第15話
「お、お会いできて光栄でござるワン」
「えぇっ!?」
こっちも喋った!
「創造主様? どうしたのであるニャ」
「あ~、えっと……理解の範疇を越えてしまったといいますか」
さすがに予想外過ぎて、どうリアクションを取ればよいのか困ってしまう。
え? なに? この世界では魔石を無機物に嵌めたら動き出すのが普通なの?
もしかしてコレまで魔物化したとか言わないよね?
そんな不安を抱いていると、猫と犬の土偶は立ち上がり……そのままボクの足元までトコトコとやってきた。
「余は創造主様の手によって生まれた、精霊なのであるニャ!」
「創造主様! ど、どうか拙者たちに名前を与えてほしいでござるワン!」
猫の方は腰に手を当てて胸を張り、尊大に。犬の方はビクビクと上目遣いで懇願している。なにこれ、仮に魔物だとしても可愛いすぎるんですけど!?
って精霊!? 精霊ってお伽噺や伝説でしか聞いたことないよ。しかも前世の精霊だと、人を騙す奴とかいなかったっけ?
「怪しい……もしやそうやってボクを油断させておいて、あとで悪いことをするつもりなんじゃ」
「しっ、失敬であるニャ! 余は善良なる精霊なのニャ!」
「えぇっ、そうなの?」
「そうでござるワン!……悪戯好きだけど」
なんか急に歯切れが悪くなったぞ。明らかに怪しいんだけど……でもそれをボクに確かめる術はないしなぁ。うーん、どうしよう。まぁ悪者だったらスキルで土に戻しちゃえばいっか。
「じゃあ君の名前はケットで!」
「おぉ、いい名前なのニャ!」
「え? いや、そんな安直に決めちゃっていいのでござるワン?」
「うん。だって君たちって精霊なんでしょ? だから猫の精霊であるケット・シーから取ってみたんだけど。あ、ちなみに犬のキミは犬精霊のクー・シーで、クーだから」
「ええぇえええ!?」
ネーミングセンスのないボクを名づけ親にするのが悪いのだ。嫌なら自分でつけてほしい。
それに猫と犬だし、ケットとクー……この組み合わせで良いと思うんだよね。
「それで君たちって……」
ついつい流れで名前をつけちゃったけれど、精霊ってどんな存在なの?
「本来の精霊は人間の目には見えないのニャ」
「え? でも今は普通に見えているけど……」
「この土地を素材にした人形に、額にあるこの石を嵌めたことで特殊なゴーレムになったでござるワン」
「いわば精霊ゴーレムなのニャ! しかもただの魔石だと侮るなかれ、ニャ。ニャニャニャンと、精霊の宿った精霊石だったのニャ」
えっ? あの魔石ってそんなに凄いものだったの?
「でも商人さんは色のついた石っころ程度の価値しかないって……」
「ニャニャニャ~! ソイツの目はとんだ節穴ヤローなのニャ!」
「拙者たちは世に二つとない希少な精霊石でござるワン~」
そうだったのか……まぁそれだけ珍しいのなら、単純にあの商人さんが知らなかっただけって可能性はあるか。でも精霊石を見つけ出したパパって何者なんだ……。
「精霊ゴーレムなのは分かったけど、どう扱えばいいの?」
見た目は可愛いけれど、まさかペットにするわけにはいかないし。
「名前をもらえたことで、我らは正式にマスターの眷属として契約できたのニャ。だから命令に絶対服従なのニャ!」
「思う存分、使役していただきたいでござるワン」
「えっ、眷属!? じゃあ命令すれば、なんでも言うことを聞いてくれるの?」
「もちろんなのニャ!」
「あ、でもあんまり無茶なことはしないでほしいでござるワン」
ふむふむ。つまりこれはアレか? お使いからお庭掃除まで何でもござれってこと? それは便利だ。ボクもそろそろ働き方改革をしたいと考えていたところなのだ。
「畑仕事は好きだからやりがいはあるんだけど、どうしたってできることに限界があるもんね」
ジャガイモやヒマワリ畑も徐々に拡大していっているし、農具の生成や領民のみんなへの農業指導など、ボクひとりの身体じゃ足りないのだ。ただでさえ五才児なのに朝から晩まで働き詰めなのだ。これじゃ前世の社畜時代と代わらないよ。
「それじゃあさっそくお願いしてもいいかな?」
「任せるニャ!」
「なんなりとご命令を!」
よし、まずはボクを近くの畑まで運んでもらおうかな!
「それは無理にゃ」
え、なんでよ!? 即答で断られたんですけど?
「拙者たちの身体は創造主様の半分しかないでござるワン。ケットと二人で力を合わせても、創造主様を運ぶにはパワーが足りないでござるワン」
あー、それはたしかに? 体高の低いポニーに乗った騎馬戦みたいになっちゃうもんね。だいぶ見た目がシュールだ。
でも現状で頼みたいことってそれぐらいなんだけどなぁ。これじゃただの賑やかし要員だよ?
「それなら、ゴーレム作りをアシストするのニャ!」
「ゴーレム作り? 二人以外にもさらに増産するってこと?」
「拙者たちよりも大きくて、いろんな機能を持ったゴーレムを作ればいいでござる。そうすれば創造主様の負担も軽減されるでござるワン」
なんだか二人とも、必死に有能アピールしてくるなぁ。心配しなくたって捨てやしないのに。
「あぁでもそれは無理かも。精霊石はキミたち二人に使ったのが最後だし……」
残念ながら、もうストックはゼロなのだ。しかしそこでケットは首を横に振った。
「それなら魔晶石さえあれば大丈夫なのニャ」
「魔晶石?」
「拙者たちのような意思を持った精霊ゴーレムはさすがに無理でござるが、単純な命令をこなすだけの魔晶石ゴーレムなら可能でござるワン」
え、そんなことできるの!? それって魔道具よりもだいぶ高性能なんじゃ……。
「行うは易く言うは難し。今から実際にやってみるのニャ!」
それを言うなら、言うは易く行うは難しじゃない……?
だけどそれはすごい。さっそく試してみよう。土人形はいろいろと作ったばっかりだしね。
「よし、兎を真似て作ったこれにしようかな」
サイズもリアルの兎と同じ大きさだし、簡単な性能を試すのには丁度いいだろう。ボクは余っていた魔晶石を兎の額に嵌め込んだ。……これでどうすれば?
「魔晶石に触れながら、なにか命令してみるのニャ」
「ほうほう。えーと、じゃあ”跳ねろ”」
すると……おおっ! 本当に動き出したよ!? しかも結構なスピードでぴょんぴょんと進みだした。
「お、お気に召したでござるワン?」
「もちろん! 凄いよ二人とも!」
自分が作ったものが動いたらワクワクするに決まってるじゃない! たとえ中身がオッサンでも、心はいつまでも男の子なのだ。
こうなると、どれくらいの命令ができるのか実験したくなるのが性というもので。すぐにいろいろと検証してみたけれど――驚くべきことに、物理的な運動ならほとんど可能だった。
たとえば動物が手足を動かすのに必要な、関節や筋肉に似た機能。他にも物体を射出させたり、回転させたりといった機械的なこともできてしまった。これは応用の幅が広いってレベルじゃないぞ?
ただ、欠点もあった。たとえば一個の魔晶石に命令できるのは一個まで、という縛りだ。ならば魔晶石を何個か使えば複数の命令もできるとも思ったけれど、これは挫折した。いくつもの命令を思うとおりに動かすユニットがないと、とてもじゃないけど制御しきれなかったのだ。たとえば蜘蛛の人形。六本の足を統率して歩かせようとしたんだけど、なにも障害物がない地面ですらまともに歩くことができなかった。だったらいっそのこと自分で直接操作した方が良い。
「創造主様、どうですかニャ? これなら魔物をブッ倒す兵器だって作れますのニャ。そうすれば金貨だってガッポガッポ……ウニャニャニャ!」
「いや、ケット。それはやらないよ」
「ニャッ!? なんでなのニャ!」
いやいやいや、戦争でも始める気? 要するに兵器って大砲や銃を作れってことだろ?
「そんなものが出回り始めたら、ボクが目指しているスローライフからかけ離れるじゃん」
ボクが見たいのは争いで流れる血の色じゃなくって、見たものを落ち着かせるグリーンなんだもの。
「で、でも魔物などの外敵から自分の身を守れるのは、創造主様にとっても良いことでは……ござろうかなぁ、なんて」
いや、たしかにクーの言うとおりかもしれないけどさ……。うーん、あくまでも自衛目的で作っておくか?
「それなら、耕作用ゴーレムを作ればいいのニャ!」
「そうでござるワン。誰かを傷つけるんじゃなく、生活が便利になる道具が良いでござるワン!」
おぉ、それなら良いかも。前にトラクターがあればなぁなんて考えていたけれど、もしゴーレムがその代わりになるとしたら。
「じゃあやってみようかな」
「ニャッ! それなら余はデカくてごっついのがいいのニャ!」
「拙者はビューンと早く動けるのがほしいでござるワン!」
「え? あ、うん。いいけど……?」
作ると言った途端にリクエストなんて、二人とも調子がいいなぁ。まぁ可愛いからいいけどさ。
「でも繰り返すけど、ボクの目的は平和なスローライフなんだからね。あんまり目立つようなゴーレムは作らせないでよ!」
こうしてボクは、新たなゴーレム作りに取り掛かるのであった。
――数時間後。
「コーネル、僕の言いたいことは分かりますね?」
「ご、ごめんなさい」
日が暮れても帰ってこないボクを探しにきたエディお兄ちゃんに、叱られてしまった。ボクは屋敷の前で絶賛土下座中である。
「で? 今度はなんなんですか? 説明はしてくれるんですよね、動く土人形と……あのやたら目立つゴーレムについて」
エディお兄ちゃんが冷ややかな目で、領内を芝刈り機ゴーレムで爆走するケットとクーを見ていた。