第11話
ジャガー男爵芋の発売により、我が男爵家の家計は潤いに潤った。
いやぁ嬉しい悲鳴である。なにせ生命の樹が枯れてからというもの、サンレイン王国の食糧自給率は低下の一途をたどっていたのだ。そこへ低コスト・低パフォーマンスで大量生産ができる植物、それも主食となる野菜が現れた。
そりゃあ売れますわ。作れば作っただけ売れました。もはやジャガイモ革命といっても過言じゃないと思う。
パパは英雄みたいな扱いをされてデレデレしまくり、ママは家計簿とにらめっこせずに済むようになって眉間の皺が減ったと喜んでいた。
エディお兄ちゃんも生き甲斐というか、生涯の目標ができたみたいで生き生きとしている。
もうひとり、ジャガー家の長女であるイザベルお姉ちゃんは――音信不通だ。いったいどこでなにをしているんだろう。
ともかく、女神サクヤ様からの“農業を広めて信仰を取り戻してほしい”という依頼への第一歩は踏み出せたと思う。
となれば次なる野菜を栽培していきたいところ。幸いにも資金にも余裕が出始めたし、意気揚々と野菜の種を仕入れ始めたんだけれど……。
「異世界の農業を舐めてた……」
ボクは屋敷の庭先に実験用で作った花壇の前でうずくまっていた。
「どうしたんですか、コーネル。なにか悩みでも?」
畑仕事から帰宅途中のエディお兄ちゃんが心配そうに声をかけてくれた。だけどボクは力なく首を横に振ることしかできない。だって……。
「小麦やトマト、ナスにキュウリ……どうしてどれもこれも育たないんだよっ!」
萎びてしまった苗たちの前で、思わず悲痛な叫びをあげてしまう。
なにせどの野菜も途中で枯れたり、はたまた突然変異を起こしたりしていて、ろくに育たないのだ。ジャガイモのように手あたり次第に種を撒くだけではダメらしい。見た目だけなら前世の野菜と同じなんだけどなぁ。
「ジャガイモだけでもいいじゃないですか。美味しいし栄養も十分ですよ」
「ううん、それじゃダメなんだよお兄ちゃん。ボクはすべての野菜を等しく愛するって女神様に誓ったんだ……」
「え? 愛す……えぇ?」
前世で枯らしてしまった紅里や紫苑たちが脳裏をよぎる。彼女たちの無念を晴らすためにも、ボクはこの世界であらゆる野菜たちを育て、増やし、我が子として愛でなくちゃならない。
「コーネル……その、応援してますよ?」
エディお兄ちゃんが優しく背中を撫でてくれる。でもこれはボク自身が向き合わなきゃいけない課題なんだ。
女神様の加護で粘土工作の能力をもらったとしても、それはあくまでも土限定の加工スキル。無から有を生み出す魔法のような便利な力ではないのである。あくまでも自分の努力と研究でこの壁を越えてみせる……!
「やっぱり無闇に手を出すのは良くないね。まずはひとつずつ、確実に育てられるよう試行錯誤してみよう」
「はい、コーネルなら大丈夫です。もしなにか相談したいことがあったら、気軽に言ってくださいね」
そう言ってエディお兄ちゃんは屋敷の中へと戻っていった。応援に後押しされたボクは、気を取り直して再度苗づくりに取り掛かることに。
ポケットから種の袋を取り出し、中身を観察してみる。これは我が家の財政担当であるママにお願いして購入してもらったキュウリの種だ。
「ウリ科の中でも比較的育てやすい野菜だけど……」
こいつもすでに何回か失敗しているので、油断はならない。
どの野菜にも共通して栽培を難しくしているのは、成長スピードが異常に早いという点。生育の過程を撮った映像を倍速するレベルで、あっという間に成長してしまうのだ。
「でも失敗を恐れていたら、なにも始まらないしね。いろいろと挑戦してみよう」
今までは畑に直接種を蒔いていたけれど、今回は大きな変更点がある。それは花壇の土に他の領から仕入れた土を少し混ぜているという点だ。
理由は簡単で、こうすると成長スピードが抑えられるから。
「土の栄養が多すぎたとは盲点だったなぁ。普通は肥料を足すものだし、まさか逆に抜いてやればいいとは」
この方法を思いついたキッカケは、屋敷の中で始めた発芽実験だった。そのときボクはスキルで作った植木鉢に種を蒔いて成長の過程を調べていたんだけど、畑に種を直播きしたときよりも植木鉢で育てた方が生育のスピードが遅かったのだ。
考えられる理由は、土の量。土壌に含まれる栄養が過剰ならば、減らしてやれば問題解決というわけ。いやぁ、拍子抜けするほど単純だった。
――と、ここでボクはある仮説を立てた。
「瘴気って実は悪者ではない?」
それは人にとって有害である二酸化炭素が、植物にとっては栄養であるように。
窒素やカリウム、リン、それとも他の元素? 正体は分からないけれど、成長を促進させる効果があるのはほぼ確実だ。もしかすると生命の樹も栄養過多で枯れた可能性もある。
とはいえ、今は目の前の野菜だ。前回は半々の量で混ぜてみたんだけれど、それでもあっさり枯れてしまった。比率を調整して、今回は男爵領の土を三割程度にまで減らしてみよう。
「よしっ! やるぞぉ!」
気合を入れ直すと、ボクはさっそく花壇の土に種を蒔き始めた。そして数時間後――。
「まさか一割で十分だったとは……」
夕焼け色に染まる花壇を前に、呆然とするボク。そこにはキュウリどころかトマトやナス、ピーマンなどの多種多様な野菜が立派に育っていた。いろいろと試してみた結果、育成に適した男爵領の土はほんの少しで十分だった。どれだけ栄養があるんだよウチの土は!
「う~ん、微妙な結果だなぁ」
畑でやろうとすると、必要な他の領地の土が莫大な量になってしまう。でも光明が見えただけでもマシかぁ。
細かい検証はあとでやるとして、今はこの野菜たちを収穫しなくちゃ! ボクは意気揚々と屋敷へ引き返そうとしたけれど――そこでふとあることに気付いた。
「……いつから見てたの?」
作業に熱中していたせいでまったく気がつかなかったけれど、背後には大勢のギャラリーが集まっていた。しかも家族だけじゃなく領民のみんなまで……。
「ど、どうも~……」
ボクは軽く手を振りながら挨拶したけれど、誰も返事をしてくれなかった。あ、あのぉ? どうせなら皆さん、野菜の収穫を手伝ってくれません?
「……救世主様じゃ」
最初に口を開いたのは、屋敷の近所に住んでいるお爺さんだった。ボクたちが住む村における最高齢で、長老的な立ち位置の人だ。パパもなにかとお世話になっている人物なんだけど……今、救世主って言いました?
彼はボクが育てた野菜を指差しながら、わなわなと声を震わせている。
「ジャガイモの際にも予感しておったが、間違いない。コーネル様はこの地を復活させるために豊穣神様が遣わせた、使徒様だったのじゃ」
「え?」
「おぉ、やはり!」
「作物に愛されたコーネル様ならあり得る!」
「おいみんな! 救世主、使徒様に万歳三唱じゃ!」
お爺さんの言葉に触発されて、村全体が大盛り上がり。やんややんやの大喝采が沸き起こった。
「ど、どういうこと?」
「ジョブやスキルは神様の加護と言われていますよね? そしてコーネルはスキルを使って奇跡を起こした」
「豊穣神様がネルを代理人として遣わせたって考えるのは、自然な流れだわな」
うんうん、と腕を組みながら頷くパパ。お兄ちゃんもキラキラとした眼差しをボクに向けている。
あー、そういうわけか。うん、納得! っていや納得できないよ!? この流れはまずい……っ!
「諦めろネル。お前はもう引き返せない。この地は救世主コーネルが再興させたと歴史に記されるだろう」
「えぇぇぇぇっ!?」
そんな伝説、絶対に残っちゃダメー!? ただでさえ領民みんなに勘違いされて困っているというのに……あぁもう! どうしてこうなったぁ!?
助けを求めて空を見上げるも、その調子で頑張ってくださいねというサクヤ様の顔が幻視するだけであった。