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第22話


 結果的に、ベジフェスは大成功だった。

 アイリス様が国王陛下に許可を得て貴族に根回しをし、さらには男爵領の敏腕商人であるバイショーさんの伝手を使うことで国内に広く開催を宣伝することができたのだ。

 貴族も最初は「なんであんな辺境で」「王都で男爵領の野菜を売れ」と反感が噴出したけれど、協賛してくれた人には今後の取引きで融通を利かせるという条件を出したらあっさりと手のひらが返った。

 逆に商人さんたちは新たな商機だと、こぞって情報を聞き出そうとしてくるとバイショーさんは笑っていたっけ。恋も商いも駆け引きが上手いバイショーさんのことだから、上手くやったんだろうなぁ。

 とまぁ、事前の準備もあってベジフェスは大盛況。神様から見放された呪われた地だと何十年も避けられ続けてきた男爵領に大勢の人が溢れかえった。

「凄いなネル! 用意しておいた商品はほぼ完売状態だぞ!」

 フェスの開催場所となっている男爵家前の広場を歩いていると、興奮した様子のパパがこちらへと駆けてきた。

「うん、みんな嬉しそうに購入してくれたね!」

 今回のために、ボクは粘土遊びスキルを使って臨時の市場を作っていた。イメージとしては地方にある大きな道の駅だ。この建物には野菜を売る青果店をはじめとして、ロインさんの食堂や領民の屋台などが入っている。

 普段から販売している野菜は国内どこでも品薄状態なので、ここにくれば買えると聞いて商人だけに限らず、冒険者やその他の一般人までやってきた。

 普段なら戦闘スキルを持たない人は危険な辺境まで足を運ぶことはできないんだけれど、今回は国を挙げたお祭りってことで、主要都市から乗合馬車が出ている。戦える人たちが護衛の依頼を引き受けてくれたことで、安全に来れるのだ。

 もちろん、その護衛の人たちもこの男爵領で買い物をしてくれるわけで――。

「レイナとエディが見たこともない金貨の量に、変な顔でヨダレを垂らしていたのが心配だが……」

「それだけママたちはお金のことで苦心してきたから……」

「うっ、それを言われると俺はなんも言えねぇな」

 がっくりと肩を落とすパパ。でもそんなパパを慰めるように、ボクは明るい声で言った。

「大丈夫! お祭りは大成功だったし、来年も開催すればもっともっとママも喜ぶよ!」

「おうよ! 来年は国中に男爵領の野菜の素晴らしさをもっともっと伝えて見せるぜ!」

 あぁ、やっぱりこのパパの子で良かったなって思う瞬間だ。こうやってすぐに立ち直ってくれるポジティブさに、我が家のみんなは救われてきたんだろうし。

「そういや、ゴーレムはお披露目しなくて良かったのか? アレがあればもっと注目されたはずだぞ?」

「ん? そうだね、アレはまだちょっと隠し玉にしておきたいかなって」

 そもそもボクが作った道具や魔晶石ゴーレムには致命的な欠点がある。それは粘土遊びスキルの持続時間。約一週間とあまり長くないせいで、とてもじゃないけど遠方に売り出せないのだ。まるで足の速い生魚みたいだよね。

「まぁネルが用意した目玉商品が一番の売れ行きだったし、アレだけで十分だったかもな。在庫があればもっと売れたんだが……いやぁ、残念だぜ」

「パパは軽く言うけれど、作るのに苦労したんだからね?」

 今回の目玉というのは”コーネル謹製の肥料”だ。

 この肥料はボクが前世の知識を活かして作ったもので、土壌改善に加えて成長を早める効果がある。これを撒くだけで作物の成長が促進され、栄養価がアップするという優れものだ。

 もちろん効果は永続的なものじゃないけれど、それでも通常の野菜よりも二倍近く収穫量が増加するとあって、このフェスで大注目されている。みんなこぞって肥料を買ってくれたみたいだし、頑張って完成させて良かった良かった。

「そういやずっと粘土で作った建物に篭っていたもんな。近くを歩いたとき、中からすげぇ音が聞こえたけど、あれはなんだったんだ?」

「あぁ、あれ? 糞を取るために魔物を飼っていたんだよ」

「なるほどな、うるさかったのは魔物が……なっ、魔物だと?」

 そう、魔物。本当は家畜がいればもっと楽だったんだけど。心配しなくても、人を襲わない温厚な魔物ばかりだよ。普通の魔物は魔素を食べて生きているんだけど、中には植物を食べる温厚な魔物もいる。そんな魔物を連れてきて飼っていたというわけ。きっと魔素が凶暴化する要因なんだろうね。

「ま、待てネル。お前の言っている意味がちっとも分からないんだが」

「あれ? 肥料がどうやって作られているかって言わなかったっけ?」

 そういやパパには説明していなかったような。

「えっとね、肥料って落ち葉とかでできた腐葉土とか、動物の糞を使った堆肥でできているんだよ」

 これらは植物にとって必要な栄養素がたっぷり含まれている。もちろん男爵領の土だけでも栄養価は高いんだけど、即効性のある化学肥料に近いんだよね。だから遅効性の天然肥料と上手く組み合わせて、なるべく長い効果を持たせたってわけ。

「良く分からんが、腐葉土ってのはまだ良い。だが魔物の糞っつーのは……」

 あー、そうかぁ。日本だと昔から動物の糞を使っていたけれど、慣れていないと拒否感があるのかな。でもこの肥料はとっても優秀なんだよ?

「エサだって、草とか穀物だし変なものは入っていないよ。ちゃんと発酵処理もしてあるし」

 ちなみになにを食べるかによって、この糞の効果は違う。たとえば牛みたいな動物だとゆっくりと牧草を消化するから、食物繊維たっぷりの糞が出てきて、ふかふかの土になるといった具合だ。魔物も食べるエサの種類が違うから、肥料に適した糞の配合を考えるのに苦労したよ。

 そうそう、発酵処理にはカレーの炎魔法スキルが役立ったんだよ。熱を加えることで発酵が進んで、病原菌を殺すことができるからね。

「ネル、まさかカレーを食べてその処理を?」

「……あんまり思い出させないでくれる?」

 だから苦労したって言ったじゃない……。

「なんというか、つくづくお前の頭の中ってどうなっているんだ?」

「それって褒めているんだよね?」

「馬鹿な俺から、どうしてこんな頭のいい子が……」

 そんな腕を組みながら首を傾げないでほしいんですけど。まぁ実際は転生者だからなんだけどね――って言ってもどうせ信じてもらえないだろうし、ここはママのおかげってことにしておこう。

「それよりも、アイリス様を見掛けなかった?」

「姫様か? あぁ、そういや今日は姿を見ていない気がするな」

 どうしたんだろう、同じ主催者であるパパが会っていないなんて。朝に会ったときはピンピンしていたんだけれど……まさか具合が悪くなったんじゃ?

「……ねぇパパ。まさか来賓の貴族にする挨拶周りを、全部アイリス様に擦り付けたりしていないよね?」

「え? あっと、それはその」

 やっぱり……! 主催者であるパパがこんなところでフラフラしている時点でなんかおかしいな、と思ったんだよね。いくら貴族の相手が苦手だからって、七歳の子に任せちゃダメじゃないか。

「あっ、見ろよネル。食堂から出てきたの、あれって姫様じゃないか?」

 相変わらず誤魔化すのが下手な人だなぁ。そんなことを考えつつ、パパが言っていた方へと視線を送る。

 するとそこにはたしかにアイリス様の姿があった。けれど、彼女の隣には初めて見る男性が立っている。歳は我が家のパパと変わらないぐらいで、商人が着るような茶色のチュニックを着ていた。灰色の髪が特徴的で、凛々しい表情のイケメンさんだ。

「あれは……誰だろう? もしかして、どこかの貴族の当主さんかな?」

 でもアイリス様の表情はとても楽しげで、まるで旧知の仲であるかのような雰囲気を醸し出していた。そんな二人が食堂から出てきたということは、きっと食事を共に過ごしていたのだろう。

「……ねぇパパ」

「なんだ?」

 そんな二人の様子を遠目で見ながら、ボクは言ったんだ。

「どうしてパパは震えているの?」

「なっ!? おまっ、そ、そそそそんなことはないぞ!?」

 あたふたと慌てるパパに思わず笑みがこぼれる。うん、やっぱりこの人のこういう分かりやすいところが好きかも。

「まさかこの国の王様が娘と会いたいからって、お忍びでわざわざ辺境にまで来るわけないよね?」

「……はぁ。あの人はすげぇ有能なのに、娘が絡むとポンコツになるのが玉に瑕なんだよ」

 額を押さえながらため息をつくパパ。どうやらボクの予想は当たったらしい。

 あと王様のことを親バカみたいに言っているけど、パパも大概だからね?

 そんな会話をしていると、こちらに気付いた二人がこっちに歩いてきた。アイリス様、陛下と喧嘩しているって前に言っていたけど、あの様子だと和解できたのかな?

「久しぶりだな、グレン。おいおい、俺の顔を見てそんなゲンナリするんじゃない」

「……陛下。ご健勝なようでなによりですよ」

「やめろ、今の俺は冠も付けていないただの商人だぞ? そんな素っ気ない挨拶をするな我が友よ」

 軽く小突くようにパパの肩をポンポンと叩く陛下。どうやら二人はだいぶ親しげな関係みたいだ。

 それにしてもパパのこんな顔初めて見たかも……まるで借りてきた猫みたいに大人しい。

「ねぇアイリス様。いくら変装しているからって、国王様がこんなところに来ても大丈夫だったの?」

「それがお父様ったら、どうしても自分の目で男爵領を視察したいからと言って、開催を聞いた瞬間にスケジュールを調整したんですって」

 どうやら陛下は祭りを楽しみたいからという理由だけで、入念な下準備をしてきたそうだ。

「付き合わされる護衛の方々には申し訳ないですが、こんなにもはしゃぐお父様は初めてでしたわ」

 まるで幼馴染のように親し気に話す中年男性たちを眺めながら、アイリス様はクスクスと笑う。

 良かった、二人の間にわだかまりはもう無さそうだ。

 そしてそんな陛下が食堂から出てきた理由はというと……なんとボクと話してみたかったらしい。

「君がグレンの息子か」

 そう言ってパパとの会話を終えた陛下は、ボクの前までやってきた。

「はい、次男のコーネルと申します」

 ボクは膝を曲げて頭を下げる。すると陛下は「よい」と言って頭を上げさせた。そしてじっとボクの顔を見つめると、突然こんなことを言い出したのだ。

「ふむ、なるほど……ははは、たしかに五才児らしくない振る舞いだな」

「え?」

 一瞬、陛下の言葉にドキッとした。ボクが転生者だってバレちゃったのかと思ったけれど……どうやら違うみたい?

「いやなに、我が娘アイリスもやけに達観したところがあるのでな。心配しておったのだが、近くに同類がいると思うと親としては安心した」

「は、はぁ……」

「――ん、すまぬ。馬鹿にするつもりはない。むしろお主には感謝しておるのだ」

 陛下は身をかがめると、ボクの手を取った。え、なに? ちょっ、そんな恐れ多い!

「我が国の民を……なにより、我が娘を救ってくれたことに、心より感謝する。必ずこの恩には報いるゆえ、なにかあれば俺を頼ってほしい」

 陛下はそう言うと、ボクの手をぎゅっと握りしめた。その目には強い意志が宿っているように見えて、本心なんだと伝わってきた。

 え? あ、いや……ちょっと! なにこれ!? こんなところ誰かに見られでもしたら……! 慌てて周囲を見回すと、パパやアイリス様と目が合った。二人はまるで微笑ましいものを見るかのように生暖かい視線をこちらに向けている。

 あぁもう! 二人とも見てないで助けてよ! 

「陛下、そろそろ……」

「ん、もうそんな時間か」

 まさかの救世主、スチュワードさんがどこからともなく現れると、陛下にそっと耳打ちをした。

「もう数日ここでゆっくりしたい気持ちはあるが……部下の目が痛いことだし、帰るとするか。この様子ではまた視察する理由はすぐにできそうだしな、ははは!」

「もう、お父様。あまり皆様を困らせないでください」

「おっと、これは失礼したな。ではまた会おう、我が友とその息子よ!」

 そう言って陛下はスチュワードさんを伴って去って行った。その後ろ姿を見送りながら、ボクはほっと胸を撫で下ろす。

「まったく……相変わらずだなあの人は。すまないなネル。驚いただろ?」

「……うん」

 まさか国王様が直接やってくるなんて思いも寄らなかったから、心臓がバクバクしている。パパが嫌そうにしていた理由がようやく理解できたよ……。

 そんなボクを見てアイリス様がクスクスと笑った。

「ねぇアイリス様。陛下と仲直りできたんだね」

「はい、その節は本当にご迷惑をおかけしましたわ」

 そう言って頭を下げるアイリス様だったけれど、ボクは慌てて頭を上げてもらった。だってボクがしたことなんて大したことじゃないからね。

「こうして生きているのが楽しいと思えたのは、コーネル君のおかげですね」

 そしてボクにしか聞こえない声でそっと囁く。

「本当にありがとう、コーネル君」

 夕陽に照らされたアイリス様は、まるで女神様のような微笑みを浮かべている。思わずドキッとしてしまうほどに、ボクはその笑顔に見惚れてしまっていた。

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