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第20話


「ようやくだ、ようやく念願だったコイツを手に入れたぞ……」

 ククク、という邪悪な声が闇の中に木霊する。だが目の前にある品の価値を思えば、それも致し方ないというもの。

「あらゆる人々を誘惑し、依存させ、堕落させる。これを使えば、世界を支配することも可能だろう……ふふふ、実に恐ろしい」

 怪しげな湯気を上げるソレを手に取り、匂いを嗅ぐ。独特な発酵臭が鼻孔を通り抜け、脳味噌を歓喜で痺れさせた。あぁ、実に良い。材料を仕入れるために奔走し、数多の時間をかけて実験を繰り返し、苦労の末に辿り着いた――。

「さてと、それじゃいただきますか」

 ボクは熱々の小麦生地の上にとろりとしたチーズがふんだんに乗った”ピザ”を手に取り、口へと運ぶ。あぁ、会いたかったよ愛しのピザちゃん。

「あむっ、あむあむ……んん~っ! これだよ、これ! やっぱりピザは最高だなぁ」

 自分以外誰もいないキッチンで、ひとりコソコソとピザを食べる。

 つい先日のこと。ボクは正式にアイリス様の婚約者となった。男爵領の農業大臣に加えてお姫様のご機嫌取りという新たな仕事が増えて、ボクのストレスは溜まる一方だ。だからこうしてたまに厨房に忍び込んで、ひっそりと隠れて美味しいものを食べていたりするわけ。特に前世時代に好きだった料理は、みんなの前で食べるのは危険だしね。ボクの家族はみんな食いしん坊だし、こんなに美味しいものがあるって知られたら、自分の取り分がなくなっちゃう。

「このチーズの伸びがたまらない!」

 生地から垂れるチーズは、まるで蜘蛛の糸のように細く長い。それを舌で絡めとって口へと運ぶ。あぁ……幸せだ。久しぶりのピザに感動してがっついちゃったけれど、残りはゆっくりと味わって食べようね。

「あぁ~! 創造主様が美味しそうなものを食べているニャ!」

「ぬ、抜け駆けはよくないでござるワン」

「ちょっ、ケット! クーまで!」

 突然、背後から聞こえてきた声にボクは思わず飛び上がった。

「二人とも、どうしてここに!?」

「創造主様の気配がしたからワン」

「そうニャ! だから来たのニャ!」

 いや、気配って……そんなママじゃないんだからさ。

「あら、呼んだかしら?」

「げえっ!」

 噂をすれば影が差す、とはよく言ったもので。ボクの背後からやってきたのは、男爵領に君臨する女帝……ならぬママだった。

「ふふふっ、とっても美味しそうなものを食べているわねネルちゃん」

「おいネル! 父さんたちに隠れて独り占めとは良い度胸じゃねぇか」

「当然、僕たちにもお裾分けしてくれるんですよね?」

「うぐっ!?」

 エディお兄ちゃんの指摘に、ボクは思わず手に持つピザを見た。ボクが食べていたのはベジタブルピザだ。玉ねぎとピーマン、そしてトマトとコーンをふんだんに使ったこの一品はみんなの大好物でもあるわけで。

「ねぇネルちゃん? お・ね・が・い♪」

「ぐぬぬぬ……」

 上目遣いでねだるママに、ボクは屈したのだった。だって目が据わっているんだもん!

 それからというもの。ボクがなにか美味しいものを作る場合は”必ず家族を呼ぶこと”を義務づけられてしまった。


 ――二週間後。今度は実験的に始めたスパイス栽培が軌道に乗り始めたので、それらを使ったカレー作りに挑戦していた。

 前世では大学生活にカレー作りにハマっていたことがあって、スパイスから自作することには慣れている。料理男子というよりも、独り暮らしをしている部屋に当時気になっていた女の子を呼びたかったから……という下心がキッカケなんだけどね。結局はお家デートすら誘うのに失敗して、大量のカレーが鍋に残るという散々な結果に終わったっけ……そんな切ない記憶を思い出しながら、ボクは手際よくスパイスを鍋で炒っていく。

「今回はちゃんと対策もしたし、乱入されることはないはず」

 熱せられたクミンやニンニクなどの香辛料が出すカレーの香りを楽しみつつ、周囲を見渡す。ここは我が家のキッチンではなく、ボクが即席で作り上げた隠れ家だ。領内の人通りが少ない空き地に、スキルで作った粘土でプレハブぐらいの大きさで建てたんだけど、これが中々に快適なのだ。いやぁ、このサイズの粘土工作ができるまでMPを成長させるのに苦労したよ。

「あとは魔晶石ゴーレムが作れるようになったのが大きかったかなぁ」

 さすがに五才児の身体では自分より背丈の高い建物を建設するのは無理なので、そこはゴーレムに命令して作ってもらった。というよりスキルで粘土にした場所に魔晶石を嵌めて、指定した大きさの壁や屋根に変形するようお願いすればいいだけだった。

 これが本当に便利で、慣れてしまえばおそらく簡易的な小屋だったら数分で完成できるようになると思う。

 というわけで、ゴーレム小屋で誰にも邪魔されずにカレーを作っているというわけ。これさえあれば、万が一誰かがキッチンにやってきても心配ないって寸法だ!

 そうそう、ゴーレムといえばあのお騒がせ精霊ゴーレムにも内緒でここに来ている。前回はあの子たちのせいで家族にバレちゃったからね。

「ふふふ……我ながら完璧な作戦だな」

 ボクはほくそ笑みながら火加減を調整する。こうやって自分で一から作るのは初めてだけど……うん、これは上手くできそうだ! きっと美味しくできるはず。そう思いながら鍋の中でぐつぐつと煮込むお肉を眺めていたときだった。

「あら? ねぇネルちゃん、なにをしているのかしら?」

 そんな声がボクの背中からかけられたのは。驚きのあまり心臓が口から飛び出すかと思った。

「マ、ママ!? なんでここに!?」

 今度こそ完璧に気配を遮断していたのに、どうして!?

「匂いよ。ネルちゃんがお料理をしているときはいつも美味しそうな匂いがするから」

 そっちかぁ~……ってお屋敷からそれなりに距離を離しておいたはずなんですけど!? 犬並みの嗅覚じゃないか!

「でも本当にいい匂いね。前回のピザも美味しかったけれど、それとも違ってスパイシーな香り……これはなんて料理なのかしら?」

「え、えぇとこれはカレーと言いまして……」

 どうしよう。ここのままじゃまた家族会議という名の試食会が始まってしまう。こうなったらママだけを懐柔して、被害を最小限に抑えられないかな……。そんなボクの焦りを知ってか知らずか、ママはニッコリと笑って言ったのだ。

「ねぇネルちゃん。もしかして他にもいろんな美味しいお料理を知っているのかしら」

「へ? いや、あの……」

「知っているのね?」

「……はい」

 あ、圧がすごいよぉ……逆らえないよぉ。

「うふふ、やっぱり。実はアイリス様とお話してね、ネルちゃんの料理をこの男爵領の名物にしたらどうかって案が出ているの」

「え、アイリス様と?」

 い、いつの間に仲良くなったんですか!? 

「だからできるだけ、ネルちゃんの料理が”勝手に広まる前に”教えてほしいの。この意味が分かるかしら?」

 こ、これはボクがこの世界に存在しない料理を知っていることに関して、確実に違和感を覚えている!

 そりゃそうだよね、こんな五才児がポンポンと新発見を思いつくわけがないもの。

「パパは親バカだし、俺の息子が賢くて可愛いぐらいにしか思っていないでしょうね。でもアイリス様は違うわよ。他の貴族だって、そう遠くないうちに貴方の有用性に気づくわ」

「そ、それは……」

「ネルちゃんがどんな秘密を抱えているかは聞かない。でもね、これだけは覚えておいてちょうだい」

 真剣な眼差しでボクを見据えるママ。そしてぎゅっと抱きしめられて頭を撫でられた。

「貴方がどんな子だろうと、ママが産んだ大事な息子には変わりないわ。だから守ってあげたいの。……お願い」

「ママ……」

 そっか、本当にボクのことを想ってくれているんだ……そう思うとすごく嬉しくなって、胸がじんわりと熱くなった。

「うん、分かったよ。できるだけのことは協力する」

「ありがとうネルちゃん!」

 うぅ、やっぱりママには敵わないや。母の愛があまりにも偉大過ぎる。

「うふふ、でも私が来たのにはもう一つ理由があるのよ?」

「……はい? なんですかその不穏な前置きは」

 実はですねと言いつつ、ママがどこからともなく取り出したのは一本のスプーンだった。

「やっぱり美味しい料理はママだって食べてみたいもの」

「むむ!?」

 それを使ってボクのカレーを試食する気ですよね! ボクが慌てて後ずさったけれど、時すでに遅し。ママは素早い動きでスプーンを握り、既に口に含んでいたのだった。

「もぐっ……んんんっ! 辛い! だけど美味しいわネルちゃん!」

 目を輝かせながら頬に手を当てるママ。その反応を見てボクは確信する。やっぱりこの人、自分が食べたかっただけじゃないか!

 もうっ、しょうがないなぁ……と肩を落としつつ、ボクは軽くため息をついた。でもこんなやり取りですら何だか嬉しいから不思議だ。

「しまったわね、スプーンが止まらない……あら? なんだか身体が熱くなってきたわ」

「あぁ、うん。発汗作用のある成分があるからじゃないかな」

 ショウガに含まれるショウガオールや唐辛子のカプサイシンは血流を良くして身体を温めるからね。薬膳カレーを作ったわけじゃないけれど、他にも胃腸を整えるシナモンとかターメリックとったスパイスの効果があるから健康には良いと思うけど……。

「いえ、これはもっと違う感覚というか……んん~っ、浮かぶフロートブレイズ!」

「えっ」

 驚くことに、ママがなにかを唱えた途端、目の前に青白い光が現れた。ロウソクの火と同じくらいの大きさだけど、ちゃんと熱い。

 ちょっと待って、これって魔法? ジョブに適性があれば魔法スキルを覚えられるけれど、ママって使えたの!?

「いいえ、ママのジョブは”歌姫”だから魔法系のスキルは使えないわ。でもなぜかしら、急に使えるような気がしたの」

 ど、どういうこと!?

「もしかして……ネルちゃんの料理のおかげかしら。このスパイスのどれかが影響しているのかも知れないわね」

「え、えぇ~!?」

 そんな効果あるわけないよ! って言いたいところだけど、実際にスキルが使えるようになっているし。

 そういえば男爵領の野菜を使った料理ってどれも不思議な効果があったっけ。アイリス様は青汁で持病が良くなったし、虚弱体質だったエディお兄ちゃんも野菜を食べ始めてから筋肉がついたし、ネガティブを脱却し始めている。

 でもスキルを新しく使えるようになる料理なんて、さすがに扱いに困るよ! このままじゃカレーを封印することに……苦労して作れるようになったのに、そんなのってないよ!

「あ、でももう使えなくなっているわね。効果は一時的なものみたい」

「本当っ!?」

 それならガチガチに規制をしなくても済みそうだ。でもホッとしたのも束の間、ママは瞳を金貨のようにキラリと光らせてボクの肩を掴んだ。

「ねぇネルちゃん、これってお金になる気がしない?」

 あ、まずい。なんだか嫌な予感がするぞ――?



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