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第17話

 笑顔で二杯目を呷るパパの正気を疑いつつも、二杯目を用意した。

「うぉぉぉっ!? 今度は爽やかな酸味がブワァッときた! だがそれも一瞬のこと、次の瞬間には苦みがガツンとくるぞ!」

「ほ、本当に大丈夫なの?」

「パパ、ちょっと肌艶が良くなっていない?」

「やっぱりそう思うだろう? 長年気になっていた虫歯の痛みも軽くなった気がするぞ」

「本当? ママも飲んでみようかしら」

 いや、それはたぶんただのプラシーボ効果だと思うんだけどなぁ……まぁいいか。本人が喜んでくれているならそれでさ。それに健康に良いのは間違いないし。ボクは「お肌のためなら……」と大量の青汁が入ったジョッキを両手で可愛くクックッと飲み始めたママを、微笑ましく見守ることにした。お兄ちゃん? 気絶したまま立っているけれど、そっちは見なかったことに。

「そういや健康で思い出したんだが、ネルは男爵領に病気の第三王女がいることを知っているか?」

 え、なんですかそれ。完全に初耳だし、そんなお姫様なんて領内で一度も見掛けていないんですけど。それに病気って……?

「療養目的で王都から引っ越してきてな。川上にある別邸で静養されているんだ」

 つまり別邸から外にでることはあまりないってこと? それなら最近まで家から出なかったボクが知らないのも仕方がないか。でも病気ならなおさら、こんな住みにくい辺境よりも王都にいた方が良かったんじゃ……って自分で言っていてなんだか悲しくなってきた。

「それが瘴気があった方が体調が落ち着くんだと。まぁそんな理由もあって、王城には住みづらかったんだろうな」

「あー……、なるほど」

「王女様のジョブやスキルはとにかく凄くてな。王族含め貴族連中はみんなチヤホヤしていたんだが、その病気になっちまってスキルが思うように使えなくなってからは扱いがぞんざいになっちまったんだ。まだ七歳の小さな子だってのに、可哀想に……」

 ボクは魔素やMPだなんて言っているけれど、世間一般における瘴気は基本的に忌み嫌う対象だものね。でもパパの言うとおり、その子が悪いわけじゃないのに酷い話だ。ただでさえ周囲が利用できるか否かで他人を見る大人たちばかりだろうし、なにもない辺境でもこっちの方が暮らしやすかったのかもしれないね。

「でも瘴気があった方が楽になる、かぁ。不思議な病気だね」

「そうなんだよな。気分が悪くなるってなら分かるんだが」

 ……待てよ? 仮にボクの考えた概念が正しいとすれば、その第三王女様の病気ってもしかして……。

「ねぇ、パパ。その子に会うことってできる?」


 そうして三日後、ボクはその王女様が静養しているという別邸へとやってきた。

 もちろん友達に「今日遊べる?」みたいなノリで会えるわけがないので、事前に約束を取り付けてもらっている。

 でもボクひとりなら面会を許可するって条件をつけられたのは何故だろう。パパは「大人が嫌いだからじゃないか?」なんて言っていたけれど……そんなに人間が嫌いなんだろうか。今さらだけど本当に会えるのか、ちょっぴり不安になってきた。

「思っていたよりこじんまりしているなぁ」

 王女様の別邸は川沿いの静かな場所にあった。魔物対策の塀があったり警備の人がいたりするけれど、それにしても質素だ。ボクの家より小さいんじゃなかろうか。

 そして門を抜けて敷地内に入ると、

「わぁ……」

 そこには綺麗な花々が咲き誇る庭園があった。パンジーやガーベラ、百合っぽい花から薔薇まである。ちなみにボクが広めた巨大ヒマワリもあった。王女様は気に入ってくれたんだろうか。だとしたら嬉しいな。

「あ、あの~……」

 ボクは近くにいたメイドさんに声をかけることにした。すると彼女は驚いた様子で目を大きく開くと、すぐに慌てて頭を下げた。そして「少々お待ち下さい」と言って、屋敷の方へと駆けて行った。

「なんだったんだろう、あの反応」

 ……おかしいな、ボクが来るって話は事前に通っているはずだよね? なのに「本当に来たの?」みたいな顔をされた気がする。 いやでも、ちゃんとアポイントメントは取ったはずだしなぁ。営業時代に塩対応なんて嫌ってほどされているし、こんなことぐらいじゃ動じないけれども。

「お待たせして申し訳ありません」

 すると今度は初老の執事さんがやってきた。その後ろには銀色の髪をした小さな女の子もいる。領にいるような平民の服じゃなく、落ち着きのある紺色のワンピースドレスを着ていた。ティアラとかアクセサリーはないけれど、隠しきれない高貴なオーラが出ている。間違いない、どうやら彼女が件の王女様のようだ。

「初めまして、コーネル=ジャガーと申します。本日は時間をいただき、ありがとうございます」

 ボクの方から自己紹介をしたけれど、やはり二人の表情は硬いままだ。王女様の方なんて、人形のように真っ白な顔をしているし、威圧感さえ感じられる。うーん、これは本格的に歓迎されていないのかもしれないぞ。仕方ない、手短に用件だけ済ませて帰るか……と諦めかけたそのとき、女の子が口を開いた。

「貴方、何者ですか……?」

「……えっ?」

「五歳って聞きましたけど、それは嘘ですよね?」

 王女様が発した言葉にボクは耳を疑った。今なんて? 嘘? いや、ボクは見た目通りの五才児ですよ?

「あのぉ、すみませんが僕にはその質問の意味が――」

「本当のお名前はレン、というのでしょう?」


 ◆


 濃いワインのような紫の瞳は、コーネルをしっかりと捉えて逃さない。かたや不意に”前世時代の名前”を告げられたコーネルは、時が止まったかのように身体を硬直させていた。

「わたくしはアイリス=サンレイン。ご存知のとおり、サンレイン王国の第三王女ですわ。随分と大人びた態度に慣れておられるようですが、どうも嘘は苦手のようですわね」

 挑発するような物言いをされても、もはやコーネルは口をパクパクさせるだけの人形と化しており、なにも言い返すことができない。そんな彼を見て、アイリスは確信した。目の前にいる幼児は、ただの幼児ではないと。

「残念でしたわね。わたくしのジョブは審判者。そして『心眼』スキルは万物の正体を見抜くのですよ」

 アイリスは事もなげにそう言った。サンレイン王国において、このジョブを持つ者は自分一人だけであり、発現した時点で王位継承者の末席に加えられるほどの特別なスキルを所持していた。

 その稀有なスキルの力をもって、彼女は七歳で病気が発言するまでずっと、貴族たちの”ウソ”を見抜いてきたのである。

「ふふふ……驚いて言葉も出ないご様子。親である男爵の差し金かは知りませんが、どうせ貴方も下心があってわたくしとの接触を試みたのでしょう?」

 そしてアイリスは邪悪な笑みを浮かべると、まるで獲物を見つけた獣のような目つきでコーネルに近づいた。

「えっ?」

 突然すぎる事態にコーネルは目を白黒させた。王女様が自分に近づいて来たかと思うと、いきなり両手を握られたのだから当然だろう。しかもただ握るだけではなく、自分の顔をじっと覗きこんでくるのだ。

「お嬢様」

「大丈夫よ、スチュワード。貴方はそこで待機してなさい」

 モノクルをかけた執事がアイリスの行為を止めようとするも、彼女はピシャリと拒絶する。

「あ、あの……」

 そんな状況にドギマギするコーネルだったが、次の瞬間――彼はさらに度肝を抜かれることになるのだった。

「わたくしのジョブはその者が隠したい過去の秘密さえも暴きます。さぁ、なにを企んでここへやってきたのか見せるのです――『過去視』」

 その瞬間、アイリスの瞳が紫から青、緑そして赤へと七色に変化していく。そして虹のようなグラデーションを見せたとき、アイリスの脳内にとある映像が流れ始めた。

「これは……」

 彼女が視たモノ。それは天まで届きそうな高いビルに、見たこともないフォルムをした馬のない銀色の馬車。そして綺麗に舗装された鼠色の道路。どれもこれもがこの世とは思えない、灰色ばかりの世界だった。そんな不思議な場所を、炭のような黒に近いチャコールグレーのスーツを着た男性が、鞄を手に忙しそうに歩いていた。

「どうしてこの方が見えるのでしょうか」

 アイリスが使用したスキル、過去視は対象者が体験した記憶を直接覗くものだ。つまりコーネルの過去が今、彼女の脳内に嘘偽りなく映し出されているのである。

「これは……まるで本で読んだ御伽噺の世界ですわ」

 彼はこの世界で土尾練として生きている。もちろんコーネルが妄想を描いているわけではなく、現実として。

 そしてアイリスはコーネルの過去を覗き見ていくうちに、とある推察へと至る。

「この方には前世があるということでしょうか……」

 彼女は他人を信じることは滅多にないが、自信のスキルに関しては非常に信頼している。

 つまり今見ているこの光景は、本当にコーネルという男児が経験した過去なのだとすれば。なにかがキッカケで現在は二度目の人生を送っているのだと納得ができた。

 その結論はアイリスを非常に驚かせた。だがなによりも衝撃だったのは、己の知る世界の狭さだった。

「わたくしは、すべてを”視る”力を持っていると思っておりましたが……あまりにも視野が狭かったようですね」

 彼女はその類まれなる能力のおかげで、王城から出ることを禁じられた。その力を悪意ある者に利用されないため、という警護の観点からであったが、彼女にとっては退屈な檻と同じだった。

 そして病気に罹り、ジョブを思うように使えなくなったあとはこの辺境に引き篭もった。唯一が気晴らしに読む本の世界のみで、妄想だけが彼女の心を自由にさせていた。……そう、つまりは現実の世界を見ることは一層なくなってしまった。非常に狭い世界で、孤独に暮らしていたのである。それは明るく優しかった彼女の心を蝕み、やがてこの世界や神、自分の運命を呪うまでになっていく。

「どれもがわたくしの知らないであふれていますわ」

 だが、今見ている世界はいったいなんなのだろうか。知らない人々、使い方も分からない道具の数々。冷えきって固まっていた彼女の心が好奇心という情熱の炎で徐々に溶かされていく。

「もっとこの世界を、この”世界”を知る必要があるようですわ」

 コーネルは呆然としたまま固まってしまっているが、アイリスにとってそんなことはどうでもよかった。それよりも彼女の興味を引いたのは、なぜ『過去視』スキルが前世の彼を見せたのかという点である。

「……いえ、その理由は分かりました。そして彼がどんな人物なのかも」

 彼が生きたすべてのシーンを見れたわけではない。しかしその半分、いや死ぬまでの数年間だけでも彼を知るには十分だった。

「わたくしは、彼に……コーネル君に謝らなければなりませんね」

 己の生活を顧みず、病気の少女を直そうと奔走する優しさ。彼女が亡くなったとき、他人であるはずの彼がどれだけ悲しんだか。そして新たな患者のために、再起する心の強さ。さらには隣人のために自ら盾となる勇気。ここまで誰かのために命を張れる人を、アイリスは知らない。

「さて、そろそろ戻りましょうか」

 過去視のスキルを使用している間は、時が止まったかのように周囲の時間経過が遅くなる。だからアイリスは時間をたっぷりと使って異世界を楽しむことができた。驚いた顔のまま動かないコーネルの目を再び覗き込むと、彼女はスキルを解除した。

「ご無礼をお許しください、コーネル君。わたくしは貴方を誤解しておりました」

「え? ど、どういうことでしょうか……」

 過去視が終わり、スキルの効果が切れたころ……アイリスはコーネルに優しく微笑んだ。だがなにをされたのかサッパリと知らないコーネルは、戸惑うしかできない。

 スキルでなにを見たのかキチンと説明をしよう……としたところで、アイリスはその考えをやめた。今この場には執事のスチュワードがいるし、彼は己の秘密を誰にも知られたくないと思っているかもしれない。そう判断した彼女は、相手にやましい感情の有無が分かるスキルだ、という説明に留めておいた。

「……というわけでして。改めましてコーネル君、わたくしの非礼をお許しください」

「あ、はい。お気になさらず?」

 なんだか狐につままれたような気分だが、コーネルは気にしないことにした。それよりも、

「あの、手……」

「あっ!?」

 いつまでも握られていた手が気になって仕方がなかった。アイリス自身も顔を真っ赤にさせ、慌てて手を離す。

「す、すみません」

 そして互いにペコペコと謝り合うという不思議な状況になった。収拾がつかなくなった二人はお互い今回のことは流し、本題に移ることに。だがアイリスの顔は元に戻るどころか、赤みを増すばかりだった。

「それでコーネル君は……ごほっ」

「アイリス様!?」

 突然、咳き込むようにして胸を抑えるアイリス。コーネルが慌てて駆け寄ろうとすると、隣に控えていたスチュワードが先に飛び出した。

「ですからスキルの長時間使用は危険だと……」

「スチュワードさん、アイリス様は……」

「コーネル様。お嬢様は体調が優れない様子。申し訳ありませんが、本日のところはお引き取り願えますでしょうか」

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