第13話
誕生日にジョブを授かってから約二カ月。毎日のようにスキルを使っていたし、レベルアップしていてもおかしくはない。でもこれはさすがに成長しすぎじゃなかろうか。
「もしかして、貸し出した道具を誰かが使っても、ボクの経験値になっているとか?」
領内に住む何十人という人たちが、ボクの作ったクワやスコップを使っている。直接的な経験値ではないにしろ、なにかしらのボーナスが少しずつでもボクの糧になっているとしたら、この短期間での急激なレベルアップにも納得がいく。
「一回でこの量を変化させられるとは……もしかして使える回数も増えているのかな」
前は二回目でめまいがしたんだけど、それから少しずつ増えていって……うん、今は連続で十回目を過ぎても平気みたいだ。
せっかくだし、続きは農具を作りながら限界値を検証してみよう。
「種類はなにがいいかな。収穫するときの鎌が足りないって言っていたから、先端の刃を作ろうか」
三日月状の薄刃をイメージしながら、粘土を鎌の形にこねていく。不器用ながら何回もやっているうちに上達するもので、見本がなくとも思い通りに成形できるようになってきている。
そうそう、最初こそ量産していたスコップだけれど、あれはもう滅多に作らなくなった。使い道が限定的だし、必要になる粘土の量も地味に多いのだ。だから刃の部分だけをスキルで作って、残りの部分は木材にしている。スキルの効果が切れて元の泥に戻ってしまったら刃だけ交換すればいいし、これは我ながら名案だと思う。
「あ、ちょうど良かった。おーい、バイショーさん!」
二十回ほどスキルを使ったところでMPの限界を感じ、検証を切り上げたところで領民のひとりを発見した。
「ん、あぁコーネル坊ちゃんっすか。どうしたんです?」
「頼まれていた鎌の刃が完成したから、みんなに配ってほしいんだけど……」
「おぉ~、もう用意できたんすか!?」
軽快な小走りで駆け寄ってきたかと思えば、にへら~と人好きのする笑みをボクに向けるバイショーさん。彼は商人のジョブを持っている二十代のお兄さんだ。
男爵領の中ではレアなジョブに恵まれていて、本来ならこんな辺境にいるような人物じゃない。だけどボクのパパがここに村を作るという噂を聞いて、王都から旅をしてまでやって来たんだとか。パパに誘われたんじゃなく、自分で押しかけてきた珍しいパターンだ。なんでも、困った人を救おうとする領主の漢気に惚れたらしい。
「すげぇ、こんなに? マジで我らの救世主様っすね!」
「もう、褒めすぎだって」
「いやいや~、さすがはグレン様の息子さんだなって心から思ってるっす!」
貴族の令息相手には相応しくない言葉遣いだし、まぁなんというか……だいぶ馴れ馴れしい。でも悪意があるわけじゃないし、素直な驚きと感謝が伝わってくるから嫌な気はしない。なんだか前世の社畜時代にいた可愛い後輩に似ているしね。
「正直な話、コーネル坊ちゃんのおかげで商店も軌道に乗ってきたんで。どうしても頭が上がんないんすよね」
「あ~、でもそれはお互い様じゃない?」
彼は男爵領に唯一ある商店を切り盛りしている。バイショーさんはこう言っているけれど、こっちも彼のおかげでジャガー男爵芋の流通や他の領からの仕入れなどがスムーズにできているので、いろいろと助かっている。
「ん、なんすか?」
「いやぁ、本当に有能だなぁって」
「五才児が相手でも、そう思ってもらえるのは光栄っすねぇ~」
……実はこのバイショーさん、王都にある大物商家の出身なんだとか。ウチみたいな新興貴族よりよっぽど権力があるはずなのに、本当にどうしてこんな辺境に来ちゃったんだか。
「あぁ、そうそう。いつもどおり、三日経つと土に戻っちゃうから気をつけて。領民のみんなには、効果が切れる前に必ず交換しに来るよう伝えておいてね」
「了解っす。そのときに農業のレクチャーもしてくれるってことっすよね?」
「そういうこと。少しずつでも覚えていってもらえば、もっといい野菜が作れると思うんだ。あ、農業以外でも困りごとや悩み事があれば相談に乗るから遠慮なくってことも」
こうなりゃ前世の知識をフルに使って、みんなの暮らしをどんどんよくしちゃおう。
「……坊ちゃんって本当に五才児なんすよね?」
「……よく聞かれる」
疑わしげなバイショーさんの瞳が、ボクの顔を覗き込んでくる。商売の世界で切った張ったのやり取りを見てきた彼に、生半可な嘘は通じない。だけど間違いなく幼児なのだ。……前世をカウントしなければ。
「まぁ、いいっすけど。みんなコーネル坊ちゃんを頼りにしてるんで、きっと喜んでやってくるっすよ」
バイショーさんはやれやれと息を吐いてから、鎌の刃が入ったカゴを持って畑へと走っていった。なんだか怪しまれてしまったけれど、見逃されたようだ。
「うーん、ちょっとは自重しようかな」
バレたら今以上の大騒ぎになるだろう。まぁ野菜作りは遠慮しないけど。
「……さてと、もうちょっと頑張らないと!」
バイショーさんを見送ったボクは、再びスキルの検証に戻った。