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第25話

 まさかの交渉材料のレイズがありつつも、諍いにはならずに交渉を終えることができた。

 結局、こちらのゴーレム五十台と侯爵領の農民五百人を交換する契約となった。

 モージャー侯爵は紅茶を飲みきると、カップをカチャリと置いた。それから立ち上がると「交渉成立だな」と満足そうに去っていった。反対していたはずのハラブリン商会長が僅かに口角を上げていたのが気にかかる……。

「お疲れさまでした、コーネル君。概ね、予想通りではありましたね」

「アイリス様……」

 侯爵一行を見送ったあと、男爵邸に戻るとアイリス様がボクを労うように声を掛けてくれた。どうやら侯爵との交渉が上手くいくかどうかを心配していたみたい。

「やはり彼らはなにかを企んでいるようでしたよ。途中で護衛にバレそうになったので、ほんの一部しか視えませんでしたが」

「十分ですよ。むしろ危険なことに巻き込んですみません」

「いえ、男爵領の行く末はわたくしにも関係あることですので」

 実は交渉が始まる前、ボクがアイリス様のところに寄っていたのは、彼女に協力を求めるためだった。彼女の《審判者》があれば、侯爵がなにを考えているのか分かるんじゃないかと思ったんだよね。だからボクらが交渉をしている間、彼女には隣の部屋でスキルを使ってコッソリと様子を見てもらっていた。

 そして農民との交換も、あらかじめ彼女から提案されていたことだった。要するに、さっきの交渉はすべてアイリス様の描いた計画通りだったのだ。

「それにしても侯爵の言動は、ほとんど姫様が予想したとおりだったな。どうして分かったんだ?」

「汚い大人のやり口は心得ておりますので。ただ、ゴーレムの台数を跳ね上げてきたのは予想外でしたが……」

 あれはボクも予想外だった。一度に五百人もの農民を移動させるなんて、正気の沙汰じゃない。

 東京都二十三区で一番広い農地を持つのが練馬区なんだけど、その区にいる農業従事者の約半分だよ? 長期的にゴーレムを貸し出した場合、ずっとその農民たちは戻ってこないのに大丈夫なんだろうか……。

「徐々に侯爵の農民を引き抜いていく予定でしたが……まぁいいでしょう。計画の調整が必要になりましたし、これからの準備をどうするか話し合わなくては」

「はい。でもその前に……お兄ちゃん、ちょっといい?」

「うん? どうしたんですか」

 ボクはアイリス様と一緒にリビングへと向かいながら、廊下で合流したエディお兄ちゃんに声を掛けた。

「実はね、あるお願いをしたいんだけど」

 当初よりもずっと予想を超えるゴーレムの数が必要になってしまった。スキルのレベルアップは続けているけれど、まだ自分一人のMPじゃ足りない。スキルの持続時間も頭を悩ませている問題で、今のレベルだと契約の一か月を待たずに土に戻ってしまう。そうなると、アイリス様と考えた計画もおじゃんになってしまう。

 そこでボクが目を付けたのがエディお兄ちゃんだ。

「……というわけで、お兄ちゃんのスキルで手伝ってほしいんです」

「それは構わないけど……《画家》の僕じゃ役に立てないよ?」

「そんなことはないよ! それにちゃんと秘策はあるんだ」

 だけどボクの答えに納得がいかなかったのか、エディお兄ちゃんは腕を組んで首を捻った。大丈夫、行き当たりばったりなパパと違って本当に秘策があるのだ。

「ちょうどいいし、これから皆にも見てもらおうか」

 話のタイミングよく、家族やアイリス様がリビングに着いた。ボクは用意しておいたバケツを取り出すと、皆にも見えるようテーブルの上に置いた。

「これは泥水、ですか?」

 中身を覗き込んだお兄ちゃんが丸眼鏡を指を押さえながら言う。正解。もちろんただの泥水じゃなく、限界まで柔らかくした男爵領の土だ。液体のようにドロドロになった茶色い水が入っている。

「勿体ぶらずさっさとやるね。これをボクの《クレイクラフト》で――」

 バケツの中に手を突っ込むと、さっそく粘土遊びスキルを発動させる。普段は固さを変えるばっかりだったけれど、今回ボクが変化させたいのは、《色》だ。

「ずっと意識していなかったけれど、ボクの粘土遊びスキルは土を様々な形に変化させることができるみたいなんだ」

 雲のような白、カラスの黒、海の青、緑、赤……思ったとおり、土は思い描いた色へと変色していった。それらを空いているコップに入れていくと、あっという間に絵の具セットの完成だ。

「まさか、これを僕が《ペイント》スキルで使う絵の具にするってことですか?」

「そう。ボクがこの土でゴーレムを作れたように、お兄ちゃんもこの絵の具でなにかを描いたら、なにか不思議なことが起きそうじゃない?」

「うーん……でも、本当に上手くいきますかね」

 お兄ちゃんは半信半疑だ。だけどボクは確信していた。だってボクのスキルは《土をこねる》だけで、能力が特別ってワケじゃないんだもん。この土とスキルが組み合わさることで、掛け算のように凄い結果が産まれるだけ。ならお兄ちゃんにだってできるはずだよね!

「大丈夫、ボクが保証するよ!」

「……分かりました。やってみます」

 こっそりバイショーさんにお願いして買っておいた絵筆セットとキャンバスを押し付けるように渡すと、ボクの勢いに押し負けたのか、エディお兄ちゃんも最後には頷いてくれた。そして絵筆を握ると、コップの中に入ったとろりとした色水に筆先をつけた。

「じゃあ、いきますよ」

 エディお兄ちゃんは深呼吸すると、キャンバスに筆をゆっくりと動かしていく。最初は恐る恐るといった手付きだったけれど、徐々に動きが早くなっていく。

「で、できた……」

 完成したキャンバスには、ジャガー男爵領の名物である巨大ヒマワリが描かれた見事な絵が描かれていた。それもなんだか、前世で見た名画にも似たような不思議なオーラが絵から漂っている気がする。

「なんだ、上手いじゃないかエディ!」

「ママは前からエディちゃんの描く絵は好きだったけれど、この絵を見ていると心がポカポカしてくるわ」

「これは……」

 驚きの声を漏らすボクたち家族の中で、唯一アイリス様だけは目をキラキラさせて興奮しているようだった。

「凄いなんてものじゃないです! わたくしの目で視たところ、周囲を温める《温熱》という状態がこの絵に付与されています!」

「え、それはつまり絵が魔道具化したってこと?」

 もはや見る暖房じゃん!

「おそらくこの絵の具が持つ属性が絵に付与された結果、このような効果が発揮されたのでしょう。こんなこと、前代未聞ですよ!?」

 アイリス様は興奮冷めやらぬといった様子で、キャンバスを食い入るように見つめている。

「エディお兄ちゃん、他にも何かできる?」

「……やってみましょう」

 それからもボクらはエディお兄ちゃんに色々なものを描いてもらったけれど、そのどれもがスキルによって付与された効果を持っていた。そして分かったことが一つある。それはボクの作ったゴーレムにも重ね掛けできることだった。

「《作業効率アップ》に《持続時間の延長》、どれも凄い効果だよお兄ちゃん!」

 ボクが懸念していたゴーレムの弱点も、これなら補うことができる。

「これは本当に凄いぞ! エディ、偉いぞ!」

「……はい」

 パパは興奮した様子でエディお兄ちゃんの肩を揺すったけれど、当の本人は俯いてしまっている。でも嬉しくないわけじゃないんだよね、お兄ちゃん。きっと、自分のジョブが不遇じゃなかったんだという喜びを噛み締めているんだ。

 だって家に帰ってきたあとも、絵を描くことはやめてなかったもんね。部屋に練習したあとのデッサンノートとかたくさん散らかっていたし。本当は絵を描くことが大好きだったんだよね……?

 それはボクだけじゃなく、パパもママも分かっていた。そっとママがお兄ちゃんを抱き寄せ、お兄ちゃんもしばらくされるがままになっていた。

「これで問題は解決しましたわね。あとは侯爵がどう出るかですが」

 アイリス様が意味ありげに、ボクに笑いかける。

「そうですね。そっちはボクの配下に任せましょう」

 男爵領には二体の特別なゴーレムがいる。誰にも気づかれず、どんなに警備の厳重なところでも侵入できる凄腕のスパイだ。

 ――まったく、創造主様はゴーレム使いが荒いのニャ!

 ――こ、怖いでござるワン~。

 今ごろそんなことを言っているかもしれない。

 実は豊穣祭で秘匿したかったのは、耕作用ゴーレムじゃない。精霊ゴーレムのケットとシーの方だ。あのときボクらは、あえて兎のゴーレムが侯爵に渡るようにして、ゴーレムがどの程度の性能を持つのか思い込ませた。その隙に二人を侯爵家に侵入させて、情報を集めてくるように頼んでおいたのだ。

「ふふふ。頭の回る侯爵と商人も、まさか自律思考できるゴーレムが自分の屋敷に侵入しているとは思わないでしょうね」

「まぁそのスパイ活動も楽じゃなさそうだけどね」

 途中報告で「豊穣祭に出たかったのニャ~」とか文句を言われちゃったし。あとでたくさんお礼をしてあげなくっちゃ。

「さて、必要な手札はすべて揃ったぞ。覚悟しておいてよね、侯爵」


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