第16話
「ネルちゃんはしばらく、畑仕事をするのを禁止にします」
精霊のケットとクーがボクの眷属となった数日後。ベッドで横になるボクに、ママは死刑宣告ともいえる言葉を発した。
「えっ、そんなぁ!?」
「ネルちゃんはまだ幼いのに、いつも頑張りすぎちゃうんだもの。今のこの状況がなによりの証拠でしょう?」
「うっ……」
痛いところを突かれ、思わず鼻声で呻いた。
どうやらこの世界にも風邪はあったらしく、今のボクは熱でベッドから起き上がるのもしんどい状態だ。
だけど病気になったのは畑仕事で身体を酷使しすぎたからじゃなくて、遅くまで夢中になってゴーレム作りをしたせいなんだけどなぁ。生活リズムだって早寝早起きだし、野菜中心の健康的な食事を心がけている。ほら、前世よりもよっぽど健康的な生活だよ?……まぁ、転生者だってことはママには内緒なんだけどさ。
「ネルちゃん、いつも頑張ってくれてありがとう。ママはね、とっても感謝しているのよ」
「うん……でもボクもお外に行きたいよ」
「それはまた元気になったら、パパやお兄ちゃんたちと一緒に行きましょう?」
「う~……」
ゴロゴロできるのも嬉しいけれど、やっぱり外で畑仕事も捨て難い。それになにより、せっかく作ったゴーレムを動かさないなんてもったいない! そんなボクの葛藤を見抜いたのか、ママがそっと頭を撫でてくれる。
「大丈夫、ちゃんと約束は守るわ。だから安心してゆっくり休んでちょうだい。……治るまで家から出ちゃ駄目だからね?」
「はぁーい」
ボクの返事を聞いたママは、安心したように部屋を後にする。
「あら、ケットちゃんにクーちゃん」
と、ママと入れ違いになるように精霊ゴーレムの二人がボクのいる部屋に入ってきた。
「ママさん、どうもなのニャ」
「お邪魔するでござるワン」
まるで当たり前のように挨拶を交わしているけれど……この数日で馴染み過ぎじゃない? この男爵領の住人としてシレっと生活しているよね? そんな疑問をエディお兄ちゃんに言ったら、「コーネルがやったのなら仕方ないかなぁって……」だって。はい、ボクの自業自得だったみたいです。ちなみにお兄ちゃんもすっかりケットたちのことを気に入っていて、画家のジョブを活かして彼らに色を塗ってあげていた。今じゃお殿様の恰好をした黒猫と忍び装束を着た白い忍犬という、立派な男爵領のマスコットになっている。
「創造主様! お見舞いに来たでござるワン!」
「ニャニャニャ~ン♪」
「二人とも……ありがとね」
ヒマワリの花……じゃなくて、種を持って来てくれたケットとクーにお礼を言いつつ、みんなの優しさをしみじみと感じていた。前世では社会人になってからはずっと一人暮らしで、体調を崩しても見舞いに来てくれる人なんていなかったんだよね。病むと精神まで弱ってくるし、今の環境はとっても恵まれているなぁ。
「とはいえ、寝ているだけっていうのもヒマなわけで」
掛け布団をめくると、のそのそとベッドから降りた。
ちなみにこの布団は、鳥型魔物の羽毛で作った高級品である。着古した服をツギハギにしたブランケットを長年使っていたんだけど、つい先日バイショーさんから新品を購入したのだ。ふっかふかで保温性抜群、なのに軽いし快適さは昔の二倍どころじゃないね。本当にジャガイモ産業さまさま、種芋を支援してくれた侯爵様には足を向けて寝れないなぁ。皮肉交じりの笑みを浮かべながら部屋を出ると、ボクは足音を立てないように廊下を歩いていく。
「創造主様、どこへ行くのニャ?」
「ママさんが寝ているように言っていたでござろうワン?」
あとをついてきた二人も、ボクに倣うかのように静かに歩いている。
「うん。だからこうして家の中を歩いているでしょ?」
ママの言いつけ通り、外に出るつもりはない。これから向かうのはキッチンだ。
こうして風邪をひいたことで、さすがに反省した。前世みたいな不摂生な生活を送りたくないからスローライフを目指したはずなのに、働きすぎて病気になったんじゃ本末転倒だもんね。
「そこで考えたんだ」
そう、ボクの目標はスローライフだ。だけどそのためには健康でなければならない。つまり病気にならないような身体作りが必須なのだ。
そしてそのための手段は……そう、青汁である!
「というわけでキッチンへレッツゴーだよ!」
「いや、青汁ってなんなのニャ!?」
「話が唐突過ぎてついていけないでござるワン」
青汁をご存知でない!? 飲んだ者のあらゆる病を癒し、富を授け、恋人を呼び寄せるとされる伝説の飲み物を?
――とまぁ、冗談はさておき。説明は実演してからのお楽しみってことで。
「ここでミキサーゴーレム君の登場です」
キッチンにやってくると、そのまんまミキサーの見た目をしたゴーレムを棚から取り出した。
これは粘土で作ったプロペラ型の刃を、魔晶石で命令を与えて高速回転させるっていう仕組みになっている。本物ほど高性能じゃないけれど、魔晶石を交換すれば回転数を変えられるので、粗みじん切りからジュース作りまでこなすことができる自信作だ。いやぁ、魔晶石ゴーレムでいろいろと作れないか試しておいて良かった。
「あとは材料……は当然、我が家で採れた自慢の野菜だよね」
使えそうなものは大麦の若葉にキャベツ、ピーマンや人参などがある。どれも新鮮でツヤツヤ、美人過ぎて眺めているだけでも胸が高鳴ってくる。
本当はフルーツを育てられたら良かったんだけど、苗木が希少で手に入らなかったんだよね。そちらはバイショーさんに仕入れを依頼中なので、今はある材料で作ってしまおう。
「さぁ、ミキサーゴーレム君。美味しいジュースを作ろうじゃないか!」
ボクは台の上に並べた野菜たちをミキサーゴーレム君の中に次々と放り込むと、スイッチである魔晶石に命令を出す。たちまち刃が回りだし、最初はゆっくりと……次第に速度を上げて回転を始めた。そして野菜はあっという間にペースト状になる。
「よし、これで完成だね」
あとは水を加えて粘度を調整すれば完成だ。
「なんだか見た目が怖いニャ……」
「拙者もそう思うでござるワン……」
「あれ~? なんでこんな色になっちゃったんだろう」
今回使用した材料だと、濃い緑色になるはずだった。だけどコップに注いだ青汁は文字通り”真っ青”だった。
い、いやまぁ確かに見た目はちょっとグロいかもだけど、中身は野菜なんだから健康に良いはずだ。それに味だってそこまで悪いはずが……。
ケットたちに見守られながら、おそるおそる青汁の入ったコップに口をつける。
「うっ……!?」
すっごい苦い。苦味って極限までいくと涙が出てくるって知らなかった。しかもドロッとしたのど越しが最悪で、ヘドロを飲んでいるみたいだ。これはもう青汁というか、もはや青ドロ?
「創造主様……だ、大丈夫でござろうか?」
「うぅっ……吐ぎぞう~!」
ボクはコップの中身をどうにか空にすると、そのまま床に突っ伏してべそをかいてしまった。でも駄目だ、愛する野菜を吐き出すわけにはいかない。
「身体が……熱い!」
耐えていると胃がカッと熱くなっていく。吸収されたのか、その熱は血管を通して全身に回っていく。
そんな様子を二人の精霊ゴーレムたちはオロオロと心配そうに見ていた。
「だ、大丈夫かニャ!?」
「創造主様、気を確かに!」
そして数分後……ボクの身体の熱が治まると、今度は妙な感覚に襲われた。
「……あれ?」
さっきまで感じていた風邪の怠さがすっかり消えている。熱や頭痛、鼻水やのどの痛み……すべてが楽になっている。むしろ普段より身体が軽い気がするぞ?
「良く見れば他にも……」
農作業をしていると、どうしても手足に細かい傷ができるんだけど、それらが綺麗さっぱりなくなっている。煩わしく感じていた足の成長痛もない。もしかしてこれ、青汁のおかげ?
「あ、あの創造主様?」
「見てよクー、青汁って凄いだろ!?」
「いやその、それは分かったでござるが……」
なんだよ、もう。まだ疑っているの? こうなったら毎日飲んで青汁の効果を立証してみせ――、
「ネルちゃん……?」
「マ、ママ!?」
服をクイクイと引っ張るクーの方を見ると、そこには男爵家の三人がドン引きした表情でボクを見下ろしていた。
「あ、あれ? なんでみんないるの?」
あたふたするボクに、ママは呆れ顔でため息を吐く。
「様子を見に部屋に行ったら、ネルちゃんが居ないから心配してみんなで探していたのよ。家にいたからまだ良かったけれれど……」
調理台の上に残されたミキサーゴーレムと野菜の残りを見て、ママは「また変なことを」と二度目のため息を吐いた。
「それで今度はなにを作ったんですか?」
「えっと……健康になれる野菜ジュース?」
なんと説明したらよいか分からず、ありのままをエディお兄ちゃんに伝えた。するとお兄ちゃんは「それは興味深いですね」と言って、ミキサーに残っていた青汁を自分のコップに注ぎ始めた。
「あっ、お兄ちゃん待って」
「僕も健康には気をつけなくてはと思っていたところだったんですよ。大丈夫、多少見た目が変わっていてもコーネルの作ったものはどれも平気で――ぐふっ!?」
喋りながら口をつけていたエディお兄ちゃんが急にむせたかと思ったら、白目をむいて動かなくなってしまった。
「お兄ちゃああああん!?」
「ほう、面白そうだな! 俺も飲んでみよう」
いや、なにを言っているのパパ。自分で作って飲んでおいてアレだけど、本当に味は酷いんだからね?
だけど興味津々となったパパはワクワクしながら自分の分を用意すると、腰に手を当てて一気に飲み干してしまった。
おいおい、大丈夫……?
「ぐっ!? これはたしかにキッツイな……だが、不思議と癖になる! ネル、お代わりだ!」
えぇ……。




