要領を得ないけれど、なんとなく言いたいことは分かった。やっぱりボクが予想した通りだった。

「なんのことでしょうか? 契約では一か月で一度返却するとあったはず。騙したのは閣下の方なのでは?」

「黙れ! あんな紙切れ一枚になんの意味がある!」

 パパの言葉を遮り、モージャー侯爵が激昂する。その顔は真っ赤に染まっていた。きっと怒りで頭に血が上って血管が切れそうになっているんだろうなぁ。よくもまぁここまで逆ギレできるもんだ。

「ほう? では俺に魔道具のスコップとダンジョン産のジャガイモを貸す契約も無意味だったと?」

 今度はエディお兄ちゃんがモージャー侯爵の前に出てくると、感情のこもらない声で訊ねてきた。この表情や抑揚のない喋り方、表面上は冷静だけど内面ではめちゃくちゃ怒ってるときのパターンだ。睨まれても怯むことなく、堂々とした佇まいだ。

「これは意趣返しのつもりか? クッ、ククク……一家で馬鹿揃いかと思ったが、少しは貴族らしいことも言えるようじゃないか」

 我慢できなくなったボクもエディお兄ちゃんの隣に並ぶと、侯爵に向かって口を挟んだ。

「……なんだ?」

「パパに謝罪してください。それで契約違反の件はなかったことにする」

「ふん、なにを言い出すかと思えば……馬鹿か? そんな要求が通るわけなかろう!」

 鼻で笑った侯爵は剣先をボクの喉元に突き付けてくる。

 だけどその瞬間、ボクの目の前から剣が消えた。

「なっ……?」

 なんとパパが刃の腹部分を指で摘まんでいた。いくら侯爵が剣を押しても引いても、ビクともしない。その光景に侯爵も含めて、ボクやお兄ちゃんも言葉を失っていた。

「俺のことはいくら貶しても構わない。だがお前……今、俺の家族に剣を向けたな?」

 怒りの感情と共に、ゆっくりと指先に力が込められていく。すると刃先が徐々にヒビが入っていき、やがてバキンッと音を立てて折れた。その瞬間、モージャー侯爵の額に汗が滲んだのが分かった。そして慌てて一歩後ろに下がると、護衛に目配せをする。しかしその護衛達は、腰元の剣に手を伸ばす前にぐらりと身体から力が抜け、その場にドサドサと崩れ落ちていった。パパが瞬間移動で彼らの背後に回り、一瞬で意識を刈り取ったらしい。しかも殺さずに、である。

「お、おのれ!」

 侯爵が悔しそうに歯噛みするけれど、パパは気にしない様子で振り返ると口を開いた。

「さて、これ以上まだ続けますか? モージャー侯爵」

「くっ……たかが農民生まれが調子に乗るなよ! 次に会ったときは、貴様の首を差し出させてやる!」

 もはや負け犬の遠吠えでしかない捨て台詞を吐いて、モージャー侯爵一行は帰っていった。そして「ふぅ」と息をついたパパは振り返ると、ボクたちに向かって笑顔で言った。

「無事か? エディ、ネル」

「はい。僕も少しは成長できましたから、あれくらい平気です!」

 そう答えるエディお兄ちゃんの表情は晴れやかだ。ずっと自分が逃げ続けていたことに負い目を感じていたのかもしれない。だけどパパはそんなお兄ちゃんの肩をポンと叩いた。

 僕なんかが――自分を卑下していたエディお兄ちゃんの口癖だ。でも今はもうそうじゃない。頭を撫でてくるパパに照れくさそうに微笑むエディお兄ちゃんを見て、ボクはなんだか嬉しくなった。

「ははは! よくやったぞ、エディ。ネルも俺のためにありがとうな……本当にお前たちは自慢の息子だ!」

「ふわぁ! お、お父さん……く、苦しいです……」

 だけど感極まったパパはボクとエディお兄ちゃんを抱きしめる力加減が分からないらしい。二人とも息もできずにジタバタしていると、ママがやれやれといった様子で間に入ってくれた。

「まったく……パパは馬鹿力なんだからその辺にしないと、大事な息子たちが窒息しちゃうわよ」

「おっと、すまん」

「ぷはぁ、助かりました。ママ……」

「もう! パパは力が強いんだから気を付けてよね!」

 そんなボクたち家族のやり取りを見て、領民のみんなも安心したように笑い始めた。そして口々に「よかった」とか「さすが領主様」なんて声が聞こえてくる。

 うん、これで男爵領は安泰だ。



 ◆

 それから数日後のこと。ボクは侯爵がまた来るんじゃないかと警戒していたんだけど……そんな心配は杞憂に終わったらしい。というのも、あれからモージャー侯爵からの接触は一切なかったからだ。


「侯爵はお父様に泣きついたようですよ。『男爵が恩ある我が侯爵家に牙を剥いた』と」


 いつもの満腹亭でハーブティーを楽しみながら、アイリス様はそう教えてくれた。

「なるほど……完全に我を忘れちゃっているね」

「……そうですね。お父様を含め、他の貴族たちも冷ややかな目で見ていたそうです」

 アイリス様はどこか複雑そうな表情を浮かべたながらハーブティーを口に含んだ。

 ちなみに侯爵寄りの貴族たちは、みんなアイリス様が懐柔済み。アイリス様に頼まれて優先的に果樹栽培を始めていたんだけど、このときのためだったみたい。メロンにモモ、ぶどうといった珍しい高級フルーツたちの前に、舌の肥えた貴族たちも呆気なく陥落したんだとか。今度は果物を使ったお酒を造って魔の手を伸ばすってアイリス様は鼻を膨らませていたけど、やり過ぎないかちょっとだけ不安だ。

「お父様は『男爵の振る舞いこそ貴族として相応しい』と侯爵の言い分を切って捨てたそうです。当然ですよね、己の欲に目が眩んで領民を捨てるような領主が、民から尊敬されるはずがないですから」

「……ですね。ボクも同感です」

 農民が大幅に居なくなり、ゴーレムという最大の労働源が居なくなった今、侯爵領では深刻な食料不足が予想されている。精霊ゴーレムのケットとシーが言うには、すでに領内から逃げ出す冒険者たちもいるらしい。問題は簡単に領から出られない人たちなんだけど……。

「仕方ありません、あのときは最善の選択だったのです。それに……いずれ同じようなことになっていたでしょう」

「領にやってきた農民たちも、酷い扱いだったって言っていましたしね」

 彼らはまるで奴隷のように働かされて、自由なんてほとんどなかったと言っていた。そんな環境では農民の数は減る一方。それを補うように侯爵は、なんと一般市民や冒険者の一部に借金を負わせて農民奴隷にさせていたんだとか。

「ハラブリン商会も、その一端を担っていたそうですよ。金に困った人たちに愛想よく融資の提案をさせたあと、無理な返済プランを契約させて破産させる」

「あとは侯爵の持つ畑で労働……本当にあの人は人間を道具としか思っていなかったんですね」

「えぇ。わたくしも腹が立ちました」

 そんな侯爵の悪事にも、アイリス様は怒りを覚えていたようだ。彼女は自分の領地に暮らす領民が幸せでいることこそ一番大事だと考えている。だから領民を道具扱いするモージャー侯爵のことが許せないんだろう。

「ですが、その侯爵も焼きが回りましたね。お父様は本格的に罰を与えるようです」

「まさかケットとシーが得た情報が?」

「はい。この国で規制している違法魔道具の所持がほぼ確実となりました」

 実は精霊ゴーレムたちが得た情報は、契約を反故にするという話だけではなかった。どうやら侯爵はハラブリンと何やら怪しげな計画を立てていたのだ。

「ちなみにどんな魔道具だったんですか?」

「魔物を引き寄せる効果のある魔道具です。ダンジョンで見つかったものをかき集めていたようですね」

 もしそんなものを国内で使ったら災害が起きてしまう。おそらく侯爵の目的はその混乱に乗じて自領の食糧を高く売りつけるつもりだったんだろう。

「おかげで、今ごろ侯爵の屋敷には兵が向かっていると思いますよ。これですべて解決すると良いのですが……」

 アイリス様は若干不安げな表情を浮かべた。たしかに、あの侯爵が大人しく罪を認めて捕まるとは思えない。

 何事も無ければいいのだけれど――。

 だけどそんな不安は残念ながら的中してしまった。

 後日ボクらの元に上がってきたのは、《兵が突入したときには、すでに侯爵は魔道具と共に姿を消していた》という報告だった。



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