第21話
結局、ボクの作ったカレーはあっという間に広まった。ママにバレた日にはもうレシピは一般公開され、一週間もしないうちに、男爵領にあるどの家庭でも作れるようになったのだ。
受け入れられるかなんて心配はまったく要らなかった。一部の領民なんて熱狂的なカレーのファンになっていて、畑をすべてスパイス畑にしようとする人が出る始末だった。その気持ちは分かるけど、領内の農業大臣であるボクの権限を使って却下させてもらった。だっていろんな野菜が作れなくなるのは絶対に嫌だもんね。
というわけで、今ではカレーをみんなが楽しんでいる。炎系の魔法スキルが一時的に使えるようになる、という予想外な効果も含めてだ。
カレーの考案者がバレることに関しては、アイリス様が後ろ盾になってくれたことで、上手く誤魔化すことができた。代わりに王女専属の天才料理人が男爵領にいるんじゃないかって噂が生まれちゃったけれど……実はそれに関しては半分事実だったりする。
「食堂の調子はどうですか、ロインさん」
「あっ、師匠! おかげさまで大繁盛よ! 忙しすぎて困っちゃうわ~」
エプロン姿にコック帽をかぶった、えくぼの似合うお姉さんがオタマを片手に嬉しそうに笑った。
男爵領に突如生まれた”満腹亭”という食堂の主、そして天才料理人のロインさんだ。
彼女はこの村にいる長老の孫娘さんで、なんと氷魔法スキルの使い手だ。元々は国内のダンジョンを駆け巡る若手の冒険者だったんだけれど、長老がこの男爵領に住むとなって一緒についてきた根っからのおじいちゃんっ子だったりする。
「でも楽しそうでなによりですよ」
「そりゃあね! 食堂を持つのがウチの夢だったからさ~」
そう、実はこの料理店。ボクのものじゃないのだ。
男爵領で栽培した野菜を使い、ボクの記憶にある料理を再現したものを、ロインさんに伝授して作らせている。だからボクはなにもしなくても良いし、なんならたまに味見をするだけで十分だ。それぐらい、彼女の料理は上手なんだよね。
でも彼女のジョブは料理人じゃない。夢を叶えたくとも適性ジョブではなかったために、どの料理店でも修行すらさせてもらえなかったそうだ。
「冒険者時代はお金を貯めて、いつか自分で店を持ったら誰にも文句を言われないって思っていたんだけど。まさかこんな辺境で実現できるなんて思いもよらなかったよ!」
「ははは、それはお互い様ってことで。ボクも助かっているしね」
ママやアイリス様と料理でお金稼ぎ……じゃなかった、村興しをしようって話になったときに出たのが、いっそのこと食堂を作ってPRしたらどうかってアイデアだった。そこで誰が料理をするかってなったんだけど、さすがに五才児のボクがやるわけにもいかず。誰か良い人がいないかって領内で募集したところ、商人のバイショーさんが彼女を推薦してくれたのだ。
「それにしても師匠ってマジで何者? 教えてもらったレシピはどれも美味しいし……」
「ははは……」
「味見が止まらなくなるし、おかげで体重が増えたんですけど。ねぇ知ってます? ウチ、嫁入り前なんですよ?」
困ったように言いつつも、嬉しそうにするロインさん。実はこの人、バイショーさんと結婚する予定なのだ。お互いに夢に向かって頑張る姿に惹かれ合ったらしく、近々この男爵領で式を挙げる予定なんだとか。いやぁ、めでたいね。
「でも本当にいいの? こんなにたくさんのレシピを教えてもらっちゃって」
「はい、ロインさんの腕ならすぐに覚えられるでしょうし。それにボクがいなくても作れるようになれば、みんなも喜ぶと思うので」
ボクは自分で調理をするのも好きだけど、人が作った料理を食べるのも好きだ。みんなが美味しく食べてくれれば、それだけでボクは十分だよ。
「ウチの夢が叶ったのも師匠のおかげだし……本当にありがとう!」
「いえいえ、ボクの方こそ……」
二人でぺこぺこと頭を下げ合っていると、来客を知らせるベルが鳴った。
「いらっしゃーい!」
ロインさんが元気よく迎えにいくと、そこにはアイリス様と執事のスチュワードさんの姿が。
「いらっしゃいませ! お好きな席へどうぞ~!」
てきぱきと接客をするロインさんに促されて席につく二人。いや、普通に馴染み過ぎじゃない?
「コーネル君、本日のケーキセットをいただける?」
「いや、ボクは店員じゃないんだけど……っていうかアイリス様、こんな平民が来るようなお店に当たり前のように通っていて良いんですか?」
さすがに毎日は無理だけど、暇なときに通っていると目撃情報が上がっている。これまでアイリス様は自分の家に引き篭もっていたのであまり領民とは交流してこなかったんだけれど、魔素欠損症の調子が安定してからは積極的に会話しているっぽいんだよね。領民のみんなもお姫様とお話できるのが楽しいらしく、和やかな雰囲気が領内に漂っているんだとか。
ちなみに食堂の内装はアイリス様の寄付で賄っている。なんでも出資なんだそうで……今ロインさんが出した紅茶のカップやケーキのお皿なんて、貴族が使うような白磁の高級品でだったりする。お値段を知ったら、気軽に使っているお客さんたちもビックリするだろうな。ていうか、我が家にもこんな贅沢な食器はないのに……。
「あら? 将来の夫が開いたお店を視察することはなにも不自然ではないでしょう?」
「いや、それはそうなんだけど……」
アイリス様にそう言われると、なんだか気恥ずかしくなってしまう。
さすがにまずいでしょうと言いかけたとき、ロインさんがアイリス様に耳打ちをした。すると彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべてボクを見たんだけれど……え? なに? なんでみんなしてそんな目でボクを見るの?
「コーネル君って鈍感なのかしら?」
「……はい?」
「師匠はなんでも知っているのに、乙女心は分からないんだね~」
いや本当になんなのさ!? ボクが首を捻っていると、アイリス様は「あ、そうでしたわ」と言って飲みかけのカップを置いた。
「貴方のお父様にはすでに申し上げましたが、今度このジャガー男爵領にてお祭りを開催することが決まりました」
「お祭り、ですか?」
なんだそれ、またボクの知らない所で唐突な話が進んでいる……。
「えぇ。この男爵領で採れた野菜をメインとした豊穣祭を開くのです。いわばベジタブルフェスタ、通称ベジフェスですわ!」
「あっ、ウチの食堂もそのお祭りに参加する予定ですよ。男爵領の野菜をただ売るのではなく、料理という発展形を見せれば、飲食の商売も絶対に盛り上がるからってバイショーも言っていました」
バイショーさん、さすが商売上手だなぁ。ボクとしては村の人たちが喜んでくれるならなんだって良いんだけどね。
それに女神様のお願いである、”農業を普及させて豊穣神の威光を広める”ためにもお祭りはピッタリじゃないかな。
でも祭りかぁ……前世の世界ではよく行ったけれど、この世界のはどんな感じなんだろう? あぁ、なんだか楽しみだな。
「それでねコーネル君。このベジフェスには貴方にも参加してほしいのだけれど」
「うん、それはもちろん喜んで!」
そう答えると、アイリス様は少しホッとしたあとに「ありがとう」と微笑んだ。
「でもボクはなにをすればいいの?」
ベジフェスっていうぐらいだから、てっきり屋台で野菜や料理売るのかなと思っていたけれど……違うのかな? するとアイリス様は首を横に振った。そしてニッコリと笑って言ったんだ。
「いいえ、料理関連はロインさんにお任せしますので。貴方にはフェスのウリとなるものを考えていただきたいのです」
そのあともしばらくアイリス様は満腹亭でのティータイムを楽しんだあと、スチュワードさんと共に帰っていった。
ボクもロインさんとの新作メニューなどの会議を終えて、ひとりで帰路についたんだけど……。
「うーん、ウリになるものかぁ。なにが良いかなぁ」
前世の知識があるといえど、ボクにできることは限られている。特に得意ともいえる料理系は他の人に譲ることになったので、他にできることといえば……。
「薬の知識……うぅん、できなくはないか?」
青汁を健康に聞くポーションだって形で売りだせば、人気になること間違いないだろう。でも薬って本来、多くの研究や治験などの重ねた末に生み出されるべきものだ。今の段階で青汁を”薬”として売ることは、元薬品会社勤めとして抵抗がある。
アイリス様には渡していた? あれはあくまでも健康ジュースとして飲んでもらっているから良いのだ。最初から最後まで薬とは言っていない。そもそも、この世界に薬機法という法律はないからね。
「……そうだ、アレなら良いかも」
農家生まれと薬学の知識。それらを上手く組み合わせれば、このベジフェスに相応しい目玉商品が作れそうだ。
フェスの開催は一か月後。あまり時間の猶予はないけれど、それまでに完成させてしまおう!